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■夏の日の想い出・モラトリウム(5)
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(C)Eriko Kawaguchi 2019-02-22
そして7月28日(日) 17:50.
私たちは苗場のGステージに立った。
実質的にマリの復帰ライブである。会場からは「マリちゃん、待ってたよ!」という声が多数掛かり、マリも手を振っていた。
「みんな1年間のお休みごめんねー。モラトリウムしといてもらったから、次また赤ちゃん産むまでアルバム作りもライブも頑張るからねー」
などと言っている。
間氷期ならぬ間産期??
まだ産むつもりなのか?まさかまた私の精液勝手に使ったりしないよな?
マリの人気もさすがに赤ちゃんを産んでママになったことで、かなり落ちるのではと思っていたのだが、それほど落ちていないようである。日々事務所宛に送られてくるファンからのプレゼントも、減るどころか増えている。あやめが産まれた前後には、ベビー用品が大量に送られてきたので、ベビー服を買いにいく必要がほぼ無かった。
女性アーティストの多くは結婚すると男性ファンが離れるのだが、ひょっとすると出産だけなら、あまり離れないのかもという気がした。
要するに結婚すると「誰かの物」になってしまうが、シングルマザーであれば、「誰の物でもない」ので、大きな問題は無いのかも知れない!?
今はどうなっているか知らないが、雨宮先生の話によると、以前はアメリカの士官学校で、女子士官候補生たちは、結婚すると退学になるものの、出産しても退学処分の対象ではなかったらしい。それは結婚は永続的な状態だが、出産は一時的な現象だからという話で!??
ちなみにマリは「モラトリウム」と発音するんだなと思った。実は先日和泉は「モラトリアム」と発音していた。
moratoriumという単語は英語式に発音すると「モラトリアム」(正確には“モラトーリアム”くらいの感じ)だが、元々はラテン語でなので、ラテン語式に発音すると「モラトリウム」である。
ユーフォニウムかユーフォニアムか、サナトリウムかサナトリアムか、みたいな論争もあるが、マリはどうも原語尊重派のようである。中国の首都「北京」も和泉は「ペキン」と発音するがマリは「ペイチン」と発音する。ロシアの首都も和泉は「モスクワ」と言い、マリは「マスクヴァ」と言う。アメリカの南にある国の名前もマリは「メヒコ」と発音する。和泉は通用重視派のようだ。
"Tarot"も和泉は「タロット」、マリは「タロー」と発音する・・・ことが多い。(マリも「タロット」と言うこともあるが、発音しながら微妙に不快な表情をする)
もっともルーマニアの首都は和泉も「ブカレスト」ではなく「ブクレシュチ」と言うし、世界一高い山の名前はふたりとも「エベレスト」ではなく「チョモランマ」と言うし、旧ユーゴスラビア諸国の中の「ツルナゴーラ」のことはマリもイタリア語式に「モンテネグロ」と呼ぶので、和泉にしてもマリにしても徹底している訳ではないようである。イギリスのことは、ふたりとも「いわゆるイギリス」と言ったりするので各々この手のものの呼び方は悩んでいる気もする。
(「イギリス」は English を意味するポルトガル語 Ingres が訛ったのではとか、同じくオランダ語の Engels が訛ったのではなどと言われている。どっちみちイングランドのみを指すので「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」を指す言葉としては、本来は不適切である)
さて、私たちの出演時間は本来18:00からなのだが、10分前には始めてもいいですよと言われていたので『H教授』の演奏時間が長いこともあり17:50に始めさせてもらった。
私たちはステージ中央で手を振って歓声に応えた後、ステージの下手(しもて)側に寄る。そして上手(かみて)から今井葉月と桜野レイアが入ってくる。葉月は学生服で男装しており、レイアはセーラー服を着て女装?している。男装の葉月は久しぶりに見た気がした。
「はづきちゃん、学生服も可愛い!」
などと声が掛かり、手を振っている。6月に出た葉月の写真集“Leaf Moon”はこれまでに既に8万部売れており、今年の写真集売上げベスト10には確実に入りそうな情勢である。なおゴールデンウィークに撮影したアクアの写真集は来月上旬に発売される予定である。
2人に続いて、ヴァイオリンを持った七星・鷹野・宮本が入ってくる。そして七星さんの合図でヴァイオリンのBGMスタート!葉月とレイアがピアノを弾き始め、私とマリも同時に歌い始める。
『愛のデュエット』である。
葉月とレイアはピアノを16小節(Aメロ・Bメロ)連弾すると各々そばに置いているリコーダーを取ってサビを吹く。その後フルートを持って吹き(AB)、更にEWI1500を持って吹く。
つまりピアノ・リコーダーで演奏したメロディーを、フルート・ウィンドシンセで繰り返している。
ここで1小節のブリッジをはさんで2人はアルトサックスを持ち16小節(Cメロ・Aメロ)を吹く。更に1小節のブリッジをはさんでヴァイオリンを持つ。
ヴァイオリンでサビ8小節を演奏し、続いてチェロでサビのバリエーション8小節を弾く。ギターに持ち替えてAメロBメロを再現し、最後は2小節のブリッジの間にドラムスの所に移動し、ひとつのドラムスを2人で一緒に叩く。
終わった所で物凄い拍手があった。私は紹介する。
「ヴァイオリン、近藤七星、鷹野繁樹、宮本越雄」
「そして9つの楽器を連続して演奏してくれた人、今井葉月(はづき)!」
物凄い歓声と拍手がある。「はづきちゃーん!」「写真集買ったよ!」などといった声が掛かる。「お嫁さんになって!」などという声もある!
