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■夏の日の想い出・コーンフレーク(11)
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ところで『コーンフレークの花』という曲は、元々私たちが先日の世界ツアーの際にリオデジャネイロで前座に入った、doces flocos, doces flores という歌唱ユニットを見て発想したものである。
先にデビューしたのがdoces flores(甘い花)という女の子2人のユニットで、そのそっくりさんとしてデビューしたのがdoces flocos(甘いコーンフレーク)という男の娘2人のユニットである。
そういう意味ではローズ+リリーとローザ+リリンの関係に似てなくもないが、ブラジルの場合、そっくりさんで売り出したはずのdoces flocosの方が大きく売れてしまったのである。最近ではだいたいセット売りになっていて、一応doces flocosが前座、doces floresが真打ちという扱いではあるものの、実際には前座のdoces flocosの方が演奏時間も長く、そっちだけ聴いてdoces floresのステージが始まる前に帰っちゃう客も多いらしい。
むろん前座のdoces flocosの方がずっと多くのギャラをもらっている。
私たちは『コーンフレークの花』を制作する際に、向こうのエージェントと連絡を取り、こういう曲を作るということを事前に通告しておいた。すると向こうは売上の一部を欲しいと言ってきた。こちらとしてはそういう契約は結べないと拒否したものの、その後の交渉で、こちらが向こうのセールスに協力することで合意が得られた。
それで彼らが4人セットで来日することになったのである。すると向こうではgSongsなどのダウンロード販売サイトで、ドーチェス・フロコスの曲を買ってくれる人が日本で出るかも知れないし、また「ワールドツアーを敢行した」という名目で《箔付け》にもなる。向こうでは日本以外に、タイとインドとドイツにポルトガルでもライブをすることにして、うまくツアーを組み立てたようである。5ヶ所もやれば充分「ワールドツアー」と言える。特に先進国の日本とドイツが入ったのも大きいようだ。日本ではテレビ番組で紹介してもらった上でサマフェスのひとつに出演するが、ドイツのは実際には地方の小さなお祭りのステージのようである。それでも「ドイツ公演」には違いない。
その彼らが7月31日に来日。私たちは彼らと対談してくれと加藤課長から言われた。
「ドーチェス・フロコス、ドーチェス・フロレスの双方とですか?」
「いや、フロコスだけでいい。フロレスはほとんどおまけ。飛行機の座席もフロコスはビジネスクラスだけど、フロレスはエコノミークラスだったらしい」
「あからさまですね!」
それで私たちは都内のホテルでふたりと対談した。対談の様子は日本側のスタッフのカメラで撮影しているが、あとで編集して公開するらしい。生で流さないのは「やばい」話が出てきた場合の用心らしかったが、実際かなりやばい話が出た!
最初に『コーンフレークの花』のPVをふたりに見せたのだが、ふたりは凄く面白がっていた。
「なんか私たちもここに出たいくらいだね」
などと言うので、その場で加藤さんと向こうのエージェントが話し合い、doces flocos, doces flores が出演する『コーンフレークの花』のPVを制作するのと、doces flocosがこの曲をカバーするという話もまとまった。
「でもふたりともふつうに女の子の声で、女言葉で話すんですね」
と政子が言う。
私たちの対談は英語でやっているので、あまり男言葉・女言葉の差は無いのだが、彼らがエージェントさんと話しているのはポルトガル語で、ポルトガル語にはけっこう男性と女性で言葉遣いが違う表現がある。例えば「ありがとう」は男性はオブリガードと言うが、女性はオブリガーダである。政子はそれを指摘したのである。
「ええ。女言葉で話せと言われて7-8年やってきてるんで、もうそれが普通になっちゃったんですよ」
とフロコスのサンドラが言う。
「声は声変わり前に去勢されちゃったからね」
とヴェラ。
「去勢するの嫌じゃなかった?」
と政子が訊く。
「嫌も何も」
