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さて、盗賊たちの方ですが、アジトに来た時、カシムの遺体が無くなっているのに当然すぐ気付きます。そしてモルジアナが案じた通り、彼らは侵入者に仲間がいることを知りました。
「草の根を分けても探し出して、ぶっ殺してやる」
とお頭(かしら)は怒りました。
一味の中で体格の大きなサミーという男が立ち上がって言いました。
(実はカシムに最初に一太刀浴びせた男:やや動きが鈍いので、あの時は岩戸に入るのが遅れ、それで結果的には全員入ったと勘違いしたカシムが飛び出してきた)
「大勢で探索すると目立ちます。俺に任せて下さい」
「分かった。お前に任せよう」
サミーは町を歩き回り、近頃、バラバラになった男の葬儀が無かったか、また最近急に金回りが良くなった奴がいないかを聞いて回りました。しかしそのような葬式は無かったとみんな言いますし、急に金持ちになったような者も知らないと言います。
『わざわざ遺体を取り返した仲間は、おおっぴらには葬式はしなかったのだろうか。それに奪った財宝を使わずに、ほとぼりが冷めるまで待っているのだろうか』
とサミーは訝りました。
半月くらい、ひたすら情報集めをしてもなかなか成果が得られず、疲れて、日が落ちた町を歩き、今晩はどこで寝ようかと思っていた時、サミーは小さなお店にまだ灯りが灯っているのに気付きました。昔は普通のお店はたいてい日没か日暮れで店を閉めるものです。
そこに寄ってみるとそれは靴屋で、老年の職人が靴を仕立てています、
「おじさん、せいが出るね」
「あんた、旅人かい?」
と老人は言います。明らかにこちらを警戒しています。サミーはそれを逆用することにしました。
「大きな声では言えないけど、ある事件を追っている」
「あんた。まさかお役人?」
「おっとおっと、そのあたりは内密に頼むよ」
「分かった」
サミーは自分は役人だとか一言(ひとこと)も言っていません。つまり官名詐称を避けています!
「このあたりで、バラバラになった奴の葬式、あるいは急に羽振りがよくなった奴とかを知らないかい?」
老人は考え込みました。
老人が考え込んだということ自体、この老人が何か知っているということです。サミーは老人に金貨を渡します。
「なぁ、おじさん、ちょっと協力してくんない?」
「お役人様なら・・・言うべきなのかなあ」
「頼むよ。おじさんのことは決して誰にも口外しないから」
と言って、サミーは2枚目の金貨を積みます。
やがて老人は言いました。
「実はバラバラになった男の遺体を繋ぎ合わせた」
「おぉ!」
そうか。そういうことだったのか。だから誰もバラバラ死体での葬式なんて、知らなかったんだ!とサミーは納得しました。
「その遺体を繋ぎ合わせた所に案内してくれ」
「それが・・・」
と老人が渋るので、サミーは3枚目の金貨を積み上げました。老人はまだ金貨を取りません。
「実は目隠しをされた上で、手を引かれてそこまで行った。だから私もその場所を知らないのでございますよ」
うーん。。。。敵もなかなか巧妙だなと思います。しかしサミーは思いつきました。
「だったらさ、同じように目隠ししたら、そこへ辿り着けないか?」
「自信は無いけど、ひょっとしたらできるかも知れない」
「ぜひやってくれ」
と言って、サミーは金貨を10枚も積み上げました。
ここに至って、老人は目隠ししての道案内に同意したのです。それでサミーは老人に目隠しをし、老人の手を取って店を出ました。
サミーがすることは老人の手を取り、転ばないようにするだけです。そして曲がり角に来たら、どちらかと尋ねます。
2人の奇妙な行程は1時間ほど掛かりましたが、やがて一軒の家の前まで到達しました。
「この場所のような気がする」
「おじさん、でかしたぞ」
サミーは自分が見失わないように、その家の扉に鉛白(*27)で白いX印を付けてから、老人の手を引いて靴屋まで戻りました。
(*27)鉛白(えんぱく white lead ホワイトレッド / ceruse セルーズ)とは鉛の化合物(塩基性炭酸鉛 PbCO
3.Pb(OH)
2)で、白色顔料として古くから使用されてきた。美しい白色なので、上質の白粉(おしろい)の材料とされたが、鉛化合物なので有毒である。そのため常用すると回復不能な肌のくすみや内臓疾患を生じた。日本では1934年に化粧品への使用が禁止された。
なお、“白いチョーク”と書く本もあるが、チョークは19世紀に発明されたものであり、アリババの時代には存在しない。
翌朝、モルジアナが掃除をしようと家の玄関に出ますと、扉に白い絵の具のようものでX印が入っているのに気付きます。
「なによこれ?誰の悪戯?」
と文句を言って消そうとしますが、うまく消えてくれません。どうも顔料で書かれているようです。これは蜜蝋でも持って来なければだめか?と思った時、モルジアナはハッと気がつきました。
これは・・・もしかしたら盗賊どもが襲撃の目印に付けたのかも知れない。あの靴屋の親父、しゃべったな?と。
数秒考えた末にモルジアナは家の中から鉛白(化粧用に持っている)を持ってくると、消しかけた扉のX印を補い、元通りの感じに復元してしまいました。そして、近所の家を回って、近くの家全部の扉に、似た感じのX印を、扉の同じ場所に付けてしまったのです。
一方、サミーはアジトに帰ると、親分に事の次第を告げました。
