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■私の二重生活(9)

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(C)Eriko Kawaguchi 2015-03-29
 
翌朝、特にすることが無いので洗濯をしたりお部屋の掃除などをしていたら、9時半頃、携帯に電話が掛かってきた。
 
「はい」
「おはようございます。こちら**クリニックと申しますが、やだのぶあきさんいらっしゃいますか?」
 
それは来週、去勢手術を申し込んでいる病院だ。でも私「やくものりあき」なのにと思う。どう名前を読み間違うとそうなるのだ?と思いながらも
 
「はい、本人ですが」
と答える。
 
「実は今日手術を受ける予定だった人がキャンセルして枠が空いてしまったのですが、もしご都合がつくようでしたら、前倒しで手術を受けられませんか、ということでお誘いなのですが」
 
私はそれは好都合だと思った。睾丸とはできるだけ早くサヨナラしたい。
 
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「ちょうど3日間有休を取ったところだったんですよ。特に何も予定が無かったから、ぜひ受けさせてください」
 
「了解しました。そちらは御飯は最後は何時に食べられましたか?」
「えっと今朝はまだ食べてませんでした。昨夜22時頃に食べたのが最後です」
「飲み物は?」
「今朝コーヒーを2杯飲みました」
「何時頃ですか?」
「8時少し前だったと思います」
「でしたら問題ありませんね。では飲み物も食べ物も取らないようにしてご来院いただけますか?」
「分かりました。では参ります」
 

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ちょっと急なことで驚いたものの、私はすぐに身支度を調えると、電車で新宿に出かけた。受付で名乗ると病室に通される。血圧・脈拍などを測られた。
 
手術は15時からということであった。病室であの付近の毛を看護婦さんが剃毛してくれた。つい立ってしまうので「すみません」と言ったが「慣れてますから大丈夫ですよ」と若い看護婦さんは言った。
 
14時半頃、裸にされ手術着に着替えさせられる。そしてストレッチャーに乗せられて手術室に行った。
 
「手術は全身麻酔で行いますが、麻酔が覚めたあと結構痛いと思いますので」
と医師が言う。
 
「ええ。それは構いません」
と答えたが、あれ〜?全身麻酔にするんだっけ? こないだは部分麻酔でいいようなこと言っていたのになあなどと思う。
 
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「では始めますが、本当に手術していいですね?もう元には戻せませんよ」
「ええ。早く男を卒業したいです。手術お願いします」
 
それで私は点滴の管をつけられ、血圧計・脈拍計なども身体に取り付けられる。背中に注射(これが痛かった)を打たれたあと酸素マスクを取り付けられる。次第に眠くなっていき、記憶が途切れている。
 

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目が覚めた時、医師や看護婦さんたちの顔があった。
 
「手術は成功しました。もうあなたは立派な女性ですよ」
と医師は言った。
 
「ありがとうございます」
と答えながらも、たかが睾丸を取っただけで、立派な女性になるのかなあ、などといぶかった。まあもう男ではなくなったけどね。
 
「経過が順調でしたら日曜の午前中に退院できますから」
「はい。日曜の夕方には仕事があるので、それでお願いします」
と答えつつ、せいぜい1泊でいいと聞いていたのにと思う。
 
「では病室に移って頂きますが、麻酔が完全に切れたらかなり痛いので、その時はナースコールして下さい。鎮痛剤を処方しますので」
「分かりました。お願いします」
 
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麻酔が切れると本当に痛かった。去勢手術ってこんなに痛いのか。性転換手術なんてしたら、痛みはこんなものでは済まないんだろうな、などと思いながらも、鎮痛剤を処方してもらったにも関わらず襲ってくる激しい痛みに私は耐えていた。
 
ふと時計を見たら20時だった。あれ〜?私の手術ってどのくらいの時間が掛かったんだろう。去勢手術って30分もあれば終わるものじゃなかったの?
 
