広告:トロピカル性転換ツアー-文春文庫-能町-みね子
[携帯Top] [文字サイズ]

■夏の日の想い出・誕生と鳴動(12)

[*前頁][0目次][#次頁]
1  2  3  4  5  6  7  8  9 10 11 12 
前頁次頁目次

↓ ↑ Bottom Top

翌日も早朝からの移動になる。この日は全員鉄道での移動だ。
 
フランクフルト駅を6:54のTGV(TGV EST 9568)に乗り、4時間の行程で10:54にパリ東駅に到着する。ツアーも疲れがピークに達していて、大半のメンバーがひたすら寝ていたが、私と政子は氷川さん・七星さんをおしゃべり相手にして車窓の風景を見ながら、また詩を書いていた。
 
11日間にわたって続けて来たワールドツアーも今日が最終日である。今日の会場は1万人入る多目的ホールである。
 
そして13;00、例によって私のヴァイオリンソロから演奏を開始する。最初の曲を演奏し終えた所で
 
「Bonjour! Nous sommes Rose plus Lys!」
と挨拶する。
 
基本的な進行は他のヨーロッパの国でのライブと同じパターンである。前半をアコスティック、後半をリズミックとした。このツアーの後で発売するライブDVDは、アルゼンチン版とフランス版をベースにする予定だと聞いている。それで疲れもたまっているが笑顔で頑張る。
 
↓ ↑ Bottom Top

この日の「鈴割り役」は昨年デビューしてたくさんの賞を取った若手女優さんにお願いした。最初、ローズ+リリーの2009年以来のファンだというパリ市長さん(女性)がやらせてと売り込んできたらしいのだが、政治的な要素は入れたくないのでと、やんわりと断り、招待券とローズ+リリーの直筆サインで勘弁してもらって、あらためてこの女優さんにお願いしたものである。
 
例によってラストは『ピンザンティン』を歌いますと言ってから私が横やりを入れて『Virtual Surface』を歌う。そしてあらためてお玉を振って『ピンザンティン』を歌い、いったん幕。
 
そしてアンコールで呼び戻されて『夜宴』『夏の日の想い出』を歌って終了である。私たちは鳴り止まない拍手に、何度も何度もお辞儀をし、手を振って、お客さんたちの歓声に応えていた。
 
↓ ↑ Bottom Top


ライブが終わったのは結局15時近くであったが、休憩をはさんで夕方から今回のツアー参加者全員でパリの街に出て、ビストロを貸し切りにして打ち上げをおこなった。
 
裏方で大忙しであった加藤課長は「むしろ寝ていたい」と言っていたのだが、乾杯の音頭取りだけでも出てきてなどと言って引っ張り出して、実際その後ずっと店の隅で寝ていたようである。全くお疲れ様である。
 
「フランス版をDVDには入れるつもりだったんですけどね」
と則竹さんが難しい顔をしている。
 
「済みません、出来が悪かったですか?」
「頑張っている姿はいいんだけど、やはり疲れが溜まっているからだろうけど声の伸びがロンドンとかに比べると少し落ちていると思う」
「ごめんなさーい」
 
↓ ↑ Bottom Top

「加藤や帰国してから町添とも相談しないといけないですが、僕と氷川とで検討した範囲では、いちばん良いできだったのはリトアニア版だと思う」
と則竹さん。
 
「マリさん・ケイさん、前日にサンクトペテルブルクで半日歌い込んだりしてるでしょう? それもあってあの公演がいちばんいい出来になったと思うんですよ」
と氷川さんは言う。
 
「やはり練習が如実に結果に出るんですね」
と私。
「まあ今回は元々ロケハンだけの旅行のつもりだったのが、丸花さんの意見でツアーまでやることにしたんで、気の毒ではあるけどね」
と則竹さん。
「いえ、それは全然言い訳になりません。アーティストはベストな状態で公演に出なければなりません」
と私は言う。
 
