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■夏の日の想い出・アイドルを探せ(9)

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(C)Eriko Kawaguchi 2013-10-20  
23時になったら三島さんがこちらの部屋に電話してきて、明日もあるから寝なさいというので、美空と小風は自分の部屋に帰った。
 
その後、和泉とふたりでコーヒーを入れて飲みながら少し話して、途中で和泉が唐突に詩を発想し『空を飛びたい』という詩を書いた。
 
「曲付けられる?」
「いいよ」
 
と言って私は五線紙を出して、愛用の銀色のボールペンで曲を書き始めた。
 
「高校に入ってすぐの頃は赤いボールペンを使ってたよね?」
「よく覚えてるね。あれは友だちにあげたんだよ」
「ふーん。そのボールペンは?」
 
「これは中学3年の時に合唱部の大会で入賞して記念にもらったボールペンなんだよね」
「へー」
 
「それ以前に使っていたのは小学5年の時に絵画コンクールに入賞してもらったボールペン。それは別の友だち(麻央)にあげた」
「ほおほお」
 
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「その前に使ってたのは小学2年の時に漫画雑誌の作品募集に応募して努力賞になった時に記念にもらったボールペン。これはね・・・実はワンティスの高岡さんにあげた」
「へ?」
 
「和泉には1度見せたことあるでしょ? ボクが小学生時代から使ってたヴァイオリン。あれは高岡さんからもらったものなんだよね。それ以前に使っていたヴァイオリンと交換したんだけど、その時、値段差がありすぎて申し訳無いからボクのボールペンもあげたんだ」
 
「でも冬って何だかもらったものとか借りてるものとかが多いな。くれる人、貸す人がいるのも凄いけど」
「うん。私って人間関係に恵まれている気がする」
 
「高岡さんと知り合いだったの?」
「偶然何度か会っただけ。当時はワンティスの高岡さんだということ自体を知らなかった。でもボクの作曲スキルは高岡さんに最初要点を指導されて、その後はドリームボーイズの蔵田さんの作曲の現場にたくさん立ち会っている内にセンスを鍛えられたものだよ」
 
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「英才教育されてるな。それでプロレベルまで鍛えられたのか」
「自分的にブレイクしたのは去年の夏。赤いボールペンをあげた子と一緒に曲を書いた時、自分でもびっくりするほど、突然進化した」
 
「ちょっと嫉妬するな」
と和泉は言った。
 

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私が楽曲を書き上げた後、和泉は何ヶ所か「ここはこうした方が良くない?」
などと譜面を見ながら言う。それをふたりで話し合いながら、15分ほどで曲を仕上げた。
 
「ところで、こないだから何か言いたそうにしてる」
「うん」
 
それで私は今回のアルバム制作、そして来週のライブを最後にKARIONからは離れさせてもらい、同じ学校の子と一緒にデュオでのデビューを考えていることを打ち明けた。
 
「それが赤いボールペンをあげた子か?」
「そう。だからボクの共同作業者なんだよ」
 
「まあ、辞めたがっているなというのは感じてたけどね」
と和泉。
 
「ごめんね」
「でもなぜ? KARIONの活動方針や方向性に不満?」
「アイドル色がやや強いことを除いたら、そんなに不満は無いな。でもやはり和泉とライバルとして戦いたい気持ちもあるんだよね」
 
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「それは理解できる部分だなあ。私も冬の才能を見ていて、一緒にやりたいという気持ちもあるけど、戦っていきたいという気持ちもある」
 
和泉は私に理解を示すように言った。
 
「でも小風は絶対納得しないよ、冬が辞めるって言ったら」
 
「だろうなあ・・・」
 
「それに辞めるにしても来週でというのは急すぎるよ。取り敢えず次のCDを制作する9月くらいまでは付き合わない?」
 
「うん。でもそう考えていると、辞めるタイミングが無くなる」
「ふふふ」
 

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「でも冬がペアを組もうとしている子って、どんな子? 歌うまい?」
「まあどちらかというと音痴だね」
「なぜ、そんな子と組む?」
 
「和泉なら多分、ボクがしようとしていることが分かるかも」
 
と言って私はノートパソコンを取り出し、つい数日前に政子とふたりで学校を半日サボってスタジオに行き、録音した曲の一部を聴かせる。
 
「まだ録音しただけでミックスとか全然なんだけど」
と言ってボーカルトラックだけ再生した。
 
後に『Month before Rose+Lily』のタイトルで発表した音源であるが、その中でその時聴かせたのは多分『ブラビエール』『ギリギリ学園生活』の2曲である。
 
