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■夏の日の想い出・アイドルを探せ(3)

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私は会場から5分ほど歩いて、練習用のスタジオに入った。
 
葛西さんだけ来ていたので、練習用の衣装に着替えた上で、しばしおしゃべりなどしている内に他のメンバーも到着してきた。13:45から練習の予定だったのだが、蔵田さんがなかなか来ない。どうしたんだろう? と思っている内に13:55くらいにやってきた。
 
が、何だか懐かしい顔を連れている。
 
「ゆまちゃん!」
「会場でウロウロしてるのを捕まえてきた」
と蔵田さんが言っている。
 
それは2005年(私が中2の年)頃にダンスチームに居た鮎川ゆまちゃんで現在はLucky Blossomというバンドでアルトサックスを吹いている子である。
 
「懐かしい〜」
「久しぶり〜」
 
と言って、私や葛西さん・竹下さんなど常連組が取り敢えずハグする。
 
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「樹梨菜、衣装の予備ある?」
と蔵田さんが訊くと
「あるよ」
という答え。
 
「でもごめんなさい。私は今日は自分のバンドで出るからこちらは無理です。...って言ったのに強引に連れて来られちゃったんだけど」
と鮎川さんは困惑している雰囲気。
 
「そちらは何時だっけ?」
「16時30分です」
 
ということは政子が出る湘南トリコロールの次か。
 
「こちらは15時半に終わるから大丈夫」
「事前の練習とかあるし」
「ゆまは天才だから、ぶっつけ本番でも大丈夫」
 
などとやりとりした結果、結局10分間だけ、こちらの練習に参加した後、Lucky Blossomの練習に駆け付けるということになった。
 

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鮎川さんまで入れて練習を開始する。
 
「洋子ちゃん、今日は何だか気合いが入っている」
と常連のダンサー、竹下さんから言われる。
 
「うん。アイドルフェスタの部で、2件出場してきたから」
「おお、凄い。何やったの?」
「キーボード伴奏に、ヴァイオリン伴奏に、最後はちょっと歌ってきた」
「何だか色々やってるね!」
 
歌ってきたというのは多分コーラスと思われているだろうな。まさか前面で歌ってきたとは思われてないよな、などと思いながら私は更に練習を続けた。
 
今葛西さんは歌手としてCDも出している。売れてはいないけど。それでもドリームボーイズのライブでは必ず踊る。鮎川さんも自分のバンドがあるのに今日は文句言いながらも、こちらにも参加してくれる。こういうのもいいなあ、などと思いながら、私は踊っていた。
 
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14:10になって、鮎川さんが「また後で〜」と言って、自分のバンドの練習の方に移動する。残りのメンバーは予定演奏曲を全部演奏して14:20頃に練習を終えた。汗を掻いているので下着も交換して本番用の衣装を着る。マネージャーの大橋さんが全員にお茶やコーヒーを配る。ビールが欲しいなんて声もあるが「本番前だからダメです」と言われている。
 

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「でもさすがに昔からするとライブの頻度も減った気はするね」
と松野さんが言う。
 
「まあ、メンバーが年食ってきたからね」
などと葛西さんは言っちゃう。
 
「樹梨菜もいい年だけどな」
などと蔵田さんが返す。
 
「まだ私、21歳だよぉ」
と葛西さんは抗議する。
 
彼女はドリームボーイズのデビュー以来の専属ダンサーだ。その時は中学3年生であったが、現在は大学4年生。7年間蔵田さんたちと一緒に走ってきた。その蔵田さんは34歳。かなりの年の差カップルだよなあと思って私はふたりのやりとりを見ていた。蔵田さんと葛西さんの関係を知っているのはどうも私と前橋さんだけのようである。よく7年間も隠し通してきたものだ。
 
でも蔵田さんが同性愛者であることは本人がむしろ盛んに言っている感もあるので、葛西さんの性別のことを知らない限り、ふたりの間に恋愛関係があるなどとは想像もできないであろう。
 
