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■夏の日の想い出・歌姫(1)
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(C)Eriko Kawaguchi 2013-06-21
2013年のお正月、年始の挨拶に回っていた時、KARIONの事務所で偶然XANFUSとローズ+リリーが遭遇し、「08年組揃い踏み」の記念写真を撮った。そして、そこから、この3つのユニットでのコラボCDの制作の話が持ち上がり、4月10日に三者相乗りのCD『SEVEN』が発売になった。
SEVENというのは、ローズ+リリーの2人、XANFUSの2人、KARIONの3人の合計人数である。楽曲も、各々のソングライトスタッフである、マリ&ケイ作詞作曲、神崎美恩作詞・浜名麻梨奈作曲、森之和泉作詞+水沢歌月作曲の楽曲が1曲ずつ使用された。そして歌は全部7人で歌ったものである。各々のファンに考慮してジャケット写真と曲順が、それぞれのユニットを中心にした写真・先頭曲にしたR版・X版・K版が発売されたが、これらはCD番号は同じであり、ひとつのCDとして集計され、5月上旬には合計売上枚数が100万枚を突破した。
そこで急遽、この三者のジョイントライブをしようという企画が持ち上がった。
「ローズ+リリーもKARIONも、今年の後半は大学の卒論を書くために活動を休止するから、その分、前半にスケジュールが詰まっているんだよね。更にケイちゃんのスケジュールがそもそも鬼畜だから、僕も悩んだんだけど、結局この日しか無いと思うんだけど」
と言って町添さんが提案してきた日付は6月16日(日)であった。
「そこはローズ+リリーは8月発売予定のシングル音源制作中ですね」
と私は答える。
「うん。音源制作の日程を一週間延ばそう」
と町添さん。
「KARIONのシングル2枚+アルバムも制作が佳境に入る時期で」
「うん。そこは和泉ちゃんに頑張ってもらおう」
「あはは」
このようなライブをするために最大の難関である、政子の父の承諾については私と町添さんが一緒に政子のお父さんのもとを訪れ、丁寧にお願いした。
「うーん。だったら、5月中に卒論のプロットが完成したらOKです」
とお父さんは言った。
そこで、政子のスケジュール(主としてFMなどへの出演と楽曲制作依頼への対応)をできるだけ解放した上で5月いっぱいは、どうしても外せないFlower Gardenの音源収録、槇原愛の音源制作への立ち会いの他は卒論に専念させるようにした。
5月下旬の土曜日、私はホントに久しぶりにUTPに顔を出した。今年春に入社したばかりの甲斐窓香が出てきて
「おはようございます。アポイントはございましたでしょうか?」
と訊いた。
「あ、えっと。私ここの専務なんだけどね」
と私が言うと、しばし窓香は私の顔を見てから
「あ!ごめんなさい! ケイさんでしたね。お疲れ様です」
と言ってペコリと頭を下げる。様子を見ていた花枝が出てきて、
「窓香ちゃん、何やってんの? 自分とこの稼ぎ頭の顔くらい覚えてなきゃダメじゃん」
と叱る。
「済みません、ほんとにごめんなさい」
と窓香は消え入るような様子。
「まあ私も2ヶ月くらいこちらに顔出してなかったからね。それに私はここの社員でもないし、専属アーティストでもないし」
と言って笑っておく。
「うちは専属アーティストが売れないという変な会社だよね。稼ぎ頭のローズ+リリーにしても、2番手のスターキッズにしても、委託契約だからね」
「あはは。どちらも各々個人的な活動を抱えてるから委託契約にしたんだよね。いっそバレンシアも委託契約にする?」
「社長、その件悩んでるみたいだよ」
須藤さんが不在だったので、私は花枝とふたりで応接室に入る。窓香がコーヒーとクッキーを持ってきた。
「でもローズ+リリーとローズクォーツの販売力の差はもう明確になったね」
と花枝は言う。
「マリちゃんがローズクォーツから離れることを宣言した上で1月に同時発売して一緒に全国キャンペーンまでしたローズ+リリーとローズクォーツの新譜は、ローズ+リリーの『夜間飛行』が80万枚、ローズクォーツの『Night Attack』
は10万枚。地力の違いが歴然としている」
