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■夏の日の想い出・モラトリウム(12)

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私は慌ただしく旅行バッグを持ち、正望と一緒にリーフの後部座席に乗る。政子は助手席に乗る。それで私たちは9時すぎに羽田空港に到着。無事、伊丹行きに乗り込むことができた。
 
そして政子は妃美貴の車で亮平のマンションの前に配達された。
 
「何かあったら呼んで下さいね」
と妃美貴は言って恵比寿のマンションに戻っていった。
 
政子はため息をつくと、自分の持っている鍵でエントランスを通り、32階まで上がって、自分の持っている鍵で部屋のドアを開けた。亮平はまだベッドで眠っていた。亮平が寝言を言う。
 
「さやかちゃん、可愛いね」
 
政子はカチンと来た。
 
5分ほど腕を組んで考えていたが、やがて服を脱いで裸になると、布団の中に潜り込み、思いっきり
 
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かじった!
 
「ぎゃー!!」
 
と物凄い声を出して亮平が目を覚ました。
 
この日亮平が男性を廃業したかどうかは定かではない!?
 

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正望と一緒に私は羽田から伊丹に飛び、更に壱岐行きに乗り継いだ。
 
東京から壱岐に行くにはいくつかの方法がある。
 
●東京→伊丹→隠岐(私たちが使ったルート)
 
10:30(JAL113)11:40 伊丹 13:15(J-Air2331)14:10 隠岐
 
●東京→出雲→隠岐
 
羽田18:30-20:00出雲(泊)出雲9:30-10:00隠岐
 
●東京→境港/七類港→隠岐
 
羽田12:30(ANA1087)13:55米子空港14:25(連絡バス)14:52七類港16:50(高速船)17:59西郷/18:36菱浦
 
(フェリーの時刻は季節により大きく変わるので注意:この時刻は2018年夏のもの)
 
要するに、海士町を目指すのであれば、実は12時半の飛行機で米子に飛び、七類(しちるい)港から高速船に乗っても到着するのは同じであった。
 
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しかし私たちは島後で4時間も待ち時間が出来たので、その時間に島後の観光をすることにした。観光タクシーに乗って島内を一周する。
 
「夕方6時の海士町方面高速船に乗りたいので、それまでの間に行ける所を見たいのですが」
と伝えたのだが・・・
 
「お客さん、新婚旅行ですか?」
「ええ、まあそれに近いかな」
「だったら、ぜひ日没までいて、ロウソク岩の夕日を見て行って下さいよ」
 
などと言う。
 
「ロウソク岩?」
「こういう岩があるんですよ」
と言って、写真を見せてくれる。
 
「これはすごい」
 
まるでロウソクのような細い岩の上に夕日が落ちていく様である。
 
「今日の日没は?」
「18:06ですよ」
と運転手さんは印刷された表を見て言う。
 
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「フェリーの出発時刻と同じかぁ!」
「これ絶対見る価値ありますよ。海士町の宿を予約してるんですか?」
「そうなんですよ。**荘という所に2泊なんですが」
「だったら今夜の分はキャンセルしてこちらで泊まればいいですよ。2泊の内の1泊キャンセルなら文句言いませんよ」
 
「どうする?」
と正望はこちら次第という雰囲気である。
 
私は考えた。このロウソク岩の夕日を見てしまうと、どっちみち島後に泊まるしかなくなる。だから明日見に来るにしても、結局1泊はキャンセルせざるを得ない。
 
それで運転手さんに頼んで、ロウソク岩を見に行く拠点のある福浦港付近の民宿に予約を入れてもらい、そちらが確保できてから、海士町の**荘には予定が変わり、今日そちらに到達できないので、申し訳無いが今日の分をキャンセルし、明日の夜1泊だけにさせて欲しいと連絡。了承してもらった。
 
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ロウソク岩の遊覧船に電話で予約を入れてから、島の東側を進む。
 
佐々木家住宅を見てから山道に入り(正望は酔ってる)、展望台からトカゲ岩を見る。トカゲが崖を登っているかのように見える姿に、私たちは思わず歓声をあげた。
 
「トカゲにも見えるけど、チーターかピューマにも見えるね」
「うん。トカゲにしては堂々としすぎ」
 
などと言っていたら、運転手さんが言う。
 
「実は以前はもっとトカゲっぽかったんですが、2000年の鳥取県西部地震で岩が1本落ちちゃったんですよ」
「あらぁ」
 
「それで少し形が変わっちゃったんですよね」
「まあ自然の為すわざは仕方ないですね」
 
私はここに政子がいたら絶対「ちんちん取れちゃって少し形が変わっても仕方ないよね」とか言うなと思った。
 
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海岸に出て、浄土ヶ浦を見に行く。
 
「風情のある風景ですね」
と私は言った。
 
「ここの景色は切手になったこともあるんですよ」
と言って、運転手さんはカバンの中のクリアポケットの資料集の中にある切手シートを見せてくれる。
 
《第2次国立公園シリーズ・隠岐浄土ヶ浦 10円切手20枚、1965.1.20発行》
 
というメモが添えられている。
 
「これもしかして貴重なものでは?」
 
「大量に発行されたから、持っている人かなりいるらしいですよ。これはうちの社長のコレクションなんですよ。4シート持っていて、その内の3シートを運転手に持たせているんです」
 

