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■八犬伝(9)

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(C) Eriko Kawaguchi 2021-10-10
 
現八は茶屋の夫婦の忠告を聞かず、夕方庚申山を越えようとしていました。
 
しかし秋の日は茶屋の主人が言ったように、急速に落ちます(*30). 現八は何とか暗くなる前に山を越えてしまおうと思いましたが、こんな時に限って道に迷い、気がつくともう真っ暗になっています。そして目の前に、庚申山の胎内竇(たいないくぐり *31)がありました。
 
(*30) 文明12年9月7日は、グレゴリウス暦では1480年10月19日になります。この日の日光市の日没は筆者の計算では17:04です(日暮は約30分後)。またこの日の月入は19:32なので結構早く真っ暗闇になります。
 
日没時刻は季節により2時間半くらい変動します。例えば2021年の場合、日光市の日没時刻は夏至だと19:03ですが、冬至だと16:29です。10月下旬だともうかなり冬至に近い日没になっています。
 
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(*31)“竇”という文字は、音読みは“トウ”、訓読みは“あな”。JIS 6365. 信じがたいことに第2水準です。こんな難しい文字はJIS外だろうと思ったのですが。この文字を入力できる人が少ないので、八犬伝関係のネット文書の多くが“胎内潜り”にしちゃってますね。一般に“竇”(くぐり)というのは洞窟(トンネル)や、物凄く狭い谷間をくぐり抜けるような場所です。ここでは少し先を読めば分かるように後者です。
 

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現八(白鳥リズム)もさすがに、店の主人の好意に甘えればよかったと後悔します。後悔すると疲れもどっと出て、現八は腰を下ろして一休みします。こういう時は気持ちが後ろ向きになるので、あれこれよからぬことを考えてしまいました。
 
しばし休んで、もうこのあたりで野宿しようかと思います。そして狭い谷間から見えるわずかな星を眺めていたら、異様な妖気を感じます。何だ何だ?と思い、現八は引き返し胎内竇を出、木陰に身を隠しました。
 
すると向こうから微かな灯りが幾つか見えてきました。
 
「あれは鬼火か?天狗火か?」
と思って見ていると、その灯りと思ったのは、何とも奇怪な風体の者の両眼が光っているのでした。
 
先頭に立っているのは、“馬に乗った侍”に見えるのですが、その顔は虎のようで、口は大きく裂けています。手も獣のような手です。それを除けば、身なりだけは普通の侍のようなのですが、現八は何か違和感を覚えました。彼はその時はその違和感の正体に気付きませんでした。
 
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またこの侍?が乗っている馬が奇妙で全体的に痩せこけていて骨と皮だけのよう。苔まで生えています。
 
後方左右に従者?が従っていますが、片方は真っ青、片方は真っ赤で、青鬼・赤鬼という感じでした。
 
(先頭に立っているのは化猫のマスクをかぶり、猫の手手袋をした品川ありさ。後方の青鬼・赤鬼は同様にマスクをかぶり手袋をした三陸セレンと山鹿クロム。馬は足が馬の動きをする造り物:C大学ロボット工学研究室の院生さんの試作品(制作の材料費を§§ミュージックが負担)。性別はどちらがいいですか?と言われたが、付いてたらガールズたちが騒ぎそうなので女の子にしてもらった)
 

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現八は考えました。こういう時、向こうが自分を見つけたら、それから攻撃態勢に移っても、後(おく)れてしまうものだ。機先を制して、あの妖怪の親玉を射れば手下共は親玉ほどではあるまい。
 
それで現八は木の上に登ると、弓矢をつがえ、気配を殺して待機します。相手との距離を測り、向こうが石門を出て、こちらにかなり近づいた所、50mくらいで、親玉に向けて射ました。
 
矢は妖怪の左目に当たりました。
 
すると親玉は落馬。手下の1人が親玉の手を取り、1人は馬を引いて、引き返していきました。
 

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現八は妖怪たちが去るのを少し待ってから木を降り、胎内竇を通過しました。更に“ものすごーく心細い”石橋を2つ越えて進みます。かすかな星明かりを頼りに様子を伺うと、多数の岩窟があります(*32)。これは茶屋の主人が言っていた、古代の遺跡だなと思います。それを横に見ながら歩いていると、その岩窟の中に、灯りがともっているものがありました。
 
