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■夏の日の想い出・誕生と鳴動(7)

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翌日、6月5日(金)は夕方近くまでフリータイムとして、私と政子のふたりだけでニューヨークの街並み、特にブロードウェイ方面を散歩してみた。この町が持つ空気に政子は結構感応したようで『Play at noon』『Hamburger and Love』などといった詩を書いていた。
 
15時頃、そろそろ帰ろうかと言っていた所で思いがけない人と出会う。
 
「こんにちは〜」
「奇遇ですね!」
 
それは難病にかかって高校1年の時から7年間の闘病の末、とうとう昨年退院することができた麻美さんであった。今年の春から地元の国立大学に通っている。彼女のお母さん、及びいつも彼女を励まし支えてきた陽奈さんも一緒である。
 
「旅行ですか?」
「実は私の病気のことで、主治医の先生が国際学会で発表なさるということで、そこで私にも簡単なスピーチでいいからしてくれないかと言われまして」
「わあ、凄い」
「この病気になって退院できた人ってまだ私ひとりしか存在しないらしいので、今世界中でこの病気と闘っている全ての患者に勇気を届けて欲しいと言われて」
 
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「ほんとに凄いことですよ」
「私、本人は実はあまり大した意識がないんですけどね。両親の心労は凄かったろうし、陽奈ちゃんにもほんとにお世話になったんですけど」
 
「まあ私はなりゆきだから」
などと陽奈さんは言っている。
 
「こちらはお仕事ですか?」
「昨日ニューヨークでライブしたんですよ」
「え〜?知らなかった」
「日本国内では全く告知してないからね」
「今日はもうライブしないんですか?」
「アメリカでは昨日の1回だけです。このあとアルゼンチン・ブラジルに行きますが」
「遠いのかな?」
と麻美さんはお母さんを見るが
「飛行機で半日くらいかかりますよね?」
 
「そうなんですよ。日本人の感覚だとアメリカもアルゼンチンも同じアメリカ大陸で近いように思っちゃう人もあるんですが、日本からアメリカへの旅は地球を横に1万km、アメリカからアルゼンチンへの旅は地球を縦に1万kmなんですよ」
 
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(正確にはニューヨークからブエノスアイレスまでの距離は8540km程度。成田からニューヨークまでは10840kmほど)
 
「わあ、さすがに行けないか」
「年末か年明けくらいにまた全国ツアーやりますから、その時また招待しますよ」
「ありがとうございます。いつもすみませーん」
 

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彼女たちとは立ち話は麻美さんの身体に負担にもなるので、近くのレストランに入り、もう少しおしゃべりした。
 
「そうそう。つい数日前に、お姉さんの花奈さんに会ったんですよ」
と陽奈さんに言う。
 
「あ、すみませーん。色々姉がお世話になっているようで」
と陽奈さん。
 
「だけど人間の関わりって不思議ですよね。花奈さんと陽奈さんが姉妹と知った時はびっくりしました」
「あの時は私もびっくりしました!」
 
私たちが花奈さんのデザインの服を着るようになったのは、友人が偶然通り掛かって覗いたデパートで開かれていた彼女の個展を見てひじょうに気に入り、買って来た絵はがきを政子に見せてくれたのがきっかけである。
 
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それで政子が私を誘ってその個展を見に行ったのだが、私たちが行った時、実はその個展はもう終わっていて、片付けようとしていた所だった。ところが政子のことを知っていたデパートの店長さん(政子の父の友人)が、声を掛けてくれて私と政子は本当に片付けている最中の彼女の個展を見せてもらうことができた。その場で政子は彼女の作品を3点も購入し、実は政子が買ったことで花奈さんはデパートが課していた販売ノルマを達成して、ペナルティを払わずに済んだのである。
 
それをきっかけに私たちと花奈さんの交流が始まり、花奈さんがデザインした服をステージで使用するようになり、やがてこちらからステージ衣装のデザインを彼女にお願いするに至った。しかしそういう関係ができた後も1年ほど、私たちは花奈さんと陽奈さんが姉妹とは知らなかったし、花奈さんは陽奈さんが私たちと知り合いとは知らなかったし、陽奈さんも花奈さんがローズ+リリーのステージ衣装のデザインを手掛けているとは知らなかったのである。
 
