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■夏の日の想い出・2年生の秋(13)
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「あ、ありがとう。今の、五線紙・・・と思う前だった」
「さ、思いついたメロディー書いちゃおう」
「うん」
というと、私は今浮かんできたメロディーと歌詞を五線紙にできるだけ早い速度で書き綴った。時々筆が停まるが、途絶えてしまった付近の空間を探すようにすると、その続きを「見つける」ことができて、私は更に音符を書き連ねていくことができる。曲は10分ほどで完成した。私が五線紙にペンを走らせている間、美智子は甘い紅茶を入れてくれた。
「何度見ても、その冬の才能は天才的だよね。でも全ての曲をそういう作り方、するわけじゃないんでしょ?」
「うん。普通に自宅でキーボード弾きながら作曲することの方がむしろ多いよ」
「だけど、凄い曲はみんなこのパターンから生まれてるのよね」
「このパターンで作っても駄作ということはあるけどね」と私は笑う。
「作曲家さん、その曲のタイトルは?」
「そのまんま」
「愛の次元?」と政子。
「うん。Love dimension. マーサ、歌詞の補填をお願い」
「ほい来た」
と言って政子は譜面を受け取ると、私が歌詞を書いてない部分に追加の歌詞をすらすらと書き入れて行った。私が既に書いている部分の歌詞でも何ヶ所か私に確認して修正して行く。
「こういう時の政子も凄いよね。歌詞を書く時考えたりしてる感じがないよね」
と美智子。
「冬の歌の世界観が見えちゃうから、そこに入るべきことばは自然に分かるの。だから、私は言葉を創ってるんじゃなくて、言葉を掘り出してるの。これね、『キュピパラ・ペポリカ』を書いた時に自分で気付いた。あの歌詞見た人はでたらめな単語の羅列に見えるかも知れないけど、あれはちゃんとひとつひとつのことばに、そこに置かれる必然性があるの」
「それも才能だなあ。夏目漱石の『夢十夜』で運慶が木の中から仁王を掘り出すなんて話に似てるね。冬以外の人の作品でもそれできると思う?」
「たぶん無理。冬から譜面を渡される時に、世界観を一緒にもらっちゃう感じがするの。その世界観があって初めて書けるから」
「やはり、あんたたち、物凄い絆で結ばれてるんだわ」
と美智子は楽しそうに言った。
この「愛の次元」はスイートヴァニラズに渡す曲の中の筆頭にすることになった。
美智子の家を辞してから、一緒に私の家に戻った。家の中に入るなり政子は私に抱きついてキスをする。
「なんかこういうこと、これからは自然に出来ちゃう気がする」
「うーん、甘い生活だなあ」
と私は笑って、お茶を入れる。その時、私の手が止まった。
すると次の瞬間、政子が五線紙とボールペンを私の前に出した。
「凄い・・・新記録かも」と私は笑うと、それを受け取り、急いで譜面に曲を書き始めた。タイトルの所には「sweet life」と書いている。
私は書きながら政子に尋ねた。
「ねえ、お昼、カップラーメンか何かでもいい?」
「OK。私もひとりで家にいる時、お昼はたいていカップラーメンかレトルトカレーだよ」
政子は私が譜面を書いている間に、勝手にカップ麺を2個出して来て、お湯を沸かし、注いだ。
「よし。書き上げた。歌詞の補填、よろしく」
「了解」
といって、政子はスイスイと私の書いた譜面に歌詞を書き入れて行く。知らない人が見たら、何かよく歌っている曲の歌詞でも書いているのかと思うだろう。タイマーが鳴ったが私も政子もカップ麺は放置している。政子はひたすら歌詞を書いていたが、やがて
「完成」
と言ってボールペンを置くと「いただきます」と言って、カップ麺を食べ始めた。それにあわせて私も食べ始める。
「あ、これけっこう美味しいじゃん」
「うん、このシリーズ行けるのよね」
「だけどふと思ったんだけどさ」
「何?」
「冬って、男の子だった頃と、女の子になってからで、かなり性格が変わった気がするなと思って」
「えーっと、それはいつ頃を境に?」
「ローズ+リリーを始めた時から」
「そう?」
「うん。やはりあの時、冬は女の子になっちゃったんだろうからね」
「私もそんな気がする。正望と知り合ったのって、ローズ+リリーの活動が一時停止したあと、3年生になってからだけど、その当時から私のこと、男装してる女の子としか思えなかった、なんて彼言ってたし。実際初めて声を掛けられたのが体育の時間でさ。『君、女子は向こうに集合してるよ』って」
「私は高校入学して冬と会った時から、女の子っぽいなとは思ってたけどね。でもホントに女の子になったのはローズ+リリーを始めてからだよ。それでまだ男の子だった頃はさ、冬って、なんだかいつもおどおどしていて、物事に対して受け身で、流されるままに生きてた感じ」
「うん。マーサからよく『もっとしっかりしなさいよ』と言われてたね」
