広告:メイプル戦記 (第2巻) (白泉社文庫)
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■私の二重生活(12)

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一方で男性名義の高倉竜の制作も進めて行った。
 
「こちらは顔とかも出さないんですよね?」
「そうそう。そういう歌手は結構いるから。低予算の歌手の場合」
「確かに」
 
「あと自作曲だと曲でバレるから、他の作曲者さんに提供してもらう」
「ああ、そんな話でしたね」
 
実際にアイの男声での歌唱も聴いたが、ほんとに魅力的である。確かにこれは使わないのはもったいないと私は思った。
 
「だけどアイちゃん、男声の声域は狭いね」
「そうなんです。2オクターブ無いんですよ」
「女声のほうは3オクターブ超えているのに」
 
そちらの伴奏については、Purple Catsのキーボーディストnoir(ノワール)が「自分に打ち込みで作らせてもらえないか」というので、とりあえず試作させてみると、かなり良いものを作って来た。演歌らしく、生ギターの音をメインにストリングや管楽器もフィーチャーした、大がかりなものになっている。
 
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「これ誰の作詞作曲だっけ?」
と言いながら私はクレジットを見てギクッとした。でも気にしないことにした。
 
「結構作り慣れている感じだね」
と私は彼女に言う。
 
「こういうの好きなんですよ」
「XANFUSでは打ち込みやったことないの?」
「最初期の頃は試作してみたんですけどね。すぐに楽器演奏者が4人そろっちゃったから、こういうのはやらなくなりましたね」
 
「noirはXANFUSの最古参メンバーだもんね」
とmikeが言う。
 
「え?そうなの?」
 
noirが説明する。
「正確には私と光帆とあと2人で4人でXANFASっての作って、そのあと2人辞めちゃって、それからyukiと音羽が参加して、最後にmikeとkijiが参加して6人であらためてXANFUSとして再スタートを切ったんですよね」
 
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「へー。あれ?じゃPurple CatsってXANFUSと一緒にできたんだ?」
「経緯としては複雑なんですけど、まあそんな感じです」
 

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9月下旬。★★レコードの一部の社員が性別の取り扱いに関する要望書を提出。会社側では当事者や法務関係の人を集めた検討会を開き、その問題に対応した新しいルールが10月末に発効した。それに沿って全国で40名ほどの社員が「性別変更届」を提出し、ある人はそれまで男性社員として勤務していたのを女性社員に変更し、ある人はそれまで女性社員として勤務していたのを男性社員として勤務し始めた。多くの現場で、上司や周囲は彼ら・彼女らを(少なくとも表面的には)暖かく受け入れてあげた。
 
「しかし三田原さんが男から女に変わったのはびっくりしました」
と私は少し落ち着いた所で、同僚の八重垣君と話した。
 
「あの子、全然そんな気配も見せてなかったからね。個人的にはかなり悩んでもう辞表提出して、フリーになってどこか女として雇ってくれる所を探そうかと思っていたらしいよ」
と八重垣君は言う。
 
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「いや、彼じゃなかった彼女の才能は惜しいよ。これまでも***とか***とか成功させてるもん」
「うん。今回の会社の指針発表で、そういう才能を失わずに済むことになったと思うね。僕の個人的な感想なんだけど、音楽業界には性別が曖昧な人は多いと思う」
「それは一般の企業や役所ではそういう生き方が許してもらえないからだよ」
「そうそう、それもあると思う。他にね、そもそも性別の曖昧な人には実は芸術的な才能の高い人が多いんだよ」
 
「あ、それもありそう。だけど今回のって、当事者グループが社長に直訴したって話だけど、勇気あるよね。下手したらクビじゃん?」
 
「うんうん。ほんと勇気あるよね」
と八重垣君は語っていた。
 
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「ところで、八雲君は女に変わる予定は?」
「ちょっと興味あるけど、ちんちん無くなると困るかも。八重垣君は?」
「そうだなあ。何かの間違いでちんちん無くしたら女になってもいいかなあ」
「八重垣君、女装の経験あるの?」
「一度やったら男にしか見えんと言われた。八雲君は中学の時にセーラー服を着せられたって言ってたね」
「二度と声がかからなかったからね」
 