しまった。妖怪の根城だったか?と思い、弓に矢をつがえて近づいて行くと、そこに男(品川ありさ)が1人居て、焚き火をしていました。
 
「勇士よ。私は妖怪ではありません。それどころか今日、私の仇敵を射てくださったことに感謝しています」
などと彼は現八(白鳥リズム)に語りかけました。
 
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現八は警戒は緩めないものの、弓矢はいったん戻して彼の近くまで行きます。
 
「こんな人里離れた山の中で、妖怪でないのなら、あなたはどなたです?」
と尋ねますが、
 
「申し訳無い。私から少し離れて、そのあたりに座っていただけませんか?あなたは神聖な珠をお持ちだ。その珠が近すぎると、私はこの状態ではいられなくなってしまいます」
 
珠で自分を保てなくなるというのは、やはり妖怪変化の類いであることを自白したか?とも思ったのですが、男の話はそうではありませんでした。
 

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「あなたが先ほど射たのは、齢(よわい)数百年の山猫の化け物です。身体の大きさは雄牛のよう、猛々しさは虎のようです。彼はその神通力で、この付近のキツネ、タヌキ、アナグマ、貂(てん)などの動物たちや、土地神たちまで従えています。今夜従者のように従っていたのも山の神と土地の神です。彼らは山猫の力が強すぎて抵抗できないので従っているだけで、山猫の手下とかではありません。だから山猫か怪我した時、敵を探すとかもせず、引き上げたのです」
 
「なるほど」
 
「私はこの世の者ではありません。元々はこの近くに住む郷士で、赤岩一角と申しておりました。それが不慮の死を遂げ、その恨みがここに留まり、仮に姿を現したのです。私は代々武士の家で、今は郷士になっていますが、武芸には自信があり、人に武芸を教え多数の弟子を持っていました」
 
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「寛正5年初冬(1464.10のこと。新暦:11/9-12/7)、私は武芸に誇って名を表そうと、昔から人が恐れるここの奥の院を見ようと門人たちに言いました。しかしみんな恐れて、結局3-4人の高弟と従者だけを連れ、山深く入りました。やがて第2の石橋を越える所で、みんな怖じ気づいて帰ってしまいました。みんな私にもう帰りましょうよと言うのですが、私はみんなの忠告を聞かずに先に進みました」
 
「そしてこの岩窟群のある所で物凄い風が吹いてきて、私は思わず弓矢も手から放し、身体を縮めていました。そこに山猫が現れて、私の背中に爪を立てたのです。私も反撃して相手の喉に短刀を立てようとしましたが手元がくるい、奴の前足に傷を与えただけでした。奴はそれでも襲ってきて、私は急所をやられて命を失い、奴に食われてしまったのです」
 
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「門人たちは私が帰らないので翌日捜索隊を出します。すると山猫は私の姿に化けて、門人たちの前に姿を現しました。見た目は私そっくりに見えるので、門人たちはてっきり私だと信じ、一緒に帰ったのです」
 
「勇者よ、願わくば、我が息子・角太郎と共にあの山猫を倒してくれないでしょうか」
と一角の霊は言い、自分の短刀、そして髑髏を現八に託して消えました。
 
(*32) この場面、胎内竇や凄ーく心細い石橋(さすがのリズムが渡るのを怖がった)、一角の居た洞窟はセットだが、岩窟群はCGである。
 
サンシャイン映像制作の今年春に美術系大学を出たばかりのCG技術者・緑川ルミさんの力作。静岡県函南町の柏谷横穴群、愛媛県の岩屋寺の甌穴群を実際に見学してきて!(松山空港までHonda-Jetで運んだ)、いかにも怪しげな横穴群を1ヶ月掛けてリアルに描いてくれた。データは3Dで作られているので視点が移動すると見え方も変わっていく。とてもCGには見えないので、放送後、あの横穴群はどこでロケしたんですか?という問合せが多数寄せられた!
 
