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■夏の日の想い出・セーラー服の想い出(4)
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そしてボクたちの番になる。小学校の合唱サークルは、音程に不安のある子が多いアルトがピアノの音を良く聴けるように配慮して(客席から見て)左にアルト、右にソプラノだったが、この中学の合唱部の場合、オーソドックスな配列で、左ソプラノ、中央メゾソプラノ、右アルトである。それでアルトが先頭に立ってステージに入っていくのだが、今日ボクはそのアルトの先頭に立ち入場して、楽譜を指揮台の所に置いてくる役目を仰せつかった。
前の学校の生徒が下がってきた所でボクは真っ先に譜面を持ってステージに出て行き、指揮台の譜面立てに置く。これって快感! それからアルトの列の最後部中央の位置に立った。他のアルトの子がボクの左右と前に並ぶ。それからメゾソプラノの子たち、そしてソプラノの子たちと入る。ソプラノの列の最後部中央には倫代が立っている。またメゾソプラノ最後部中央には1年生の利恵が立っている。ボクたち3人が各パートの音程担当だ。利恵もボクと同じで絶対音感は持ってないのだが、比較的音感が良いので、メゾソプラノの中心になっている。
上原先生が指揮台に就き、合図で美野里がピアノを弾き始める。ボクたちはまず課題曲の『虹』を歌う。
「僕らの出会いを誰かが別れと呼んだ。僕らの別れを誰かが出会いと呼んだ」
そういう歌詞の意味が、この頃のボクには分からなかった。
やがて課題曲が終わり、自由曲の『モルダウ』になる。原曲はスメタナの『わが祖国』第2曲『ヴルタヴァ』であるが、この曲には平井多美子作詞・石桁真礼生編曲の『モルダウ川の流れ』(ボヘミアの川よモルダウよ)と、岩河三郎作詞編曲の『モルダウ』(なつかしき河よモルダウの)があり、ボクらが歌うのは岩河版である。(他に岡本敏明・野上彰などの詩もある)
難易度の高い曲だが、歌いこなすと何だか物凄く充実感のある曲である。声いっぱい出して絶叫するように歌う感じの部分が多いので、とても気持ちいい。特にボクはアルトのみんなに正しい音を伝える役目なので、とりわけ大きな声で歌っていた。そして最後のフレーズ「モルダウよ!」でF#の音を全力で歌って、この曲を終える。
どっちみち順位なんて関係無いし、というのでみんな開き直って思いっきり歌った感じだった。満足そうな顔をしている子が多い。先生も笑顔だ。ボクたちは拍手の中、舞台袖に引き上げて行った。
ボクたちの後で3校歌うが、いづれも私立の女子中学で、ソプラノソロをフィーチャーしたり凝った編曲をしているところもあり、「さすが上手いね」などとボクたちは客席に戻って話していた。
審査のための休憩時間になる。ボクは日奈たちと誘い合ってトイレに行く。
「そういえば冬は小学校の大会の時は男子トイレに入って叱られたね」
と日奈。
「さすがにもう男子トイレに入ったりはしないよ」
「ああ、学校でもこの格好の時はちゃんと女子トイレに入ってるね」
と光優。
「トイレに入る前に自分の服装を見てどちらに入るべきか考え入ってるよ」
と私。
「でも時々間違ってるね」
と亜美。
「うん、まあ・・・」
「ふだんの授業も女子制服で受けるようにすれば、混乱することもなくなるよ」
「そうだそうだ」
そんなことを言いながらトイレの中に入り、列に並ぶ。さすがに危険すぎるので、列に並んでる時はボクの性別を話題にしたりはしない。何となくボクが集団の先頭になったが、ボクのひとつ前はさっき舞台袖でぶつかった子だった。思わず目が合って笑顔で会釈を交わす。彼女の胸には「絹川」というネームプレートが付いていた。
トイレが終わってからまたおしゃべりしながら客席に戻る。やがてこの地区の音楽協会の会長さんが、総評を述べる。小学校の時に男子トイレに入ってきたボクを叱った人だ。そして成績発表となる。1位は25番目、最後に歌った私立女子中学だった。
「これで少なくとも3年連続1位だよ」と倫代が言う。
「へー、凄いね」
2位はボクたちの2つ前に『モルダウ』を歌った学校だった。名前を呼ばれたらなんか凄い騒ぎになってる。
「ちょっと騒ぎすぎ」と日奈。
「うるさいね」と亜美。
「まあ、嬉しいんでしょ」と光優。
「でも公立で入賞は凄いね」
表彰台に上がって賞状を受け取ったのは、例の絹川という名札を付けていた女の子だった。へー。あの子が部長なのか、と思ってボクは眺めていた。
そして3位の発表である。
「3位、H市立●▲中学校」
え?
