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■夏の日の想い出・花園の君(12)
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放送日は発売日の次の日曜の午後であった。番組の冒頭、テレビ局の女性アナウンサーさんとお話をする。
「ローズ+リリーも5周年なんですね」
「はい。半分くらい休養してましたが。でもファンの皆様の声に支えられて、ここまで歩いて来ました。また更に長い道を歩いて行きたいと思います」
「おふたりがデビューした時の映像を入手しました」
と言って、アナウンサーさんが掲示したのは、埼玉県のレジャープールでのイベントの映像だ。
「わあ、ケイが可愛い!」と政子が声を挙げる。
「この可愛い水着の女の子がまさか男の子だとは誰も思わなかったでしょうね」
「あはは、その件はもう勘弁してください」
「5周年を記念してオリジナルアルバムも制作なさったんですよね?」
「はい。5周年ということでリキを入れて作りました。1年前から編曲作業を始めて1月から制作を始め、先週やっと終わりました。来月3日に発売します」
「ケイ、発売日にはデビューの時と同じように水着になる?」
「あはは、それもいいかもね」
「それでは演奏を開始して頂きましょう。最初の曲は<幻のミリオンセラー>と言われた『神様お願い』です。どうぞ」
サトのドラムスワークが始まる。七星さんがタイムキープシートにチェックを入れる。ギターとベースの演奏が始まり、キーボードも鳴りだして私とマリは歌い出す。
26曲の演奏の途中に6回CMが入るので、放送局側のタイムキーパーさんと七星さんとが確認し合っている。CMの間は束の間の休憩だ。水で喉を潤し、マリはチョコなど食べている。そしてCM明けと共に、放送局の人のサインでサトのドラムスが鳴り出す。
1日前にCMの入り方も含めてリハーサルはしているのだが、どうしても昨日とは違う区切り方になってしまう所が出てくる。1ヶ所、曲の演奏途中で予定外にCMに突入してしまった。
「え?」
「ごめんなさい。ミスった」と放送局の人。
「今の曲どうする?」
「七星さん、何秒演奏した?」と私は訊く。
「56秒」
「微妙だな。どうする?」とサト。
「飛ばしましょう。次の曲に行きましょう」と私。
「よし、そうしよう」とタカ。
途切れてしまったのは20番目に演奏していた『恋座流星群』であったが、急遽余ってしまった約40秒を次の4曲に10秒ずつ割り振って演奏を進めた。その後はトラブルも無く、最後の『焼きまんじゅう』になる。これを最後なので切れる所までということで結局2分02秒演奏したところで番組が終了した。
すると、全くの偶然だったのだが、その後に群馬県の観光CMが流れ、私たちは
「おぉ!」
と破顔して声をあげた。
番組の中で私とマリが「発売日には水着で」などと言ってしまったので、町添さんは急遽プールのイベントを押さえてくれた。
神奈川県の遊園地に付属するプールがちょうどリニューアルし、そのオープニング・イベントが6月30日日曜に行われることになっていたが、ここに私たちのステージを入れることになった。するとその話を聞いた ELFILIES のハルカが「私たちに前座させてくれない?」と言ってきた。5年前は私たちがELFILIESの前座であった。
レコード会社が違うのでどうかなと思ったのだが、町添さんに打診してみたところ、ELFILIES の所属レコード会社の岩瀬部長に直接電話を入れて交渉し、OKを取ってくれた。そういう訳で、私たちは5年前と逆順でステージに登場することになった。
なお、6月30日はまだ発売日前なので当日会場でCDを販売することができない。そこで「予約販売」をすることにした。当日CDを予約し代金を払ってもらったら発売日前日の7月2日に自宅や勤務先などに送料無料で届けるというものである。(サービスで遊園地・プールの優待券と特製ローズ+リリー栞付き)
