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■夏の日の想い出・港のヨーコ(4)

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そんなことを言っている間に、私が入って行ったが
 
「何?その黒尽くめの衣装?」
と言われる。
 
「いや、家を出るのに工作が。忍者みたいにして出てきた」
 
「やはり、洋子がローズ+リリーのケイなんだ!?」
「さあ、どうかな」
 
「じゃ別の質問。KARIONのキーボード奏者はあんた?」
「うん。でも内緒にしといてね。私の顔がだいぶバレちゃったから、あまり表では弾けないなあ」
 
「ああ、音源製作で関わってる?」
「そうそう。年末もずっとスタジオに詰めて、今月末発売のCD制作してた」
「年末!? ワイドショーが盛んにあの報道してる最中に?」
「自宅周辺にずいぶん記者がいたみたいだっだけど」
「何のことだろ?」
「大胆な子だ」
 
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やがて他のダンサーの子も到着し、ドリームボーイズの陰の中心人物である大守さんが到着。
「お、洋子も来てるな。洋子の参加に関する権利関係は話付いてるからと社長から聞いてるから」
と大守さんは言っていた。
 
「はい、私もそう言われました」
 
「でも樹梨菜ちゃんに、ゆまちゃんに、洋子ちゃんに、と権利関係の交渉大変そう」
「ああ、レイナも3月くらいにデビュー予定ということで、既に某プロダクションと契約で同意しているらしいけど、そちらも基本的にはスケジュールがぶつからない限り、ドリームボーイズのライブやPVへの出場はOKということらしい」
と大守さんは言う。
 
やはりレイナもデビューか、と思うと気が引きしまる。
 
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「なんかデビュー組が増えたなあ」
「どうかした事務所なら、そういう子は切り離して若い子入れるんだろうけど、蔵田も、今のダンスチームが最高だからと言ってるし」
 
そんなことを言っている内に、花崎(レイナ)さんや鮎川(ゆま)さんも到着。お互いに近況を報告しあう。
「やっぱり、ローズ+リリーのケイって洋子だったの?」
とその2人からも訊かれたが、私は明言を避けた。でも2人は確信している感じだ。
 
「洋子の性別を初めて知った」
と言われてから、身体をあちこち触られる。
 
「バスト、これ本物?」
「うん、まあ」
「お股に何も付いてない」
「ちょっと、そこ触るのはさすがに勘弁してよ」
 
「結局、性転換済み?」
「デビュー前に手術しちゃったの?」
「ごめーん。そのあたりは取り敢えず秘密ということで」
 
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「でも、ゆまは雨宮先生からサックスの指導受けてるし、洋子は上島先生から楽曲もらってるし、大守さん、気にならないんですか?」
 
「蔵田がそれ面白がってるから。まあ、そもそも俺もワンティスとライバル意識はあるけど、向こうはどうせ過去のバンド。こちらは8年間トップアーティストとして走ってきたバンド。勝者の余裕だな」
「すごい」
 
「って、話を雨宮や上島にするなよ」
と大守さんは私や鮎川さんに言っている。
 

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練習の後は深夜(8日AM1時頃)自宅に戻ってくる。そして8日,9日は自宅でお菓子作りなどして、母とのんびりとした時間を過ごした。父もこの8日の日は珍しく早く帰宅したので、父とも話す時間が持てた。
 
「しかし会社で、息子さん美人ですねとか可愛いですねとかばかり言われる」
と父は困ったように言う。
 
「ごめんねー。変な子で」
「あの報道の後で会社に出て行く時、どんな顔で出て行けばいいものかと思ったが、開き直ってしまえば平気なもんだ」
「お父ちゃんも女装してみる?」
「馬鹿!」
 
父はこの所ずっと仕事のし尽くめで、ヒゲもボーボーだった。そういえば最近、私、ヒゲはあまり生えないなあなどと思う。やはり女性ホルモンの影響なのだろうかなどと考えたりする。
 
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「だけど、お前、家の中ではずっとスカート穿いてるつもり?」
「出て行く時はズボン穿くよ」
「でもお前もしかして出て行く時だけズボンで、外でスカート穿いてたりしないか?」
「ボク『スカートでは外出しない』ということしか約束してないよ」
「うーん・・・・」
 
