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■夏の日の想い出・ジョンブラウンのおじさん(9)
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(C)Eriko Kawaguchi 2015-03-15
千里は江戸川区に居たらしく、30分ほどでやってきた。音羽たちが候補として挙げていたマンションの詳細をプリントしていたものを見ていたが
「ここに住んだら5年以内に死ぬよ」
「ここは某霊能者さんが言うところの人間が住めない土地」
「ここは来年火事に遭う」
「ここは上の階の住人が重大犯罪を起こす」
などと次々と指摘して、どんどん没にしてしまう。
「なんか占いで当てられる内容を超越している気がする」
と美来。
「私は占い師というより巫女だから」
と千里。
それで少し悩むようにしていた織絵が言う。
「概して運の良い人は運の良い転居をするし、運の悪い人は良くない引っ越しをするって昔の知り合いが言ってた」
「うん。それ占い師の間ではわりと常識。開運できるところに引っ越すから運気が開けるというより、運がいいから開運の場所に引っ越せる」
「ね、今の状態の私たちが選んでもダメみたいだから、冬選んでくれない?」
と織絵。
「え?私が?」
と私は言ったら、そばから政子が
「だったら私が選んであげる」
と言い出す。
「いいかも」
と美来が言うので、政子に任せた。
すると政子はGoogle Mapを開くと羽田と適当な場所の距離を測り、それを15kmの長さに調整したようである。そしてそのスケールをゆっくり回転させていく。
「羽田に到着してからね。15kmくらいなら帰ろうという気になると思うのよ。20km離れてたらたどり着くまでにお腹空いちゃう」
「15kmを歩くわけ?」
「時速5kmで歩くと3時間で帰られるよ」
音羽が不安そうな顔をしている。
「海ほたるまで12.7kmか」
「あそこにはマンションは無いかと」
「歩いて行けないし」
「みなとみらいが16.7km」
「あの付近もいいね」
と美来。
「新横浜駅が15.65km」
「武蔵新城駅で14.7km」
「二子玉川駅が15.7km」
「三軒茶屋が14.6km」
「吉祥寺って何km?」
「25.1km」
「なるほど。やっぱり遠かったんだ」
「結構しんどかったもんね」
「原宿が15.2km」
「この、冬たちのマンションは?」
「ここどこだっけ?」
と政子が言うので私がポインターをドラッグする。
「13kmか」
「やはりいい所に住んでるな」
「さすがに2億円は出せないし」
「桜田門が14.6km」
「警視庁の近くなら安心かも」
「そうか?」
「武芸館16.3km」
「そこには住むんじゃなくてライブしに行く方向で」
「東京駅14.7km」
「超便利ではあるけど」
「さすがに高いだろうね」
「両国の国士館が16.5km」
「ああお相撲もいいな」
「ちゃんこ屋さんの美味しい所がありそう」
「マリちゃんはそれがいいかも」
「錦糸町駅16.6km」
と言ったところで政子はハッとしたような顔をした。
「そうだ。ここがいいよ」
「マジ?」
「ここ食べ物屋さんが周囲にたくさんあるんだよ」
「やはり食べ物か!?」
「マクドナルド、ロッテリア、ファーストキッチン、フレッシュネス、松屋、吉野家とあるし。ケンタッキーが無いのが残念なんだけど、隣の亀戸まで行くとあるんだよ。焼肉屋さんとかしゃぶしゃぶ屋さんとかもあるし」
「よく把握してるね!」
それで政子はマンション検索サイトを開いて錦糸町駅を指定した。美来が政子に頼んだことを後悔し始めているような顔をしている。
「2LDK+S, 3LDK, 駅から7分以内、価格は5000万円以内、駐車場あり」
と言いながら絞り込んでいく。
「あ、ここどう?」
と言って政子が表示させたのは、3LDK 4600万円、築1年・駅から6分という物件である。
「築1年で売りに出てるのか」
