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■夏の日の想い出・港のヨーコ(9)

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(C)Eriko Kawaguchi 2013-11-03
 
そういう訳で出演に同意して、私は客席に戻った。
「何だったの?」
「ちょっとレコード会社の用事」
「へー」
 
などと言っている間に演奏が始まる。冒頭は『恋のクッキーハート』だが・・・
 
「ねえ、伴奏の人たち何で変なの付けてるの?」
「ヴェネツィアン・マスクだよね。ヴェネツィアのカーニバルで使われるお面だよ。このバンドはよくこういうお遊びするんだよ。以前顔にペイントしていたこともあるよ」
「ふーん。セーラーVか、美少女仮面ポワトリンかって感じだね」
 
私達の席は他の客の席から数m離しているので小声で話せば迷惑にならないし、そもそも他の人に聞かれる心配も無い。
 
「ポワトリンはよく分からないけど、セーラーVが付けてるようなシンプルなのじゃなくて、けっこうデザイン凝ってるからね。仮面舞踏会なんかに付けて行ってもいい感じだよね」
 
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「仮面武闘会って、お面をして棍棒持ってバトルロイヤル?」
「違ーう。踊る方の舞踏だよ」
「いや、スリーピーマイスの『仮面武闘会』聴いてたから」
「去年の2月に温泉で聴いた曲だよね」
 
「温泉? あ!あの時のお姉さんたちか!今気付いた」
「そうそう。ティリーとエルシーだよ」
「じゃ、私達貴重な素顔を見てるんだ?」
「まあ仮面付けてると人相分からないね」
 
「そういえば、冬の男装を見ている人もレアだよね」
「そんなこと無い。学校のみんな見てるでしょ?」
「それがそうでもないんだよね。うちのクラスの紗恵ちゃんとかも、冬が学生服を着てることあったっけ? いつも女子制服着てたよね?なんて言ってたよ」
「校内では着てないけどなあ」
 
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「でもあのお面、この距離からじゃよく見えないけど、なんか複雑な造りみたいね。100円じゃ買えないかな?」
「さすがに100円じゃ買えないね。あれは樹脂製だから2000円くらいだよ。鉄を腐食させて穴を空けて作る本格的なのだと数万円するだろうけど」
 
「万! そんなの買うなら私、二○加煎餅(にわかせんべい)のお面にして、タコ焼き食べたい」
 
「ヴェネツィアにタコ焼き売ってるかなあ。でも二○加煎餅の仮面も同系統だね。ヴェネツィアン・マスクにも紙製のはあるよ。ただライブは照明もあって暑いし身体を動かして汗掻くんで紙製は諦めたみたい」
 
「よく知ってるね」
「小風ちゃんとこないだ会った時に聞いたから。最初和泉・美空・小風の3人もあれ付けると言ってたのがレコード会社の許可が下りなかったらしい。アイドルが顔を隠すなんてとんでもない、と。小風ちゃんはマーサも会ってるでしょ。去年の5月にスーパーで買物してて遭遇したじゃん」
 
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「あ!冬がスカート穿いてるの見ても驚かなかった子だ。冬の元恋人?」
「ボクが女の子と恋人になる訳ない」
「それはそーだ」
 

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最初そんな軽口を言っていた政子も『恋のクッキーハート』の曲が進むにつれだんだん厳しい顔になる。やがて曲が終わり、3人の中で中央に立っている和泉がMCをし始めると、政子は訊いた。
 
「あのしゃべっている子が、森之和泉?」
「そうだよ。よく分かったね」
 
政子の顔が今朝の時点より5倍引き締まっている。昨日会った時からすると100倍くらいの調子になっている。それに目が燃えている。やはり、この子は「慰め」
たり「励まし」たりして立ち直るタイプじゃない。自分で立ち直れる子。そして戦闘本能を刺激するのが一番効果ある。私は政子の表情を見ながらそう思った。
 
政子はその後、『水色のラブレター』の演奏中も厳しい顔をしていた。和泉の詩の曲だけに反応するというのが面白い。福留さんの詩だって、充分素敵な詩だと思うのだが、政子がライバル心を感じるのはどうも和泉だけのようだ。
 
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「ねぇ、バックバンドの人って5人?」
「そうだよ。2人はサポート。どの人がサポートか分かる?」
「あの鉄琴みたいなの打ってる人とキーボード弾いてる人」
「さすが、よく分かったね」
「他の人と溶け込んでないんだよ。長時間煮たカレーに後から入れたタマネギみたいな感じ」
 
