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■春芽(10)
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2日目は朝から夕方まで性教育の集中講座である。1時間目「男性と女性」や2時間目「月経と妊娠」は、本来は中学までの性教育で既に習っているはずのことであるが、西湖や瀬梨香など、中学の授業をあまりまともに受けていない子たちには結構新鮮な内容も含まれていた。また高校入学組の子の中には前の中学で、そもそもまともな性教育を受けていない子たちもいた。
西湖は生理周期が月経から始まり卵胞期を経て排卵が起こり、黄体期を経てまた月経に至るという話を真剣に聞いていた。月経っていまや他人事ではない。つい先日、「女の子になってしまってから」最初の月経を経験したが、この後も毎月あれを体験することになる。
3時間目「性行為と避妊」では、実際の性行為をしている男女のビデオが映写され、ごくりと唾を飲み込んでみんな真剣にその映像を見ていた。小さな悲鳴をあげている子もいた。無知な子にとっては、かなりショッキングな映像だったかも知れない。
「でも私、中学の時、お母ちゃんとお父ちゃんが夜中にしてるの見ちゃったことある」
などと言っている子もある。
「何かお母ちゃんが悲鳴みたいなのあげてたから、何だろうと思って起きて行ったら、まさに進行中でさ」
「それどうなった?」
「バツの悪そうな顔してお父ちゃんが起き上がってこちらを見ていて、おちんちんも凄く大きくなってて、その瞬間、これがあれか!と気付いて、慌てて自分の部屋に戻ったよ」
「私、お姉ちゃんが彼氏としてる最中に出くわしたことある」
「おお、進んでる!」
「見た時はけっこうショックだったよ」
「最初見た時はびっくりするよね」
この授業の後半では避妊についても詳しい話をし、やはり決め手はコンドームであるとして、結婚していない状態でセックスする以上、必ず男につけさせること、つけないセックスは断固として拒否することを先生は強く言った。
コンドームをつける練習も全員に1枚ずつコンドームが配られ、トイレットペーパーの芯をおちんちんに見立てて、付ける練習をした。この芯は製紙会社と交渉して購入してきたもので、家庭から収集したものではないことが説明される。
「男の子のおちんちんって、こんなに太いんですか?」
と戸惑うような声が多数出る。
「トイレットペーパーの芯はだいたい直径38mm, 長さ114mmです。男の子のおちんちんは、大きくなった場合、だいたい直径36-40mm, 長さ120-160mmくらいになります。太さはこのくらいで、長さはもっと長いです」
「これより長いの!?」
「男の子の中にはこの芯に自分のおちんちんを入れて遊んだりする子がいます。その時、ちょうどちんちんの太さギリギリの大きさだから、大きくなってから入れようとしても入らないんですよね。小さい内に入れて大きくすると圧迫される感じになって、それがまた気持ちいいようです」
と川相先生は説明する。
「でもこんな大きいのが、あそこに入るんだっけ?」
という声も多数出るが
「赤ちゃんの頭があそこを通るんだから、この程度入るでしょ」
と言う子が居て
「なるほど!」
「そうか!」
と驚くような声、同意する声があがった。
「でも赤ちゃんの頭が通るって凄いね!」
「女の身体ってなんか凄い」
「人間の身体って結構伸縮するんですよね。ただ骨盤の穴を通れないと出産できないから、将来科学技術の進歩で、男の人が妊娠できるようになったとしても、男の人の骨盤の穴は小さいから、帝王切開しないと出産できないでしょうね」
と先生は言った。
「男の人が妊娠した場合、そもそも出す穴が無い気がします」
「性転換手術して女になった人とかは?」
「性転換手術で作るヴァギナはおちんちんの皮を使うんですよ。だから、おちんちんをちょうど受け入れられるサイズになるんだけど、せいぜい直径5cm程度までしか伸びないから、赤ちゃんの頭の通過はどっちみち無理ね」
「おちんちんの皮でヴァギナ作るんですか?」
「そうそう」
「赤ちゃんの頭のサイズってどのくらいですか?」
「だいたい直径10cmくらい」