でもまあ確かに八重垣君、男らしいもん。私が女の子になりたいことカムアウトしちゃったら、恋人にしてもらいたいくらいだよなあ、と私は思っていた。
 

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本社制作部では3人の社員が性別の変更を申請した。私たちは彼ら・彼女らの担当アーティストに接触して、担当者の性別変更を受け入れてくれるかどうか打診してまわるのに追われた。多くのアーティストは驚いたものの、別に本人であるのなら性別は些細な事と言ってくれたり、その人が気に入っているので性別が変わっても仲良くさせてもらいたいと言ってくれたが、一部アイドルで「女性の担当者でないと困るので」とか男性アーティストのマネージャーから
「女になったと聞いたらレイプされかねないから、男性の担当者に変えて下さい」などという要望が出たりして、その変更の割当てにも追われた。結果的に私も森風夕子ちゃんという女子高生アイドルの担当をすることになった。
 
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「大飯さんが男の人になっちゃったと聞いて私びっくりして。私は大飯さんが男であっても別に構わないと思ったんですけど、事務所から男性の担当者なら楽屋で着替えるのにも困るじゃないかと言われて」
 
などと本人は言っていた。
 
「だけど私も男ですけど」
と私は言う。
 
「あれ〜、そうですよね〜、なんでこういうことになったんだろう?」
 
と本人は不思議がっていたが、私も不思議だ!
 
「でもノリちゃん、男の歌手とかあまり担当してないでしょ?」
と彼女のマネージャーの秋田有花さんが言う。彼女ともこれまで何度か一緒に仕事をしたことがあるが、私と仕事をしたことのある女性マネージャーはみんな私を苗字ではなく名前で呼ぶ。
 
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「うん。実は僕は男性アーティストの担当が苦手」
 
「それにノリちゃんって、女の子が目の前で着替えていても平気だよね」
「僕、アセクシュアルだから」
 
「アセ?」
と夕子ちゃんがその言葉を知らないようなので簡単に説明する。
 
「つまり僕は恋愛する意志も性欲も無いんだよ」
「へー。だったら、安心ですね」
 
そういう訳で、私はなぜそういうことになったか経緯がよく分からないまま、女性から男性に性別変更した大飯さんが担当していた森風夕子ちゃんも担当することになってしまったのであった。
 
そして実際彼女のライブに付き添っている時、夕子は全く私の存在は気にせずふつうに楽屋で裸になって着替えたりしていた。
 
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私は加藤課長が忙しそうにしてたので、氷川主任にちょっとこの件を話したら、氷川主任も不思議がっていた。
 
「ノリちゃん、実は女子社員として管理されていたりして」
「うーん。。。そのうちお嫁さんに行けと言われたらどうしよう」
「ノリちゃん、なんなら私のお嫁さんにならない?」
 
私はちょっとドキッとした。
 
お嫁さん・・・・そういうものになりたいと思っていた時期もあった。でも無理だよなあと思って諦めてしまっている。
 
すると私が悩んでいるようだったので氷川さんは言った。
 
「もしかしてお嫁さんになりたいんだったりして?」
「今、一瞬悩んじゃった」
と私は彼女に言った。
 

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丸山アイの音源製作は途中で企画がミニアルバムに変更になり、11月中旬まで掛かった。そして12月初旬にCD発売が決まり、キャンペーンを行うことになる。キャンペーンは事前にFMで流した音源が好評であったため、全国14箇所を回ることになった。その感触がよければ春には本格的なホールツアーもしようかという話になってきつつあった。
 
私はアイ・伊代とともに、全国を駆け巡ったが、アイの性別に配慮して部屋はアイが個室で私と伊代が相部屋である!?
 
「なんで私、伊代と相部屋なのさ?」
「いいじゃん、女同士なんだから」
「これ何か言われなかった?」
「私、八雲さんと元々大学の同級生で当時お互いの部屋をよく訪問してたし、仲が良いから同じ部屋で良いですと言ったよ」
「それ、物凄く別の意味に誤解されてる!」
 
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「まあ枕営業かな」
「私は男性能力無いよ」
「レスビアンという手もあるよ」
「ちょっと待って」
 
キャンペーンは札幌・旭川から始めて、仙台・新潟・金沢・大阪・広島・福岡・高松・神戸・名古屋・横浜・千葉、そして東京である。これを休憩日無しで14日間で回るというハードスケジュール。アイちゃんは若いからいいのだが、私や伊代は体力的にけっこうきつかった。なお2日目の旭川にはちょうど別件で北海道に来ていた事務所の鈴木社長も顔を出してくれた。
 
