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■夏の日の想い出・モラトリウム(3)
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私と政子は『アトール・愛の調べ』の発売記者会見をした23日の後、24日に越後湯沢に入り、夕方ホテルの会議室でローズ+リリーの打合せ、KARIONの打合せを連続でした。
今回、ローズ+リリーの演奏曲目は下記である。
『愛のデュエット』『Atoll-愛の調べ』『秘密の大陸』『天使の歌声』、『言葉は要らない』『硝子の階段』『H教授』『青い豚の伝説』『コーンフレークの花』、『苗場行進曲』『ピンザンティン』『あの夏の日』
上島先生の作品を何か使いたいなと思い、最初は新曲の『麹の力』を使いたいと思ったのだが、明笛(みんてき)はいいとして三線(さんしん)の演奏者に困った。音源製作に参加してもらった後浜門さん、あるいは誰か三線の演奏者を頼むのは可能ではあるが、ただその1曲だけのために、わざわざ苗場まで来てもらうのは、あまりに申し訳無い。しかしこの曲で三線は省略できないので諦めることにした。
今年も青葉の友人の世梨奈ちゃんと美津穂ちゃんに応援を頼んだ。世梨奈ちゃんは例によって「前払いお願い出来ます?」と言ってきた!前期の授業料をまだ払っておらず、今月中に払わなかったら退学と言われて困っていたらしい。
「世梨奈ちゃん、もし後期の授業料に困ったら、年末のカウントダウンのギャラも10月に前払いしてあげるから連絡してよ」
「済みません!」
「ここまで来て卒業前に退学になったらもったいないもんね」
「そうなんですよね。親からはこれ以上知らんと言われてるし」
「ありゃ」
「だいぶ親から借金してるし」
「なるほどねー」
今回“フレンズ”の宮本さんにトロンボーンを吹いてもらうことになった。実は過去の苗場でスターキッズ&フレンズの“フレンズ”3人が勢揃いしたのは2015-2016年だけで他の年は誰か休んでいる。香月・宮本は他のバンドを兼任しているし山森さんは自身の演奏活動で忙しい。
2014 香月○ 宮本× 山森○
2015 香月○ 宮本○ 山森○
2016 香月○ 宮本○ 山森○
2017 香月○ 宮本○ 山森×
2018 香月× 宮本× 山森×
しかし宮本さんはこれまで兼任していた別のバンドが昨年春以降、現在もまだ続いている“楽曲不足”の状況の中で実質的に活動休止状態になってしまっていて、
「そちらお仕事あったら頑張るよ」
と言っていた。ところが宮本さんの担当はセカンドギターまたはチェロで今回予定していた曲では出番が少ない。最終的には増えたのだが、当初の予定では1曲しか無かった。それで私は尋ねた。
「宮本さん、フルートとかは吹けませんよね?」
と言ったら
「トロンボーンなら昔吹いたことある」
と言うので聞かせてもらった。
すると音源製作に使うには微妙だが、ライブ演奏なら使えると私は判断した。それでシングルの制作ではトロンボーンは使用しなかったものの、苗場では前半の《アコスティックタイム》でチェロ、後半ではトロンボーンを演奏してもらうことにしたのである。ただし、ツインギターが必要な『コーンフレークの花』ではギターを弾いてもらう。
そういう訳で今回の演奏スタッフはこのようになった。
スターキッズ&フレンズ 近藤・七星・鷹野・酒向・月丘・香月・宮本・山森
お友だち 風花・詩津紅・世梨奈・美津穂
ゲスト演奏者 今井葉月・桜野レイア
ダンサー 小風・美空
特別出演! 若山鶴風
今回は和楽器は使用しないので、風帆伯母の出番は無かったのだが、出たい!とおっしゃるので、苗場行進曲で三味線を入れてもらうことにした。スコアを渡したのだが、スコアに三味線という楽器指定は無い。
「私のパートは?」
「師匠にお任せします」
「ま、いっか」
アクアが1日目・2日目に出演するGステージは本来4万人入るのだが、過去の経緯からアクアの時のみロープで区切ってブロック指定にするので3.5万人しか入らない。2日で7万人を抽選で選び整理券を(電子的に)発行するのだが、希望者が10万人あって確率70%の抽選になった。なおGステージの1日目に演奏するのはアクアのみで、その後翌日まで会場を使わないので、ロープはそのまま翌日に持ち越すことが出来る。
なお、私と政子はコネで楽屋から聞くことにした。映像はプロジェクターで見る。青葉が来ているので
「青葉来られるのなら、演奏者にカウントしたかった」
と言ったら
「済みません。直前まで来られるかどうか分からなかったんです」
と言っていた。
アクアの体調管理のためにコスモスから頼まれて来たらしい。それでアクアのスタッフ証を持っていた。アクアは今年の夏も映画の撮影をしている最中に抜け出してこちらに来ているので、体調維持が大変なようである。
「今からでも龍笛のパートを割り当てたいのだけど」
「まあいいですよ」
と言うので、『苗場行進曲』で龍笛を吹いてもらうことにした。
ついでに『コーンフレークの花』でサックスを吹いてもらうことにした!