「今、不況だからね。買った途端リストラに遭ったとか」
「買った途端転勤させられたとか」
「あ、不動産買った人は転勤させられがちなんだって。ローン抱えてたら絶対に会社やめられないもん」
「ローン払いながら自分の家には住めず借家暮らしになるわけか」
「可哀想に」
「でもちょっと予算オーバーだなあ」
と美来は言うが
「いや、この距離がたぶんマリちゃん言うように羽田に深夜到着して帰る気になる限度という気がするよ。それに錦糸町は快速が停まるし」
と織絵が言う。
「羽田から帰られる最終は何時だろ?」
乗換案内で調べてみると 0:07に羽田空港を出ると 0:52に錦糸町にたどり着く連絡がある。
「ここいいかも」
と織絵は言ってから
「どうせ3億も冬から借りてるから、あと少し借りてもいいよね?」
などと言うので、私も苦笑して
「いいよ、貸すよ」
と答える。
「千里ちゃん、ここ何か感じる?」
「特に変な物は感じない。現地に行ってみたい」
「よし、行こう!」
それで不動産屋さんに連絡した上で、私のフィールダーに5人で乗ってそちらに行ってみた。私が運転し、助手席に政子、後部座席に千里・織絵・美来と乗ったのだが、千里と身体が接触する織絵が
「千里ちゃん、筋肉が凄い」
などと言う。
「女らしくないでしょ?」
と言って千里はにこりと微笑むが
「ううん。女らしいのに筋肉がよく付いてる。かなり鍛えてるよね、これ。鍛え抜いたダンサーの筋肉に似てる」
と織絵は千里の腕とかお腹に触りながら言う。織絵が千里の身体に触るのを美来がムッとした表情で見ている。
「ダンスもスポーツだもんね。急な動作が多い割に長時間動き続けないといけない点ではバスケットと似てるかも」
と千里は言った。
不動産屋さんで話を聞いてみたら、ここは実は中古ではなく新築物件の売れ残りらしい。つまり今サイトに登録していた空き部屋は建ててから、まだ誰も入居していないのだと言う。それで店長さんが自ら案内してくれて、実際にそのマンションまで行く。
千里はそのマンションの外観をながめていた。
「空いているのは何階と何階でしたっけ?」
「4階と10階と12階と23階なんですが」
それで千里は「4階以外なら大丈夫だと思う」と言った。しかし10階の部屋に行くと玄関まで来たところで
「あ、この玄関は凶方位にあります」
と言うので中を見ずに12階に上がる。
「ここはいいですね」
と千里が言うので中を見てみた。
「廊下で各部屋にアクセスできるのはいいな」
「うん。それぞれの部屋が独立して使えるからお互いのプライバシーを確保できるし」
「友だちも泊めやすいよね」
「じゃそれぞれの寝室と客用寝室という感じ?」
「ううん。寝室は私たちは一緒だけど喧嘩した時に籠もれる部屋があった方がいいから」
「なるほどね〜!」
「冬たちだって喧嘩するでしょ?」
と織絵は言うが
「喧嘩はしたことないよね?」
と政子が言う。
「千里ちゃんは?」
「私も喧嘩したことは無いなあ。でも桃香が恋人連れ込んでいる時に私が寝られる部屋があると便利かも」
「千里ちゃんと桃香ちゃんって恋人なんでしょ?浮気されてもいいの?」
「ううん。友だちだよ。まあセックスはするけど」
「うーん・・・」
12階の部屋の各々を見てまわる。千里は頷いている。最後にベランダに出てみた。
「あ、ここはスカイツリーが見えるんですね?」
「はい。このマンションは東向きの部屋と南向きの部屋があるのですが、東向きの部屋からはスカイツリーが見えます」
「もしかして見えるとよくない?」
と私。
「微妙かも」
と千里。
「でも10階の部屋は南向きだったけど玄関の方位が悪いって千里言ってたね?」
「そうそう。南向きってことは玄関は概して北になるんだよね。本命卦が乾の場合、10階の部屋の玄関は六殺の方位にあった。この東向きのは玄関が生気になるから吉なんだ」
「23階の部屋ってどちらですか?」
「そちらも東向きです」
千里は少し考えていたが、バッグの中から何か取りだした。
「何それ?」
「仰角測定器」
