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■夏の日の想い出・花園の君(10)

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「で、誰がどのパート弾くの?」
 
「パート1をアスカさん、パート2を松村さん、パート3を鷹野さん、パート4を七星さんにお願いして、パート5をマリ、パート6が私です」
 
「それって、技術力の順?」と鷹野さんが訊く。
「まあそうです。これ明らかにその順番に難しいし目立つんですよ。だからうまい人に目立つ部分を弾いて欲しいので。デモ音源作った時はパート1の練習に私、一週間掛けました」
 
「異議あり」と七星さん。
「どう考えてもケイちゃんの方が私よりうまい」
「え?私ヴァイオリンは素人ですから」
 
「素人と言いながらケイちゃん、ギターもベースもうまいよね」と鷹野さん。「友だちと言いながらケイって女の子とHなことしてるよね」と政子。
「ちょっと、誤解を招くような表現はやめて」
 
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「全員、取り敢えず何か弾いてみたら? それで分かるよ」とアスカが言う。
 
「弾いてみよう、弾いてみよう。それで私が順番決めていい?」と政子。
「うん、まあ。どうもケイちゃんよりは正しい判定になりそう。ケイちゃんは政治的な判断が入ってるみたいだし」と鷹野さんが言う。
 
それで全員弾いてみた。
アスカは『ツィゴイネルワイゼン』を弾いた。アスカの演奏を聴いたことがなかった松村さんが「すごっ!」と言う。
 
「アスカさんがパート1というのは多分誰も異論がない」と鷹野さん。「同意です」と松村さんが言う。
アスカは当然、という顔をしている。
 
(実を言うと、雨宮先生の新しいアレンジでパート1はアスカでなければとても弾けないような超絶技巧が組み込まれているし、パート2も私や松村さんでないと弾けないような難しい楽譜になっている。このためライブでアスカや松村さんが参加しない場合、パート1と2は古い譜面で演奏するようにした)
 
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松村さんは『タイスの瞑想曲』を弾く。
「美しい!」という声が多数上がる。
「松村さんがパート2確定でいいかな?」と政子が言ったが、松村さんは「それはケイちゃんの演奏を聴いてから決めて」と言った。
 
鷹野さんは『カルメン』の『ハバネラ』、七星さんは『美しきロスマリン』、政子は『G線上のアリア』を弾いた。
 
「はーい、ケイの番だよ」と政子。
「んじゃ、『ユモレスク』でも弾こうかな」
などと私が言ったら、アスカが
 
「冬はファリャの『スペイン舞曲』(クライスラー編)を弾きなさい。私がピアノ弾いてあげるから」
と言う。ポリポリと頭を掻いて、愛用のヴァイオリン《Rosmarin》を構える。調弦を再確認して微調整する。
 
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アスカがピアノの前に座る。頷きあって同時に弾き始める。さすがにこの曲を弾く時は気合いが入る。実は中学時代にアスカとピアノ・ヴァイオリンを交替しながら、一緒にかなり練習した曲だ。ピアノパートもヴァイオリンパートも大変な曲である。でもうまく行くと格好いい曲である。
 
演奏が終わると、みんなから拍手をもらった。
 
「もう俺が順番決めてやるよ」と鷹野さんが言う。
 
「パート1アスカさん、パート2ケイちゃん、パート3松村さん、パート4俺、パート5マリちゃん、パート6宝珠ちゃん」
 
「異議無し」と七星さんと松村さんが言う。
私はポリポリと頭を掻いた。
 
「でもこれ使っているヴァイオリンの値段の順だったりして」と七星さん。
「あはは」
 
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「でも冬がこんなにヴァイオリン弾けるなら、今度はライブのオープニングでふたりでヴァイオリン弾こうよ」
と政子。
 
「いいよ」
「冬はヴァイオリン弾きながらフルートも吹いてね」
「無茶な!」
 

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七瀬さんが演奏に入っているので全体のバランスはその日は出番が無かったものの七星さんにくっついて来ている近藤さんに見てもらった。近藤さんは「俺はヴァイオリンは分からん」と言いながらも、気がついた所を色々指摘してくれた。
 