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ちなみに葛西さんは仕事で出てくる時は女物の下着を着けているが、自宅にいる時はだいたい男物しか着ないらしいし蔵田さんとデートする時もそれが必須らしい。しかしふたりがどんな性生活をしているのかは、何だか想像が付かない気がした。
 

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大守さんが手帳を見ながら言う。
 
「夏から秋、年末まで掛けて、のんびりと音源製作やるけど、その後、年明けに関東ドームやるからみんなスケジュール空けといてくれよ」
 
「何日ですか?」
「1月11日、日曜」
 
「了解〜」
とダンスチームの常連組から声が上がる。みんな自分の手帳にメモしている。もちろん私も記入する。
 
「あ、私ひょっとして曲が売れて忙しかったら出られないかも」
と葛西さん。
 
「樹梨菜が出られない時は洋子がリーダー代行で」
 
「私も歌手デビューしちゃうかも知れないから、売れてたら出られないかも」
と私も言っちゃう。
 
「お、デビューするんだ?」
「今いろいろ画策してるんですけどね〜。デモ音源2つ作ったし」
「頑張ってるね」
 
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「まあ、洋子も出られない時は凛子(松野さん)がリーダー代行で」
 
「私も歌手デビューしちゃおうかなあ」
と松野さん。
「私も幾つかの事務所から声掛けられてはいるんだけどね」
「へー、すごい」
 
「まあ、最後はリーダー代行は当日集まった子の中からジャンケンで」
 

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練習が終わった後、10分くらいおしゃべりしてから会場に移動する。今日後半のトップバッターなので、機材は既にセッティングされている。やがて鮎川さんも駆け付けてきて握手する。
 
5分前に幕の下りているステージに出て行き、各自音を出して出力とチューニングを確認する。ダンスチームは1曲目の途中から入るので上手袖で待機している。
 
やがて幕が開き、勢い良いドラムスの音に続いて演奏が始まり、やがて蔵田さんが歌い始めた。会場からは大きな歓声と手拍子が聞こえてくる。
 
そして蔵田さんが1番を歌い終わりサビに入った所で、葛西さんを先頭にダンスチームが駆け足で入って行き、踊り出す。
 
蔵田さんが気持ち良さそうに歌っている。ダンスチームは皆笑顔でダンスする。今日は慣れている子ばかりなので、全員でステージ上をバク転して回るなどというジャニーズ並みの演出もある。
 
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MCを交えて6曲演奏して、歓声の中を上手袖に下がった。
 

「お疲れ様〜」
「では次は半年後に」
 
「半年もあると誰か歌手になってるかも」
「私既に歌手だけど」と葛西さん。
 
「誰かお母さんになってたりして」
「私既に母だけど」と梅川さん。
 
「誰か性転換してたりして」
 
うーん。と言ってお互い顔を見合わせる。
 
「誰とは言わないけど、怪しい人が複数いる気がする」
 
「まあ性転換していても、ビキニの衣装になれてボディコンも着れるなら問題無し」
「ふむふむ」
 
「蔵田さんが性転換してたりして」
「うーん、悩むな」
などと本人は言っている。
 

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ダンスチーム全員で更衣室に行き、おしゃべりしながら着替えた後、半年後の再会を約束して解散する。鮎川さんは鼓笛隊のようなユニフォームに着替えていた。
 
「それ、今日のステージ衣装?」
「格好いい!」
「ああん、私、子供放置できないから Lucky Blossom まで見られない。誰かビデオに撮っておいてよ」
と梅川さん。
 
「ビデオ撮影なんかしてたら、袋だたきにされて会場外に放り出されるよ」
 
「じゃママには来月のライブのチケットあげる」と鮎川さん。
「お、いいな」
「じゃ他の人にも優待券あげるよ」
「よし」
 

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そんなことを言いながら会場に戻る。
 
今演奏しているバンドの次が政子が出る湘南トリコロール。その次が鮎川さんがサックスを担当している Lucky Blossom だ。
 
会場の壁にもたれかかるようにして見ていたら、肩をトントンされる。
「おはようございます、篠田さん」
と私も笑顔になる。
 
「おはよー。でもいつものようにムーちゃんでいいよ」
「うふふ」
 
「ステージ素敵でしたよ。『春待花』けっこう好き」
「ありがとう。あの曲反響がいいんだよね。シングルカットするかも」
「いいですねー」
 
篠田その歌との交流は、2004年秋以来、もう4年近くなる。ビッグヒットこそ無いものの、アイドル歌手としては充分高い歌唱力で、毎回3〜7万枚程度の安定した売り上げを残している。ライブも5000人クラスの会場をだいたい数日でソールドアウトする。
 