「それが女の子になってからの冬って、凄く活動的になったし、積極的に物事に挑戦するようになって、自分で世界を切り開いていくようになった」
「たぶん・・・・自分の本来の生き方をしてなかったのが、そのおどおどしていた原因だと思う」
「そうか。本来の姿である、女の子になることができて、冬の本来の生き方ができるようになったんだ。性格の上でも」
「うん、そうだと思う。自分はこうしたいけど、男の子だとこうしなければいけないんじゃないかって、そういう自己規制が強すぎて、結局何も決めきれなかったんじゃないかと思うのね」
「私達もさ」
「うん」
「ちゃんと愛し合っているんだということを確かめ合ったことで、より自然な関係になっていくかもね」
「えー?どうなっていくんだろ?」
「ふふふ。取り敢えず今夜もセックスしようね」
「あはは。いいけど。気持ちいいから」
「うん。気持ちいいよね。。。。あ、明日の夜は私、直哉とデートだから」
「ちゃんと避妊具用意していってね」
「それが面倒な所だな。冬は避妊具無くても大丈夫だもんね」
「うん。便利だよ、この身体も。彼ちゃんと用意してくれてたんだよ。優しいなって感動したけど、でも付けなくていいよって言ったの。あ・・・」
「はい、どうぞ」と五線紙とボールペンが出てくる。
私はその場で「convenient body」という曲を書き上げた。
こうして私は政子と数日の「甘い生活」を送りながら、たくさんの曲を書いたのであった。ただ、少し日数がたつと、私達はそれほど頻繁にはセックスしなくなった。セックスしなくても愛を確信しているから、しなくてもいいんだろうなと私は思った。それでも月に1回くらいはしていたし、お互いが忙しくてしばらく2人だけになれなかったような後は、たいてい求め合うように愛し合っていた。
今回書いた曲の内「愛の次元」「甘い生活」「白馬の女騎士」「コンビニ・ボディ」
の4曲はみな政子と会話などをしている最中に突然思いついた曲であった。その他に、政子が書いた詩を見ながら、キーボードを適当に触っていて、浮かんだメロディーを書き留める本来の?手法で「慈善の愛」「35秒」「穴があったら入○たい」という3曲を書いた。
美智子には仕上がる度に送っていたのだが「なんかスイートヴァニラズにあげるのがもったいないくらいの出来だよ」などと言っていた。
「穴があったら入○たい」を見た美智子は「政子、お前、彼氏ととうとうセックスしたな?」と言った。政子は「はーい。やりました」と明るい声で答えた。ただしこの曲のタイトルはさすがにまずいということで「条件反射」という名前に改められた。今回この7曲とこちらのヒット曲『キュピパラ・ペポリカ』
の「参考アレンジ」は美智子と私が半分ずつ担当して作成した。実際のアレンジは、スイートヴァニラズ側で行う。
スイートヴァニラズ側は、こんなに短時間で曲を作るのは難しかったようでこちらが8曲持って行った時点では4個しかできていなかった。残りの3個は翌週もらった。向こうから託されたヒット曲は『祭り』、夏フェスで私が最初の1コーラスを歌った曲であった。
「ね、スイートヴァニラズ風の演奏ってどんな感じにすればいいのかな?」
「こんな感じじゃない?」といってタカがエレキギターを少し弾いた。
「あ、そんな感じ。タカうまーい」
「じゃベースはこのパターンだよな」といってマキも演奏してみせる。
「かなり、それっぽいですね」
ローズクォーツは普段からリクエスト演奏で様々なアーティストの曲を演奏していて、スイートヴァニラズの曲もけっこう演奏したことがあったので、彼女たち風に演奏するというのは、けっこう何とかなる感じだった。
「ボーカルはケイの2種類の声と、マリちゃんの声と3つで歌えば、かなりそれっぽくなるんじゃない?」
「スイートヴァニラズは曲によってリードボーカルが交替してるでしょ。こちらも曲によって変えようよ」
「あ、いいね」
「じゃ、『祭り』『永遠と3日』『愛のシャワー』はケイのソプラノボイス、『グートゥンターク』『飛行機雲を見つめて』『諦めたくない』はマリちゃん、『林檎と嘘』『君におぼれちゃう』はケイのアルトボイス」
とマキが担当を決める。
「えー?私がリードボーカルするの?」と政子。
「だってマーサ去年からずっと歌のレッスン受けてて、かなりうまくなってるもん。リードボーカル歌っても充分行けるって」
「そうかな?」
編曲確認用の録音を各曲1コーラスずつ演奏して録音し、スイートヴァニラズ側に届けた。翌日向こうからOKの返事と、向こうの仮録音のデータをもらう。こちらでみんなで聴いてみて特に問題ないのでOKを出す。
「けっこう俺達が演奏してるっぽく聞こえるね」
「『夏の日の想い出』風の演奏だよね」
「向こうも頑張ってるね。こちらも頑張らなきゃ」
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