ボクたちは一瞬お互いの顔を見合わせた。そして次の瞬間凄い騒ぎになった。
「私たち2位の学校より騒いでない?」
「いいんだよ。嬉しいんだから」
倫代が副部長の光優とボクの手を引いて、3人でステージに上がった。主催団体の課長さんだかから、倫代が賞状をもらい光優が記念の盾をもらい、ボクは副賞記念品の目録をもらった。その時、少し離れた所に立っていた音楽協会の会長さんが、こちらを見て「??」といった感じの表情をした。こちらが女子制服着てると認識できないかも知れないな、などとも思う。
1位・2位の賞状・盾・記念品目録をもらった6人がステージの端にそのまま立っているので、ボクと倫代・光優もその横に並んだ。その時、絹川さんとボクが並ぶ形になったので何となく、ボクたちは握手をした。
進行役の女性がその後、4位から10位までの学校名を読み上げた。4位以下は特に表彰は無い。名前を読まれるだけである。最後に主催者の人が短いコメントをして「入賞校に今一度拍手を」という声でボクたち9人はステージ端に立って拍手を受けた。会場に向かって一緒にお辞儀をして、ボクたちはステージを降りた。
「唐本さん、東部大会でも頑張りましょう」
と絹川さんがボクに小さな声で言った。
「ええ。絹川さんも。お互い頑張りましょう」
と言って、ボクたちはあらためて握手を交わした。
絹川さんの後ろにいて盾を持っている子、そしてこちらも倫代が会釈する。
客席に戻ってから倫代から「友達?」と訊かれた。
「あ。袖すり合うも多生の縁って奴かな」
「へ?」
ロビーに出てから、先生を取り囲んであらためて黄色い歓声が上がった。
「もうこれで3年生はあと自由参加にするつもりだったけど、東部大会まではまだ少し頑張ってもらわないといけないね」と先生。
「どうしても受験で難関校とか狙っている人だけ離脱することにして、余裕のある人は来月の東部大会まで頑張ることにしませんか?」と倫代。
「うん、そういう方向だろうね。離脱したい人は後で私の所に個別に来て言ってくれる?」
「朝練も継続だよね」
「うん、頑張ろう」
東部大会は来月7月16日である。1ヶ月ほど活動が延長されることになった。しかしさすがに東部大会の入賞、都大会進出は考えられないから、一応1学期までで終了ということになるだろう。秋に地区の合唱祭と学校の文化祭があるが、それは3年生は自由参加に近い形になり、夏休みの間は特に練習にも出なくてよいことになっている。次第に今の2年生中心の体制に移行する。
なお記念品はその場でみんなに配られた。銀色のボールペンであった。ボクはそのボールペンをポーチの内ポケットにしまった。
ボクは倫代、日奈、亜美と一緒に、何となく町の中心部の方へのんびりと歩いて行く。
「でもこの3週間、結構ドキドキしたなあ。女子制服での通学、割と楽しかったよ」
と私は言った。
「ああ、この大会まで女子制服で通学することになってたんだっけ?」と日奈。「じゃ、明日からはまた男子中学生に戻るの?」と亜美。
「うん」とボクは言ったが
「んな訳無いじゃん」と倫代が言う。
「へ?」
「だって東部大会に進出して、合唱部の活動来月まで延長になったんだから、当然冬子の女子制服での通学も1ヶ月延長に決まってるでしょ。まさか男子制服で、部活に参加するつもりじゃないよね?」
「えー!?」
「他の部員との恋愛的なトラブルを避けるという目的では、やはり冬子にはちゃんと部活している最中は女子制服でいて欲しいもん」
「確かにそうだ」
「実際さあ、私知ってるのよね。2年生の子で、冬にちょっと片思いしてた子」
