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■夏の日の想い出・港のヨーコ(5)

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(C)Eriko Kawaguchi 2013-11-02
 
松野(凛子)さんもやはりソロデビュー予定だということで、マネージャーさんを伴ってきていたし、既に歌手として活動している葛西(樹梨菜)さんの(歌手としての)マネージャーさんも来ていた。みんな蔵田さん・大守さんをはじめドリームボーイズのメンバーに挨拶している。ドリームボーイズ側もマネージャーの大島さんだけではなく、社長の前橋さんも来ている。
 
「なんかまるで卒業式みたいな雰囲気だけど、今年の夏もまたやるからな」
と蔵田さんが言っている。
 
「夏も関東ドームですか?」
「そうだなあ、どこか暖かい所がいいな」
「沖縄とか?」
「北海道にしようか?」
 
「はぁ?」
「コージ、頭大丈夫?」
と葛西さんが言う。葛西さんは遠慮無しだ。
 
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「適度に暖かいかな、と」
「北海道は8月中旬過ぎるともう涼しいから、時期を選ぶよ」
と前橋さんが言う。
 
「北海ドーム使う?」
「空いてるかな?」
「ちょっと確認する」
 
と言って前橋さんが電話している。
「7月25日・土曜日だけ空いてる。偶然昨日キャンセルされたらしい」
「押さえましょう」
「よし」
 
すぐに事務所の人にそれを押さえる指示をしていた。
 
「北海道はかえって土曜日の方がいいですよ。遠くから来た人が翌日観光して帰ることができる」
「確かに、それはあるな」
 
「ということで、みんな7月25日空けといて」
「了解〜!」
 

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そんなことをしている内に、鮎川(ゆま)さんが来る。
 
「おい、ゆま、7月25日空けといてくれ」
と蔵田さんは言ったが、その鮎川さんにくっついて来た人物を見て、口をあんぐり開けたままになってしまう。
 
「雨宮!?」
「ハロー、ドリームボーイズのお兄様方、ダンスチームのお姉様方。あ、これ陣中見舞いね」
と言って、保冷カートから大量にケーキの箱を出す。女の子たちから思わず歓声が上がる。
 
ワンティスの雨宮先生であった。何かアラビアンナイトのモルジアーナか?という感じの派手な服を着ている。この服でここまで来たのか?鮎川さんの方がきっと恥ずかしかったぞ。
 
「いや、ご無沙汰。陣中見舞い、ありがとう」
と大守さんも少し焦りながら挨拶する。
 
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私は、逃げ出したい気分だったものの、逃げ隠れる場所も無い。雨宮先生は、めざとく私を見つける。
 
「あら、あなた可愛い子ね。どこかで会わなかったかしら?」
と雨宮先生。
 
「おはようございます、雨宮三森先生。以前何度かお目に掛かりました。柊洋子と申します」
と私は笑顔で挨拶した。こうなったら開き直るしか無い。
 
『あなたがいない部屋』は当時、まだモーリー作詞・柊洋子作曲のクレジットでJASRACに登録されていた(後に雨宮三森作詞・ケイ作曲に変更している)。
 
「ああ、柊洋子ちゃんだったね。あなた、一度私とホテルとか行ってみない?」
「お断りします」
 
「うふふ。その表情が気に入ったわ」
と雨宮先生は楽しそうに言った。
 
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雨宮先生は私と少し言葉を交わした後、レイナにくっついているカエルちゃんに目を留めて
「君、魅力的。すごーく私の好み。ね、ね、今度デートしない?」
などと言っている。こんなに人がいる前でもナンパできるのが凄い。
 
そのカエルちゃんは雨宮先生の性別を知らないようで、戸惑ったような顔をして
「ごめんなさい。私、男の子が好きなので」
などと言っている。
 
「雨宮さん、その子中学生だから。変なことしたら捕まりますよ」
と前橋さんが注意していた。
 

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「まあそういう訳で7月25日に北海道でライブだから、7月中旬にアルバム発売。その録音を5月から6月に掛けてやるから、楽曲を3〜4月までに準備する。ということで、樹梨菜、洋子、スケジュール空けとけよ」
 