「寝てる内に手術されちゃったし」
「え〜〜!?」
「朝起きたらなんかあの付近にガーゼが貼ってある訳よ。何だ?何だ?と思ったら、玉が見当たらないんだもん」
とサンドラが笑いながら言う。
「そんなのいいの〜〜?」
「まあ、取られちゃったもんは仕方ないし」
とヴェラ。
「ポジティブですね」
エージェントさんも苦笑していたが、この付近のやりとりはさすがに公開されなかった。
「顔は整形してないんですよね?」
「してないです。そもそもフロレスのふたりに顔つきが似てたんでスカウトされたんですよね」
「会っていきなり、おっぱい大きくしてよと言われて仰天しました」
「あの時はまさか、玉まで取られちゃうとは思わなかったけどね」
「名前も本家に合わせて女性名に変えられちゃったし」
「あ、サンドラ・ヴェラは本名なんですか?」
「そうそう。フロレスがサンドラとヴェラだから、私たちもそれに合わせて同じ名前に法的に改名しちゃったんです」
「まあ改名させられたというか」
「だから私たちは女みたいな外見と体付きで、おっぱいもあるし、女の声で話すし、名前も女だけど、住民登録は男のまま。今回作ったパスポートも男」
「ブラジルでは性別の変更はできないんですか?」
「できますよ。2009年に最高裁の判決が出て性転換手術を受けた人は名前と性別の登録を変更できるようになったんです。ブラジルでは性転換手術自体、健康保険が利くから無料で受けられるんですよ」
「それはいいですね!」
「日本人が羨ましがりますよ」
「日本だと無茶苦茶高いもん」
「貧乏人は性転換手術が受けられないんです」
「でもどっちみち私たちはおちんちん付いてるから性別の変更はできないんですよね」
「まあ性別まで変更したくないし」
「エージェントさんも変更してほしくないみたいだし」
「そうか。女の子みたいに見えるけど、実は男の娘というのに価値があるのね」
「そうそう」
「まあ充分なギャラをもらってるから不満は無いけど、自分の身体を売っちゃったようなものだけど、法的な性別だけは自分たちの心のアイデンティティのよりどころというか」
「ああ、分かります」
「でも見た目が女、名前が女、でも性別が男ってので、入出国審査で揉めませんでした?」
「揉めました、揉めました」
「ブラジル出国する時は良かったんですけどね。ブラジル国内では私たちのことわりと知られているから」
「トランジットのアメリカでトラブって、日本入国でトラブって」
「大変でしたね!」
「タイはレディボーイさん多いから何とかなるかも知れないけど、インドでもトラブって、シェンゲン圏で無茶苦茶トラブりそうな予感」
「大変そう!」
「ドーチェス・フローレスさんとはエージェントも違うし、ふだんあまり話さないんですか?」
「けっこう話しますよ」
「私たち4人仲良し」
「実はフロレスの2人は私たちの夜のお相手も求められたらしなければならない契約らしいんだけど」
「うむむ」
「実際には、私たちは去勢してるし、女性ホルモンを日常的に摂取してるから全く立たないので、セックスは不可能」
「なるほど」
「セックスって1度してみたい気はあるけどね」
「去勢された頃は小学生だったし、まだセックスって知らなかったんだよね」
「去勢される前に1度しておきたかったね」
「でも実はあまり性欲も無い」
「うん。女の子の裸とか見ても特に衝動とか起きないし」
「もちろん男の子の裸には全く興味無い」
「男の人に抱かれてみる?と言われたことあるけど、要らないと言った」
「たぶん睾丸取っちゃったから性欲が少ないんでしょう」
「だと思う」
「フロレスとも実は一緒に夜をすごしたことあるんだけど、実際にはずっとおしゃべりしていて、フロレスのふたりはソファーで寝てもらったしね」
「へー。面白いですね」
「以前、彼女たちがおちんちんを触ったり舐めたりしてくれたこともあったけど、あまり気持ちよくなかったから、しなくていいよと言った」
「ふむふむ」
この付近も公開ビデオではカットされた。
「でもサンドラとヴェラはお互いのことを代名詞She/Herで受けるのね」
と私は言ってみた。
「そうそう。取り敢えず女の子扱い。ポルトガル語なら Ela/A」
「そのあたりも契約で、とにかく表に出るところは全部女で通す」
「男なのは住民登録だけ」
「なるほど、なるほど」
「トイレも女子トイレに入るし」
「プールとかコンサートの更衣室も女子用を使うし」