結局私が楽曲の説明や細かい解釈上の問題を充分説明した上で2時間ほど練習し、休憩をはさんで3回録音。みんなで聴いて検討した所、2回目の録音を活かすことにした。
 
「でも冬のさっきの『スペイン舞曲』も格好良かった。あれ随分練習したの?」
と収録後、みんなでコーヒーを飲みながら政子が訊く。
 
「冬が中学生、私が高校生の頃に、一時期かなり練習したんだよ」
とアスカ。
 
「ピアノとヴァイオリンを1回交替で、延々10時間とかよくやってたね。アスカさんちの地下練習室で」
と私も言う。
 
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「凄い練習してるね」
「最近は徹夜で夜1時から朝9時までってコースが多いね」とアスカ。
「最近でもやってるんだ!」
「この忙しい中、よくやるな」
 
「いや、徹夜は慣れてるし。それにアスカさんとお母さんの練習ほどハードじゃない。ぶっ通しで三日三晩とか、よくやってたらしいから」と私。
「きゃー」
 
「御飯はお父さんが作って、ドアの下からそっと入れてくれてたらしいね」
「ほんとに閉じ込められてるんだ!」
「でも、御飯が差し入れられていてもこれ弾けるようになるまで食べちゃダメと言われてたんだって」
「うわぁ」
 
「もう泣きながら弾いてたよ、さすがに」とアスカ。
「それだけ練習した成果が今の演奏か。かなわない訳だ」
と鷹野さんが言う。
 
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その時ふと気付いたように政子が手を挙げる。
「アスカ先生、質問です」
「ん?」
「冬はアスカ先生ちにどういう格好で通ってたのでしょう?」
「ああ、だいたい中学の制服を着て来てたよ」
「その制服って、男子の制服ですか?」
「まさか。冬が男子の制服を着る訳無い。冬は女の子なんだからセーラー服を着てたよ」
「ぶふふ、ぶふふ」
 
「マリ、あまり変な笑い方しないように」
「やはりね〜。いいこと聞いちゃった。今夜冬を責めるネタが出来た」
 
「あんたたち本当に仲がいいね」と七星さんが呆れるように言った。
 

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翌日は管楽器の音を収録する。使用する楽器は、フルート、クラリネット、ピッコロ、篠笛、ケーナ、尺八、アルトサックス、テナーサックス、トランペット、トロンボーン、ホルン、法螺貝となっている。高校時代の音源制作の時は実際には電子キーボードで弾いているが、今回は実楽器で収録する。
 
最初にスコア見た時に近藤さんが「これナナが8人必要だ」などと言ったが、七星さんは「私はケーナや尺八は吹けないよぉ」と言った。
 
木管セクションの方から収録する。ケーナはサトが吹けるのでお願いし、尺八は津田先生の民謡教室でつながりのある若山瑞鴎さんにお願いした。中学高校の友人の、風花・詩津紅・倫代を召喚して、風花にフルート、詩津紅にクラリネット、倫代にピッコロを吹いてもらう。サックスはアルトサックスを七星さんに吹いてもらい、テナーサックスに関しては『恋座流星群』の時に参加してもらった長谷部さんに連絡したら参加してもらえるということだったのでお願いしていた。
 
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「で、篠笛をケイちゃんが吹くのね?」と七星さん。
「はい。消去法で」と私。
 
「今回は手配屋さんとか経由で人を集めるってのは一切しなかったんだね」
「技術レベルや傾向が分からないから。私が確実にレベルと性格を知っている人にお願いしました。今日の曲は雨宮先生の編曲だからそのまま使用していますが、私が編曲した曲では、その人の技術や好み・性格も考慮して譜面も調整しています」
「そこまでやってたのか」
 
「その人がこのパートを演奏している所を想像したら、自然と音符が定まるんです」
「凄いけど、そしたら編曲にかなり時間掛けてるね?」
「1年前から編曲作業は始めています。だから参加者にもだいたい1年前から少しずつ声を掛けていました」
「無茶苦茶手間掛けてるね!」
 
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長谷部さんと七星さんは何度か一緒に仕事をしたことがあるらしく
「お久しぶりですー」
などと言って、何やら話していた。
 
「今日は私は見学で楽チンだ」
などと政子が言っていたので
「マリ、パンフルートでも吹く?」
と言ったが「パス」というので、近藤さんと一緒に全体バランスのチェックを頼んだ。
 

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午後からは金管楽器を収録する。これはトランペットはいつもローズ+リリーの音源制作でトランペットを吹いてもらっている香月さんにお願いし、ホルンとトロンボーンは中学の時の吹奏楽部の友人にお願いした。ふたりとも現在は大学の楽団で演奏している。
 