7月2日に届けるには7月1日に発送する必要がある。そこで6月30日にその予約を受け付ける時に、本人に郵送用の宛名シールを直接書いてもらう方式で受け付けることにした。宛名間違いを防ぐため現場では免許証などで住所確認をした。(これを既に準備しているCD入り封筒にその場で貼っていき、郵便局に持ち込む)
「ふふふ。可愛い水着買いに行こうよ」
と言って、政子は私を新宿に連れ出した。
デパートの水着売場を物色する。
「これとか露出面積が小さくていいと思わない?」
「いや、それは泳いだら外れるって」
「私はヌードになっても構わないけどなあ」
「町添さんが心臓マヒ起こしたら大変だから」
「うむむ。それは困る」
私たちは5年前のデビューイベントの時にしたように、プールの両端から飛び込み、同じペースで泳いでいって、同時に中央のステージに上がるというのをやろうと話し合った。6月中に何度か人の少ない会員制のプールに行き、ペースを合わせる練習をした。
結局はセパレートタイプではあるが、割としっかりと身体を覆っていて、泳いでも外れなさそうなものを選んだ。お揃いのデザインで色違い。政子は赤で私は黄色にした。
当日、色々なセレモニーが行われた後、歌のステージになる。伴奏をしてくれるスターキッズ(ギター:近藤、ベース:鷹野、ドラムス:酒向、キーボード:月丘、サックス:七星、トランペット:香月)と特に参加してもらったヴァイオリンの松村さんがスタンバイする。ELFILIESが登場して、最近のヒット曲を2曲歌う。1曲はCMでも流れている曲で知られていることもあり、手拍子も良い感じで来る。
「それではローズ+リリーです!」
とハルカが言って、4人が下がる。
プールの両端でスタンバイしていた私とマリがプールに同時に飛び込む。そして泳ぐ。事前に何度も練習はしていても、本番でほんとにちゃんとタイミングが合うかどうかについては、お互いを信じる以外無い。私はマリがちゃんと事前に練習していたペースで泳いでいることを信じて泳ぎ続けた。
中央ステージに辿り着く。ステージの陰になるので、向こうは見えない。でも私には確信があった。上に上がる。その時、向こう側からジャスト上がってきたマリの姿を見る。「おお!」という観客の声とどよめきを聞く。つい微笑む。走り寄って中央のマイクの所に行く。
「こんにちは! ローズ+リリーです!」
と一緒に叫ぶ。
凄い歓声が掛かる。
『花園の君』を歌う。酒向さんがドラムスを休んでベースを持ち、鷹野さん、七星さんがベース・サックスをヴァイオリンに持ち替えて、松村さんと一緒にヴァイオリン三重奏をする。月丘さんのキーボードが実に様々な楽器の音を出す。
私たちは高校時代のふたりで行った植物園でのことを思い出しながらこの歌を歌った。
曲が終わり、物凄い拍手と歓声が来る。「ケイちゃーん」「マリちゃーん」という声が掛かる。私たちは手を振って声援に応える。
2曲目『あなたがいない部屋』を歌う。私は高校2年の春、『花園の君』とこの曲をセットにして音源制作した。それが私たちの音楽活動の始まりであった。元々は政子がタイに行ってしまうかも知れないということを聞いた心の動揺と寂しさをヴァイオリンの弓に注ぎ込み、作った曲だ。
でも今政子は私のそばに居る。絶対離さないんだから! 私が歌いながらマリに微笑み掛けると、マリも微笑み返してくれる。松村さん・七星さん・鷹野さんのストリングの音も、まるで微笑んでいるかのように私には聞こえた。
後でこのイベントを見た人の中にかなり「マリちゃんとケイちゃんがあそこでラブトークしてるように感じた」とコメントしていた人が随分いた。
3曲目『砂漠の薔薇』。この曲はイージーバージョンのショートバージョンで演奏する。月丘さんのキーボードが不可思議な音を出し、ギターとベースにもエフェクターを掛けて人工的な雰囲気の音にする。香月さんはトランペットにミュートを付けて吹く。七星さんはウィンドシンセに持ち替えて、こちらも人工的な音を出す。松村さんはお休みである。そして私と政子もやや機械っぽい歌い方でこの曲を歌った。