↓ ↑ Bottom Top

「まあ、精進、精進だね」
と、料理も食べずにワインを飲みまくっている近藤さんが隣から声を掛けた。
 

↓ ↑ Bottom Top

翌日、私と政子はふたりでシャンゼリゼに出て、のんびりと散歩したりカフェで本場のカフェオレとクロワッサンやブリオッシュを食べたりしていた。政子はこの日10篇も詩を書いた。
 
夕方シャルル・ド・ゴール空港に移動する。出国手続きを経て21:10の羽田行きNH216(787-8)に登場した。11時間50分のフライトで翌日6月16日(火)の16:00に羽田空港に到着する。時差はUTC+2からUTC+9へ7時間である。
 
「私たち世界一周したので1日寿命が縮んだのかなあ」
などと政子が言う。
「ん?疲れたってこと?」
「だって私たち6月4日を2回やったよ。同じ日を2度したってことは、その分、1日寿命が短くなったんじゃないかと思うんだよね」
「うーん。だけど日の時間が短くなっているから結局同じだと思うよ。1度目の6月4日は18時間くらい、2度目の6月4日は17時間くらい、6月7日が23時間、6月8日が21時間くらい、そして6月15日が23時間、6月16日が18時間くらいだよ」
 
↓ ↑ Bottom Top

政子は少し考えていたが
「すっごーい。その6日間の時間合計が120時間でちょうど5日分だ!」
と感動したように言う。
 
私はアバウトな線で数字を言ったのだが、偶然にもちょうど辻褄の合う時間数になっていたようだ。ホッ!
 
取り敢えずそれで政子は納得したようで、またすやすやと寝ていた。その幸せそうな寝顔を見ていて、この子が安心して眠られるように自分は頑張らなくちゃなあと思うと、また闘志が湧いてきた。
 

↓ ↑ Bottom Top

火曜日の夕方、羽田に着いて入国手続きを通ったところで解散式をする。加藤課長がこの12日間のみんなの頑張りをねぎらった。私たちもこの日はそのままエビスのマンションに戻り、ひたすら寝た。
 
翌日、6月17日(水)。この日私は午前中は旅の間に書いた譜面の整理をしていた。いくつか政子が「これには曲を付けて」と言っていたものとうまく合うものがあるので、それは楽曲として組み立てていく。政子の方は美空を誘っておやつを食べに行こうとしたら用事があるといって振られたらしく、代わりにシレーナ・ソニカの穂花を呼び出して、10時からケーキバイキングに行ったようである。旅疲れもあると思うのだが、全く元気なことである。
 
そしてこの日の午後、私と政子は礼服のドレスと真珠のネックレスを持って越谷市内の某神社に出かけた。
 
↓ ↑ Bottom Top

今日ここで和実と淳の結婚式が行われるのである。
 

ふたりは東日本大震災の直前に知り合い、震災のボランティアをしながら親しくなっていき、その頃から事実上の同棲状態にあった。翌年には双方の親にも交際を認めてもらい、和実が学校を卒業したあたりで結婚しようと言っていた。和実は現在大学院の2年生で、卒業するのは来年の春である。
 
しかし・・・・
 
「赤ちゃんできてから慌てないように、先に籍を入れておこうかと思って」
(和実弁)
 
ということで、この日がちょうど淳の誕生日でもあることから結婚することにしたのだそうである。どうも和実の言葉もどこまで本気でどこからジョークなのかが良く分からん。
 
ふたりは最初、淳が紋付き袴・和実が白無垢で結婚式を挙げると言っていたようだが、淳のお母さんが「あんたも白無垢着たいんでしょ?」と唆して、結局ふたりとも白無垢での挙式ということになった。
 
↓ ↑ Bottom Top

しかしこういう変則的な挙式をしようという場合、それをさせてくれる所がどこにあるかという問題がある。ここで千里が昨年まで奉仕していた千葉の神社での元上司の人が神職をしている越谷市の神社で引き受けてもいいですよというお返事をもらえて、それでここで挙式ということになったのである。
 
