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■私の二重生活(5)

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(C)Eriko Kawaguchi 2015-03-28
 
その年の秋、私の「女の子生活」を知る人が出た。
 
この時期、私は女装外出にかなり味をしめており、バイト先から帰る時も、いったんスカートを穿いた上にズボンを穿いて隠すということをした上で、お店を出た後、公衆電話ボックスとかスピード写真コーナーとか、どうかした時はビル陰などで、ズボンを脱ぎスカート姿になってから電車で帰宅するなどというのをやるようになっていた。
 
その日も勤め先のファミレスを22時に上がり、着替えてスカート姿で八王子の駅に向かった。東京学芸大は小金井市にあり、最寄り駅は国分寺である。バイトを探すにも、国分寺・立川界隈で探す人が多い中、私が八王子でバイトしていたのは、この帰宅時のスカート姿をあまり知り合いに見られたくなかったからであった。
 
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駅のトイレで急いでメイクをする。実をいうとバイトから帰宅する頃にはヒゲがうっすらと生えていて、ノーメイクで女装するのは困難があるのである。お店から駅までの暗い道では目立たないのだが、電車の中は明るいのでヒゲが生えていたら目立つ。そのため、ここでメイクをしてファンデーションでヒゲを隠す必要があった。幸いにも女子トイレの中では、お化粧直しをしている人たちが結構いるので私がそんなことをしていても目立たない。
 

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八王子から国分寺に移動するのはこの時間帯には「逆方向」(都心に向かう方向)になるのであまり混んでいない。その日の電車でも余裕で座ることができた。
 
バッグからCanCamを取り出して読んでいた時、豊田で同じ車両に乗ってきた女性を見てギョッとする。それは同じクラスの伊代だった。
 
私は見付かりませんようにと思ってドキドキしながら雑誌で自分の顔を隠すようにした。彼女は車両内を軽く見回して空いている席があまり無かったのか、入口近くで手摺りにつかまったまま立っていた。私は雑誌を読みながらも注意の一部を彼女の方にやっていた。
 
そして次の日野に停まった後のことだった。その駅で乗り込んできた40歳前後の男が伊代の隣に立った。そして何気なくそちらに注意をやっていた時、その男が伊代のお尻に手をやるのを見た。え!?
 
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伊代もギョッとした様子である。しかし伊代は声を出せないようだ。男は伊代が黙っているので、にやにやしながらお尻を撫でている。更に身体を密着させようとした。
 

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私は雑誌をバッグに戻すと立ち上がって、すばやく伊代のそばに近より、男の手を握った。その男をにらみつける。
 
「何するんだよ?」
と男は言う。
 
「それはこっちのセリフだよ。痴漢のおじさん」
と私は厳しい顔で言った。
 
伊代はホッとしたような顔をしている。
 
「何だと?俺は何もしてないぞ」
と男は言ったが、向い側の座席に座っていた高校生の男の子が
 
「僕も見ました。その人、その女の人のお尻を触ってました」
と言った。
 
周囲の視線が冷たく男に突き刺さる。
 
「離せ。俺、次の駅で降りるから」
と男は言うが、私はその手を離さない。
 
それで揉めている内に次の立川に着く。何人か降りる人がいる。その男も私をふりほどいて降りようとしたが、私はしっかりその男の手をつかんでいた。
 
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駅では降りる人が終わるのを待って乗ろうとしている人たちがいる。しかし乗降口で揉めているので、その人たちが顔を見合わせている。
 
騒ぎに気付いた駅員さんが
「どうしました?」
と訊いた。
 
「痴漢です」
と私は言った。
 
すると駅員さんが男のもう一方の手をつかみ
「あんた、ちょっと来て」
と言った。
 

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結局、私と伊代がその男と一緒に降り、証言してくれた男子高校生も付き合ってくれた。被害者本人と証人2人から痴漢だと言われては男も分が悪い。駆けつけて来た警察官に身柄を拘束されたが、結局私たち3人も警察署まで行って調書の作成に協力した。私は女の格好をしているのに男名前を名乗るのは物凄く恥ずかしかったのだが、その問題について調書の作成をしてくれた女性警察官は何も言わなかった。それで何だか余計に度胸が付いてしまった。
 