「いや、君たちが男子トイレや男子更衣室に入ろうとしても追い出されるよ」
「お風呂も女湯に入るんですか?」
と政子が訊いたが向こうはキョトンとしている。
これに関してはエージェントさんが説明してくれた。
「ブラジルにも温泉がありますが、日本のとは違って水着着用の混浴が多いんですよ」
と私たちに説明し、フロコスのふたりには、
「日本の温泉は男女別に別れていて、裸で入る」
と説明する。
「私たち、それではどちらにも入れない」
とサンドラが言う。
「確かにそうかもね」
「女性用のお風呂に入るには、おちんちんがあるし、男性用のお風呂に入るにはおっぱいがあるし」
「実はそれで日本でも性転換途中の人って、どちらにも入れなくて困るんですよ」
「どうしよう?今夜はお風呂は入れないのかな?」
などとサンドラが言うが
「ホテルには個室にバスが付いているから、他の人に身体を見られずに入れますよ」
と私が言うと
「安心しました!」
と笑顔で言った。
この付近はそのまま公開ビデオにも流れていた。でも彼ら(彼女ら?)が出演した日本のバラエティ番組では、フロコスのふたりをフロレスの2人と一緒に女湯に突撃させていた(でも日本人の女の子たちから「可愛いから女湯でもいいよ」などと言われて歓迎されていた)。
私たちは性別問題でもけっこう話が盛り上がったのだが、ファッションの話で盛り上がり、そして音楽論議でも随分と盛り上がった。私たちは事前にフロコスのCDをたくさん聴いていたので、あの曲が好きです、この曲が好きですと言って、向こうも聴いてくれて嬉しいです、その曲私たちも好きなんです、などと言っていた。
フロコスの2人は初期の頃は、フロレスの曲のカバーをしていたものの最近は逆にフロコス前提で曲が用意され、フロレスが同じ歌を逆カバーするパターンになっているらしい。
音楽的にはだいたい日本で言うボサノヴァの系統になるものの、彼らの曲はけっこうポップロックに近い雰囲気もあった。ふたりは実はギターとベースも弾けるらしいが、本家のフロレスにも練習させたら、向こうがめげてしまったので、それはまだ未公開らしい。
「あくまで私たちはフロレスの偽物ですから」
とサンドラは笑いながら言っていた。
「本物ができないことまで偽物がやってはいけない訳ですね」
「そうそう」
「でもフロレスが男の人と結婚したら、私たちも男と結婚しろと言われたりして」
「やはりフロレスにはレスビアンを覚えてもらおうよ」
「彼女たちが女性と結婚してくれると、私たちもちゃんと女性と結婚できる」
などという話になったところで対談はお開きとなった。
この対談はオンラインの有料動画サイトで公開された他、抜粋したものが女性ファッション雑誌にも公開され、実際フロコスの曲が日本の若い女性にかなりダウンロードされ、最終的には日本でも彼らのCDが発売されるに至る。
またドーチェス・フロコスとドーチェス・フロレスにはその日の夜『コーンフレークの花』の振付を特訓で覚えてもらって、翌日そのダンスを収録。これを加えた「ドーチェス版PV」が8月1日の夕方にスピード公開された。
これのフルバージョンのPVは元のPVとともに、8月中旬に発売予定で準備中の『コーンフレークの花/DVD版』に収録されることになった。ドーチェスフロレスとドーチェスフロコスのエージェントはこのPVの出演料として合計1万ドルを受け取った(これも向こうのエージェントは印税方式を主張したものの、こちらは拒否し、この金額で交渉妥結した)。
「でも無料で性転換手術が受けられるっていいね」
と対談が終わってから政子は言った。
「確認したけど公立病院に限られるみたいね。その場合、かなり順番待ちの覚悟は必要。急ぎたい人は高額の料金を払って私立病院に行く」
「なるほど。でも無料で受けられるルートがあるだけでもいいよ」
「賛成。ブラジルの場合、手術は18歳以上で2年以上の治療を受けていることが条件らしいから実質16歳からトランスを始められるということみたい」
「そのくらいで始められたらけっこう女らしい身体を獲得できるよね」
「うん。やはり10代でトランスし始めた人って凄くきれいだもん。一方お隣のアルゼンチンの場合は、18歳以上の人は自分の性別をどちらで登録するかというのを自分で決定できる。性転換手術を受けていることは条件ではない」