その次の曲で2人ミュージシャンが入ってくると
 
「あ、この曲でフルート吹いてる人とヴァイオリンの人もサポートだね」
と言う。
 
「そうそう」
 

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前半が終わり、歓声と拍手の中、和泉・美空・小風と伴奏陣が舞台袖に引き上げる。代わって、ゲストコーナーで歌う歌手が出て行き、挨拶して、マイナスワン音源で歌い始める。
 
それが終わると後半である。着替て別の衣装になった和泉たちが出てきてローズ+リリーの『遙かな夢』を歌った。
 
「ちょっとー、誰がこれ歌うの許可したのよ?」
などと政子は言い出す。
「ごめんね。ボクが許可した」
 
歌い終わってから、和泉が発言する。
 
「同い年のユニットとして、また同じ年にデビューしたユニットとして、私たちは彼女たちのトラブルに心を痛めています。現在、一時的に活動停止状態になってしまっているようですが、私たちはローズ+リリーが早く復活してくれることを祈っています」
 
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すると政子は私の隣の席で「同情してもらわなくても復活するけどね」と言った。上々だなと私は思った。
 
後半の曲が続いていく。政子は『空を飛びたい』など和泉が詩を書いた曲だけに反応する。なかなか面白いなと思った。
 
やがてステージも進み、残り数曲。『トライアングル』を、コーラス隊の子が2人前に出てきて5人で歌う。それを聴き終わって和泉がMCを始めた所で、私は政子に
「ごめん。ちょっとトイレ」
と言って席を立った。
 
私が席を離れたので、近くに居た警備の人が寄ってくる。
「どうしました?」
「すみません。トイレに行ってきます」
「ではいちばん奥の左側のドアから出て下さい。足下に気をつけて」
「ありがとうございます」
 
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言われたドアの所まで登っていき、そっとドアを開けて二重扉の間に出る。内側のドアをしっかり閉めてから外側のドアを開けてロビーに出る。そのまま楽屋に行く。楽屋口に立っている人にバックドアパスを見せて中に入る。
 
すぐに着ていた◎◎女子高の制服を脱ぐと、伴奏者のステージ衣装を着る。ウィッグを付け、メイクしてもらう。今回のツアーで伴奏者がみんなつけているヴェネツィアン・マスクを付ける。舞台袖に行ってスタンバイする。
 
前の曲が終わる。和泉がMCをする。前の曲でフルートとヴァイオリンを弾いていたサポート・ミュージシャン、それにキーボードを弾いていた人も下がる。代わりに私が出て行き、グランドピアノに座る。
 
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和泉が「今日最後の曲です。『優視線』」と告げる。
 
DAIさんのドラムスが鳴る。身が引き締まる。
 
私は客席の方を見ないようにしてピアノの盤面に集中して演奏した。いくらマスクをしていても、万一目が合ってしまうと、一瞬で政子は私であることに気付くだろう。
 
和泉たちの歌が、AA′BB′CC′AA′と進み、そこから間奏に入る。私の演奏の魅せ所だ。
 
この曲の音源制作をした時は自分の素性がいきなり全国に曝されて、もう開き直って半ば世の中どうでもいいような気分で、たまったストレスを全部鍵盤に叩き込むような感覚で弾いた。
 
その後、和泉にこれふつうの状態でも弾けるように練習しようと言われて、フル鍵盤のキーボードを買って年末年始必死に練習した。そして今日は昨日から2日間政子と濃厚な時間を過ごし、ふたりの絆を再確認し、凄く昂揚した状態。
 
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その昂揚した気分で弾くと、指が動く動く! 音源制作した時以上によく動く感じだ。ほんとにこれ超絶プレイだよなと自分でも思う。
 
間奏を弾き終わった所で客席から歓声と拍手が来た。その歓声の中、和泉たちの歌が再開する。それに合わせて私は和音や装飾音を弾いていく。
 
一瞬だけ2階席の政子の所を見た。目が合う心配は無かった。政子は和泉を睨み付けている感じだ。やはりね。この強い視線はどんなに一番奥の席からでも和泉が意識するだろう。しかし和泉はそれを快感に感じるだろうなと私は思った。どちらにとっても優視線だ。
 