「やられた」
と言って和泉は笑った。
 
「冬ってさぁ、変化球投手だよね?」
「ああ、それはアスカさんにも言われた」
 
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「うん。アスカさんにしても私にしても速球投手だもん」
「ふふふ」
「このデュオは売れると思う。特に2番目の曲(『ギリギリ学園生活』)は、KARIONでは絶対売れない曲。このボーカルがあって初めて売れる」
 
「でもその変化球で、速球の和泉と勝負しようという魂胆なんだよ」
「じゃさ、KARIONも売れるようにしてよ。でないと勝負できないじゃん」
「そうだなあ。。。。」
 

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翌日の朝食後、畠山さんが私と和泉に話があると言うので、ふたりで畠山さんの部屋に入る。
 
「実はゆきみすず先生なんだけどね」
「はい」
 
「ちょっと男の僕には言いにくい話なんだけど、子宮筋腫で子宮の全摘手術をしたのだけど、それでどうもホルモンバランスが崩れてしまったみたいでね。更年期障害が、かなり酷いらしいんだよ」
「ああ」
 
「それで当面音楽制作活動には復帰できそうもないということで、申し訳無いがKARIONのプロデューサーは辞任させてくれという話があった」
 
「理論的には子宮を取っただけでホルモンバランスが崩れる筈が無いというのですけど、それって男の医者の論理ですから」
などと和泉は言う。
 
「男の人が睾丸を残して、おちんちん取っちゃったら、ホルモン的な影響は無いはずでも、精神的なショックは大きいですよね?」
 
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「それ辛そうだ」
 
「子宮を取るのって、女では無くなるという気持ちが出るから、その精神的な影響はかなり大きい筈です」
 
「うん。まあ、そういう訳でさ。色々僕も考えたんだけど、今制作しているアルバムを karion 名義でプロデュースというか、実質プロデュースしているのは、和泉ちゃんと冬ちゃんの2人なんだけど、この体制で今後の KARION のCDも制作して行ってもらえないだろうかというのを考えている」
 
私と和泉は顔を見合わせた。
 
「ゆき先生に払っていたのと同じ金額。CDシングルについて200万円を君たち4人に払う。1人50万円になるけどね。アルバムについては売れ行きが見えないので今回は40万円で勘弁してもらいたいんだけど、次作からは今回のアルバムの売れ行きを見てプロデュース料を払いたい」
 
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「私は構いませんけど」
と言って和泉は私を見る。
 
「前回のシングルにしても今回のアルバムにしても、ふたりのバランス感覚とセンスが凄くいいんだよね。それに和泉ちゃんのメンバーやバンドの人への指示が明解でテキパキとしてるし、冬ちゃんは機材やDAWソフトの操作に慣れていて、完成形を頭の中に描いた上であれこれ意見を言っている感じだし、いいコンビだなあと思って見ていたんだよね」
 
私は困ってしまった。そんなに期待されても・・・・
 
というので、私は(畠山さんには以前から再三言っていたのだが)KARIONから離れて、別途他の子と組んでデュオでデビューしたいということを再度畠山さんに言った。
 
「うーん・・・・」
と畠山さんは少し考えていたが、やがて言う。
 
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「じゃ、そちらと掛け持ちということで」
「えーーー!?」
 
和泉が笑顔でパチパチと拍手する。
 
「ロックバンドとかでも、複数のバンドを掛け持ちしている人はよくあるし」
「うーん。。。。。」
 
「LUNA SEA の SUGIZO は X JAPAN のライブにこないだから出てるよね。あれ多分正式メンバーになっちゃうんじゃないかな」
「そんな気がします」
 
「スピッツの崎山さんは初期の頃、かなり多くのバンドのドラマーを兼任してた」
「ああ、ドラマーの掛け持ちって、そもそも多いですよ」
 
「だから、冬ちゃんも KARION とそちらのデュオと掛け持ちすればいいんだよ」
「うむむ」
 
「そしたら、私と仲間でありかつライバルになれるね」
と和泉も笑顔で言う。
 
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「なんか、丸め込まれてしまいそう・・・・」
 

その日は福岡のFM局に15分ほど出演した後、新幹線に乗って神戸に移動、神戸元町で演奏する。それから大阪に移動して、なんばパークスで演奏した。なんばパークスでは、私たちの次に AYA が演奏することになっていて、AYA 本人はまだ来ていなかったものの、ポーラスターのメンバーは先に来ていたので、杉山さん・神原さんと握手して、少し話してきた。
 