「それも面白いね。でも見るからに男って人が男装のまま自分は法的に女だからと言って女子更衣室に入ってきたらどうする?」
「どうなんだろうね。でも本当に生まれながらの女であるのに、男に見えちゃう人が女子更衣室に入ってきた場合は?」
「むむむ。悩むぞ、それは」
「そのあたりがやはり今後の課題かも知れないけどね。議論していくべき問題だと思う」
と私は言う。
「実際さ、津田アキ先生から聞いたけど、1990年前後頃までは、女装者であっても、それどころか性転換者であっても、法的に男である限り、女子トイレに入るのは犯罪だなんて主張する人が当事者自身の中にも居てネットでも激しい議論があったらしいよ」
と私。
「今では少なくとも心が女であって女としてパスしている人が女子トイレを使うことは問題無いと考える人が多いよね。実際の性器の形状によらず」
と政子。
「うん。パスしているかどうかが基準になってきているよね。日本の場合。そういう合意が形成されてきたんだと思う。痴漢や盗撮目的の不届き女装野郎の場合は大抵パスしてないか挙動不審だから通報されて逮捕されてる」
と私。
「心は女だけど女子トイレに入った経験が少なくておどおどしている場合は?」
「そういう子は痴漢盗撮野郎とは見た目の雰囲気が違うから大丈夫だと思うよ」
「そうそう。雰囲気が違うんだよね、男と女では」
「うん。心が女である人は男装していても独特の雰囲気があるんだよ。たいてい男装していても周囲にはバレてる」
「女としてパスしていないけど、法的にも生物学的にも生まれた時から女という人はどうしよう?」
と政子は更に疑問を呈する。
「ああ・・・・そういう人は結構苦労しているみたいだよ。桃香なんて女子トイレや女子更衣室、女湯の脱衣場で何度も悲鳴あげられたことあるらしいし」
「そんなこと言ってたね!」
その時、私は唐突に「そのこと」を思い出した。
「龍虎がさ」
「うん?」
「小学校の修学旅行の時」
「うんうん」
と政子の目が輝いている。
「男湯に入ろうとしたら係員につまみ出されて、こちらに入って下さいと言われて女湯の脱衣場に連れて行かれたと」
「あはは。それで女湯に入ったの?」
「そこから先はまだ聞いてない」
「よし。その件、追及しなきゃ」
と政子は楽しそうに言った。
「だけど16歳からトランスを始めるという場合、親を説得できるかというのもひとつの課題だよね」
「そうそう。法的に保証されていても親がそういう治療に反対したら受けられないからね」
「性別をトランスする人って親との関係に苦労してるもんね、みんな」
「私にしてもクロスロードの他の子たちにしても、凄く運がいいよ」
「言えてる言えてる。冬なんて、やはり小学2年生で性転換手術受けられたってのは、お母さんほんとによく理解してくれたんだね」
「私が性転換したのは大学2年生の時だってのに」
「いいかげん、そういう嘘をつくのはやめなよ。こういう証拠もあるし」
と言って政子は小学2年生くらいに見える私のヌード写真を私に見せた。私はこの写真の出所はたぶん真央だなと思った。
「ほら、お股には男の子の印が存在しないよ。割れ目ちゃんも見えるよ」
と政子が言う。
「それお股にはさんで隠してるんだよ。おちんちんを隠すと、隠した所が引っ張られて割れ目ちゃんみたいに見えるんだよ」
「ということにしておいて、実はもう手術済みだったんでしょ? 確かにこの時、おちんちんなんか付いてなかったという証言も複数あるんだけど」
「そりゃ女湯に入る以上、絶対に見られないように気をつけるよ」
「やはり女湯に不法侵入したことを自白したな」
「それこないだ堂々と6万人の前で言っちゃうし」
「失恋した腹いせ」
「ふーん。マーサ、失恋したんだ?」
「もう立ち直った。彼には結婚は祝福してやるから、もう私にメールはしないでってメールした」
そのあたりの経緯は私も松山君からのメールで昨日聞いたところである。ただ彼は当面私の方には状況を報告すると言ってきたので、報告は受けていいけど、こちらに気を取られるより、自分のフィアンセを大事にしてあげてと私は書いておいた。
「マーサらしいね。マーサって恋愛にはドライだもんね」
「でも冬、今夜は私とセックスしてよ」
「ここ1ヶ月ほどほぼ毎晩してるじゃん!」
と言って私は政子にキスした。
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