警察署を出たのはもう23時半である。
 
「君、家はどっち?」
と私は高校生に声を掛けた。
 
「矢川駅の近くなんです。どっちみち立川で乗換だったんですが」
「電車ある?」
「まだあったとは思うんですけど」
 
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「タクシー代出してあげるから、タクシーで帰りなよ」
 
そう言って私は駅前でタクシーに彼を乗せると、運転手さんに料金を尋ねる。運転手さんがそこなら1000円でいいよと言ってくれたので千円札を渡して送り出した。
 

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「ノリちゃん、ありがとう」
と伊代は言った。
 
「ばれてた?」
と私は苦笑しながら答える。
 
「最初は気付かなかった。どこかで見たことのある人だなあと思ってたけど」
「知ってる人に見られちゃったの初めて」
「でもやっぱり女装するんだね。以前訊いた時は否定してたけど」
「恥ずかしいから」
 
「恥ずかしがることないと思うよ。とっても女らしいよ」
「そうかな?」
「まあ少し改良したほうがいいかも知れないポイントはあるけど」
「やっぱり?」
 

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私たちは電車で国分寺まで移動すると、コンビニでおやつと飲み物を買って、私のアパートに一緒に入った。洗濯物が室内に干してあったのを慌てて取り入れてタンスにしまった。
 
「干してあったの、女の子の服ばかり」
「実は最近ずっと女の子の下着しか着てない」
「夏頃、ブラジャーの肩紐が見えてたことがあったから、ふーん。女装はしなくても下着は女物なのか、と思ったことあったよ」
「実は見えているのをわざと放置してた。最初の頃は見えないように、上に濃い色のシャツを着たりしてたんだけど」
 
私たちは夜通し、おしゃべりをしていた。
 
「伊代、最近ちょっと落ち込んでいるような気がしてた」
「それ指摘されたの、尚美に続いてノリで2人目」
「何かあったの」
「うん。ちょっと失恋しただけ」
「そう」
と言ってから私は言葉を選ぶように言った。
 
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「今は悲しいかも知れないけど、きっとその内、ひとつの想い出になる日も来るよ」
「そうかもね」
「元気出しなよとは言わないけど、伊代のこと大事に思っている友だちもいるから、それを忘れないで」
「うん。ありがとう」
「きっと伊代の近くにいる子たちは、具体的に指摘しなくても、伊代が落ち込んでいることに気付いてはいるよ」
「かも知れないね」
 

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「ああ!男の人はこんな時、お酒飲むのかなあ」
「ごめーん。私、お酒飲まないからストック無い」
「ちょっと買いに行ってこない?」
「いいよ」
 
それでふたりで深夜のコンビニに行って、日本酒のワンカップを買ってきて、ミルクパンで暖めてふたりで飲んだ。
 
「けっこうこれ美味しい気がする」
「月桂冠、うちのお父ちゃんがいつも飲んでた」
 
伊代は私の女装の問題点をいくつか指摘してくれた。
 
「ポロシャツをスカートの中に入れているけど、それは外に出した方がいいよ」
「あ、そういうもん?」
「原則としてトップをボトムの上に重ねる形にする」
「なるほど」
 
「それからノリ、眉が太いんだよね。女の子はもっと眉は細くするよ」
「あ、そのあたりがよく分からなかった」
「削っちゃってもいい?」
「いいよ」
 
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それで伊代は私の化粧用品を入れているポーチから化粧用のハサミと顔剃り用のカミソリを出して眉毛を整えてくれた。
 
「化粧品、わりと持ってるね」
「お金がないから100円ショップで買ったのばかり。ファンデーション、アイシャドウ、アイライナー、アイブロー、チーク、マスカラ。口紅」
 
「確かに化粧品って高いよね。100円ショップもいいんだけど、アイカラーとか口紅みたいな色物はせめてドラッグストアかコンビニで買った方がいいよ」
「へー」
 

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私と伊代はこの後、急速に仲良くなっていった。またしばしば私は彼女と一緒に古本屋さんめぐりをしたりして、私はますます女装外出に自信を持てるようになっていくし、また私の女装スキルも鍛えられていくのである。また彼女は私に女の子らしい声の出し方を練習させた。
 