と亜美。
「でもその子、冬が女子制服で部活に出てくるようになってから、『唐本先輩ってやっぱり女の子なんですね・・・』とか、諦めたようなことを言ってた」
「ああ」
「それって・・・聖子ちゃんかな?」
とボクは訊く。
「気付いてたんだ?」
「うん。でも私は女の子を好きになれないから、彼女の前ではよけい女を強調した言動してたんだけどね」
「ふーん」
「じゃとにかく、来月16日まで、冬子はやはり女子制服で通学してくることになるのね」
「もちろん。そういう恋愛トラブルを未然に防げたのは良かった。聖子ちゃん最近かえって頑張ってるみたいじゃん」と倫代。
「気持ちを切り替えるのに部活にエネルギーつぎ込んでるんでしょ」
「ああ、なるほど」
「取り敢えず明日からの修学旅行どうするの?」と日奈。
「もちろん女子制服で参加だよね」と倫代。
「ひー」
と悲鳴をあげてから、ボクはそのことに思い至る。
「どうしよう・・・・バレちゃう」
「ああ、Sちゃんに冬子の女装癖がバレることになるね」
「でも、そろそろバレていい頃だよ」
「今まで1ヶ月、これがバレなかった方が不思議」
「冬子の実態を知ってもらった上で、恋人関係をそれでも続けるのか解消するのか彼女に選ばせるべきだよね」
「私もそう思う」
「この件に関しては冬子の方には選択権無いね」
「これまで冬子は本当は女の子なのに男の子と偽って恋愛関係を維持してたんだもん。この詐欺状態をもうやめるべき」
「う・・・う・・・」
そういう訳で、翌日の朝、ボクはスポーツバッグに替えの下着(もちろん女子用)と体操服、洗面道具・お風呂セット・筆記具などを詰め、セーラー服を着て、居間のパソコンで徹夜でゲームをしていたふうの姉に「行ってきます」を言う。
「ああ、やっぱりセーラー服で修学旅行に行くんだ?」
「だって、これで出てこいって倫代に言われたから」
「・・・・冬って、もしかして友達にセーラー服で通学しろって言われたからセーラー服で通学してるの?」
「うん。そうだけど」
「冬本人としてはどちらで通学したいの?男子制服?女子制服?」
「え?授業も女子制服で受けたいくらいだけど」
「・・・あんた、授業は男子制服で受けてるの?」
「うん」
「ずっと女子制服着てるんだと思ってた。今回の旅行は集合したら男子制服に換えるの?」
「ううん。旅行中はずっと女子制服でいなさいって言われた」
「あんたって、人から言われるとその通りにしちゃう性格だったね」
「うん。それは自覚してるけど、自分としてもそうしたかったから、人から言われたことを利用させてもらってる」
「冬子の性格ってホントに面白いわ」
と言って姉は眠たそうな顔で笑った。
「あ、デジカメ貸してあげるから、持って行って、女子制服での記念写真たくさん撮っておいでよ」
と言って、姉は棚から自分の使っているコンデジに三ツ口の電源延長コードを取って渡してくれた。
「カメラケースの内ポケットに予備バッテリと充電器入ってるから」
「うん。ありがとう」
「デジカメは禁止じゃないよね?」
「うん。携帯電話は禁止だけど、デジカメと写るんですはOKだって」
「じゃ、たくさん冬子の可愛い写真撮ってもらうといいよ」
「うーん。。。。でも借りてくね。ありがとう」
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
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