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「実は5月の連休には関東ドームのXANFUS公演を見に行ったんですよ」
と麻美さん。
 
「頑張りますね!」
「母が心配してお医者さんと相談して、実は看護婦さんにずっと付いててもらったんですけどね」
「いや、それは心配しますよ」
と私は言う。お母さんは笑っている。
 
「私も心配だから一緒に付いていたんですけど、麻美が元気で大丈夫そうだから、最後の方は看護婦さんはもう仕事忘れてライブに興奮してましたね」
「いや、あの子たちはノリがいいから」
 
昨年の秋、XANFUSの「六大ドームツアー」が行われたものの、音羽解雇・全く支持できない新譜の出来、などの問題から閑散としたライブとなり、その中で光帆が孤軍奮闘した姿が印象的であった。
 
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今回のドーム公演は、その時のお詫びを兼ねたもので、前座としてHanacleが1時間歌った後、XANFUSのライブを3時間やるというイベントで、終わった時は観客の大半が疲れ切って、退場を促しても「あと10分待って」などと言って座席から動けない客が大量に居たというのが新たな伝説となった。
 
「私も立って踊りたかったけど、それは禁止されてたから」
「無理しちゃダメですよ。あの公演、ふつうの人でもクタクタになったらしいですよ」
「さすがに4時間踊り続けたらね」
「私たちは、白衣の看護婦さんがそばに付いていたことで座っていても他の客から文句言われずに済んだみたい」
「それだけでも看護婦さんはしっかりお仕事してますね」
 
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「だけど3時間踊りながら歌い続けた音羽さん・光帆さんの体力も凄いですね」
 
「あの公演に向けてふたりとも毎日10km走っていたんですよ」
「すごーい!」
「スポーツ選手並みの鍛え方してますね」
 
と言いながら私はソフトハウス勤務の傍ら毎日物凄い練習をしているっぽい千里のことを思い起こす。あの子はいったい毎日何時間バスケの練習しているのだろう。会社の方はやはり特例か何かで定時で帰らせてもらっているのだろうか。
 
「休憩はHanacleとXANFUSの間に機材の入れ替えで10分ほどのインターバルがあったのと、XANFUSのライブの真ん中にゲストで丸山アイちゃんが出てきてフォークギターでバラード調の曲を歌った時だけで」
 
「アイちゃんは激しい曲もあるんだけど、あのギターの弾き語りが美しいね」
「だけどふと思ったんですけど」
「ん?」
「アイちゃんって女の子なんですかね?」
と麻美さんが尋ねる。
 
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「え?女の子でしょ?」
と政子。
 
「いや、あの雰囲気が何と言ったらいいか・・・・」
と言って麻美は言葉を選んでいたが
 
「いや、ケイさんやスリファーズの春奈ちゃんに似た雰囲気を感じた、とこの子言うんですよ」
と陽奈さんが言ってしまう。
 
私は苦笑した。
 
「アイちゃんは女の子にもなるけど、男の子にもなるんだよ」
と私は言う。
「あまり言いふらさないでね」
 
「じゃ、女の子になりたい男の子?」
「それが分からないんだよ」
「え?」
「女の子になりたい男の子という説と、男の子になりたい女の子という説があって。本人に訊くと、訊かれた人によってその両方の答えを言っているみたいでさ」
「へー!!」
 
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「本人は性転換手術済みだと言っているけど、それも男から女になったのか、女から男になったのか、さっぱり分からない」
「うーん・・・」
 
「結局あの子の性別は元の性別も今の性別も分からない。男の子の格好している時はすごく格好いい男の子になるよ。女性ファンがたくさん出来そう」
「すごーい」
 
「そういう話、私は知らなかった」
 
と政子が言っている。いや、その話は12月に音羽・光帆たちと話した時に話題になっていたから政子も聞いていると思っていたのだが、あの時は美空と何やらふたりでおやつネタで話し込んでいたので、この話は聞いていなかったのだろうか。
 

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私と政子は17時頃、麻美たちと別れて集合場所に行った。エアトレインでジョン・F・ケネディ空港に行き、出国手続きを通った後で夕食を取る。そして21:59のアルゼンチン・ブエノスアイレス行きAA953(B777)便に搭乗した。
 