疲れもピークになってきた8日目。福岡でのキャンペーンをした後、郊外の二日市温泉に泊まった。福岡市内で大きなイベントがあっていて市内の宿が取れなかったのもあったし、このあたりで一度温泉にでも浸かって疲れを癒やすとよいという配慮もあったようである。
 
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「アイちゃん、お風呂行った?」
と私は伊代に訊いた。
 
「行ったみたい」
と伊代は答える。
 
「あの子、男湯に入るんだよね?」
「どっちに入るんだろ。私も知らないんだよ。さて私は女湯に入ってこよう」
 
「わざわざ女湯と言わなくてもいいじゃん」
「ノリちゃんはどちらに入るのよ?」
「秘密」
「今行かないの?」
「夜中に行ってくる」
「ふーん」
 
と言ってから
 
「まあどちらに入るかは個人の判断だけど、警察に捕まらないようにね」
と付け加えた。
 

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そんなことを言って伊代はお風呂に入ってきた。アイも行ってきたようで、濡れた髪をまとめていて可愛かった。伊代が戻ってきてから3人で食事に行った。
 
「今の所CDは概算で1万8千枚くらい売れてるよ」
と私は今日本社からもらった報告書を見ながら言う。
 
「すごーい」
とアイは言っているが
 
「その10倍行くといいんだけどね」
と伊代は言う。
 
アイは明日また歌わなければいけないしということで22時には寝せて、私と伊代は部屋で地酒を飲みながら今後の営業のことや、次のCDの方向性などについて話し合ったりした。
 
「さて寝ようか。今夜こそはセックスしない?」
と伊代が言うが
「パス」
と私は言う。
 
「私そろそろバージン卒業したいんだけどなあ」
「ごめん。私には伊代のバージンをもらう能力がないから」
「やはり、もうおちんちん取っちゃったの?」
「まだ取ってないけど、立たないから」
「バイアグラ持ってるよ」
「なんでそんなの持ってるのさ?」
 
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伊代も無理はしない感じだったので、握手だけして並べた布団で寝た。伊代が寝息を立て始めたところで私は布団から抜け出し、タオルと着替えを持って、大浴場に行った。
 
昼間は男装でキャンペーンの仕事をしていたのだが、旅館では浴衣になっているから性別はけっこう曖昧である。私は大浴場の入口まで行くと男と染め抜かれた青い暖簾と、女と染め抜かれた赤い暖簾を見て、ちょっと息をついてから覚悟を決めて、赤い暖簾の方に入った。
 
ちょっとドキドキ。
 
女湯に入ったことがないわけではないけど、仕事で各地を回っている時に入るのは結構久しぶりだ。大浴場に入らなくてもいいようにたいてい個室に風呂が付いている所を使うのだが。とにかくも汗をかいたまま明日の仕事には出られない。
 
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服を脱いで裸になり、タオルで前を隠して浴室に入った。中には先客が3−4人いる感じだ。私は洗い場のところに座り、身体を洗い、髪を洗ってから軽く身体全体についた泡を流し、浴槽に入った。少しくたびれかけた木の浴槽がいい風情を醸し出している。私は手足を伸ばし、それから足の筋肉を少しもみほぐした。
 
その時、浴槽に新たに入ってくる客が居た。私は何気なくそちらに視線をやってから「え!?」と思った。向こうはこちらに前を向けた状態で湯船に身体を沈め、その直後私に気付いた。
 
「あ」
「アイちゃん!?」
 
「あははははは」
と向こうは笑って誤魔化そうとしている。
 
「アイちゃん、おっぱい無いって言ってなかった?」
「そうですね。たまにある時もあるかも」
 
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と言う彼女の顔はかなり焦っている。
 
「それにおちんちん無いじゃん」
「部屋に忘れてきたかも」
「忘れてこれるって、手術して付けたんじゃなかったの?」
「他のお客さんもいるから小さな声で」
とアイは言ってから
 
「ノリちゃんも、それ完全に女の人の身体じゃないですか!」
と言う。
 
「ちんちん付いてないですよね。それとも、それタック?」
「無いことは認めるよ」
「おっぱいも普通にあるし」
「アイちゃんよりずっと小さいよ」
 
彼女は言った。
「私たち、深夜の女湯で出会ったってことは、秘密にしません?」
 
「まあいいけどね」
と私は言ってから、じゃ結局この子の性別って実は何なの?と疑問を持ったのであった。
 
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