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■私の二重生活(11)

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それで顔合わせすることにして、私は彼女の事務所、∞∞プロに向かった。大手の事務所で、芹菜リセ、ハイライトセブンスターズ、などを抱えている。かつてマリンシスタ、Lucky Blossom、大西典香なども売っていた。しかし私はこの事務所のタレントさんは担当したことが無かった。
 
私はふだんは会社でけっこうジーンズにポロシャツやセーターなどの格好で勤務しているし、スタジオでの音源製作やライブに同行する時もそういう格好が多いのだが、さすがに初めて訪問する先なので、渋々背広を着た。こういう服を着ると、女の自分を無理矢理男の服の中に閉じ込めてしまっているみたいで凄く不愉快だ。
 
水道橋駅近くにある∞∞プロの事務所を訪問する。名刺を出して訪問の趣旨を告げられると応接室に通される。
 
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やがて20歳くらいのコムデギャルソンっぽい服を着た女性と16-17歳くらいに見えるブランド名は分からないもののひじょうにセンスのいい服を着た少女が入ってくる。
 
「おはようございます。私、∞∞プロの五田と申します。こちらが丸山アイです」
と20歳くらいの女性が言う。
 
「おはようございます。丸山アイです」
と少女も言う。すごくきれいな声だ! 本当にこの子、男の子だったの?
 
「おはようございます。★★レコード制作部の八雲と申します」
 
とこちらも挨拶する。とりあえず名刺交換してから座る。
 
「この子、他の者が担当する予定なのですが、今ちょっと別のアーティストのトラブルで出ておりまして、戻りましたら参ると思いますので」
と五田さんが言う。
 
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「いえいえ大丈夫ですよ」
 
少し話している内に、私はこのアイちゃんをどこかで見たことがあるような気がした。どこで見たんだっけとかなり考えていた時に、唐突に思い出した。そうだ!8月にステラジオのツアーが終わった後、都内のホテルに後泊した時、朝食の時に同席した少女だ。
 
しかしそれを思い出すと同時に私は冷や汗を掻いた。あの時、私を女装していた。それにこの子が気付いたら、やばいじゃん。
 

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取り敢えず彼女のデモ音源を聴いてみる。
 
自作曲で『隅田川のほとりにて』というフォーク調の曲である。ギターの伴奏1本で歌っているが、突き抜けたように澄んだハイソプラノがとても美しい。私はその歌を聴いた瞬間、この子は10年に1度の逸材だと確信した。
 
聴き終わってから拍手すると彼女はお辞儀をするが、私は言った。
 
「君のプロフィール、見たら長崎県の出身ということだけど、この歌、本当に『隅田川のほとりにて』という名前だったの?」
 
「あ、いえ済みません。実は長崎市の中島川を歌ったものだったんですが」
「やはりねー。歌われている風景が隅田川じゃないもん」
「すみませーん」
「じゃ元のタイトルは?」
「『中島川舟歌』です」
「でもそのタイトルだと演歌だよ」
「言われました! ついでに中島川なんて誰も知らないから隅田川にしろと言われて」
 
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「まあよくありがちだよね。『霧の摩周湖』なんかも危うく『霧の霞ヶ浦』にされるところだったというから」
 
「五田さん、これ『中島川のほとりにて』というのではどうでしょ?」
「担当のものが帰ってこないと私では判断できないですが、レコード会社の方がおっしゃることであれば、通ると思います」
「ではその方向で」
 

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そんな話をしていた時、五田さんに電話が入り離席する。それで私はアイちゃんと直接、いろいろ話をした。
 
「この音源のギターは君が弾いたの?」
「はい。中学の時に、私が友だちのを借りたり、学校の備品を借りたりして練習していたら姉がお金半分出してあげるから買っちゃおうよと言って、ヤマハの安いのなんですけど。それで一所懸命練習しました」
 
「あ、僕もヤマハのFGを中学以来弾いてるんだよ」
「私もFGですぅ!」
 
「うまいと思うよ」
「ありがとうございます」
 
「だけどアイちゃんって、ほんとに自然に女の子に見えるね。去勢とか性転換とかするってので、親に反対されなかった?」
 
「去勢はこっそりやったので、後で知られた時、母が気絶しました」
「ああ、可哀想に」
「親不孝者だとは思うんですけど、自分が抑えられなかったんです」
「僕も知り合いにMTFの子がいるから、なんとなく分かるよ」
「ほんとですか。性転換手術は親にお金出してもらったんですよ」
「理解してもらえてよかったね」
 
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「でもそこまでしておいて、男の生活と女の生活と両方やってるので、親からあんた、せっかく男になったのに何で女の格好とかしてるのよって言われたりするんですけどね。今回も一応女性歌手としてデビューすることになっちゃったし」
 