と父は腕を組んで考え込んだ。ここで怒らなかったのは、父が少しは私のことを認めてくれつつあったのか、あるいは仕事で疲れすぎていて、半ばどうでもいいような気分になっていたせいか。
 
「でも夜中に出て行って何やってるの?」
「こないだは政子の家に行ってきた。政子、ほんとに落ち込んでたから。ボクと話して少し落ち着いたみたい」
 
「お前、中田さんと結婚するつもり?」
「ボク自身、性別を変更したいから、法的な意味での結婚はできないと思う。でも彼女のことについては一生責任を持つつもり」
「性別変更ね・・・・」
と父は考えこんでいたが
 
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「ところでお前、まだチンコ付いてるんだっけ」
などと訊く。
 
「付いてると思うよ」
「思うってのは何だ?」
 

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9日の昼頃、私の携帯に政子から電話が掛かってくる。
 
「はーい!我が君、ご機嫌はいかが?」
と私が訊くと
「最低!」
 
と政子は明らかに怒っている雰囲気。私は何か私に関することで政子に隠していること(ドリームボーイズやKARIONの活動)がバレて、怒らせたのだろうかと不安になったが、政子が怒っていたのは花見さんにであった。
 
「今日、啓介のお母さんから電話があったのよ。啓介の行方を知らないかって」
 
なるほど・・・・そういうことか。
 
「それで、知らないと言ったんだけど、啓介さんどうかしたんですか?と聞いたらさ。行方不明になってるって。それでお母さんが謝りながら話してくれたのよ。どうも、例の週刊誌に私達の情報を売ったの、啓介らしい」
「そうだったの?」
 
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「もう最低な奴!どこで野宿してるのか知らないけど、見つけ出して制裁を加えてやりたい」
 
私は政子が怒れば、その怒りのパワーで少し自分を取り戻せるかも知れないと思い、少し煽ってみた。
 
「それはボクにもやらせてよ。2〜3発蹴りを入れたい」
「2〜3発じゃなくて何十発でも何百発でも、アレが二度と使い物にならなくなるくらい蹴ってあげなよ」
 
ちょっと、ちょっと!
 
「私は最初殺してやろうかと思ったけど、あっさり殺すのは詰まらないじゃん。生きていることを後悔するくらいの目に遭わせてやりたい。最低でも去勢はしてやる。泣き叫んでる啓介のペニスを掴んでナイフで切り落としてやろうか」
 
怖っわー。煽る必要無かったか?
 
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「マーサが犯罪者にならないようにね」
と釘を刺しておく。
 
「なんか売ったのが啓介だというのが、どこからか漏れたらしくて、脅迫状とか脅迫電話とか掛かってきて、電話番号も変えたんだって。でも電話番号変えてもやはり脅迫電話掛かってきたらしい。それでアパートを出ていったん実家に戻ってたらしいけど、実家にも脅迫電話があって、それで年末頃に実家を出て、その後、お母さんも連絡が取れない状態になっているらしい。お母さんはひょっとしてタチの悪いヤクザとかに捕まってリンチでも受けてるんじゃないかと心配でと言ってたけど、私タロットカード引いてみたら『隠者』が出るんだよね。どこかに潜伏していると確信した」
 
政子が今の精神状態でタロットを引いたら百発百中だろうと思った。それで私も花見さんは無事なのだろうと確信した。しかし年末頃からって、その脅迫をしていた人物というのは誰なのだろう。○○プロでさえ、つい数日前に調べあげたらしいのに。それに電話番号を変えても脅迫電話掛かってくるって、何すればそんなことできるんだ??
 