政子は麻美さんたちと会っている最中もおしゃべりしながら、時々ふと何かを思いついたりすると詩を書いていたし、空港での待ち時間にも詩を書いていた。ニューヨークで書いた詩だけでも10篇を越える。やはり旅は政子の創作欲を刺激するようである。
 
10時間44分のフライトで翌日6月6日(土)の9:43にブエノスアイレス・エセイサ空港(正式名:ミニストロ・ピスタリーニ国際空港 EZE UTC-3)に到着する。ニューヨークとは1時間の時差である(ニューヨークは冬時間UTC-5,夏時間UTC-4)。
 
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飛行機の中ではほとんど寝ていたのだが、それでも機内で政子は2篇詩を書いていた。
 
「『Reversible Eye』って、それ丸山アイちゃんのことでは?」
「冬はアイちゃんの男の子仕様も見てるの?」
「どちらも見てるよ。女の子の格好の時は完璧に女の子だし、男の子の格好の時は完璧に男の子。声や仕草もガラリと変わるんだよ」
「すごいなー。解剖してみたいな」
 
そちらに行くのか。
 
もうひとつは『Thru a narrow cave』という詩だが、やや重い感じの詩だ。
 
「そちらは麻美さんのことだね?」
「そうそう。病気の治療って、暗くて細い洞窟を通り抜けるようなものなんだよ。うまく通り抜けることができたら、快復するんだよ」
「みんながその道をうまく通り抜けられたらいいね」
 
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空港を出て会場入りしたのは11時近くである。この日の会場はかなり大きな体育館で定員は5000人ということであったが、私たちが行った時点で既に会場周辺が物凄い数の人出であった。
 
「なんかすごいねー」
「『Flower Garden』と『雪月花』のスペイン語版の7割がアルゼンチンで売れてるから」
と加藤課長が言う。
 
「チケットは1日で売り切れてプレミアムがついて5倍・10倍で取引されていたようだよ」
「ひゃー」
 
この日の公演も「Buenos dias! Somos Rosa plus Azucena!」と挨拶して、『雪を割る鈴』から演奏を開始した。
 
実はRose plus Lily をスペイン語に直訳すると Rosa mas Azucena になるのであるが、この名前は以前ちょっと「おいた」に使ったことがあるので mas という表現を使わず、そこだけ plus と英語にしたのである。スペイン語版のCDのタイトルでは Rosa + Azucena にしていたのだが、この「+」をどう読むかについてはスペイン語圏で結構議論されていたようである。この日の公演でここはそのまま英語読みするのが「公式見解」らしい、というのが、ネットで拡散することになる。
 
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この日の公演は「南米仕様」ということで、アレンジを若干調整している。『雪を割る鈴』のバヤンのパートは、地元の人気バンドネオン奏者さんに入って弾いてもらったのだが、彼はたった1回リハーサルで合わせただけできれいにこの曲の演奏に合わせてくれた。またこの日の鈴割り役はアルゼンチンの人気アイドル歌手にやってもらったが、彼女にも大きな歓声が送られていた。
 
他に『可愛いあなた』や『恋人たちの海』はタンゴっぽいアレンジにしてあるし、スターキッズの男性陣はガウチョ・スタイルの衣装(FMIのアルゼンチン支店で用意してもらった)を着ていたしで、観客も本当に盛り上がって、楽しく私とマリも歌を歌っていった。
 
マリはスペイン語で楽しそうにMCをしていて、観客が結構笑っていたが、私はスペイン語はあまり強くないのでマリの話の内容が半分も分からず、どうも私をネタにされているようだなとは思っても、曖昧に微笑んでいた。
 
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最後は『ピンザンティン』を歌いますとマリが言った後で私が「Espera un momento!」と言って横やりを入れ、新曲を紹介したいと言うのはアメリカ公演と同じである。このセリフだけマリに作文してもらってスペイン語で言えるように練習している。
 
新曲を歌うという話はアメリカでやったのでその情報が伝わっているかなとも思ったのだが、アルゼンチンの観客にはほとんど伝わっていなかったようで、本気で嬉しそうな歓声があがっていた。
 
そしてその後で『ピンザンティン』を歌って、いったん幕を下ろす。
 
しかし拍手が凄い。それでアンコールで呼び戻されて『月下会話:ムーンライト・トーク』、そして私のピアノのみの伴奏で『あの夏の日』を演奏して終了した。
 
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