やがて医師が様子を見に来てくれた。
 
「痛みはどうですか?」
「痛いです」
「最初はどうしても痛みが大きいですからね。みなさん翌日にはかなり痛みが引くようですよ」
「そうですか」
 
ということは今夜はずっとこの痛みに耐えないといけないのか。本当に大変な手術なんだなあ。そういえば昔のカストラートの手術とか宦官の手術って随分死亡率があったというし、などと私は考えていた。
 
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「あ、それから手術前に確認し忘れていたのですが、矢田さんの女性名は何でしたっけ? カルテおよび、ベッドの所の名前を男名前から女名前に書き換えたいので」
と医師が言う。
 
へ?と思って私は振り返ってみると、枕元にヤダ・ノブアキと書かれている。
 
「すみません。名前が全然違うんですけど。私はヤクモ・ノリアキですが」
「え?」
 
医師と看護婦が顔を見合わせている。
 
「ちょっと待って下さい。あなた矢田さんじゃないの?」
「私は八雲です」
 
「ねえ君、矢田さんはどこ?」
と医師が看護婦に訊く。
 
「私はこの方が矢田さんだと・・・」
と言って看護婦は青ざめている。
 
それからしばらく事務の子が呼ばれたり、婦長さんが出てきたりなど、私のベッドの前で大騒動が繰り広げられた。私はいったい何が起きているのやらよく分からないままそれを見ていた。
 
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そして医師が言った。
「八雲さん。私はあなたに謝罪しなければならないことがあります。ショックかも知れませんが、しっかり聞いてください」
「はい。何でしょうか?」
 
と私は目をぱちくりさせながら医師に答えた。
 

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あれから6年。話は2014年に戻る。
 
携帯の着メロが鳴る。私は目を覚ましてそれを取った。北川係長からだ。
 
「おはよう。ノリちゃん」
「おはようございます。奏絵さん」
 
私は制作部の女子社員たちと名前で呼び合っている。本当は係長と呼ぶべきなのだが、女子社員同士では肩書きをつけずに呼び合う習慣になっている。むろん彼女は私以外の男性社員からは「北川係長」と呼ばれる。
 
「今度のサマー・ロック・フェスティバルだけどノリちゃんが担当している子は誰か出てたっけ?」
「いえ。出てないです」
「当日何か仕事入ってる?」
「運悪く何も入ってません」
「それは運が良かった。ちょっと手伝ってよ。担当が重なっている子とか面倒みる人が足りなくてさぁ。ノリちゃん若い女の子の扱いがうまいから居てくれると助かるのよ」
 
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そういう訳で私は休みの予定だったのを横須賀まで出て行くことになった。当日は線光花火という女の子3人のユニットや、杉田純子ちゃんなどのお世話をした。遠上笑美子ちゃんの案内も頼まれてので行ってみる。
 
「やっほー。ノリちゃんが来てくれたんだ?」
と明るい声で宣代さんが言う。
 
「おはようございます。この子が売出中の笑美子ちゃんですか」
と私は彼女に挨拶して言う。
 
「おはようございます。遠上笑美子です。よろしくお願いします」
と本人もきちんと挨拶する。
 
「よろしくー」
 
それでしばらく控え室で3人で話していたのだが、やがて笑美子ちゃんが悩むような顔で言う。
 
「なんか八雲さんとお話ししていると、私凄くリラックスできる感じです」
 
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「そうなのよ。ノリちゃんは女の子をリラックスさせる話し方をするんだよね。あ、八雲さんなんて言わなくていいよ。ノリちゃんでいいから」
と宣代。
 
「《ちゃん》ってこの世界では敬称ですよね?」
と笑美子ちゃん。
 
「そう。ごく一般的な敬称。ふつうの会社とかで《さん》をつけるところをこの世界では《ちゃん》で呼ぶ」
と宣代。
 
「じゃ、ノリちゃん、よろしくお願いします」
と笑美子ちゃん。
 
「うんうん。僕もそう呼ばれる方が肩が凝らなくていいよ」
と私も笑って応じた。
 

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笑美子ちゃんがトイレに立った時に、宣代から言われた。
 
「ノリちゃん、あんたさあ。いいかげんカムアウトしたら?」
「それやると会社クビになるから」
「いや、あんたなら『やはりそうだったか』と言われて、翌日からみんな普通に女子社員として接してくれるよ」
「そうなったらいいですけどねー」
 
「結局二重生活を続けているんだ?」
「ええ。仕事場では男で、プライベートでは女です」
「下着はいつも女の子でしょ?」
「私、男物の下着は持ってないですよ」
 
「それで困ったことない?」
「ツアーで回ってて、お風呂入りましょうと言われて、イベンターの人にお風呂に誘われたことあります」
 
「どうしたの?」
「風邪気味なのでといって遠慮させてもらいました」
「そうだよね。ブラジャーにショーツつけているの見たら仰天するだろうし」
「全くですね」
 
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「だけどあんたとあそこで遭遇した時はびっくりしたなあ」
「チェリーツインも人気安定してますね」
 