「はーい」
と私と葛西さんが返事する。
 
「あんた、何するの?」
と雨宮先生が私に訊く。
 
「蔵田さんが書いた曲の試唱です」
と私は答えるが
「まあ、補作もだな。コージの譜面は不完全すぎるから演奏できる状態にするのに補充が必要」
と大守さんは舞台裏を明かす。
 
「なるほどねー。そういう場に居合わせたら凄く勉強になるでしょ?」
と雨宮先生。
「はい、勉強させて頂いております」
と私は答える。
 
雨宮先生は頷いておられた。
 
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「ところでこのダンスチームの子たちって、みんな女の子なの?」
と雨宮先生。
 
今日来ているのは全員常連組および旧常連組である。葛西樹梨菜(リーダー:ソロ歌手)、柊洋子(サブリーダー)、竹下ビビ、松野凛子(歌手としてデビュー予定)、梅川アラン、花崎レイナ(デュオでデビュー予定)、鮎川ゆま(Lucky Blossomのサックス奏者)。
 
「女の子じゃない子がいるように見えます?」
と松野さんが訊く。
 
「なんか怪しい人も居る気はするけど、ほぼ女の子ですよ」
と私は答える。
 
「蔵田君は男の子なんだっけ?」と雨宮先生。
「ちょっと怪しい気はする」と大守さん。
 
「蔵田君、おちんちんまだ付いてる?」
と雨宮先生は直接本人に訊く。
 
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「その質問、そっくりお前に返すよ、雨宮」
と蔵田さんは笑って答えた。
 
「蔵田君は女装しないの?」と雨宮先生。
「しないことはないけど、クローゼットだよ」と蔵田さん。
 
「カムアウトしちゃいなよ」
「それ社長にダメって言われてるから」
「ホモはよくても女装はダメなのか?」
 
前橋社長が苦笑している。
 
「女装外出楽しいのに。ね、洋子ちゃん」
と雨宮先生はいきなり、こちらに振る。
 
「男装での外出経験、あまり無いので分かりません」
と私が答えると
 
「なるほどー」
という声が多数上がった。
 

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公演前に楽屋でワイワイおしゃべりしていたら、
「ちょっと困ります」
という声とともに、ひとりの男が楽屋の中に入ってきた。
 
「あんた何?」
と前橋さんが訊く。
 
「**芸能の記者です。ちょっとインタビューさせて下さい」
「公演前はみんなナーバスになってるんだ。困るから出て行ってくれない?」
「そんな邪険にしなくてもいいじゃないですか。5分でいいですから」
「じゃ5分」
と言って、前橋さんは携帯で時間を計り始める!
 
蔵田さんにデビュー9年目を迎えての今年の抱負とか、今注目している音楽シーンとか聞いているが、蔵田さんから言われた固有名詞を知らないようで、AOR(Adult Oriented Rock)なんて言葉も知らないようで、私は聞いてて、こいつ音楽のこと分かってるのか?と疑問を感じた。蔵田さんも若干イライラしているのが分かる。あぁ、お出入り禁止リスト入りかな?などと思いつつ、そちらは見ずに聞いていた。
 
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やがて前橋さんが「あと1分」と言う。更に注目している海外アーティストを尋ねて「BLACK STONESだな」と蔵田さんが漫画NANAの中に出てくるバンドの名前を答えると、冗談と気付かずにメモしている。そしてその後突然記者はダンスチームの方を見て
 
「そうだ、ケイさん!」
と言った。
 
すると竹下さんが「はい!?」と返事する。
 
「えっ?あなたケイさん?」
「はい。私、本名竹下景子なので。友だちからはケイちゃんって呼ばれてます。でもその名前だと超有名女優さんと同姓同名になっちゃうじゃないですか?それで遠慮して名前変えろと言われたんで、ONE PIECEの登場人物の王女様の名前を借りて『竹下ビビ』と名乗っているんですよ。私に何か?」
 