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「とにかく絶対タダではおかないよ」
と政子は本当に怒っているふうであった。
 

9日の夜22時頃。また黒い服装で裏の崖を登って家を脱出する。その晩は取り敢えず近所の奈緒の家に泊めてもらった。奈緒の家には私の女物の服が結構置いてあるので色々便利である。
 
奈緒の部屋に泊めてもらったのだが、むろん布団はちゃんと2つ敷いている。奈緒は部屋に暖房(オイルヒーター)が入っているのをいいことに下着姿になって
 
「こっちの布団に来ない?後腐れ無しでHしてもいいよ。コンちゃんあるし」
と誘惑?したが、丁重に遠慮させてもらった。
 
「ごめん。ボク立たないと思うし」
「それなら私が指にコンちゃん付けて、冬に入れてあげてもいいよ」
 
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「ボク、今は好きな人がいるから」
「ふふふ。あの子を愛してるんだ」
「うん」
「ちょっと妬けるけど、まあいいか。頑張ってね」
「ありがとう」
 
翌10日朝、朝御飯も頂いてから、奈緒のお父さんに都心まで車で送ってもらって前日のリハーサルに参加した。その日はホテルに泊まって翌日、スタッフの乗るバスに同乗させてもらって会場入りした。
 

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ドームに着いた時は既にけっこうな人数の客が会場の周りに集まっていた。ドリームボーイズの関東ドーム公演はこれまで何度もやっているので、勝手迷うことはないが、やはりこの大量のお客さんを見ると気が引き締まる。
 
控室で待っていると個別に来るメンバーがパラパラと集まってくる。
 
花崎(レイナ)さんは、別の女の子と少し年上の女性を伴っていた。女の子の方は、以前商店街で一緒に歌っているのを見た子だ。
 
「春くらいにこの子とふたりで《プリマヴェーラ》の名前でデビュー予定なのでよろしくお願いします」
と挨拶している。年上の女性はマネージャーのようである。
 
「私が諏訪ハルカ、彼女が夢路カエルという芸名です」
と花崎さんは言うが
 
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「フォスターじゃん!」
「ユニット名はイタリア語なのに!」
とツッコミが入る。
 
諏訪ハルカは「遙かなるスワニー河」、夢路カエルは「夢路より帰りて」というどちらもフォスターの名曲Old Folks at Home, Beautiful Dreamer の日本語歌詞冒頭から採ったものであろう。
 
「カエルちゃんって、レイナの妹さん?」
「従妹です。今中2なんですよ」
「ああ。じゃ、レイナちゃんと2つ違いか」
「2つ年下ですけど、私より歌は上手いです」
 
うん。確かに以前商店街で歌っているのを聴いた時も、この子はうまいと思った。
 
「でもカエルって名前は『夢路より帰りて』というのを知っていれば return の帰ると分かるけど、知らないと frog かと思っちゃうね」
 
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「私もそれ言ったんですけど、覚えてもらえるからいいよ、などと言われて丸め込まれました。本名はノエルなんです」
「可愛い!でも、カエルちゃん、他人に言い負かされそうな雰囲気」
「洋子なんかと似たタイプだよね」
 
「学校の友人からは、アマガエルのコスプレしてデビューするといいよ、とか言われてます」
 
「あ、それはプロデューサーの前では言わない方がいいよ。マジでやらされるから」
「うんうん。この業界って、だいたいそういうノリ」
 
カエルちゃんは「えー!?」という顔をしている。
 
「デビューは春くらいになるの?」
「実はカエルちゃんのお父さんが、なかなか芸能活動契約書にハンコを押してくれないんですよ。もう1年近く交渉を続けているんだけど。それでまだハッキリした時期が言えないんですけど、お父さんも最近やっと軟化してきてくれて、今条件交渉になってきているから、妥結は近いかなと」
 
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「お父さんとの交渉に手こずったのは洋子もそうだな」
と大守さんから言われる。
「でも洋子は結局契約したんだろ?」
 
「ええ。1月1日付けで★★レコードと契約しました。父と話をしようとし始めてから結局1年2ヶ月掛かりました」
と私が言うと
 
「時間掛けて妥結に至った人がいると勇気付けられるね。ノエルも頑張らなくちゃ」
と花崎さんが言い、本人も頷いている。
 
まあ私の場合は話をする前の段階で、てこずったんだけどね。でも、雰囲気的にカエルちゃんや、マネージャーさんは私の正体には気付いていないっぽい。
 
 
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夏の日の想い出・港のヨーコ(4)

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