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やがて島の北端、白島海岸に到達する(時々誤記されているが“白島”海岸であり、“白鳥”海岸ではない)。ここには白島展望台、白島灯台といったものがある。まずは展望台に行ってみると、眼下に3つの島が見える。
 
「右の長いのが白島(田島)、左の亀みたいな形のが沖ノ島、その手前の小さなのが松島ですよ」
と運転手さんが解説してくれる。
 
「これ流紋岩ですよね。ここ火山島ですか?」
 
「よくご存知ですね!理科系の学生さんですか?隠岐は2つの火山が造った島なんですよ。島前を造った火山と、島後を造った火山。今私たちが居る島後ってきれいな円形の島ですけど、火山の噴出でそういう丸い形の島ができたんですね。島前の方はあらためて地図を見ていただくと分かるんですが、3つの島はカルデラの外輪山なんですよ。元の火口は西ノ島南部の焼火山(たくひやま)ですね」
 
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私たちは白島灯台の方も見てから車に戻ったが、運転手さんはカバンの中から隠岐の地図を出して、再度隠岐火山について解説してくれた。言われてみれば確かに島前は美しいカルデラが形成されているのが地図上から分かる。
 

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福浦港で確かに私たち2人分の遊覧船の予約が入っているのを確認してから、まだ時間があるので、西海岸にも回ってもらった。
 
油井(ゆい)の池に行く。
 
「きれいな円形の池ですね。昔の火口か何かですか?」
「火口ではとか、隕石の落ちた後ではと言われていたんですけどね。ただの水たまりらしいです」
 
「本当に? だったら物凄い偶然の作用ですね」
 
またもや凄い山道を走って、壇鏡(だんぎょう)の滝に行く(正望は完璧に酔っている)。
 
「立入禁止?」
 
「崖が崩れそうということなんですよ。それで今近づくのが禁止になっています。本当はあそこの神社の所に行くと、滝を裏側から見られるんですけどね」
 
その神社の左右に滝が落ちている。右側が雄滝、左側が雌滝である。
 
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「ここは上部の岩石より下部の岩石が柔らかくて、それで下が浸食されやすいので、上の方が出っ張っているんですね。それでこういう滝になるんですよ」
 

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山道を戻って那久岬の眺望を見てから、私たちは福浦港に戻った。
 
運転者さんに御礼を言って降りてから、遊覧船に乗り込む。
 
客は私たちを含めてカップル3組だった!!
 
1組はあきらかに新婚さんで、イチャイチャしている。これはせっかくの風景も全く見ていないなという感じ。もう1組は熟年の夫婦で、フルムーンかなぁという感じ。仲よさそうで、自分もこういう雰囲気の夫婦になれたらと思った。
 
その熟年夫婦の男性の方が正望に話しかけてきた。新婚さんがとても見てはいられないので、こちらと少し話そうという感じか。
 
「どちらからですか?」
「東京なんですよ」
「結婚して7-8年くらい?」
「実は婚約しようと約束してから8年で、昨年やっと婚約しました」
「不思議なことしてますね!」
 
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向こうはこちらをペーパーレス婚なのだろうと思ったようである。まあそれに近いかもね、という気はする。
 
「そちらはどちらからですか?お言葉が九州っぽい気がしましたが」
と正望が尋ねる。
 
「よく分かりますね。ご存知無いでしょうが、菊池という所なんですよ」
と向こうが言うので
 
「熊本県の菊池ですか?」
と私が訊くとびっくりしていた。
「その菊池なんですよ」
 
「そういえば僕たち高校の修学旅行で菊池温泉に泊まったね」
と正望も思い出したように言う。
 
「どちらのご出身ですか?」
「生まれは岐阜県の高山という所なんですが、東京の高校を出ました。この人とは高校の同級生で修学旅行も一緒だったんですが、長崎・島原・阿蘇・別府というコースで」
 
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「それで菊池に泊まったんですか!」
「菊池に別府にと温泉三昧でした」
「そのコースならハウステンボスとかも見ました?」
 
「それがハウステンボスもグリーンランドも城島高原も安心院もハーモニーランドもうみたまごも無しで」
 
「なんて詰まらない!」
 
「遊ぶような所を全然見てないですね」
 

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正望が向こうの男性と名刺を交換した。
 
「弁護士さんですか!」
と驚いていた。まあ私の名刺は出さぬが花だろう。向こうの男性の名刺は、
 
《八重製紙・代表取締役 八重龍宮》
 
と書かれていた。社長さんだったのか!
 