前で歌っている3人の昂揚している雰囲気が伝わってくる。こちらも調子良くピアノを弾く。TAKAOさんたちの伴奏もノりにノっている
 
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やがて曲が終わる。
 
大きな拍手・歓声とともに幕が下りた。
 
和泉たちがピアノの所に寄ってきた。私は3人と順番にハグし、一緒に下がった。今日ずっとキーボードを弾いてくれていた人が私に握手を求めてきた。
 
「凄いです! こんな演奏を生で見られて、私幸せです」
などと言われる。
 
「いえいえ。まだ未熟者なので。これからも研鑽します」
「頑張ってください。私も大きな目標ができました」
 
確かに上手な人の演奏を見ると、見ただけで自分の演奏も進歩するものだ。私が夢美の演奏を見ながら自分を向上させていったように。
 
「そちらも頑張ってください。それじゃ『Crystal Tunes』お願いします」
「はい」
 
そんなことばを交わしたりして、私は楽屋に戻る。マスクを取ってウィッグを外し、メイクを落としてから座席に戻った。ファースト・アンコール曲が終わるところだった。
 
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「あれ?冬、香水でも付けた?」
 
ギクッとする。メイクの残り香が政子の嗅覚に掛かったのだ。
「あ、ちょっと臭い消しに」
「ああ、大だったのか。道理で長かったね」
「あはは」
 
「冬、最後の曲を聴き逃したの惜しいよ」
「何か凄かった?」
「バックバンドの6人目が出てきたからさ」
「へ?」
「電子キーボードを弾いていた人が下がって、別の人がグランドピアノに座ったんだよ」
「別の人なの? そのキーボード弾いてた人が再度出てきたんじゃなくて?」
 
「別人。だってあのピアニスト、ドラムスやギターやベースの人たちと溶け込んでいた。いつも一緒にやってる人だと思った」
「へー」
 
「レギュラーのピアニストが居るのなら、なぜ他の曲では弾かなかったんだろうね?」
「さあ。忙しくて全曲弾く時間的な余裕が無かったのか、あるいは遅刻でもしてきたとか?あるいは以前はレギュラーだったけど辞めたのをその曲だけ特別に弾いたとか」
「ふーん」
 
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ステージではセカンドアンコール曲『Crystal Tunes』を、グランドピアノとグロッケンだけの伴奏を背景に、和泉たちが歌っていた。
 
「このピアニストさんは、さっきの曲以外を弾いてたピアニストさんだよ。雰囲気的に」
「へー」
 

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ライブが終わった後、気合いが入った感じの政子は
「超高級ホテルのロイヤルスイートに連れて行って。そこで詩を書くから」
と言った。
 
それで希望通り、ホテル日航東京のロイヤルスイートルームに連れていくと、そこで政子は『桜色のピアノ』『贅沢な紅茶』『ハイヒールの恋』など明るい詩を書くとともに、和泉の歌詞の添削!?までしたのである。
 
そして政子の戦闘意欲が復活したのを確信して、翌日2月1日の朝、私は政子をスタジオに連れていき、『長い道』『カチューシャ』『あの街角で』の3曲を吹き込んだ。この内、前2曲は、夏に発売するアルバムに収録されることになる。
 

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その日昼頃、秋月さんに政子を家まで送って行ってもらい(詩津紅が代わりに出てくる)、その後、私は自宅にいったん戻った。
 
3日間私の身代わりを務めてくれた若葉とハイタッチする。母が
「そうしてるとほんとに姉妹みたい」
などと言って、若葉と並んだ記念写真を撮った。
 
一休みし、お茶を飲みながら若葉・母と少し話している内に、予約していたタクシーが来たので、私は◎◎女子高の制服のまま家から出て、タクシーに乗った。うちを訪問した人が帰りはタクシーでというのは、よくあるパターンなので記者たちも特に注意していない。それでタクシーで新横浜駅まで行ってもらう。中央道と第三京浜を通り、16時前に新横浜駅に到着した。そのまま駅の中に走り込み来た新幹線に飛び乗る。新大阪駅に18:20頃に到着した。連絡して待機してもらっていたので駅の北口に停まっている望月さんの車に飛び乗る。楽屋口に到着したのが18:30。
 
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「遅い」
と小風から言われた。
 
「自分が2人欲しい」
と私は答える。
 
「冬は5人くらい居るのかと思った」
と小風。
 
「唐本冬子、柊洋子、ケイ、蘭子、水沢歌月が別人格で独立に動いていたりして」
「それができたら凄いね」
 
「取り敢えずライブで、ピアノとヴァイオリンを同時に演奏してもらえるな」
「そして前面に立って歌ってもらうんだよね」
 
「そうそう。ピアノ:水沢歌月、ヴァイオリン:柊洋子、歌唱:蘭子だよね」
「うーん。ギャラは3人分もらえるのだろうか?」
 
「してくれるんなら3人分払うよ」
と畠山さんは何だかマジな顔で言った。
 

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