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■夏の日の想い出・アイドルを探せ(4)
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篠田その歌と別れた後、湘南トリコロールのバックダンサーの動きが見やすいようにステージに近い位置まで歩いて行く。おそらく政子は右端で踊るのではないかと見当を付けて、見えやすそうなポジションで壁際に陣取った。
やがて今演奏していたバンドの演奏が終わり、機材のセッティングの後、湘南トリコロールが出てくる。予想通り、政子はダンサーの先頭に立って出てきて、右端で踊り始めた。
こういうステージでの政子のダンスはまだ過去2度しか見ていないが、最初に見た時より、そして前回見た時より動きがいいと思った。
それで見ていたら、また肩を叩かれる。
今度は杉山さんだった。
「おはようございます」
「おはようございます」
と挨拶を交わす。
「午前中のAYAのステージ見ましたよ。あの子見る度にうまくなってる」
と私は杉山さんに言った。
杉山さんは、篠田その歌の初期のバックバンド《ポーラスター》のリーダーで、私も当時一緒に演奏していた仲だが、昨年辞任してフリーのスタジオミュージシャンになっていた。しかし今年春から AYA のバックバンドに参加し、現在はその実質的なリーダーになっている。
「うん。それは僕も思う。もしかしたら今年の新人の中でもトップクラスかも知れないという気がする。恐らく年末の各種新人賞を何個かは取ると思う」
「彼女見ていると私も負けてられない気持ちになります」
「ふーん、冬ちゃんもだいぶ進歩したね」
「そうですか?」
「篠田その歌がデビューした時は、その歌と並ぶと君の方が遥かに輝いていたからさ。でも常にその歌を立てていたよね。北極星ってさ、確かに空の中心だけど、実はそんなに目立たないよね。その歌ちゃんと君の関係って、まさにそれ。その歌が北極星なら、冬ちゃんこそ北斗七星だと思ってた」
私はその言葉には何も応えず、微笑みで返した。
「当時、僕は、もっとこの子にライバル心を持ってもいいのにと思ってた。でも AYAにはライバル心持つんだ?」
「同い年というのもあるかな」
「今年中くらいにデビューするつもり?」
「デビューの話をくれている事務所はいくつかあるんで、どれかから行くつもりです」
「お父さんとの話し合いはできた?」
「それが、不調なんですよ!」
「あはは。まずそれをクリアしなくちゃね」
「ええ。さっき篠田その歌と会ったんですけど、彼女からもハッパかけられました。でもその歌のバックバンドの名前は変わっちゃったんですよね」
「うん、そうなんだよね。向こうはザット・ソングという名前。それでさっき、この会場で前田さんと会ってね」
「わぉ」
「そのバンド名の話してたら、僕の方がポーラスターを名乗っていいよと言われた」
「へー!」
「まあ、僕と神原ちゃんと、ポーラスターの初期メンバーが2人いるしね。前橋さんにも話したら、名前はどこかと揉めない名前であれば何を名乗ってもいいということだったから、AYAのバックバンドはポーラスターを名乗ることにした」
「じゃ、そちらはAYAが北斗七星の破軍星で、杉山さんたちが北極星を含む小熊座の小柄杓 Little Dipper ですね」
「そうそう!」
「ところで、冬ちゃん、湘南トリコロールのバックダンサーの方を見てる?」
「よく気付きましたね」
「あの右端の子でしょ?」
「杉山さんもあの子に注目しますか?」
「あの子、強烈なスターとしてのオーラを持っている」
「あの子、私と同じ高校の子なんです。それで彼女と組んでデモ音源を製作したんですよ。ミクシングがまだですけど。来月にでも、それちゃんとミクシングして事務所関係者に聴いてもらうつもりです」
「面白いね。君とあの子の組合せか・・・・君って、あの子の引き立て役になるつもりだね?」
「はい」
と私は笑顔で答えた。
「君の性別問題があるから。だから自分が主役になるより、他の子をスターにした方が売れるとみたんだ?」
「ふふふ」
「彼女も歌うまいの?」
私は溜息を付いた。
「それだけが問題なんですよね〜」
「あははは。そりゃ頑張って練習させるんだな」
と杉山さんは楽しそうだった。
「今年はまだ無理かも知れないけど、来年くらいはAYAのライバルになりたいです」
「嘘嘘。冬ちゃんって嘘が顔に出る。もう既にライバルのつもりでいるでしょ」
「うふふ」
杉山さんとは20分近く話していたのだが、その内、事務所から呼び出しが入ったので、会場内のどこかに移動していった。
そしてそろそろ湘南トリコロールも終わるので、ステージから降りてきた政子に見つからないようにどこかに移動しようか、と思っていたら、後ろからいきなり抱きしめられる。
場所が場所なので声をあげられず、振り解いて振り向くと蔵田さんだ!