「ああ、絶対不可能」
「ってことは女の子のあそこは10cmまで広がるんですか?」
「そういうこと」
「すごーい!!」
みんなこの話にはびっくりしていたようである。
そんな横道?に逸れた話をした上で、トイレットペーパーの芯にコンドームをかぶせる実習を全員するのだが、みんなキャッキャ(キャーキャー?)言いながらやっていた。
「そうそう。この中におちんちんを実装している人がいたら、自分のにつけてみてもいいですよ」
と先生は言っていたが、笑いが生じていた。西湖も余裕で笑っていたが、8月までなら笑えなかったなと思った。
先生は1点注意した。
「表・裏というのはパッケージにたいてい書いてありますから、それを見てつければいいのですが、万一まちがった場合、それは捨てて必ず新しいのを付けてくださいね。表裏逆につけたものをひっくり返してつけたら、付着した精液がこちらに来てしまいますから」
これにはみんな頷いていた。
その後で先生は全員に目を瞑るように言い、セックスの経験のある人、そしてコンドームをちゃんとつけた人、と手をあげさせた。
その後で先生は
「経験のある人が10人、ちゃんとつけた人は2人でした。その付けてなかった子たちも次回からはちゃんと付けさせるようにしようね」
とみんなに言った。
午後からは恋愛に関する話があったが、涙を流して聞いている子が結構いた。みんな悲しい恋を経験しているのかなあと思った。中学や高校で恋が叶うということは、そうそうない。お互いの未熟さゆえに、告白できないままになってしまうことも多いし、いったん成立しても簡単に壊れてしまう。その痛い経験をして少しずつ心も成長し、人を受け入れる心も育つのだと先生も言っていた。
午後の2時間目は同性愛や異性装、性的自己認識の話をした。先生は性指向は基本的に2つの軸でできていると言った。
・自分はどちらの性別に属しているかの認識
・自分はどちらの性別の子に恋するかの傾向
これと本人の肉体的な性別とも絡んで、非常に複雑な性のあり方が出てくる。
肉体性=女 性自認=女 恋愛対象=男 女性のストレート
肉体性=女 性自認=女 恋愛対象=女 女性同性愛
肉体性=女 性自認=男 恋愛対象=男 FTMのゲイ
肉体性=女 性自認=男 恋愛対象=女 FTMのストレート
肉体性=男 性自認=女 恋愛対象=男 MTFのストレート
肉体性=男 性自認=女 恋愛対象=女 MTFのレスビアン
肉体性=男 性自認=男 恋愛対象=男 男性同性愛
肉体性=男 性自認=男 恋愛対象=女 男性のストレート
これら以外に、男性にも女性にも恋する(または異性にも同性にも恋する)バイセクシュアル、そもそも相手の性別を気にせず恋するパンセクシュアル、恋をしたくないアセクシュアル、自分自身が好きだというナルシシズム、などもあり全て異常ではなく、これは個人的な見解だけどもと断った上で、先生は、これは“個性の範囲”だと思うと言った。
また「恋はするけど性的な接触は好まない・興味無い」というあり方もあってそれは全然異常ではないと先生は言い、けっこう頷いている子もいた。
また性自認に関しても自分が男だと思う人、自分が女だと思う人以外に、そのどちらと断言するのにも違和感を感じるXの人、また男の心と女の心の両方を併せ持つ、bigender とか two spirit の人など、様々なタイプがあり、それも“個性”だと思うと先生は言った。
「だからいっそ戸籍に性別とか記録する必要はなくて、誰とでも好きな人と結婚すればいいと思うんですけどね」
と先生は言い、西湖は大いに共感した。
アクアさんって・・・・ひょっとしたらtwo spiritなのかも、という気が、ふとした。
だって男役する時はほんとに男らしいし、女役する時は凄く女らしいんだもん。
あらためて自分自身の性自認について考えてみたが西湖は分からない気がした。8月までなら間違い無く、ボクは男ですと言えたのだけど、女の身体になってしまい、それを受け入れている自分を考えると、自分の心が男だと言う自信が無くなってしまう。いっそ、自分がふたり居たら片方は男で片方は女でもいいなぁ、などとも西湖は思ったが、ひょっとしたら、それこそtwo spiritなのかもという気もした。
