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■春芽(3)
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このあと、潜水が行われるが、参加者全員の所に1人ずつ先生がついていて、様子がおかしかったら救助に入ることになっている。
紀子は3組目で出てきたが、ビキニ姿にざわめきが起きる。
800人ほどの生徒の中でビキニなんて着ているのは紀子だけである。しかし紀子は平気な顔をしている。このあたりの度胸はさすがに芸能人である。
スタートの合図があり全員プールの中に入る。
みんな10秒くらいは平気だ。しかし13-14秒で飛び出してくる子もいる。20秒をすぎるとどんどんリタイアする。30秒をすぎた所で残っているのは紀子を含めて2人だけである。1分をすぎた所で1人リタイアする。紀子はまだ頑張っている。
1分半すぎた所で、先生が水中に入り、大丈夫なのかどうか確認しているようである。先生の方は何度も水に出入りしながら紀子の様子を確認している。
とうとう4分まで行ったところで“レフリーストップ”が掛かり、紀子は促されて水上に顔を出した。
思わず凄い拍手がある。紀子はそれに応えて手を振ったり、投げキッスまでしている。
凄い!
と西湖は思った。彼女は今スターだ!
紀子は結局圧倒的な長さで1位になり、賞状と記念品をもらっていた。
後で本人に聞いたら、お風呂の中で息を止めているのでは、7-8分続けられるらしい。
「私、小さい頃民謡習っていたから、息の無駄の無い使い方を覚えたのよね」
「管楽器とかできそう」
「うん。実はフルートはかなりブレス無しで吹ける」
「へー!」
「小学校の時は吹奏楽部でフルートやりたかったけど、サックスに回されたんだよね」
「じゃサックスも吹けるんだ?」
「楽器はフルートしか持ってないけどね。これはFlower Lightsのお仕事始めてから自分で買ったもの」
「自分で買うって偉ーい」
「だってうちの家貧乏だったし」
「紀子、歌手とかやめてフルート奏者かサックス奏者になったら?」
「え〜〜〜〜!?」
「だって紀子音感無いし」
「うっ」
「そうハッキリ言ったら可哀相だよ」
「えーん」
なお水泳大会や水泳の授業でのビキニ使用は、翌年から禁止規定が明文化された!
潜水の後はビート板25mがあるが、これがかなり参加者が多い。自力ではとても泳げないもののビート板に捉まってなら何とかなるという子たちだ。しかし本当はこの子たちはクロールの型さえ覚えたらちゃんと普通に泳げるはずなのである。しかし体育の時間ではなかなか個別指導までできない。西湖がほんの6日間の練習で泳げるようになったのは最初は少人数の教室で指導され、後半は千里に個人指導を受けたからだ。まあオマケで女の子になっちゃったけどね!?
この競技が終わった後は、各泳法25mのB決勝・A決勝が、クロール→平泳ぎ→背泳ぎ→横泳ぎの順に行われ、その後これらの競技の分まとめて1〜3位の人の表彰式が行われた。
そして最後にクラス対抗リレーがある。これは学年単位で競技が行われ、各1〜3位が表彰される。西湖たち4年生が最初に競技をおこなう。コースは直前に抽選をおこなって4年7組は割と良い6コースを引き当てた。
西湖は第1泳者である。ブザーとともに飛び込み、全力で泳ぐ。25mはあっという間に到達する。タッチ板にタッチするより微妙に早く第2泳者の優美が飛び込んだ気がした。なおこのリレーでは引き継ぎ時間はあからさまに酷い(-1.0秒以上)場合を除いて違反にはしないらしい。ただしし引き継ぎ時間が-0.1秒以上あった場合はその超過分を最終タイムに加算することになっている。
急いで退水する。第4泳者の典絵がスタート台に登る。それでプールの上から見ていると優美は2番手を泳いでいる。すごー!と思う。
典絵から訊かれる。
「聖子ちゃんって、スポーツとかしてたの?」
「全然。実は8月下旬まで全く泳げなかった」
「え〜〜?」
「でも8月下旬に区のプールに行ったら初心者教室やってて、それに参加して泳げるようになって。9月頭にプールで先輩と遭遇して、その人が凄く丁寧に教えてくれて結構スピードアップしたんだよ。その人、バスケットの選手なんだけど、やはりスポーツやっている人から教えられたんでよくなったみたい」
「凄いね」
「その人に泳ぐときの姿勢とか直されたら、それだけで随分スピードアップしたんだよ」
「そうそう。スピードが極端に遅い子は姿勢がそもそも悪かったり、息継ぎで体勢が崩れる子が多い」
「自分でもこんなにスピードアップするとはとびっくりした」
「でもやはり基本的な体力があったのもあるかもね」
「ああ。体力だけは、日々のハードな仕事で鍛えられている」
「なるほどー!」
第3泳者の文佳はトップで戻って来た。しかしそれに追いすがる8組の最終泳者は水泳部に入っている子だ。典絵はテニス部である!