「洋子、体つきがますます女らしくなってる気がするなあ」
「自分がいつまで男の子でいられるか最近分からなくなってる」
「いや、洋子はとっくの昔に女の子になってたと思うけどな」
「でも私を抱きしめた所をJの人に見られたら大変ですよ」
「怖い。怖い。ところで、あのダンスチームの右端の子、凄いね」
「一発であの子を認識するというのは、さすがですね」
「いや、この会場の中で多分10人以上のアーティストがあの子に注目したと思う。気付くのは、一定レベルの奴だけだろうけどな」
杉山さんはその一定レベルを超えているんだろうな、と私は思った。
「彼女、私と同じ学校の子です。あの子とデュエットで売り出そうかなと思っているんですけどね」
「ほほぉ。それは楽しみだ。あの子、レズだよな?」
「ああ、そうみたいです。でも良く分かりますね」
「そういうオーラが出てる」
「蔵田さんもそういうオーラ出てるんですか?」
「占い師に1発で俺の傾向当てられたことあるから、多分出てる」
「へー」
「しかしレズとホモでは交わる部分が無いなあ」
「まあ、異世界みたいなものかも」
そんなことを蔵田さんと話していた時、今度はいきなり後ろから
「だーれだ?」
と言って両手で目隠しされた。
「ちょっと、ちょっと、樟南さん、やめてください」
と私は言う。
それはサウザンズのリーダー、樟南であった。
「おい、洋子。チューニングはお前の仕事だぞ」
と樟南さんは言うが、その時、私のそばに居た蔵田さんに気付く。
「あ、おはようございます!蔵田孝治さん」
「おはよう。久しぶりだな」
「どうも、ご無沙汰しておりまして、申し訳ありません」
私は樟南さんが敬語使っている所なんて初めて見た。
「こいつ俺のバンドのスタッフなんだけど何か用?」
と蔵田さん。
「あ、それは知らぬこととはいえ失礼しました。あのぉ、もし良かったらこの子を10分か15分程度お借りできないかと」
サウザンズは Lucky Blossom の次だ。確かにそろそろ演奏準備を始めなければならないところだ。
「洋子、お前、サウザンズの何やってんの?」
「楽器のチューニングです」
「そんなの自分でできないの?」
「すみません。俺たちのバンド、音感の悪い奴ばかりで」
と樟南さんが申し訳なさそう。こんな樟南さんを見るのも初めてだ。
「まあ、いいや。じゃ10分10億円で」
「さすがに金無いです。サイン入りのギターか何かで勘弁してください」
「じゃ、代わりに洋子に何か曲書いてやって」
「へ? 洋子、ソロデビューか何かするの?」
「デュオのつもりですが。でもそちらはもう少し先だから、私が関わってる別のユニットのひとつに1曲頂けませんか?」
「いいよ」
ということで、私は樟南さんにKARIONのアルバムに入れる曲を1曲書いてもらうことをお願いした。
イベントは20時までなのだが、私は最後のバンドを見ずに19時半で会場を引き上げた。
そして、家にはまだ帰らず、途中の駅で待機する。少し考えて、次の快速の先頭車両が停まる付近に行って、取り敢えずホームのベンチに座り待った。
やがて快速が到着する。その車両の右端のドアから政子は降りてきた。
「マーサ!」
と私は大きな声で呼ぶ。
政子はびっくりしたような顔をして寄ってきた。
「どうしたの?」
「マーサをストーカー」
「えーー!?」
「突然、マーサとふたりで歌を歌いたい気分になって」
「あ、それはいいね。実は私も冬と一緒に歌を歌いたい気分だった」
「じゃ、歌おう」
「どこに行くの? スタジオ? カラオケ屋さん?」
「公園」
「へー!」
ふたりで駅の改札を出て近くの公園に行く。
ここには小さな野外ステージがあるのである。ここで歌うつもりだった。
「でも私があの電車のあの車両に乗っていると分かったの?」
「推理」
「凄い」
「マーサ、こないだ今日のロックフェスタのチラシを見てたじゃん。だからきっと見に行ったんじゃないかと思ったんだよね。それで最後まで見てから帰るなら、きっとこの電車だろう。そしてマーサって人混みがあまり好きじゃないから、きっと端に乗ってるんじゃないかと推測」
「すっごーい」
「まあ、ボク、マーサを愛してるからね。このくらいは考えるよ」
「ふーん。愛してくれてるんだ」
「当然」
「ふふふ。私、婚約してるけどいいのかな?」
「ボク男の子じゃないし。男性の婚約者は気にならないな」
「確かにスカート穿いてる男の子はいないかもね」
と言って政子は私の服装を楽しそうに眺めていた。
私は出かけた時の女子制服ではなく、普段着のポロシャツとスカートを身に付けていた。
ふたりでステージに立つ。ステージの周りに同心円弧を描くようにコンクリート製の座席が並んでいる。そこにホームレスの人だか、酔いつぶれたサラリーマンだか、判然としない人影があるが、まあ構わないだろう。
「何を歌う?」
と政子が訊く。
「『A Young Maiden』」
「おっ」
それはつい先日、政子の誕生日にふたりで作った曲である。私は携帯を取り出すと、その曲のMP3音源を選択して再生させた。
「凄い!もう伴奏ができてる」
「ピアノだけだけどね」
そして前奏が終わった所からふたりで歌う。ほんの5日前に作り立ての曲だけあって、政子もしっかり覚えている。私たちはこの、少女の思いが詰まったような歌を熱唱した。
するとパチパチパチと拍手をしてくれた人がいる。ホームレスさんっぽいが、私たちはその人の方に向かってお辞儀をした。
「観客5人、内睡眠中4人かな」
「1人でも起きている人がいるというのは凄いな」
続けて私たちは『ギリギリ学園生活』『男なんて死んじまえ!』『美味しい食事』
とコミカルな歌を同様に携帯に放り込んでおいたMP3音源を伴奏に歌ったが、観客さんが笑いながら聴いている感じであった。
「聴いてくださいましてありがとうございます。それでは最後の歌になりました。『坂道』」
MP3音源を流してふたりで歌う。観客さんが熱心に聴いてくれている感じ。私たちはその美しい曲を思いを込めて歌い上げた。
お辞儀をしてステージを降りようとしたら、観客さんが何とパンパンパンパンとアンコールの拍手をしてくれている。私と政子を顔を見合わせた。ステージに戻る。
「アンコールありがとうございます。それでは本当に最後の曲。『花園の君』」
昨年の夏にふたりで植物園に行って書いた曲だ。観客さんはこの曲を手拍子を打ちながら聴いてくれた。
こうして私と政子のファーストステージは行われたのであった。
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