「そして桜野レイアでした!」
これにも「レイアちゃーん!」という声が多数掛かっていた。
今回演奏したのは、昨年『ブライダル・ウィンド』に収録したバージョン、つまりアクアFとMで演奏したバージョンの再現である。実は昨年秋のツアーで演奏したものより長い。カウントダウンでアクアとレイアが演奏したのもこのロングバージョンの方である。
何がどう違うのかというと。。。
この曲のオリジナル版は、ヒロシとフェイがよみうりランドで実演してくれたもので、ピアノ連弾(AB)/リコーダー(S)/フルート(AB)/クラリネット(S)/トロンボーン(A)/ヴァイオリン(S)/チェロ(S2)/ギター(AB)/ドラムス連打(Coda)と演奏している。
この時ヒロシとフェイは、よみうりランドのあちこちでこの楽器を演奏してくれてそれを収録している。
つまり・・・
ふたりは「リアルに演奏」しているが「リアルタイムに演奏」した訳ではない。場所の移動を伴っているので、各々の場所で収録したものをつなぎ合わせているのである。
これを4年ぶりに収録しようという時に、アクアFとMがスタジオで演奏してくれたのだが、練習している時に“アクアたち”が言った。
「これ各々の楽器を演奏するのも大変だけど、楽器の持ち替えが大変なんですよね」
「座る場所も2回移動しないといけないし」
「そうそう。ピアノの所、チェロやギターを演奏する椅子、そしてドラムスセット」
私は各々の楽器を演奏してもらって、それをつなぎ合わせるつもりだったので、「移動時間」というのは全く考えていなかった。しかしアクアに言われて、本当にリアルタイムで移動しながら演奏すると面白いかも知れないと思った。
それで練習してもらったら大きな問題が浮上した。
ネックストラップの着脱である。
ウィンドシンセは(クラリネットでも)重さ1kgほどなので、ネックストラップを使わずに手で持って吹くことも可能である。しかしアルトサックスは約3kgもあって手で持って演奏するのは厳しい。するとどうしてもネックストラップを付けておいて、それを首に通したり外したりする時間が必要になる。
自分でもやってみたのだが、四分休符(0.6秒)の間にこれをやるのはかなり難しい。これが元のトロンボーンならこういう問題は起きなかった。
そこでサックスの前後に1小節ずつのブリッジを入れることにしたのである。他にドラムスに移動する所にも2小節のブリッジを入れる。
元 Intro ABS ABS ASS AB Coda (100bars)
改 Intro ABS ABS -A-SS AB-Coda (104bars)
するとアルトサックスの演奏8小節の前後に余分な1小節が入ることでその部分が浮いてしまい不自然になった。そこでここを16小節に変更した。
改2 Intro ABS ABS -AB-SS AB-Coda (112bars)
ところがこうすると ABS というメロディー進行が3度も繰り返されることになり、しつこすぎる。そこで全く新たな“Cメロ”を作ることにしたのである。
改3 Intro ABS ABS -CA-SS AB-Coda (112bars)
このCメロについて私は上島先生に連絡を取り状況を説明した。すると先生はCメロの挿入に同意してくださったものの「僕は謹慎中だからそのCメロはケイちゃんが書いて。自由に編曲していいから」とおっしゃった。
しかしあの時期私は自信が無かったので実際にはその場に居た千里に書いてもらった。
千里はこういう場合オリジナルの曲の雰囲気そのままに自然に繋がるものを書くのが物凄くうまいのである(青葉もうまい。ふたりとも『波動を合わせる』んだと言う)。
それで“アクア版”『愛のデュエット』が完成した。
聞き慣れないCメロについては、元々の上島先生のオリジナル版にあったものをこれまではカットして演奏していたのだろうと思った人が多かったようである。
その直後の秋のツアーでは、この“アクア版”の通りにやろうとしたのだが、ひとりで9つの楽器を演奏できる人がいなかったので交替しながらの演奏になった。しかも充分なコンビネーション練習ができる状態では無かった。
そこであまりボロが出ないようにショートバージョンを作り、それで演奏したのである。
短縮版 Intro ABAB-S-ABSS-Coda (88bars)
それでこのツアー版ではCメロも使っていない。