彼女のことばに私は混乱した。
 
「ちょっと待って。アイちゃんって男から女に変わったんじゃなかったんだっけ?」
 
「え?逆ですよ。女に生まれたけど男になったんです」
 
「そうだったんだ! ごめーん。上司から逆に聞いていたよ」
と言って私は謝る。
 
ああ、加藤さんって時々大きな誤解していたりするからなあ、と私は思った。
 
「でも女から男への性転換手術って大変だったでしょ?」
 
「中学の時にこっそり卵巣除去の手術を受けちゃったんですよね」
「それは娘がそんな手術受けたと知ったら、親はショックだろうね」
「だったと思います。でも自分に生理があるの、もう我慢できなかったら」
 
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「うん。そのあたりの気持ちは結構分かる気がする」
「それで高校3年の夏休みに、おちんちん作る手術をしたんです。でも実はまだ子宮は取ってないし、実はヴァギナもふさいでないんですよね」
 
「じゃ、ふたなりボディだ?」
 
と訊きながらも、私はこんな美少女におちんちんがあるなんて、もったいないと思った。
 
「ええ。実は男とも女ともセックス可能な状態なんですよ。まあどちらも経験は無いですけどね」
「なるほど」
「あとおっぱいはほとんど無いです。だから男湯パスするんですよ」
「へー」
「一応女装する時はシリコンパッドをブラに入れてますけどね」
「あれはニューハーフのタレントさんに触らせてもらったことあるけど、凄くリアルな感触だよね」
 
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「そうなんです。友だちも本物みたーい、と言ってたくさん触ってました」
「アイちゃん、友だちは男の子が多いの?女の子が多いの?」
「半々ですよー。女の子とガールズトークするのも楽しいし、男の子と猥談するのも楽しいし」
「それ記者さんとかの前では言わないように」
 
「はーい! でも何か八雲さんって、凄く私、話しやすいし、こういうの理解してくださっているみたい」
 
「そうだね。そういう友人を見ていたから」
 
そんなことを言った時、ふとアイが考えるようにして言った。
 
「八雲さん、私最初お会いした時から、何だかどこかで見たような気がしていたのですが、8月に**ホテルのロビーで相席しませんでした?」
 
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ぎゃっ。バレた?
 
彼女は私の反応を見て確信したようだ。
 
「あ、やはりそうですよね。あの時も最初は気付かなかったんですよ。でも御飯食べている内に『あれ〜、この人、女装者みたい』と思って」
 
「参った、参った。あれ、私の趣味なんですよ」
「MTF?FTM?」
「MTFです」
「じゃ、さっき言っていたお友だちって」
「実は私のこと」
「すごーい。会社には言ってあるんですか?」
「内緒」
「だったら私も内緒にしておきますね」
 
という彼女はキラキラした目をしている。まあでもこの子との付き合いではこちらがMTFというのは、バラしておいた方がスムーズかも知れないな、と私は開き直った。
 

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それで向こうがこちらの女装のことなど訊いて少し話していた時、応接室のドアが開いた。
 
そして入って来た人物を見て、私は呆気にとられた。
 
彼女は言った。
 
「すみませーん。遅くなってしまいまして。私、丸山アイを担当しております菱沼と申します」
そして、私を認識した上で更に続けた。
 
「あら?ノリじゃないの。あんた、なんでそんな男みたいな格好してるのよ?」
 
私は何かが音を立てて崩れるような感覚を覚えた。
 

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彼女とは9年ぶりの再会だった。
 
「伊代、いつ帰国したの?」
と私は訊いた。
 
「もう4年くらいになるかなあ。連絡しようとしたけど、番号が変わってたみたいだったし」
「ごめーん。仕事柄大量に名刺配ってるから変な電話も多くて、時々電話番号変えてるんだよ」
「会社から携帯支給されてないの?」
「それもあるけど、個人の携帯に掛けてくる人も多いんだよ」
「ああ、分かる分かる」
 
アイは成り行きが最初理解できなかったようだが、私と伊代が大学時代の友人だと言ったら驚いていた。
 
「ついでにどういう意図でこんな格好してるのか知らないけど、この子実は女の子だから」
と伊代は言う。
 
「実はその話をしていたところです」
とアイ。
 
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「ああ、アイちゃんにはバラしたの?」
 
「いえ、私が八雲さんの女装外出している所に遭遇したことがあったので。私もその時は女装だったんですけどねー」
とアイが言う。
 
「やはり縁があったんだ!」
 

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「でも公私で性別交代するって、私みたーい。私も女性歌手として契約しちゃったから、仕事では女だけど、プライベートは男で」
とアイは言うが
 