「アクアちゃんは映画の撮影はどう?郷愁村で撮影してるんだっけ?」
と一緒に付いてきている美空が本番前のアクアに尋ねた。
「あそこにオープンセットを建てて、そこで撮影してるんです。原作の舞台になった千葉市の囲碁研修センターが無くなってしまっているので、どこかに代わりのセットを作ろうということになって。ついでに碁会所とか日本棋院のセットまで作っちゃったんですよ。でも土地のオーナーの方が『土地は余ってるからそのままにしてていいよ』とおっしゃるので、このまま1年後までセットは建てたままになるようです。1年間モラトリウムで」
「1年後!?」
「結局映画は第1部・第2部と2度に分けて公開することになったんですよね。第1部が院生になって、いよいよプロ試験だ!という所まで。第2部がプロ試験」
「それ第2部はいつ撮影するのさ?」
「来年の夏休みだそうです。でも今回興業に失敗したら作られずに終わるでしょうね」
「アクア主演なら、失敗は無いと思うけどなあ」
「それがボクとしては困るんですけどね」
とアクアは言っている。つまりアクア人気だけで客が来て、演技自体が評価されないのは本意ではないということで、贅沢な悩みという気はする。
「ああ。演技で勝負したいのね。でもそのためにはアクアが顔を隠して出演するとかでないと無理だね」
と私たちにくっついて一緒に来ていた鷹野さんが言っていた。
「顔を隠して怪傑ゾロでもする?」
「特撮の怪人役とか」
特撮と聞いて私は太荷馬武さんのことを思い起こしていた。
「物語は原作準拠?」
「だいたいの流れはそうですけど、やはり細かいエピソードはかなり端折ってます」
と言った所でアクアはコスモスに呼ばれてステージの打ち合わせに入ったので、《第1部》の概要は葉月が説明してくれた。
「結局原作の塔矢アキラ相当のキャラを橘中ミナコ(きなか・みなこ)という女子中学生キャラに変更することになったんですよ」
と葉月が言う。
「やはりアキラちゃんは性転換か?」
「手段が目的化している」
「もはやアクアは女装が必須なんだな」
「女装のアクアさんが出ないとみんな納得しませんから」
「でもあの漫画が流行った当時もアキラ性転換の二次創作は多かったよ。あの子はどう見ても姫(*1)だから」
とサポートで来ている日野ソナタさんが言っている。
(*1)姫とは総受けキャラのこと。最近はあまり使われない用語かも。
「それに進藤というのは藤原一族系の苗字だから、源平藤橘(*2)の橘を使って橘中にしたらしいです」
と葉月。
「ほほお」
「ミナコというのは、ヒカルとかアキラとかあかりとか、光に関わる名前が多いから金星のビーナス→美奈子→ミナコらしいです」
「セーラー・ヴィーナスかい!?」
「それ橘中の楽しみにも掛けてるでしょ?」
と日野ソナタさん。
「そうそう。それも言ってました」
「なんだっけ?」
と美空が訊くが、これは囲碁四段のマリも知っていた。
「幽怪録という古い伝奇集にあるのよ。これは杜子春なんかが載っていた本。巴という国の人が、橘の実を割ってみたら、その中で囲碁を打っている2人の老人が居たという話。それで囲碁を楽しんで打っていることを『橘中之楽』と言う」
「へー!」
(*2)源平藤橘とは貴族の代表的な姓であわせて「四姓(しせい)」と呼ばれる。姓は後の時代には「苗字」とは別のものとなり、本来無関係の人でも朝廷に仕える時は四姓のどれかを名乗った。織田信長も藤原・平氏を名乗っているし、羽柴秀吉は藤原を名乗った後、新たな姓“豊臣”を与えられて初めて四姓以外の関白が誕生した。
祖父の家で蔵の整理に駆り出されていた中学1年生の進藤ヒカルは古い碁盤を見つけ、そこから平安時代の囲碁名人・藤原佐為の霊に取り憑かれる。
佐為が「囲碁を打ちたい!」というので、ヒカルは近所にあった碁会所に入る。しかし中をチラっと見ると、タバコ吸ってるおっさんばかりで戸惑う。受付の女性から「実力は何級くらい?」と訊かれ「対戦したことないから級とか分からないけど、そこそこ強いぜ」などと言うヒカル。その時、ヒカルは碁会所の奥に中学生くらいの少女がいることに気付く。
「あ、子供居るじゃん!あの子と対戦出来る?」
「えっと・・・あの子は・・・」
少女は立ち上がって笑顔で言った。