あれは例の手術を受けた翌週だった。体調はきついし傷も痛いのを頑張って福岡まで往復して精神力だけで平静を装ってサイドライトのイベントを成功させた。そのあと月曜・火曜もひたすら寝て体調を回復させて、何とかなるかなという感じでチェリーツインとの初会合に臨んだ。
 
加藤課長と2人でζζプロを訪れ、応接室に通される。それでその部屋にチェリーツインの7人が入ってくる。そして彼女たちに続いて入って来た人物を見て、私は仰天した。
 
「宣代さん?」
「ノリちゃん?」
 
「何だ、君たち知り合い?」
と加藤課長から訊かれる。
 
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「中学の時の後輩なんです」
と宣代が言った。
 
「だったら好都合だね。うまく青嶋課長さんと連絡を取り合って運用していってあげて欲しい」
と加藤課長は言った。
 
「だけど、てっきり女性の担当者かと思ったのに」
などと宣代は少し悪戯っぽい表情で言う。全く!!
 
「済みません。女性のアーティストにはできるだけ女性の担当者をつけるようにはしているのですが。八雲君はこれまでも女性アーティストとうまく付き合ってきているので、行けるかなと思いまして」
と加藤課長。
 
「もしかして女性の心を持っているのかしら?」
 
ちょっとー!
 
「本人に訊くと、中学時代に他の男子が女装させられたりした時、彼はなぜかセーラー服着てみない?と声が掛からなかったと言ってましたから」
 
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「ああ、そんなことあった気もするね」
と宣代は楽しそうに私を見ながら言った。こちらはもう内心冷や汗であった。
 

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「チェリーツインがインディーズにしては大きなセールスをあげて社内的にもメジャーデビューさせては?という話が出てきた時に、やめた方がいいって言ってくれたのも、ノリちゃんだったね」
 
と宣代はあの2008年の時のことを思い返すように言った。
 
「チェリーツインの場合、メジャーの宣伝手法になじまないんだよ。テレビやラジオに出そうにも、気良姉妹はしゃべれない、バックで歌っている桜姉妹は絶対に顔出しNG。だけど紅姉妹はあまり面白いことが話せない。桃川ちゃんは天然で楽しいんだけど、逆に言ってはいけないことまで言いそうで怖い」
 
「なんかあのふたり紅姉妹って言われちゃうね」
「あっと。男だったか。面倒だから性転換しちゃえばいいのに」
「よく言われているみたい」
 
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「それにチェリーツインのセールスって微妙だからさ」
「そうそう。メジャーだと逆に利益が減る。インディーズの方が儲かるという微妙な売上なんだよね」
「それで安定しているから、あのユニットはそれでいいんだよ」
 

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笑美子ちゃんのステージを見届けた後は、細かい雑用をあれこれこなした。そしてイベントも終わった後、だいたい片付いたかなと思っていた時、そのチェリーツインの桃川さんとばったり会った。それで「お久ー」とか「最近どう?」などと当たり障りのないことを話していたら、XANFUSの音羽ちゃんが通りかかった。
 
「春美さん、おひさー」
などと言って、桃川さんとハグしている。
 
「これから打ち上げやるからさ、ちょっと来ない?」
と音羽が言う。
 
「あ、そちらはどなたでしたっけ?」
「★★レコードの八雲さん」
「★★レコードの人なら、いっしょに来ません?」
「いや、僕は遠慮しておきますよ」
 
とは言ったのだが、音羽はわりと強引である。結局、そこら辺に居たチェリーツインの紅ゆたか・紅さやかまで一緒に連れられて打ち上げの会場に向かうことになった。行ってみると、XANFUSとローズ+リリーとKARIONの合同打ち上げだったようである。XANFUS担当の福本深春さん、ローズ+リリー担当の氷川真友子主任、KARION担当の土居有華さんもいるが、関係無いはずの八重垣君と一畑君までいる。
 
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「おお、八雲、お前も連れてこられたか?」
などと八重垣君から言われた。
 
彼は男性社員の中では私が比較的話しやすく感じる貴重な人物である。普通の男性の前では私はつい身構えてしまう。しかし彼とはなぜかそういう壁のようなものを感じずに話すことができて少し不思議な気がしていた。
 
「ノリちゃ〜ん」
などと福本さんが手を振るので
「ミハルちゃ〜ん」
と私も手を振っておいた。
 

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