「何だかそれ面白いね」
「分度器の中心に穴を開けて、おもりを糸でぶらさげただけだよ」
「すごーい」
「五円玉がぶらさがってる」
「穴の開いたコインはおもりとして優秀」
「なるほどー」
「スマホで仰角測れるアプリとかあるけど、私は面倒な操作するより物理的に測る方が好きだ」
と千里は言う。機械音痴の千里らしいと思ったが、
「いや、その手のアプリは結構誤差があったり、操作ミスでとんでもない数値が出たりすることもありますから、きちんと測る方が確実ですよ。うちの社員にもよく言うんですけどね」
などと店長さんは言っている。
「31度くらいあるなあ」
「角度が問題なの?」
「仰角が30度以上あると形殺を受けるんだよ」
「12階で31度なら、23階ならもっと小さいよね?」
「多分30度未満だと思う。そちらの部屋も見せて頂けますか?」
「はい。ご案内します」
それで全員で23階の部屋に移動する。千里はベランダに出てスカイツリーの仰角を測る。
「27度くらい。この部屋はOKですね」
「じゃ、ここを第一候補で」
と言って、部屋の中を見ていく。部屋の構造はほとんど同じだが・・・・
「ここはガスじゃないんですね?」
と千里が言った。
「はい。このマンションは15階以上はオール電化になっています。技術的にはガスが通せないこともないのですが、消防上の問題もあるんですよ。火事になった時、はしご車が届くのが14階までなので」
「ガスが必要?」
と音羽たちに訊く。
「IHしか使ってなかった」
「うん。ガスは鍋を掛けたまま眠ってしまうのが怖い」
「私たちみんな疲れているもんね」
「じゃオール電化でもいいか」
「値段がたぶん違いますよね?」
と千里は不動産屋さんに訊く。
「はい。4階が2900万円なのですが、10階が4600万円、12階は4700万円、23階は5400万円になっております。ちなみに空きはないですが、特別仕様の最上階25階4LDKは6500万円で販売しました」
「すみません。気のせいかその4階は異様に安い気がするのですが」
政子は5000万円以下(4000-5000万円)で検索した。それで4000万円を切る4階の部屋は検索にひっかからなかったのだろう。
「実は4階はいったん売れたのが、所有者さんが買い戻しを希望されまして、それに応じて結果的に戻ってきたので中古扱いなので」
「それにしても安すぎる気がするのですが」
「というか買い戻しに応じたのはなぜ?」
「いや、それが・・・」
「ああ。何かあるんだ」
「すみません」
と店長さんは言うが、千里は
「他の階には影響が無いから心配要らないよ。せいぜい上下の3階・5階までだよ」
と言う。
「何があるの?」
と織絵が訊くと
「妖怪がたくさん集まっているだけ。霊道じゃないよ」
と千里。
「なーんだ。それなら問題無いね」
と織絵。
「妖怪!?」
「ジバニャンみたいなの?」
「あんな楽しい妖怪ならいいけどね」
「そちらの方は風水師さんか何かですか? それってお祓いとかした方がいいんですかね?」
「お祓いはなさったんでしょ?」
「ええ。実は」
「ふつうの神社やお寺の人のお祓いでは無理です。その方面の力を持った人に除霊してもらわないと。そういう人が処理したとしても、ここってスカイツリーの影響と、あそこの高速道路の影響があるから1−2年で元の木阿弥になる気がしますけどね」
「1−2年しかもちませんか。実は4階は最初に入居した4家族が全員退出してしまって。現在その後入った方が3家族暮らしておられるのですが」
「事務所とか店舗とかにすれば大きな問題はないですよ。特に東向きの部屋は窓にカーテンを閉めずにおいて、毎日朝日を浴びていたら、それだけでかなり回避できます」
「あ、それはちょっと検討してみます。朝日の件は住民さんに教えてあげよう」
「取り敢えず今いた妖怪は全部処分しちゃいましたから、半年くらいは大丈夫ですよ」
「いつの間に!」
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