「対戦相手探してるの?いいよ。私打つよ」
彼女は橘中ミナコと言った。
「石は5個くらい置く?」
「何それ?」
と囲碁のことを全く知らないヒカルは尋ねる。ハンディの付け方だということを説明するが、同い年なんだからハンディとか要らないと言い、ミナコもまあいいかと思い、打ち始める。ミナコはヒカルの初心者っぽい石の握り方・置き方を微笑ましく思いながらも打っていく。しかし打ち進める内にヒカルが石の持ち方こそ初心者なれど囲碁の実力自体は、ただ者ではないことに気付く。そしてヒカルの一手に当惑する。
『これは最善の手でもない、最強の手でもない。これは私の力を試している手だ。はるかな高みから・・・』
「今回、初心者ヒカルの打つ所は私が、ミナコが打つ所はアクアさんが打っているんですよ。アクアさんはアマ三段の腕前なんで、石の打ち方も格好いいんですよね〜。ピシッ!って感じで。でも私は今度の映画のために慌てて囲碁ソフト買ってきて勉強しているところで」
と葉月は言う。
「葉月ちゃんは何でも勉強熱心だなあ」
「でもそれアクアちゃんと葉月ちゃんが実際に対局したら、ホントに有段者と初心者の対局に見えるんだ!」
「それがいい所みたいです。だから私は来年の第2部撮影までにアマ3〜4級になるくらい勉強しろと言われました。来年はプロになったヒカルとミナコの対決を描くことになるから」
「大変だ!仕事忙しいのに」
対局は僅差でヒカルの勝ちだった。ミナコはショックを受けている様子であった。一方、囲碁のことを全く知らないまま佐為の指示通りに石を置くのにヒカルは苦労したので「オレまだ対局は早かったみたい」と言って碁会所を出た。碁会所ではミナコが負けたと聞き、ギャラリーが騒然としていた。
ミナコは実際戸惑っていた。この対局はまともな対戦ではなかった。彼の打ち方はまるで指導碁のようであった。それなのにあのまだ囲碁を始めて間もないとしか思えないような石の持ち方。一体彼は何者??
その時受付の女性が言った。
「ミナコちゃんが負けた!?嘘でしょ?だってあの子、対局したことないって言ってたわよ」
「対局したことがない!?」
数日後、道で偶然ヒカルと再会したミナコは強引にヒカルを碁会所に連れていく。ふたりの2度目の対局が始まる。前回ミナコはヒカルを初心者と思っていたので軽く打ったが、今回は対等以上の相手と思い、マジである。ヒカルがコミ(*3)とかニギリ(*3)というのを知らないので、それを教え、それでふたりは打ち始めた。決着はあっという間についた。大して手も進まない内にミナコが投了(*3)したのである。
『なんて勝ち方するんだ?上手に何目差とかで勝つんじゃなかったのか?』
と佐為に訊くヒカルに佐為は言った。
『彼女はそんな余裕を与えてくれなかったのです。もう胴体と頭を一刀両断するしかありませんでした』
厳しい顔つきでそう語る佐為に、ヒカルはミナコの物凄さの一端を感じた。
(*3)コミは後攻に与えられるハンディキャップ。囲碁は先攻の黒が絶対有利なので後攻の白はコミとして6目半をもらう。例えば打ち終えて黒の目が白の目より4目多かった場合、白に6目半を加えて最終的には白の2目半勝ちとなる。現在ではコミは6目半だが、ヒカルの碁が連載開始された時期は5目半だった。
ニギリ(握り)とは先攻後攻を決めるやりかた。片方(一般に上段者または年長者)が白石の碁笥に手を入れ適当に石を握る。もう一方はそれが奇数と予測したら黒石1個、偶数と予測したら黒石2個を置く。予測が当たれば黒石を置いた人の先攻、外れれば白石を握った人の先攻(碁笥を交換する)。
投了とは負けを認めること。「ありません」または「負けました」と言って頭を下げる。声は聞こえないことも多く相手がムニャムニャと口を動かして頭を下げたら投了である!上段者の対局ではよほど微妙にならない限り、最後までは打たず、途中で勝てないと思った時点で投了するのがマナーとされる。そのため大抵の対局は投了で終わる(「中押し勝ち」と記録される)ので、「投了は最大の敗因」とも言われる。上段者同士の対局では、なぜ投了したのか普通の人には理解困難な場合も多い!!
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