私がこちらに戻って来てから畠山さんが小声で言う。
「冬ちゃん、$$アーツからも随分勧誘されてたろうけど、あそこから出ていたらアウトだったね」
 
AYAが所属する$$アーツはドリームボーイズの事務所で社長もドリームボーイズの元マネージャーの前橋さんである。私は前橋さんから随分デビューを勧誘されたものである。AYAは4月のデビューのほんの1週間前に$$アーツと契約した。どうしてもマネージメント会社が決まらなかったため、レコード会社からの依頼で受託したものであった。
 
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「ですね。AYAは出版社とのタイアップだから、全部向こう優先になってこちらは放置される所でした」
と私。
 
「同じ事務所から、同じ年齢のソロ歌手を同時に2人売り出すことはできないから」
「過去にもそういう可哀想な例って何人かいますよね」
 
「うちは冬ちゃん、1人でも2人でも、KARIONの4人とは別形態だから大丈夫だよ」
 
さりげなく「4人」と言う所がなかなかだ。
 
「あはは。でもデモ音源まとまったら持って来ますね。基本的にはフォーク系の路線を考えているんですよね」
「それなら更に競合しない。KARIONは現代聖歌という雰囲気だから」
 
「ああ、確かに聖歌ですよね〜」
 

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大阪から名古屋に移動する新幹線の中で少し遅めの昼食に、少し高級なお弁当を食べる。もっとも私はとても全部食べきれないので、あらかじめ半分くらい美空にあげる。
 
「えー?鶏肉もらっていいの?わーい」
と美空は喜んで食べている。
 
「蘭子、相変わらず少食だね〜」
「ちゃんと食べないと、おっぱい成長しないよ」
「おっぱいか・・・もう少し欲しいな」
「やはり、欲しいんだ」
「うん」
「今日は割と素直だね」
 
「じゃ、名古屋では一緒に歌おうね」と美空。
「パス」
「三島さーん、蘭子にヘッドセットを」と小風。
「了解〜」
 

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名古屋は地下街の広場で演奏をしたのだが、ここでは私は最初からヘッドセットを付けて、エレクトーンの伴奏をしながら、私の本来のパートを歌った。ただ、前面に出て歌った訳ではないので、見ている人の大半は、コーラスか何かを入れるのと同様の感じで捉えたのではないかと・・・思っていたのだが、後でネットを見ていたら
 
《1月のキャンペーンで名古屋でキーボード、大阪でヴァイオリンを弾いていた、柊洋子さんが、今回はエレクトーン弾きながら歌唱にも参加していた。KARIONの準メンバー的存在?》
 
なんてmixiの公開日記に書かれていたのを小風が見付けて見せてくれて、私は、あははと笑っておいた。
 
さて、ライブでは、いつものように和泉がMCをしながら演奏していたのだが、『Snow Squall in Summer』を歌った後、和泉が何か言おうとした前に、畠山さんがステージ横から出てきて
 
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「ここで重大発表があります」
と言う。私たちは何も聞いてなかったので、何だろう?と思う。
 
「今回のキャンペーン、それから先月の幕張でのアイドルフェスタでも今歌いました『Snow Squall in Summer』が大変受けていまして、本来は9月に発売するアルバムに収録する曲なのですが、急遽、この週末、7月18日金曜日に先行シングルとして発売することになりました。スイート・ヴァニラズから提供された『サダメ』とのカップリングです」
 
「おぉ」
という感じの声が観客から上がるので、観客の中にKARIONの熱心なファンが結構含まれているのを私たちは感じた。
 
「そしてもう1件です。KARIONは来週、土曜日に大阪、日曜日に東京で、KARION初ホールライブを行いますが、このチケットは既にソールドアウトしています。しかし先行シングル発売を記念して、7月26日土曜日に、ここ名古屋でも追加でホールライブを行うことが決まりました。チケットは明日14日月曜日の夕方18時から発売します」
 
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これも寝耳に水だったので、私たちはびっくりした。しかし観客からは凄い歓声と拍手が起きていた。
 
「それでは今日のライブ残りの曲もお楽しみ下さい」
と言って畠山さんは下がる。
 
その後を和泉が引き継いで短いトークをした後、『風の色』を歌う。そして『積乱雲』『Diamond Dust』と演奏して、今回のキャンペーンを終了した。
 

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■夏の日の想い出・アイドルを探せ(9)

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