典絵と8組の子が相次いで飛び込んだ。
物凄いデッドヒートになる。
そして最後もほとんど同時にゴールしたように見えた。
最初
1.4-8 1:53.57
2.4-7 1:53.58
3.4-6 2:10.69
のように表示されたのだが、すぐに表示が消えてしまった。
どうしたんだろう?と思っていたら、このように変更されて表示された。
1.4-7 1:54.08
2.4-8 1:54.23
3.4-6 2:10.69
小川先生がマイクを持って説明した。
「今のレースですが、4年7組の第1泳者と第2泳者の引き継ぎ時間が-0.60秒でしたので規定により0.50秒加えました。また4年8組の第2泳者と第3泳者の引き継ぎ時間が-0.76秒でしたのでこれも規定により0.66秒加えました。それで最終的に現在表示されているタイムになりました」
7組の子たちのいる界隈が大いに沸く。
そういう訳で西湖たちはこのリレーで優勝したのであった。4人で身体をくっつけるようにして表彰台に登る。
水着でこんなに身体をくっつけあうと、1学期ならけっこう緊張していたろうけど、今は自分も女の子の身体なので何の遠慮も無しで身体をくっつけあった。
典絵が代表で賞状をもらい、聖子が優美に言われて記念品のボールペンをもらった。アクアメタリックのボディに黒い文字で“酒井学園水泳大会2018優勝”と印刷されている。何となくいいなあと思った。メダルとか楯とかより、こういう実用品の方が良い感じだ。
そういう訳でこの水泳大会で西湖は賞状2枚と優勝記念品までもらったのであった。
青葉は9月10-11日に名古屋と千葉に行ってくることにした。
9月12日には淳が富山県射水市の病院で性転換手術を受けるのでそのヒーリングをしてあげたい。それでその2日だけで帰ってくるつもりである。目的は先日千里姉から言われた「死の呪いと戦った時に青葉自身が悪霊に憑かれたのではないか」という問題である。それでこれに関わった可能性のある、○○建設の社員さんたち、そして千葉の川島家の人たちで、悪霊に憑かれている人がいないか確認し、いたら即除霊してあげようということなのである。
○○建設を訪問する言い訳は「川島が亡くなった時、同時にアパートがガス爆発にやられた時に、色々お手伝いしてもらった御礼参り」ということである。青葉は10日(月)朝から、しらさぎを使って名古屋に出た。
高橋課長は青葉を歓迎してくれた。労災問題で揉めているので警戒されるかな?という気もしたのだが、どうもそれは法務部に任せている感じである。青葉が「みなさんで分けてください」と言って《中田屋のきんつば》を出すと「おお!これ美味しいですよね」と言って、女子社員に渡してみんなに配らせていた。
課長と青葉は大部屋の隅にある応接セットの所で話していたのだが、話をしながら、霊的なトラブルを抱えている人がいないか、ずっと霊査していた。しかし特に大きな問題を抱えている人はいなかった。雑多な霊を憑けている人が1人いたが、放置した。
雑多な霊を憑けている人は憑けやすい環境にいることが考えられる。この手の物は安易に祓うと大物が出てくる可能性もある。
そういう問題では青葉はこれまで何度も菊枝や千里から叱られている。
霊的な問題ではいかにも簡単に見えるものほど恐ろしいのである。
青葉は信次が亡くなった場所で祈りを捧げたいと言い、その工事現場につれていってもらった。やはり人が死んだ場所ということで多少の霊は集まっているが大したものではない。青葉は“珠”の作用でここを浄化しておいたが、
「あれ?なんかここ明るくなった気がする」
などと高橋課長は言っていた。