「ローズ+リリーはその後『言葉は要らない』が100万枚を越えて1年ぶりのミリオン。『100%ピュアガール』は現時点で95万枚でこれもミリオンはほぼ確実。アルバムも『Rose+Lily the time reborn, 100時間』も既にミリオン突破。ベストアルバムも既に予約だけで60万枚入っている。多分100万超える」
「いや、ありがたいです」
「うちの会社の経営自体、ローズ+リリーの活動に関して、ケイちゃんたちの会社から、とっても曖昧にもらっているマージンがあるからこそ成り立っている」
「ふふふ」
「一方のローズクォーツは『魔法の靴』は現時点で7万枚でゴールド到達は厳しそうな線。昨年のアルバム『テレスコープ』は4000枚なんていう悲惨な売れ行きで大幅な赤字を出して、結果的にローズクォーツのアルバム制作は次はしばらく話が出ないだろうという感じ。何とか売れているPlaysシリーズは民謡が2万枚, 雨宮先生がプロデュースしてくださったGirls Sound は8万枚売ったけど、費用が無茶苦茶掛かってるから収支としては大赤字。このままだとメンバーの生活費が出なくなる事態もある」
「まあ、それは今年後半、彼らはテレビに出るから、その出演料や知名度アップによる仕事の増加を期待して」
「やはり、それに賭けるかねぇ・・・」
と花枝は悩んでいる感じであった。
「いや、正直、私もローズクォーツをメインでやってた時代は生活が成り立ってなかったよ」
と私は苦笑いしながら言う。
「マリ&ケイで書いた作品でスリファーズとかが売れたおかげで、そちらの印税が入って来て、とりあえず家賃を払えるようになった。それまでは高校時代のローズ+リリーの収入分の貯金を切り崩して生活してたから」
「ああ」
「正直、スリファーズが無かったら、色々やばかった。春奈が早く性転換手術を受けられたのはケイ先生のお陰ですなんて言ってたけど、実は私が性転換手術を受けられたのはスリファーズのお陰なんだ」
「春奈ちゃんとの出会いも運命的だったんだね」
「そうそう」
「でもさ」
と花枝は言う。
「社長は2010年夏の時点でローズ+リリーと契約しておいて、なぜすぐにCDを出そうとしなかったのかね?」
「謎ですね。私もマリも本当に困惑してました。色々事情はあったみたいですけど。結局は1年ほどたった時点で、ローズ+リリーは元々私とマリの個人的な活動だから、全部こちらに任せてくれ。商業的な展開をするローズクォーツについては全部そちらにお任せしますから、ということで切り分けてもらうようにしたんですけどね」
「やはりケイちゃんにも分からないのか」
「2010年夏の時点では私たちも2年前にちょっとCD出したことのある歌手という立場だったから。でもマリ&ケイとしての1年ほどの創作活動のお陰でこちらも少しは物を言える立場になったので、行動に出させてもらったという面もあります」
「確かにね」
「ね、花枝さん。思うんですけど」
と私は言った。
「うん」
「ローズクォーツに関する作業は花枝さんが統括しません?」
「へ?」
「そうしたらもう少し売れる気がします」
「うむむむむむ!!」
「ローズクォーツ内部にプロデュース能力のある人がいればいいんだけど。それぞれが帯に短し襷に長しなんです。基本的な方向性や選曲はタカができますし、決められたスコアの中での音作りについてはサトが信頼できます。それぞれが得意なことをうまくやらせてコントロールできれば、あのユニットのプロデュースはできると思う」
「なるほど。でもそれ社長には無理だわ」
「本当は自分でも長く音楽やってきた人で、プロデュースしてくれるような適当な人がいるといいんですけどねぇ」
「うーん。。。誰かいないなかあ。。。」
「編曲は全部下川工房に投げてもいいと思う」
「その手はあるよね」
「『魔法の靴』もテコ入れすればこれからでも売れると思うよ」
「何すればいいと思う?」
「そうだなあ・・・・」
私は少し考えて言った。
「TVスポット打ちましょうか」
「お金が・・・・」
「本当は全国キャンペーンとかしてもいいんだけど、私のスケジュールが無理なんですよね。ちょっと料金聞いてみよう」
と言って私は知り合いの広告代理店の人に電話を入れる。
「どもー。ごぶさたしてますー。あ、そうですね。今度一緒に御飯食べましょ。それでですね、今全国大都市圏くらいで、むしろCタイムの方がいいんですが、スポット100本くらい打つといくらですか? あ、はいはい、それでもいいです。了解。じゃもしかしたら頼むかも知れません」
と言っていったん電話を切る。
