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■夏の日の想い出・ジョンブラウンのおじさん(10)
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目次 8
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いったん引き上げてお店に戻ることにしたが、マンションの外に出てから建物を見上げた店長が
「あ、4階の雰囲気が変わってる」
と言った。
私も織絵も頷いたが、美来はよく分からないようである。千里は微笑んでいる。
お店の応接室で契約について話す。
「しかしここは5400万か」
「想定していた額よりけっこう大きいよね」
ふたりの退職金が合わせて4000万円、前のマンションを3000万円で買い取ってもらい、元々の貯金がふたりで1000万円あったので資金は8000万円である。しかしふたりは新XANFUSのアルバム制作資金として4000万円ほど確保しておきたいと言っていた。それでマンションの購入予算は4000万円だったのである。
「それ税別ですよね?」
「はい。税込みで5832万円になります」
「う。少し辛いな」
不動産屋さんは少し考えていた。
「歌手をなさっているということでしたよね。お支払いはどうなさいますか?」
私は言ってみた。
「現金で払ったら2割くらい安くなりませんか?」
「現金ですか?」
「今払ってもいいですよ」
「2割までは厳しいですが、5200万でどうですか?税込み5616万」
と店長さんが言うと、政子が
「4500万」
と言う。
「うーん。せめて5000万、税込み5400万で」
「4700」
「4900万。これが限界です。税込みで約5300万になりますが」
「もう一声。税込みで4900万」
「ここ建ててから1年売れてなかったんでしょう?」
「消費税があがってみんな買い控えしてますよね?」
「あまり何年も放置されていると価値がもっと下がりますよ」
とみんなが畳みかけると、店長は苦笑する。
「じゃ大出血サービスで税込5200万で。税抜き48,148,149円です」
と店長。
「まあ仕方ないかな」
と政子。
「4階の処理までして頂いてアドバイスも頂きましたし。即現金で頂けるという条件でしたら」
「じゃ、冬よろしく〜」
「はいはい」
美来と織絵の引越先をバタバタと決めたのが12月22日であるが、翌日の天皇誕生日には私と政子は新幹線で移動して長岡でのローズ+リリー公演を行い、翌日のクリスマスイブには河口湖でクリスマスイブのスペシャル・ライブを行った。この日実際には、私は昼間は横浜でKARIONのイベントをしてから、3人と別れて河口湖の湖畔に向かいローズ+リリーのライブをおこなっている。
このローズ+リリーの公演ではステージの照明以外には電気を使わずに全ての演奏をアコスティック楽器のみでおこない、歌もPA無しで肉声で会場に響き渡らせた。肉声だけでも結構声が届くのは夏の大宮アリーナ公演で経験済みである。
私たちはこの日のスペシャル・ゲストにΦωνοτον(XANFUSに改名予定)とXANFUS(Hanacleに改名予定)を招いた。
私が4人の名前を呼んで彼女たちが出てくると、この秋大騒ぎになった当人たちなので会場が騒然とした。
「こんにちは。Φωνοτονの音羽と」
「光帆です。私たちは12月31日にXANFUSに改名予定です」
「初めまして。XANFUSの震雷と」
「離花です。私たちは12月31日にHanacleに改名予定です」
それで最初に、音羽のギター、光帆のフルート、私のヴァイオリン、政子のピアノで伴奏して、震雷と離花が実質的な Hanacleデビュー予定曲の『花の優しさ』を歌うと、暖かい手拍子、そして拍手が送られた。
その後、今度は震雷と離花のダブルギター、私のフルート、政子のヴァイオリンで、音羽と光帆がXANFUSの出世作であった『Down Storm』を歌うと、熱狂的な声援と激しい拍手が送られた。
「音羽ちゃんお帰り!」
「光帆ちゃん頑張ったね!」
などといった声も聞こえていた。
私とマリが両脇に立って(右から)音羽・光帆・震雷・離花の4人が肩を組んだところに、特別に入場を許可した代表取材の芸能記者が入って来て写真を撮った。この写真はその夜のうちにニュースサイトに掲載され、翌日のスポーツ新聞の表紙を飾ることになる。
またこの場を借りて、HanacleのデビューCDが2月に発売されること、XANFUSのベストアルバムが1月に、新しいシングルが3月に発売されることが発表される。またHanacleのデビューCDには、XANFUSと一緒に4人で歌った歌も1曲収録されること、XANFUSのシングルにもHanacleと一緒に4人で歌った歌が1曲収録されることもあわせて公表された。