それまで手拍子を打って聴いてくれていた観客が戸惑うような雰囲気で手拍子も止んでしまう。しかし構わず私たちは歌い続ける。
そして曲が終わると拍手が来るが心持ち少ない感じである。
4曲目『間欠泉』に行く。ギターもベースもキーボードも普通のサウンド、七星さんもサックスに持ち替える。私たちは普通に歌う。何だかホッとしたような空気が観客の間に流れ、手拍子も復活する。最初は私がメロディーを歌い、マリが3度下を歌っていたが、香月さんのトランペットが入ると、マリがメロディーを歌い、私がその3度下を歌うようにする。「マリちゃーん」という声が掛かる。更にまた香月さんのトランペットが鳴ると今度は私がメロディーに復帰する。「ケイちゃーん」という声が掛かる。
トランペットの度に交替するので、「へー」という雰囲気があった。今までのローズ+リリーには無かった歌い方であるが、実はこれも2008年の上島作品であり、もし当時この歌を発表していて、それが好評だったら、ローズ+リリーはこういうスタイルになっていたのかも知れないという気はする。
曲が終わる。
私たちは歓声と拍手に応えて「ローズ+リリーでした。ありがとうございました」
と言って、階段を降りてステージから下がる。
がアンコールの拍手が来る。
私たちはすぐに階段を駆け上る。
「アンコールありがとう!」と叫ぶ。
アンコール曲『夜宴』を演奏する。元々は私のピアノ、マリのグロッケンにヴァイオリン2つを重ねたシンプルな曲だが、今日はベースとドラムスが出すリズムに合わせて、ピアノパートを近藤さんのギターで、グロッケンパートを月丘さんの電子キーボードで弾く。七星さんがまたヴァイオリンに持ち替えて松村さんと二重奏をする。こういう変化自在な演奏をしてくれるのがスターキッズの魅力だ。
私たちは高校時代にサマフェスが終わった後の野外会場で、誰もいない中、月の明かりの下でふたりで歌を歌った時のことを思い出しながらこの曲を歌った。
曲が終わる。私たちは何となく引き寄せられるように近づき、ハグした。(遊園地のプールで子供もいるのでキス禁止と言われていた)
「キャー」という観客の声。私たちは微笑んで、お辞儀をし、歓声に応える。
「ありがとうございました!」
と言うと、マリとふたりで頷きあって、そのままステージの上からプールの中に飛び込んだ。
私たちが水面に顔を出して手を振る中「本日のライブはこれをもちまして終了します」というアナウンスが入った。
イベントが終わった後、普通の服に着替えてから、遊園地の偉い人に挨拶し、私たちは帰途に就いた。
特に私たちは何も言わなかったが、政子を助手席に乗せた私の車は自然とあの植物園の駐車場に着いた。
私たちは最初からここに来ようと言っていたかのように車を降りる。大人600円のチケットを買い、中に入る。
「あの曲を書いた日は秋だったから、金木犀とか咲いてたね」
「今はこれから夏だから、ひまわりとかかな」
実際道の途中でロシアひまわりの一団に遭遇し、私たちはしばし見とれていた。
あの時と同じように、温室を抜け、庭園を抜けて、あの時コスモスを見た広場に到達する。今の時期は何も咲いていないが広場の周囲に真っ赤なサルビアが咲いていた。秋になったらまたコスモスが咲き乱れるのだろう。
私たちは座って肩を寄せ合う。
「あの時、冬は女子制服が可愛かったね〜」
「マーサだって、可愛いチュニック着てたし、白いプリーツスカートが清楚な雰囲気で可愛かった」
「あの時、冬は友だちに填められて女子制服を着せられたなんて嘘ついてたね」
「あはは、ごめーん」
「もうホントに冬っていつも嘘つきなんだから」
と言って政子は私にキスをした。
「でも好きだよ、冬のこと」
「私もマーサのこと好きだよ」
私たちは再度熱いキスをした。
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