「でかした。そうか。靴屋に遺体をつなぎ合わさせたのか。向こうはかなり頭(あたま)がいいぞ」
目的の家に印を付けたというので、今夜襲撃することにします。それで目立たないように、みんなばらばらになつて、町に侵入しました。そして目的地近くの林に全員いったん待機させ、取り敢えず親分とサミーのふたりだけで、現地を確認しに行きます。
「この付近、似たような家が何軒も並んでいるんですよ。でも私が目的の家の扉に×印を付けましたから大丈夫ですよ」
とサミーは言いました。
ところが・・・・
「どの家だ?」
と親分は言いました。
「あれ〜〜〜!?」
その付近の家、全ての扉に全部白い顔料でX印が入っているのです。
親分は冷たく言いました。
「帰るぞ」
「はい」
サミーは顔色が真っ青になって返事をしました。
林で待機していた子分たちに
「帰るぞ」
と告げますので、子分達はまた目立たないようにバラバラになって町を出ました。そしてアジトに戻りました。
サミーは一部始終をみんなの前で再度語りました。
「それでどう責任を取るのだ?」
と頭(かしら)はサミーに冷たく言います。
「こんな無能な奴は死ぬしかないです」
とサミーは言いました。
「よく分かった。では望み通り、あの世に送ってやる」
と言って、頭(かしら)はサミーの首を刎(は)ねました。
「サミーは失敗し、制裁を受けた。誰か、自分なら成功させると言う者はいないか?」
と頭(かしら)が言うと、アフマド・アル・ガドバーン(怒りのアフマド)という男が立ち上がり
「俺にやらせてくれ」
と言いました。
「分かった。サミーと同じ失敗はするなよ」
と頭(かしら)は言いました。
アフマドは、サミーが言っていた靴屋に行きますと、金貨を5枚積みます。そして
「実は俺の仲間が、おっさんからバラバラ死体を繋ぎ合わせた家を教えてもらったのに、その場所が自分で分からなくなってしまったんだ。申し訳ないけど、もう一度教えてくれないか」
と頼みます。
「まあ、お役人さんならいいよ」
とムスタファーは言い、目隠しをして、アフマドに手を引かれ、再度夜の町を歩いて行きました。
そしてカシムの家に到達します。
「ここだと思う」
「ありがとう」
アフマドは、この付近は似たような感じの家ばかりで分かりにくいなと思いました。しかしサミーの奴、扉に印付けるとか目立つことするから、相手に対抗されてしまうんだと思います。それで、家の入口の目立たない場所に赤い鉛丹(*28)で小さなO印を付けました。
(*28) 鉛丹(えんたん red lead レッドレッド)は鉛化合物(四酸化三鉛 Pb
3O
4)で古くから知られる赤色顔料。同じく赤色顔料で同じ重さの金(きん)と等価交換されたという辰砂(しんしゃ:硫化水銀 HgS )ほど高価では無い。鉛白同様、有毒なので取り扱いには注意を要する。今日でも船の底には貝の付着防止のため鉛丹を塗装している。
"Red lead, Red lead, Red lead"(レッドレッド・レッドレッド・レッドレッド)は早口言葉!?
さて、アフマドは目立たない所に印を付けたつもりでしたが、先日の扉のX印のこともあり警戒していたモルジアナにはすぐ見つかってしまいます。それでモルジアナはすぐ家の中から鉛丹(口紅用に持っている)を持って来て、近所の家の入口の同じ場所に同じようなO印を付けて回りました。
そしてその夜、盗賊たちは前回と同様に目立たないようバラバラに町に侵入します。近くの林に集まり、取り敢えず親分とアフマドの2人で目的の家を確認に行きました。
「サミーの奴は目立つような場所に印を付けたりするから、向こうにバレるんですよ。俺は目立たない場所にこっそり印を付けたから大丈夫です」
などとアフマドは言っていたのですが・・・・。
「どの家だ?」
と親分は言いました。
「あれ〜〜〜!?」
その付近の家、全ての入口の同じ場所に、全部赤い顔料でO印が入っているのです。
親分は冷たく言いました。
「帰るぞ」
「はい」
アフマドは顔色が真っ青になって返事をしました。
林で待機していた子分たちに
「帰るぞ」
と告げますので、子分達はまた目立たないようにバラバラになって町を出ました。そしてアジトに戻りました。
アフマドは一部始終をみんなの前で再度語りました。
「それでどう責任を取るのだ?」
と頭(かしら)はアフマドに冷たく言います。
「こんな馬鹿な男は死ぬしかないです」
とアフマドは言いました。
「よく分かった。では望み通り、あの世に送ってやる」
と言って、頭(かしら)はアフマドの首を刎(は)ねました。
頭(かしら)は言いました。
「どいつもこいつも全く頼りにならない。今度は俺が敵の家を確認してくる」
それで頭(かしら)は、サミーたちが言っていた靴屋に行きました。礼儀正しくムスタファーに言いました。
「親方様、大変申し訳ありません。私の部下が2人、バラバラ死体のあった家に案内して頂いたのに、2人ともその場所を見失ってしまいました。本当にお手数なのですが、もう一度教えて頂けませんか?」
「いいよ」
それでムスタファーは三度(みたび)目隠しをして、頭(かしら)に手を持ってもらい、夜の町を歩いて行きました。
「ここだと思う」
「親方様、ありがとうございます」
頭(かしら)は家に印を付けるなどということはしませんでした。その代わり、その家を詳細に観察します。家の形、煙突の感じ、樹木などをよくよく見て記憶に叩き込みます。また頭(かしら)はこの家が曲がり角から何番目の家かというのも数えて確認しました。