なお、この日の夜、&&エージェンシーは期限切れになっていた★★レコードとの包括契約を再締結したことも発表した。また更にファンクラブに関する特別処置を発表した。
まだ更新の手続きをしていないXANFUSのファンクラブ会員に対して、更新の際に次のどれかを選べるとした。
(1)そのまま XANFUS改め Hanacleのファンクラブに残る。
(2)@@エンタテーメントのΦωνοτον改めXANFUSのファンクラブに移る。
(3)更新料金4000円+追加料金2000円で両方のファンクラブに入る。
また更新は本来12月31日までであるが2月15日までは受け付けるとした。また既に更新している会員に対しても(2)または(3)の選択を3月1日までにPC/スマホ/携帯から手続きすれば移行または両方加入ができるようにした。
実際にはファンクラブ会員の約6割が(2)を、3割が(3)を選択。残り1割は更新をしなかった。(1)を選んだ人はほとんど居なかった。
恐らく更新しなかった人の多くは直接@@エンタテーメントのXANFUSファンクラブに入ったのではないかと思われた。実際新たにそちらに申込んだ人が2万人も居た。
この結果、新生XANFUSのファンクラブ会員は44,000人、Hanacleのファンクラブも12,000人という状態で2015年をスタートすることになった。CDをまだ1枚もリリースしていないデュオのファンクラブに12,000人も登録されることは極めて異例で、栄美社長は就任早々の金星を得た。
24日のローズ+リリーの河口湖公演が終わった後、私たちはゲストに出てくれた新旧XANFUSの4人も入れて打ち上げをした。&&エージェンシー側からは横浜さんが来ている。白浜さんが7月に退職した後、XANFUSのマネージャーになっていたのだが、そのままHanacleのマネージャーに横滑りになるらしい。
「なんかもうここ数ヶ月、私、会社で何が起きてるのかさっぱり分かりませんでした。社員やバイトさんも随分辞めちゃったし、特に11月は給料が出なかったんで、どうしようと思ったら、美来ちゃんがお給料無いと困るでしょと言って20万貸してくださったんです。本当に恩に着ます」
と横浜さんは言っている。
「栄美社長、明日25日に今月2ヶ月分の給料とボーナスとまとめて払うと言っていたよ」
と美来が言うと
「助かります!」
と言っていた。
きっと美来たちから2億円もらうことになったので、それで資金繰りのメドが付いたのだろう。こんな小さな会社で短期間に6億の損失を出したら、資金繰りが火の車になったのは容易に想像が出来る。
一方織絵と美来が所属することになった@@エンタテーメントの方は、明日事務所開きをするらしいのだが、今日まではほぼペーパーカンパニーなので∞∞プロの菱沼さんがふたりのマネージャー役で出てきていた。ゴールデンシックスや丸山アイを担当している人である。
「菱沼さん、そのまま@@エンタテーメントに転属だったりして」
「うーん。それでもいいですけどね。カノンちゃん・リノンちゃんはおとなだし、あの2人、芸能界の仕組みとかもよく知っているみたいだから、私は実質あまりすることないし。あれはもっと若い子でもつとまりますよ。丸山アイも取り敢えず音源製作が一段落したし。でも@@エンタテーメントのスタッフはもう決まっているらしいですよ」
「決まっていて明日突然辞令を渡されたりして」
「そうですね。丸の内のOLというのもいいですけど」
@@エンタテーメントの事務所は丸の内にオープン予定なのである。
「OL?」
とローズ+リリーに付いてきている窓香が声をあげる。
「どうかした?」
「私たちってOLなんですか?」
「だって勤め人の女性ならOLじゃない?」
「あんた女の子だよね?」
「取り敢えず現在ちんちんは無いみたいです」
「じゃ女の子でいいね」
「だったら、甲斐ちゃんもOLだよ」
「OLって、なんて美しいことば」
と窓香は何だか感激しているようである。
「私たちもあまりOLって意識無いよね?」
とXANFUS担当の福本さんが言うと、氷川さんも
「私、職業欄にOLと書いたことない」
などと言っている。
「XANFUSのレコード会社のほうの担当とかはどうなるんですか?」
それについて氷川さんが説明する。
「言葉が混乱して面倒くさいので12月31日以降の名前で言います。Hanacleは旧XANFUSが改名したものという建前ではあるんですけど実質的な継続性は無いと考えて新たな管理番号を作って、新XANFUSの方が元のXANFUSの管理番号を引き継ぐことになっています。担当者も福本がそのまま新XANFUSに横滑りして、Hanacleは取り敢えず八雲君が担当です」
「あ、それで八雲さん今日来てたのか」
「八雲さん、もう帰ったんですか?」
「まだ会場の方で片付けしてると思います」
「よし。呼びだそう。ひとりくらい抜けても大丈夫ですよね?」
と音羽が電話を掛けている。いつのまに電話番号をゲットしたんだ?