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「あ、えっと・・・・」
と記者は明らかに焦っている。
 
「あと20秒」と前橋さん。
 
すると記者は私の方を向いて
「あなた、柊洋子さんですよね。ご本名ですか?」
「ああ、芸名ですよ。私に最初に仕事をくれたプロダクションの社長さんから付けてもらったんです」
と私は答える。
 
「本名は?」
「美冬舞子ですが、どうかしましたか?」
と私は答える。
 
「はい、タイムアップ、出て行って」
と前橋さんはその芸能記者の身体をつかんで楽屋から追い出した。
 
一部の人(私の正体を知っている人)が、笑おうとしたが前橋さんが制する。
 
前橋さんは外の様子を伺う。ちょっとドアを開けて記者が向こうに行ったのを確認する。そして、蔵田さんの椅子のそばのテーブルの裏から、小さな機械を取り外した。
 
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盗聴器!?
 
前橋さんは更に、竹下さんが座っていた椅子の背からも、似たような機械を取り外す。そして窓を開けて大きなモーションで投げ捨てた。
 
「あの雑誌社、うちの事務所のアーティストにお出入り禁止決定」
と前橋さん。
 
「うちも出入り禁止だ」
「盗聴器仕掛けるなんて悪質な」
と葛西さんのマネージャー、松野さんのマネージャー、花崎さんのマネージャー、そして雨宮先生からも声が上がる。
 
「油断も隙も無いですね〜」
「いや、あの記者の手の動き、僕ずっと見てたから」
「社長凄い!」
「社長、スパイになれますね!」
などという声があがった。
 

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その日の公演では、前半をドリームボーイズの比較的最近の曲で堅め、後半はこれまで8年間のヒット曲で綴っていった。
 
私はどのくらい音楽活動していたら自分たちの《良質な》持ち歌だけでライブを埋めることができるのだろう、などと考えていた。KARIONは11月のライブでは一応全曲自分たちの曲で埋めたが、曲の出来不出来を無視し、アルバムの曲まで総動員してであった。ローズ+リリーも早くライブ復帰したいという気持ちが募る。この時期、父とは高校を出るまで(正確には大学に合格するまで)歌手活動を控えるという約束をしたものの、実際には春くらいからローズ+リリーは活動再開できればと思っていた。
(政子の精神的落ち込みが私も計算外だった)
 
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ゲストコーナーでは$$アーツの若い歌手が出たのだが、更にサプライズゲストということで雨宮先生が登場して、鮎川さんと一緒に師弟サックスプレイを披露した。雨宮先生がモルジアーナで鮎川さんはアリババの雰囲気だった。鮎川さんはLucky Blossomでも「格好良い」系の衣装が多いが、基本的に割と男っぽい服装が似合う。
 
(後に元同級生の七星さんから聞いた話では、七星さんと鮎川さんが当時の管楽器クラスの《イケメン2トップ》だったらしい。どうも私の周囲には性別が怪しい人が多い)
 
それを見ながら葛西さんが私に声を掛ける。
「雨宮さん、洋子のことよく知ってる雰囲気だった」
 
「ローズ+リリーの陰の仕掛け人は雨宮先生だから」
「えー?そうだったんだ?」
 
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「雨宮先生とは、もう1年半くらいの付き合い。ローズ+リリーを売り込むべく私を煽ってデモ音源を作らせて先生自らレコード会社に売り込んでくれたんだよ。上島先生から曲をもらったのも雨宮先生の縁」
「へー」
 
「でも私、ずっとあの人のこと、雨宮先生とは知らなくて。デビューした後で気付いて『えー!?』と思った。ただの変なおばちゃんと思ってた」
「ああ、確かに変なおばちゃんだ」
「男の人だというのも全然気付かなかったんだよ。だって、熱海温泉の女湯の中で偶然遭遇したりしてたし」
 
「・・・・・洋子って女湯に入るの?」
「うん。私、男湯には入ったことないよ」
「なんだと!?」
 
「樹梨菜さんは男湯に入らないの?」
「無理!胸があるから」
「女湯に入ろうとして『こちら違う』と言われたこと無い?」
「というか悲鳴をあげられたことなら多数ある」
「あぁ」
 
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