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「冬ちゃん、KARIONのステージ見たよ」
「きゃー」
「KARIONってハーモニーが美しいから、デビュー以来私注目してたんだよね」
「ありがとうございます」
「だけど、最初からKARIONって実は4人じゃないかって噂があったじゃん」
「そうですね」
 
「デビューCDの『鏡の国』が4声で歌ってたし、他の2曲もふつうに聴くと3人で歌っているようにも聞こえるんだけど、私には4人で歌っているように聴こえた」
「ふふふ」
 
「その4人目が冬ちゃんだってことをさっきのステージで確信したよ。4人のコンビネーションが物凄く調和していた。先行する曲でコーラス隊の子が入って4声や5声の歌を歌った時とは全然違っていた」
 
「私がデビュー時点までに契約書を交わすことができなかったんで、正式のメンバーになってないんですよ。でも私にしても他の3人にしても私を含めて4人でKARIONという意識」
「ああ。じゃ、適当な時期に正式メンバーに入るの?」
 
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「うーん。KARIONはKARIONで、今のままでもいいかな、と」
「ふーん」
 
「私の性別問題があるから、私のような子がいるより、純粋に女の子だけのユニットの方がイメージ戦略的に良いと思うんだよね。取り敢えず来月のアルバム制作までは参加するけど、その後離れさせてもらうつもり。今本来のプロデューサーの、ゆきみすず先生が病気療養中でね。それで私と和泉のふたりで実質プロデュースしてるから、ゆき先生の復帰までは離れるに離れられないんだよね」
 
「ふーん。冬ちゃん自分の性別問題を深刻に考えすぎていると思うなあ。この業界は性別とか同性愛とかあまり気にしない人が多いよ」
 
「そうでもないと思う。結構毛嫌いする人もいるから」
「それはいるけど、別に性別問題でなくても、特定の傾向の人を毛嫌いする人はたくさんいる」
「確かに」
 
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「でもKARIONから離れてどうするの?」
「私は私で別途デビューを目指そうかなという魂胆」
「ふふふふ」
「どうかした?」
 
「頼まれたら断れない性格の冬ちゃんが、いったんどっぷり填まり込んでしまったKARIONから、足を抜ける訳がないよなと思っただけ」
 
「うーん。。。。」
「自分では抜けたつもりで居ても、和泉ちゃんとか小風ちゃんから、ちょっと来てと言われたら、絶対ノコノコと出て行くと思うもん。特に小風ちゃんは押しが強いから、冬ちゃん絶対負けちゃう」
「あははははは」
 
「でも冬ちゃんならソロ歌手とKARIONの掛け持ちとかもできるかもね。冬ちゃんって、色々なことをしていて初めてひとつひとつのことがしっかりできるタイプだから」
「そうかも知れないという気は時々する」
 
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「まあいいや、今週やる音源製作で久々にヴァイオリン弾いてくれない? ヴァイオリンの人がこないだ辞めちゃったから、今回はスタジオミュージシャンを使うかなあとか言ってたんだよ。拘束は1日で済むと思う」
「1日ならいいよ」
 
「ほら、冬ちゃんってこういう性格だもん」
「うっ・・・・」
「ふふふ。でもほんとヴァイオリンはお願い」
 
「うん。あ、そうだ。バンド名、今は変わっちゃったんだよね?」
「去年杉山さんが辞めた後、リーダー交替に伴ってザット・ソングという名前にした」
「『その歌』をそのまま英語にしたのね?」
「そうそう」
 

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