「まずはね、女の子歌手の歌が歌えるようになったら、それから女の子の声で話せるようになるよ」
と言って彼女は、安室奈美恵とか宇多田ヒカルなどの歌をカラオケ屋さんでたくさん私に歌わせた。
 
私は歌唱力、発声法など自体を鍛えた方がいいなと思い、大学で任意で受講できる声楽の講義を取るようになった。声楽の教官は私がソプラノボイスを出せることに驚き、カウンターテナー歌手として名高い人を紹介してくれてその人の指導を《安価に》月に1回受けさせてもらえることになった。安価といっても1回3万円払うのだが!
 
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ヒゲの問題について彼女はレーザー脱毛してしまうことを勧めた。幸いにもバイト代の貯金が少しできていたので、私は伊代が個人的な情報網で教えてくれた、とても安価にしてくれる、某大学病院でのレーザー脱毛の施術を受けた。ヒゲの処理は毎日ほんとに大変だったので、これはとても助かった。お金をためて、足の毛も処理したいなと思った。
 

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私と伊代は学校の教室でもよく話していたし(私は学校では男装なのだが)、よくメール交換もしていた。それを見た男子のクラスメイトがある日言った。
 
「お前ら付き合ってんの?」
 
それに対して私も伊代もほぼ同時に
「え?ただの友だちだけど」
と言った。
 
それで返事が重なったのでつい見つめ合って微笑んでしまった。でも私と彼女の関係は純粋に友情で結ばれていたのである。
 

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そんな伊代が大学3年生の時、フランスに留学すると言った。
 
「英語教師を目指しているのにフランスなんだ?」
「うん。フランス行って英語勉強してくる」
「よく分からないんですけど!?」
 
実際には彼女はヴァイオリンが得意で、この大学に入る時も音楽教師のコースか英語教師のコースか、かなり悩んだらしい。実際ヴァイオリンもずっとレッスンを受けていて、大学でも音楽コースの授業に参加していたようであるが、ちょうど誘ってくれた人があったので、向こうで数年間ヴァイオリンの指導を受けてくるのだということだった。
 
しかし彼女は大学で親しくなった友人の中でいちばんの親友だったので彼女との別れは寂しかった。
 

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大学4年生になると進路を明確にする必要がある。うちの大学の場合、元々が学校の先生を養成する大学なので、多くが教師を目指す。しかし一般企業への就職を選択する人たちもある。
 
私は自分のセクシャリティを考えた場合、教師は無理だと思っていた。
 
学校の先生はわりと服装が自由である。カジュアルを着て勤務できる可能性が高い。背広着てネクタイなんて嫌だと思ってたから、その点はいい。私は人に教えるのも好きだ。しかし、中学の教師などをしていて、自分の女装癖がバレたような場合、親たちから解任運動などをされたりする可能性がある。そういう面倒は嫌だ。かと言って一般の企業に勤めた場合、背広を着て勤務し、また髪も短く切らなければならないと思うと辛かった。
 
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いっそ大学院に進学して2年後にまた進路を考えようかとも思ったものの、東京に出てきた時、父との約束で4年間大学に行ったら就職することにしている。その約束は守る必要があると思っていた。
 
ある日、任意で受講していた声楽の教官が
「君は教員採用試験を受けるんだっけ?」
と私に訊いた。
 
「いえ。教師の免許は欲しいですけど、コネとかも無いし、とりあえず一般企業に就職しようかと思っています」
と答える。
 
「だったら、もし気が向いたら、この企業の面接に行ってくれないかな。実は推薦してくれと言われて面接に行かせることにしていた音楽教師コースの生徒が、体調が悪くて面接に行けないみたいなんだ。欠席してしまうと、向こうの機嫌をそこねて、来年から推薦の話をもらえないかも知れないから。君結構音楽関係の講義取っているしね。落ちたら落ちたでも構わないし、面接だけでも受けてもらえないかな」
 
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