午後の最後の時間には、買春や風俗産業についての説明があった。
先生は「女の子であることがひとつの財産だ」と言った。
「だからそれを売っちゃう人もいる。それが売春とか援助交際。売らずに見せるだけ・触るだけってのが風俗ですね」
と言い、風俗の種類についても先生は説明したが、半ば呆れている感じの子も多かった。
「男の人って、そんなので満足するものなんですか?」
という質問まである。
「まあ日本だけでしょうね。こういう産業が成立するのは」
と先生も笑いながら言った。
「日本人の男って性欲が弱いのでは?」
「そういう説も無い訳では無いみたい」
この日の授業や実習でかなりモヤモヤした気分になった子も多かったようである。それで最後の時間の太鼓講座では
「よし!たくさん太鼓打ってストレス発散させよう」
などと言っている子もいた。
「ストレスというか性欲ね」
「昔、男の子アイドルで、性欲がたまった時はどうするんですか?と聞かれて『激しい音楽掛けてダンスします』と答えた子がいたらしい」
「いや、その質問はする方もする方だ」
「男の子はやっちゃうに決まっている」
「女の子もやっちゃった方がスッキリするよ」
「今夜は少々音がしてもお互い聞かない振りということで」
「何するの〜?」
「知ってるくせに」
「取り敢えず太鼓叩こう」
3日目の授業は午前中居眠りする子が多かった。昨夜ちゃんと処理?できた子はむしろ熟睡したろうが、精神的に昂揚してしまったまま、あまりよく眠れなかった子もいたのではという気がした。
更に昼食後に座禅の時間があるので、これは眠るなという方が無理で、だいたい9割方眠っていた気がする。しかしこの座禅でけっこう気持ちが楽になったと言っていた子も多かった。
演芸の実習では、原木栽培の椎茸の種を植え付ける接種作業を実習でしたが、これが楽しかった。
「女の子に種を撃ち込んでいる感じかな」
「あんたまだ昨日の授業が残っているね」
最後はギター講座で楽しく弾き語りをして締めた。この1時間ほどの講座で、ほとんどの子がC・G7・Fの押さえ方を覚えたので
「とりあえずこの3つができたら全ての曲が演奏できる」
というので、結構盛り上がっていた。
10月13日(土)でK大学のプールは運用を終了し、今年の水泳部の活動も実質終了した。この後は春まで、泳ぎたい人は市営の金沢プールなどに行くことになる。
奥村春貴は大学近くにあるイオン杜の里店での打ち上げの後、
「春までには女の子になっておいてね〜」
などと女子部員たちに言われるのを心地よく感じながら金沢駅方面に行くバスに乗った。
この日春貴は可愛いピンクのカットソーにボーダー柄のニットのスカートを穿いていた。最近ズボンってあんまり穿いてないなあとも思う。春貴は伯母の家に下宿しているのだが、その伯母も
「可愛いよ」
などと言ってくれる。実はお化粧の仕方もかなり教えてもらった。
金沢駅からIRいしかわ鉄道/あいの風とやま鉄道(乗換不要)で高岡まで行き、1階の万葉線乗り場からアイトラムに乗る。
某駅で降りてふっと息をつく。そして意を決したように春貴は歩き出した。
歩いている内にクラクションが鳴る。見るとなんか格好良いスポーツカーである。春貴はあまり車の車種が分からない。
「君、奥村さんだったっけ?」
「あ、はい・・・、先生?」
それは春貴が行こうとしていた病院の先生である。
「手術受けに来た?君なら明日にでも手術してあげるよ」
などと言っている。
GIDの診断書をもらいに昨年夏ここに来たのだが、その時も先生は
「今日手術してあげようか?」
などと言って、春貴を焦らせた。この先生は可愛い男の娘を見ると、すぐに女の子に変える手術をしたくなる病気!?らしい。性転換手術がほとんど趣味のような人だと青葉が言っていた。
「いえ、今日はまだ何も準備していませんし、今は学期中で学校を休めないですけど、後期の授業が終わった2月くらいにでも手術を受けられないかなあと思って」
「ふーん。取り敢えず病院まで乗せて行ってあげるよ」
「すみませーん」
と言って、春貴は先生の車に乗り込んだ。
この日の春貴の記憶はここで途切れている。
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