「で、冬は法螺貝(ほらがい)を吹くのか?」
「これさあ。私が法螺(ほら)ばかり吹くからと言って中学の時の友人たちが法螺貝をプレゼントしてくれたから、ちゃんと法螺を吹けるように練習したんだよ」
 
「はい!その法螺貝をプレゼントした人のひとりです」
とホルン吹きのヤヨイちゃんが手を挙げて言った。
 
「その話は聞いたことあったけど、冗談かと思ってた」と七星さん。
「法螺貝、ずっとうちにあったけど、ただの観光土産か何かと思ってた」と政子。
 
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楽曲の趣旨やポイントなどを説明した上で演奏してもらうが、上手な人ばかりなので短時間で仕上がる。
 
「冬はやはり法螺吹きだったのか」と政子。
 
「冬ちゃんって自分の性別に関わる話はほとんどが嘘だよね。スカートなんて私たちに無理矢理穿かされた時以外は穿いたことないとか、女子下着は着けたことないとか、女の子になりたいと思ったことはないとか、女子トイレに入ったことはないとか、声変わりして男の子の声になったとか、おちんちん付いてるとか、生理は無いとか」
とヤヨイちゃん。
 
「やはりね〜」と政子。
「冬はどうも生理があるような気がしてたんだよ、高校の時から」
 
「無いよ〜。それに、おちんちんは当時はまだ付いてたよ」と私。
「いや。絶対嘘だと思う。多分小学生の内に取っちゃってる。だから声変わりも来なかったんだよ」
「やはり。そうじゃないかと思ったんだ」と政子。
 
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もう私は笑っていた。
 
「でもハッタリばかりだから、ラッパ吹きと言われたこともあるよ」と私。
「じゃトランペットも練習した?」
「吹かされたけど、音出なかった。トランペットは難しいみたい」
「今度練習しなよ」
「パス」
 

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ここまで仕上がったところで翌日はヤスとサトに来てもらった。もちろん七星さんと近藤さんは来ているので、1年前に「来年の『Flower Garden』の制作にも参加してくださいね」と言っていたメンツが最後にまた揃う。
 
それで近藤さんとヤスにエレキギター、サトにバージナル(小型チェンバロ)を弾いてもらい、私は胡弓を弾いた。間奏部分のギターと胡弓の連続ソロもしっかり収録した。
 
これで伴奏音源が完成した。
 
最後に私と政子の歌を収録する。元々時々歌っていた曲でもあったし、ここまでの数日間にあらためてずっと練習してはいたが、私は政子にこれまで要求したことのなかった「情緒表現」を求めた。
 
「『花園の君』をマリが書いた時のことを思い出してご覧よ。コスモス畑が広がってすごくきれいな情景の中で、マリは私の女子制服姿を見て、可愛い!とか言って、楽しそうに詩を書いてたじゃん。その時の心情を思い出しながら歌ってみてよ」
 
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「ぐふふ、あの時のケイは可愛いかったなあ。ね、ね、高校の女子制服着てみない?」
「さすがに21歳になって高校の制服着るのは無理がある」
「いや、それでも着てもらおう」
 
仕方無いので、私は1時間ほど中座して(その間休憩して政子はたくさんおやつ食べていたらしい)自宅から高校の時の夏制服を取って来た。
 
「リクエストされたから着たよ」と私。
「ケイちゃん、充分高校の制服行ける」
などと七星さんがおだてる。
 
「ぐふふ、ケイは可愛いなあ」
と言って、私の服のあちこちに触っている。
 
「あの時、私冬の胸に触ったら結構バストあったのよね」
「うんまあ」
「あの時ケイはパッドだよと言ってたけど、本当にパッドだったのかなあ」
「まあいいや。本物おっぱいだと認めるよ」
「やはり! もうあの頃から冬っておっぱい大きくしてたのね?」
「まあね」
「うふふ、その付近、また今夜しっかり追求しよう」
 
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私の高校女子制服姿を見ると政子は本当に楽しそうな顔をして、それで歌う歌にも、その雰囲気がきれいに乗った。このあたりは詩人の性(さが)だな、と私は思った。
 
これで政子の歌が画期的に進化したおかげで、そのあと3回歌っただけでOKを出した。
 

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夏の日の想い出・花園の君(10)

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