式に参列したのは、淳の両親、兄の恭介夫婦、従妹の佳奈・比奈、青森の叔母、黒石の伯父夫婦、愛媛のふたりの伯母とその夫、淳の上司の専務、同僚の女性が2人、和実の側は和実の両親、姉の胡桃、エヴォンの店長・永井夫妻、盛岡のショコラの店長・神田夫妻、親友の梓・照葉、他にも数人のメイド仲間や学校の友人たち、そしてXROADの仲間である私と政子、桃香・あきらである。
 
↓ ↑ Bottom Top

千里は宮司の奥さんとふたりで三三九度をする巫女役をしてくれた。
 
若葉は和実の元同僚ということで、和実の友人として式に参列した。子持ちではあるが「私未婚だから」などと言って振袖を着ている。桃香と千里、あきらも振袖である。
 
「私たちは和服は大変そうだからドレスにした」
と私が言うと
「持ってくれば私が着せてあげたのに」
とあきらが言っていた。
 
なお小夜子はもう臨月なので大事を取って、式はパスし、披露宴に直接行くことにしている。
 

↓ ↑ Bottom Top

式が終わった後で記念写真など撮ったあとで、全員で大宮のホテルに移動する。披露宴にここを使うことにしたのは、ここが同性婚でも構わないと言ってくれたことと、淳の母方の親戚や、和実の親戚が東北地方に多く、移動に便利であったこともある。
 
披露宴は会社が終わってから来てくれる人が来やすいように20時から始めたのだが、これに新幹線で青葉が学校が終わった後、高岡から駆けつけて来てくれた。青葉は制服姿であるが、千里が
 
「青葉、振袖用意しておいたから着せてあげるね」
と言って控室に行き、着付けしてあげていた。
 
披露宴の司会は政子がやらせろというので任せたのだが、例によって脱線の多い司会になり、参列者の笑いを取っていた。
 
↓ ↑ Bottom Top

「だけどクロスロードのカップルで双方が生まれた時は男だったというのはこの2人だけなんだな」
と桃香が7〜8杯目の水割りを片手に言う。
 
確かに、桃香と千里、私と政子、あきらと小夜子はいづれも現在はレスビアンであるが生まれた時は片方は男だったのである。
 
「結婚式を挙げてくれた宮司さんは、念のため占いをして吉と出たので引き受けたそうだよ」
「そのあたりはちゃんと一定のルールでやっているわけか」
 
新郎(?)の紹介は兄の恭介、新婦の紹介は姉の胡桃がする。新郎側主賓祝辞は淳の上司の専務、新婦側主賓祝辞はエヴォンの永井店長がして、乾杯の音頭は私が仰せつかって、僭越ながら務めさせてもらった。
 

↓ ↑ Bottom Top

余興では、千里が式場のピアノを弾いて和実の友人が歌を歌っていたし、私と政子もやはり千里の伴奏で『Long Vacation』を歌って祝福した。千里自身も木管フルートで『ボッケリーニのメヌエット』を吹いて祝福してくれた。ドシドレド↓ドーミミソ・ソファファ〜という曲である。
 
「千里、こういう所でのピアノ伴奏やったことあるの?凄く堂々としてる」
などと政子が言うと
「私、まだ高校生時代に、春風アルトさんの結婚式でピアノ伴奏したんだよ」
などと千里は言う。
 
「嘘!?」
「なんか最初は都内の女子高生に弾かせるつもりだったのに、その子が相棒の女の子とふたりで北陸の方にキャンペーンに行っちゃったから、あんた代わりに弾けと言われてさ」
 
↓ ↑ Bottom Top

「ぶっ」
 
それって私たちが高2の時、ローズ+リリーのキャンペーンで日帰りで新潟・富山・金沢に行った時だ!
 