「八雲君、いい人だけど腕力は無いから実は後片付けとかでは戦力にならないもん。呼び出してあげた方が親切だよ」
と福本さんが言っている。
「確かにあの人、腕とかも細いよね」
という声も出ている。
「でも八雲さんが担当するということは、Hanacleかなり期待されてますね?」
となぜかこの場にいる美空が言う。美空は今日は特に出番は無かったのだが、横浜から移動する私についてきて、楽屋で政子とずっとおしゃべりしていた。
「彼が担当したアーティストはブレイクすることが多いからね」
と私。
「ステラジオも見事にブレイクしたね」
と音羽。
「ステラジオは何で新人賞に入らなかったんですかね?」
「あの子たちデビューしたのは4年前なんですよ」
「えーー!? そうだったのか」
「でも過去の売上は年間1-2万枚だったんですよ」
「それで知らなかったのか」
「ステラジオは前の担当者の時は、あとひとつブレイクしそうでしなかったんですけどね。八雲君がうまく彼女たちの良さを引き出したし、彼女たちにピッタリの広報をして売れたという感じ。例の曲も事務所側が消極的だったのを八雲君がかなり強引に音源製作させて、それで予算の掛からない配信限定で売り出したんですよね」
と福本さんが解説するのを氷川さんは頷きながら聞いている。
「いや、あの曲ってあの2人が歌ったのでなければヒットしてないですよ」
「うん。ローズ+リリーとかXANFUSではヒットしてない曲」
「そういうのって相性もあるんですかね?」
と光帆が訊く。
「八雲君が担当して売れたアーティストは女性ボーカルのユニットが圧倒的で男性ユニットで売れたのは少数なんですよね」
と福本さん。
「面白いですね。同性のほうが感性を理解しやすそうなのに」
「ステラジオにしても、チェリーツインにしても、最初は女性の担当者だったのだけど、その時より八雲君が付いてからの方が伸びてるんですよ」
「もしかして八雲さん、女の子の心を持ってたりして。女装しないのかなあ」
とこの手の話が好きな政子が言う。
「マリちゃんは本当に誰でも女装させたがる」
と私は苦笑して言う。
「社内でもジョークで言われたことあるみたいだけど、本人は中学の時に一度コーラス部でふざけてセーラー服を着せられたものの、二度と着せられることが無かったから、僕は女装の才能は無いんですよ、とか言ってましたよ」
と福本さん。
「女装って才能なんですか?」
と窓香。
「まあ冬には女装の才能があったと思うし、音羽には男装の才能があると思うし」
と美来がいうと
「ちょっとその話バラさないでよ」
と音羽。
「え?音羽ちゃん、男装するの?」
と福本さん。
氷川さんが頭を抱えて笑っている。どうも氷川さんは音羽の男装を見たことがあるか誰かに聞いていたのだろう。
「今のってほとんど音羽が自分でカムアウトしたね」
と美空。
「うん。光帆は別に音羽が男装するなんてひとことも言わなかった」
と私。
「えーん。今のみんな忘れて」
などと音羽は言っていた。
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