「凄いディスカウントしてますね。むしろBタイムでやらないか、と。不況だから、みんなCタイム希望して、Cタイムは混んでるらしいんです。だから流すにしても結構待たせてしまうと。Bタイムならわりとすぐ流せるしディスカウントしていいと言われました」
「そのあたりはよく分からないのですが・・・」
と花枝は頭を掻いている。
「Cタイムは深夜1時から朝7時までとか朝10時から12時までとか」
「誰が見てるんです?」
「ところがローズクォーツに反応しそうな層は逆にこのくらいの時間にテレビをつけるんです。ゴールデンの時間帯なんてまだ仕事してます」
「むむむ」
「Bタイムはその前後、もう少し視聴率のある時間帯や午後とかです。で広告が特に少なくなる7月中旬〜8月上旬なら、100本3000万でいいと言ってます」
「あの・・・・3000万でも、うち無いんだけど」
「取り敢えずこちらから出しておきましょう。原盤権の比率変更で精算しません?」
「あ、それならいいよ。どうせ社長は気付かない」
「そもそも最近のローズクォーツの音源の原盤権は複雑になってますもんね」
「そうなの。私もひとつひとつ確認しないと分からない!」
「スポットの素材は作れますよね?」
「あ、それは過去に何度もやってるから私でも作れる。撮影、ケイちゃん出れる?」
「うん。それは何とか都合付ける」
「OK。それ進めよう」
私は即さっきの広告代理店の人に電話を入れ、放送枠の仮押さえをした。
「ローズクォーツだけじゃなくて、バレンシアも最初から花枝さんがやった方がいい。デビューに関する費用が掛かるなら、それもサマーガールズ出版から出資していいですよ。費用惜しんで絶対いい作品はできません。みっちゃんは取敢えずデビューまでまだ時間の掛かりそうな、アウトバーンズの面倒を見させておくとか」
「ああ、ちょっとあの子たちには気の毒だけどね」
5月27日。政子は何とか卒論のプロットを仕上げた。即指導教官の川原教授に見せて、それで本編を書いて良いという確認をもらう。それを受けて政子のお父さんはライブ出演にOKを出した。
「ところで冬は卒論大丈夫なの?プロットはどっちみち6月21日が期限だよ」
「あはは。ライブが16日だから、その後なんとか頑張れば」
「卒業できないなんて事態は勘弁してよね」
「うん、頑張る」
5月中旬にこのライブのことが発表された段階では「マリちゃんが出演できるかどうかは6月1日に発表します」という但し書きが付いていた。それでもチケットは5月26日の発売日に1時間でソールドアウトした。そして予定より少し早く5月29日にマリちゃん出演決定の報が流れると、ローズ+リリーのファンサイトはどこもお祭り騒ぎになっていた。
「ところでマリちゃん以上に注目が集まってるのが水沢歌月だね」
と大学の食堂で偶然遭遇した博美は言った。
「そうなの?」
と私は少し疲れのたまった笑顔で訊く。
「いづみちゃんが今回グロッケン弾くんではという噂が流れてるでしょ」
「ああ、和泉は音源制作ではグロッケン弾いてるんだけど、ライブでは歌と両立できないから、いつもサポートの人が弾いてるからね」
「音源制作でピアノ弾いてるのが水沢歌月じゃないかという噂があるからさ、いづみちゃん、つまり森之和泉がグロッケン弾くなら、相棒の水沢歌月がピアノ弾くのではないという噂が」
と博美。
「水沢歌月はピアノじゃなくてヴァイオリンの方じゃないかという説もあるよね」
と小春。
「KARIONは実は4人あるいは5人じゃないかという説は初期の頃からあるもんね」
「ピアノの演奏者が女性というのも確定なんだよね。初期のPVで映像が出てるから。顔は映ってないんだけど。水沢歌月がいづみちゃんの『友だちの女の子』
というのも初期の頃、いづみちゃんがラジオで言ったことあるから、やはりあのピアニストが水沢歌月なのではないかと」
「あまり勝手な噂に惑わされない方がいいよ〜」
と私は笑って言った。
「冬はKARIONと個人的にも親しいみたいだけど、水沢歌月には会ったことあるの?」
「無いよ。あの人に会ったことのある人はほんとに少数みたい」
「へー」
「ふつうに大学生してるとは聞いたけどね。和泉たちと同様、卒論で忙しいんじゃない、今の時期は。きっと就活でも忙しいよ」
「いや、就職する必要無いと思う。だってKARIONの印税は年間数千万でしょ?他の仕事する必要ないよ」
「ああ、そうかもね」
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