建設会社の方には巻き込まれた人はいないようなので、青葉は千葉に移動した。まずは信次の実家に顔を出す。千里姉は出かけているということだった。四十九日が終わった後は、毎日(女性の)お友だちと一緒にどこかに出かけ、日に日に明るくなっていると聞き安心した。
ちー姉1番さんも、そろそろ立ち直らなきゃね。
仏壇の前で手を合わせて般若心経を唱える。それからここにも中田屋のきんつばを出し、色々話しながらお母さんの様子を伺うが、むしろ明るい感じだ。やはり翔和が生まれて生き甲斐になっているんだろうなという気がした。1時間程話してから、太一さんの所にも挨拶しておきたいと言うと奥さんの亜矢芽さんに連絡して・・・結局康子さんと一緒に!タクシーでそちらに向かう。
要するに孫に会いに行く理由ができてちょうど良かったようだ。
到着したのが17時前である。お土産を渡し、翔和ちゃん、可愛いね〜、などといって3人でおしゃべりしている内に太一さんも帰宅する。結局ピザの宅配を頼んで4人で摘まみながら1時間ほど話し、それで適当な所で帰ることにした。千葉駅までは太一さんが車で送ってくれた。
総武線で西船橋まで行き、地下鉄東西線で大手町まで行き千代田線(小田急線に直行)に乗り換え、経堂まで行く。
それで桃香が帰ってくるまで、ひたすら台所を片付ける!ごはんを炊こうと思ったらお米が存在しない!ので米を5kg買ってきて、炊飯器を丁寧に掃除してから!2合炊いた。
やっと片付いた所で桃香が早月を連れて戻ってきた。
「桃姉お帰り。お総菜買ってきたよ」
「おお、それは素晴らしい!」
「中田屋のきんつばもあるよ」
「おお、これはとってもステキだ」
それで一緒に炊きたての御飯と一緒に食べながら桃香の様子を伺う。
全く問題無い。
死の呪いの時の影響なら桃香が一番影響を受けやすかったはずだが、問題無いようである。今回千里1には会ってないが、千里1に何かあったら眷属さんたちが処理しているだろう。
それで22時半頃に桃香の家を出て大宮に向かう(小田急で新宿に出て埼京線)。その電車で大宮方面に向かいながら青葉はじっと考えていた。
誰にも悪霊らしきものは憑いていない。
それでずっと考えていた時、ひとつの可能性を思いついた。
自分に悪霊が憑いたのは、信次さんに(元々は千里1に)掛けられた呪いを処理した時では「ない」という可能性だ。
よくよく考えてみると、青葉は7月5日に千里3と電話で話している。その時自分に何か憑いていたら、その時点で千里3は注意してくれていたろう。だからそれ以降だ。彪志と喧嘩してしまった8月7日には取り憑かれていたのだから、範囲は7月5日夜から8月7日夕方までの間に絞られる。
トンネルだ。
と青葉は気がついた。あの時、神谷内ディレクターは自分のスマホの画像まで消えている。
そうだ。そしてその後、神谷内さんは上司と衝突したんだ。そして幸花は就職先にほぼ内定していた所を落とされた。
まさにこれこそ霊障なのでは?
それで青葉はチラッと《姫様》を見た。
「お前は名古屋や千葉に来る前にそのことに気付くべきだった」
と《姫様》。
そして《雪娘》が言う。
「ごめーん、青葉。玉依姫様からその件も言うの禁じられていたから」
「その程度のことすぐに気付くようでなければ、青葉はまだ20年は千里に勝てんぞ」
「別に勝負している訳ではありませんが」
「罰として妾(わらわ)にも中田屋のきんつばを」
青葉は吹き出した。
「分かりました。金沢に戻ったら買ってきます」
なお先日姫様から課された30kmジョギングはしっかりやって課題をクリアしている。
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