「アイちゃん、プライベートでも男の格好での外出はしないことと契約書に書いたはずだけど」
と伊代が釘を刺す。
 
「すみませーん」
 
しかし私の性向を知り、それを事務所の担当者も承知であったことが分かったことで、ますますアイは私に親しみを持つことができたようであった。アイは私のことを「ノリちゃん」と呼ぶようになった。
 
「でもノリ、カムアウトして女性社員として勤務すればいいのに」
と伊代は言う。
「それやったら首にされるよ」
と私。
 
「大丈夫だと思うけどなあ。驚かれるかも知れないけどさ」
「数年前、九州のほうでスカート穿いて勤務しようとした人が首にされてるから」
「ひどーい。★★レコードってそのあたりの理解のある会社だと思ってたのに」
「理解のある人もいるけど、まだまだ理解しようとしない人の方がずっと多いよ」
「だいたい、あんたもう玉は無いんでしょ?」
「うーん。そのあたりは個人情報保護法で」
「みずくさい。おっぱいは?」
「少しだけある」
「女性ホルモンは?」
「それは飲んでる」
 
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と言いながらも、それを結構サボっていたのをこないだ醍醐さんとかいう作曲家に指摘されたなあと私は思い出していた。いつも3ヶ月分くらいの女性ホルモンを購入して、それが無くなるのに1年くらい掛かっている。
 
「じゃ玉があったとしても機能停止してるよね?」
「まあ男性機能や生殖能力は無いよ」
と私が言うと
 
「私も生殖能力無いでーす」
とアイが言っている。
 
「じゃ私、音源製作とかの時にノリちゃんが女の人の格好してても黙ってますから、代わりに私が男の格好で歩いてるの見ても咎めないということで」
 
などとアイは言うが
 
「男の格好はあくまで高倉竜の制作をするスタジオ内およびカーテンを閉めた自宅内で人に見られないように」
 
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などと伊代は言う。
 
しかしわざわざ性転換手術までして男の身体になったのに、女性歌手としての体裁を保つため男装禁止ってのは、ちょっと可哀想だなと私は思った。
 
「だけど二兎を追う者は一兎をも得ずってことわざあるけど、私たちのことみたいなんて思いません?」
とアイは言う。
 
「どういうこと?」
「私にしてもノリちゃんにしても、男の生活と女の生活を持っているんでしょ?つまり男と女の両方生きているんだけど、その代わり男としても女としても生殖できないんです」
 
「まあそれは去勢手術受ける時に覚悟を決めたよ」
 
と私が言ったら
 
「なーんだ。やはり去勢してるのか」
と伊代。
 
しまった!! 隠しておくつもりだったのに!
 
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アイが「へー」という顔をして頷くようにしていた。
 

私はそれからしばらくの間、丸山アイに自作曲を6曲提出させ、その中から私の感覚でデビューに使用する2曲を選択した。伊代にも改題の承諾をもらった『中島川のほとりにて』と『オーバーパス』という曲である。後者は長崎駅前の歩道橋のところで愛しい人を待ち伏せている少女の思いを歌ったものである。
 
その音源製作の伴奏をどうしようかと思っていた時、スケジュールの空いてしまったバンドがいるのだけど、誰か用事はないかという話が回ってきた。それで演奏を聴いて見てそれ次第ではと返事をしたら、やってきたのはPurple Catsというバンドである。
 
「8月のサマフェスの打ち上げでも会いましたね」
と私は言う。
「あ、どもー。奇遇です」
 
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「どうしたんですか?しばらくXANFUSの音源製作とかライブとかが無いんですか?」
「いや、私たちクビになっちゃったんです」
「えー!?」
 
なんでも会社の社長が替わって新社長がXANFUSの音源は打ち込みで作ると言い出し、それでバックバンドの彼女たちが首になったのだそうである。
 
それで私は∞∞プロの伊代と話し合い、取り敢えず音源製作に付き合ってもらい、その後もしかしたらライブツアーの伴奏も頼むかも、という線を提示した。実際アイの音楽には、男性バンドより女性バンドの方が合う気はしていたのでPurple Catsの参加は好都合であった。
 
「ね、ね、ノリちゃん」
とPurple Catsのyukiが制作中私に話しかけてきた。
 
「何ですか?」
「ノリちゃん、女装の才能があると見た。一度スカート穿いてみない?買ってあげるよ」
「勘弁してよ。由妃ちゃんは男装してみない?背広買ってあげるよ」
「私、男嫌いだからいい」
「へー」
 
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■私の二重生活(11)

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