なおこの秋のツアーの時はウィンドシンセではなくクラリネットを使用している。演奏した翼と心亜がクラリネットは吹けたもののウィンドシンセは経験が無いと言ったからである。
今回は葉月、レイアというひじょうに器用な演奏者が得られたこと、2人は2015年以来の知り合いで息の合ったプレイができることから、ロングバージョンの方で演奏することにした。
レイアはクラリネットもトロンボーンも行けますよと言ったが、葉月がその2つの楽器の経験が無いというので、楽器構成はアクア版に倣うことにした。葉月は昨年9月にアクアに『愛のデュエット』を演奏してもらうことになった時、一応自分の参加は不要とは言われたものの、万が一呼び出されて急遽代理を頼まれた場合に備えて、自費で!アルトサックス(Yamaha YAS280)とEWI1500を買って練習していたらしい。全くこの子は努力家である。
(葉月が住んでいるアパートには他に住人が居ないのでサックスを鳴らしても苦情は来ないらしい。葉月は可愛い女の子狐さんにサックス教えてもらったんですよ、と言っていたが、女の子狐って、同級生の子か何かのこと?そういうニックネームなのだろうか?)
カウントダウンでのアクアとレイアの演奏は「録画しておいた立体映像」という建前だったので、今回がオリジナル版に近いロングバージョン・生演奏の初披露となった。
私が演奏した葉月とレイアを紹介して拍手をもらう。
「葉月(はづき)ちゃん、学生服姿も格好いいけど、やはりセーラー服の方がいいな」
とマリが発言する。するとレイアが
「では次、彼女が出てくる所を注目しておいて下さい」
と発言した。
「どうなるんだろう?」
それで2人が退場した後、入れ替わりにスターキッズを含む伴奏者が入ってくる。スタッフがチェロなどを片付ける。その間に私はMCをしている。
「それでは次の曲。24日に発売したばかりのシングル『Atoll-愛の調べ』からタイトル曲『Atoll-愛の調べ』」
酒向さんのドラムスに合わせて美しいストリングの調べ、そして優しい木管楽器の音も響く。
CDに収録したのとは別バージョン、アコスティック版の『Atoll-愛の調べ』である。
バロックオルガンの代用として使用している山森さんが弾くエレクトーンSTAGEA以外は全てアコスティックな音で構成している。
太陽は既に山の陰に隠れている。ローズ+リリーのステージが終了する直前くらいに日没のはずである。その少しずつ光が弱くなっていく時間帯に柔らかい楽器の音が麻布先生のチームの音響により、4万人居る会場に染み渡っていく。観客も手拍子をせずに静かに聴いていてくれる。
私は歌いながら、あの美しいルカン礁の姿、そして八重干瀬で見た多数の珊瑚礁を思い起こしていた。
やがて終曲。とともに物凄い拍手があった。
「アコスティック・ギター、近藤嶺児。ヴァイオリン、鷹野繁樹。ヴィオラ、香月康宏。チェロ、宮本越雄。マリンバ、月丘晃靖。ドラムス、酒向芳知。エレクトーン、山森夏樹。ピアノ、近藤詩津紅。フルート、田中世梨奈。クラリネット、上野美津穂。そしてアルトサックス、近藤七星でした!」
私はこの曲は沖縄本島の近くにあるルカン礁という美しい環礁にインスパイアされて書いたものだということを言った。
「それでは続けて今度は宮古島北方に広がる八重干瀬と書いて《やびし》と読む広さ100平方キロという広大な珊瑚礁を見て書いた曲《秘密の大陸》」
『アトール愛の調べ』を演奏したのと基本的には同じメンツ・担当楽器でアコスティックな演奏をする。但しこの『秘密の大陸』ではトラベリング・ベルズの児玉実にトランペットを吹いてもらった。
トランペットは普段香月さんか酒向さんに吹いてもらっているのだが、生憎香月さんはヴィオラ、酒向さんはドラムスを演奏している。七星さんにヴィオラを弾いてもらって香月さんにトランペット、そしてサックスは青葉に、という“シフト演奏”も考えたのだが「流れが悪いし混乱するよ」と七星さんが言い、児玉さんの登場となった。レイアにトランペットを吹いてもらうのも考えたのだが、自分より上手くない人がソロを吹くのでは香月さんが楽しくないだろうと考え、トランペットの専門家である児玉さんにお願いすることにした。
児玉さんを紹介し、児玉さんは香月さんと握手してから下がった。
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