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現八はこの洞窟で仮眠を取り、朝になってから石橋・胎内竇(たいないくぐり)を戻って、足尾側に戻りました。犬江家を訪ねてみたのですが、雛衣(木下宏紀)が1人居ます。そして、角太郎はずっと返璧(たまがえし)という所に行って修行をしているということでした。
 
雛衣(ひなぎぬ)が「義父(ちち)のお知り合いでしたらご案内します」と言うのですが、彼女がお腹を大きくしているので現八は
 
「妊娠中の女性に遠出させるのは申し訳無いです。道だけ教えて頂けないでしょうか?」
と言いました。すると雛衣はいきなり泣き出します。
 
「どうなされた?」
と尋ねると「旅の方に言う話ではないのですが」と言って、雛衣はその問題について語りました。
 
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角太郎がこの家を出て返璧(たまがえし)に行ったのは1年ほど前で、自分は毎週のように彼に会いに行き、必要な物などを調達したのを渡していた。しかし彼が修行中なので、男女の交わりは控えていた。ところが、半年前から月の者が停まり、自分のお腹が大きくなり始めた。それで角太郎は自分が他の男と通じたのだろうと疑っていて最近、口も聞いてくれないと。
 
「失礼ですが、他の男性とは」
「決して交わってはいませんし、そもそも他に親しい男もおりません」
 
現八は考えました。
「だったら、それは妊娠ではない」
「そう思われますか?」
「むしろ病気の可能性がある。子を孕んでなくてもお腹が大きくなる病気があるのですよ。できたら薬師(くすし:医者のこと)に見せた方が良いのだが」
「そのような方は、こんな田舎にはおりませんし」
 
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雛衣が歩くのは平気と言うので、結局現八は彼女に案内してもらって、角太郎の修行の場まで一緒に行きました。角太郎(常滑舞音)が座禅をしているので、現八たちはそれが終わるのを待ちました。
 
雛衣には聞かせたくない話なので、彼女を庵の外に座れる場所を確保して待たせておいて、現八は角太郎に昨夜、赤岩一角の霊から聞いた話をしました。そして一角から預かった短刀と髑髏を渡すのですが、角太郎は半信半疑です。ただ角太郎も“一角”についてはやや疑いを持ってはいるようでした。
 
角太郎は言いました。
 
「犬飼殿。大変失礼ながら、そなたの頬の痣はけっこう目立ちますね」
「まあこれは私の表札代わりみたいなものですね」
 
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「これを見てください」
と言って、角太郎は着物の上半身をはだけます。
 
「胸に痣が・・・」
「そなたの痣と形が似ている気がします」
「確かに」
と言った上で現八はハッとしたように聞きます。
 
「犬村殿、ひょっとしてこのような珠をお持ちではありませんか?」
と言って現八は自分が持つ“信”の珠を取り出して見せました。
 
「持っていました」
と角太郎は言った上で
「実は半年ほど前からそれが行方不明なのです」
「行方不明?」
「実はその直後から雛衣のお腹が大きくなり始めて、もしかしたら何か関係あるのかも知れない気がしています」
 
「ひょっとして、雛衣殿の体内に飛び込んでしまったとか」
「その可能性はあると思っています」
「でしたら、角太郎殿は、雛衣殿の操(みさお)を信じておられますか」
 
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「当然です。あの女は密通などする女ではありません。密通したのではと言っているのは“一角”の家に女房面して居座っている船虫という女ですよ」
 
「だったら、雛衣殿に『お前を信じる』と言ってあげましょうよ。雛衣殿はかなり思い詰めていますよ」
 
「いや、私も口下手なもので」
と照れるように言ってから、角太郎は付け加えました。
 
「それと“一角”と“船虫”は私の命を狙っている気がしているので、雛衣を巻き込まないように遠ざけているのです。そのことを話したら、あの子は絶対私が危ないのなら、なおさら傍に居ると言い出すでしょうから」
 
「そういうご事情でしたか」
と現八も角太郎の考えが分かり、溜息をつきました。
 
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