「お名前は“たつみ”さんですか?」
と私が言うと
 
「凄いですね。一発で読んでくださったのはあなたがちょうど10人目です」
などと言う。
 
「そうだ。10人目の記念にこれを」
と言って、美しい切り紙の栞を頂いた。
 
「きれいですね!」
「まあ、うちの製品なんですけどね」
「へー!」
 
「でもこの模様は特別なお客様にだけお渡しするもので、これまで30枚も渡してないです」
「それは貴重なものをありがとうございます」
 
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私はこの社長と話していて、どこかで似たような雰囲気の人と話したことがあるような気がするなと思ったが、誰だったかは分からなかった。
 

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遊覧船は17時すぎ頃に福浦港を出港して、17時半頃、ロウソク岩の傍まで行き、ちょうど太陽がロウソク岩の上に沈む位置で停泊した。2つの遊覧船が隣り合ってその位置にいる。2隻出ていたのかな?と思ったが、そちらは別の海上タクシー会社の船らしい(この船は海上タクシーとして認可を取得している)。
 
私たちはその美しさに見とれていた。正望、そして熟年夫婦は2人とも盛んにカメラのシャッターを押している。
 
そして新婚夫婦は気にせずイチャイチャしていた!!
 
遊覧船は太陽の高度が低くなったら島の北端側の白島まで行き、白島海岸で日没を見た。これも美しかった。
 

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その日は福浦港近くの民宿で1泊し、翌日お昼のフェリーで菱浦港に移動した。菱浦に到着する少し前、海上に“三郎岩”が見えて、乗客の間から歓声があがっていた。海岸から300mほども離れた海上に唐突に3つの細長い岩が並んで屹立しているのである。背の高い方から順に太郎・二郎・三郎と呼ばれている。
 
菱浦に着いたら、私たちはすぐに元々予約していた旅館に行った。前夜キャンセルしたことをお詫びしたが、全然大丈夫ですよ、とまだ20代っぽい若女将さんが笑顔で言っていた。直前キャンセルなので私はキャンセル料払いますからと言ったが、1泊はするのだからキャンセル料は不要と言われた。
 
「実はロウソク岩を見ていたらもう便が無くなってしまって」
「ああ、あれは見る価値のあるものです。見れました?」
「ええ」
「天気が悪くて太陽が雲に隠れちゃって、見れない人も多いんですよ」
「そうか。私たち運が良かったんですね!」
 
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「中ノ島の観光スポットといったら、どんな所でしたっけ?」
「257mのスコリア丘断崖・明屋の断崖とか、七尋女房岩とか、木路ヶ崎灯台とか、あと後鳥羽上皇の足跡いくつかとか」
「本当はキンニャモニャが見られたら良かったんですけどね」
「あれは毎年、凄い人出ですよ!」
 
キンニャモニャは今年は8月24日に終わってしまっている。
 
「私の親戚が数人、あれを見ているんですよ」
「ああ、ああいうのがお好きな方なんですか?」
「まあ民謡の先生している人が多くて」
「あら、そういう家系?お名前とか訊いていいかしら?」
 
「うちの伯母は若山鶴音というのですが・・・」
「有名人じゃないですか!」
 

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うっかり伯母の名前を出してしまったので、その後が大騒ぎになってしまった。
 
この若女将さんのお祖母さんが、キンニャモニャ保存会の中心人物のひとりらしい。それで私はそのお祖母さんの所に引っ張っていかれる。するとお祖母さんは言った。
 
「鶴音さんとは若い頃一晩飲み明かした仲だよ。その姪御さんと会えるとは嬉しい」
と言って、キンニャモニャの伝授が始まってしまった!
 
三味線など持って来ていないが、貸してくれて教えてもらう。
 
「さすが若山流の名取りさん、すぐ覚えちゃうね」
と褒めてくれる。
 
そして私が演奏を教えてもらっている間に、正望は
「あんたは踊りを覚えなさい」
と言われて、しゃもじを2つ持たされ、40代くらいの男性(若女将のお父さんらしい)からキンニャモニャの踊りを習った。
 
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これで結局この日の午後は丸ごと潰れた!
 
でも免許皆伝をもらった!!
 

結局旅館の料理をこの家に運び込んできて、お祖母さん、次女夫婦(旅館の若女将の両親)と一緒に夕食を頂くことになる。
 
「美味しい!」
と私は声をあげた。
 
「まあ新鮮な海の幸がたっぷりだからね」
と若女将のお母さんも笑顔で言っていた。
 
結局この夜は22時頃までお祖母さんたちに付き合うことになった!
 
 
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