「お互いこき使われているね〜」
 

↓ ↑ Bottom Top

そして披露宴もあと少しでお開きという雰囲気になった時であった。
 
政子が異変に気づいて、私の袖を引っ張る。
「小夜子さん?」
 
私たちは急いで駆け寄った。ピアノの所に居た千里も演奏を放置して掛けよってきた。あきらがおろおろしている。千里が
「すぐ病院に運ぼう」
と言った。
 
それであきらと恭介さんが支えて小夜子を車まで運ぶ。千里と桃香が付き添い、千里の運転で小夜子を病院まで運んだ。
 
披露宴の方は余興のピアノ伴奏をその後、青葉が引き受けて歌いたい人たちに充分歌わせた後、両親への花束贈呈で終了した。
 
終わった所で千里に電話を入れる。
 
「生まれたよ。母子ともに元気」
「ほんと!良かった!!」
 
↓ ↑ Bottom Top

それでクロスロードのメンバーで病院に駆け付けると、あきらが照れるような顔をして、それでも嬉しそうにしていた。
 
「自分で生みたい気分だったんだけどね。小夜子が私の分まで産んでくれると言うから」
などと、よく分からないことを言っている。
 
子供は女の子であった。あきら・小夜子の3人目の子供であるが3人とも女の子で、賑やかな家庭になりそうである。
 

↓ ↑ Bottom Top

披露宴が終わったのが22時頃で、病院を出たのはもう0時近くであった。
 
「青葉はどうすんの?」
「明日の朝1番の飛行機で帰ります。今夜は桃姉の家に泊まります」
「でも今度のアパートは1Kと言ってなかったっけ?寝られるの?」
「大丈夫。布団は5つ敷けること確認済み」
「そんなに敷けるんだ!」
 
「千里も実際問題として、ずっと桃香のアパートで暮らしているのでは?」
「週末の夕方はだいたい自分のアパートに戻る。うかつに桃香のアパートに行くと、裸の女の子が転がっているから」
「ああ・・」
 
「そういえば政子は俳優のBさんとの関係、どうなってんの?」
と桃香が訊いてきた。
 
「全く無関係」
「そうなの!?」
「たまたま街で会ってお茶に誘われたから、お茶くらいいいかなと思って一緒にスタバに入って、2時間くらいおしゃべりしただけだよ。お互い変な意図は無かったと思うけどな」
 
↓ ↑ Bottom Top

ふたりがカフェで《親しそうに》話していたというので写真付きでネットに公開した人があったのである。事務所からの申し入れで本人はその書き込みを削除したが、あちこちに転載されたものは完全には消去しきれない状況である。
 
「まあ政子の方は無かったかも知れないが」
「向こうは下心もあったかもね」
「そうかなあ?」
「政子、そのあたり無防備だから気をつけた方がいいよ」
 

↓ ↑ Bottom Top

解散して各々タクシーで自宅に戻った。そして帰宅してみると留守電が入っている。聞いてみると母である。
 
「萌依が産気づいた。病院に行く」
ということである。
 
「なんか今日はベビーラッシュなのかな」
と政子が言う。
 
それで帰って来たばかりであったが、タクシーに乗って、姉が入院している病院に駆け付けた。姉は分娩室に入っているということで、母と夫の和義さん、それに和義さんの妹である麻央が来ている。
 
「麻央ありがとう」
「いや、たまたま産気づいた時に私が居たから」
 
麻央が自分の車で姉を病院に運び、それから母や和義さんに連絡したらしい。
 

↓ ↑ Bottom Top

私たちは夏至の近づく夜を漫然として過ごしていた。
 
やがて6月18日の3時頃、萌依は女の子を出産した。産気づいてから約4時間。まあまあの安産な方であったものの、姉は
「辛くて辛くて、死ぬかと思った」
などと言っていた。
 
「でも凄いなあ。私も赤ちゃん産んじゃおうかな」
と政子は言うが
「今マーサが出産したら町添さんが青くなるよ」
と私が言うと
「仕方ない。あと3-4年待つか」
と言う。
 
「冬も一緒に産まない?」
「うーん。産めるものなら産みたいけどねぇ」
 
 
↓ ↑ Bottom Top

前頁次頁目次

[*前頁][0目次][#次頁]
1  2  3  4  5  6  7  8  9 10 11 12 
■夏の日の想い出・誕生と鳴動(12)

広告:生徒会長と体が入れ替わった俺はいろいろ諦めました-ぷちぱら文庫Creative-愛内なの