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■春想(11)

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制服採寸会(兼生徒手帳用写真撮影会)は、10時のモール開店から、夕方17時までだったのだが、その17時近く、ギリギリになって飛び込んで来た男子生徒がいた。
 
「すみません。撮影会まだやってます?」
と受付の所で訊く。
 
実は龍虎同様に、制服採寸会と一緒に生徒手帳の写真撮影をするということに気付いていなかったのである。C学園に進学する旧知の友人女子から「忘れてないよね?」という電話があり、慌てて家を飛び出してきた。
 
「えっと・・・ここはC学園高校の制服採寸会・写真撮影会の会場ですけど、あなた、どちらの高校?」
 
と受付の人が訊く。女子校と思っていたので、男子生徒が飛び込んでくるのは想定外である。
 
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ちなみに、龍虎も成美も、お店のスタッフからは何の疑いもなく女子と思われていた!
 
「間違いなくC学園です。この春から芸術科に限っては、男子も若干名入ることになったんですよ。でも僕は男子なので女子制服は着ませんから、採寸は無しで、写真撮影だけして欲しいんですが」
 
と武野昭徳は説明した。成美は問題外として!龍虎もこのように説明すれば良かったのである。
 
「あら、そうでしたか。分かりました。撮影の服はどうします?制服を着ますか?」
 
どうも係の人も若干混乱しているようである。
 
「僕は男子なので女子制服は着ません。今着ている学生服で撮影して頂けませんか?」
 
「分かりました。こちらへ」
 
それで係の人が昭徳を撮影ブースに連れて行き、そこで写真を撮ってくれた。中にはまだ採寸をしている女子が数名いたので、男子が入って来たのに、え?という顔をしていたものの、着衣の状態で採寸していることもあり、特に声をあげたりする子は居なかった。
 
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2月18-20日。
 
Wリーグプレイオフの準々決勝が行われ、3位レッドインパルスは6位のビューティーマジックと対戦した。しかし第1試合を73-54で落としてしまう。第2試合で頑張って勝ったものの、第3試合は激しいつばぜり合いの末、2点差で敗れてしまい、準決勝に進出することができなかった。
 
千里は敗戦のショックでコート上に座り込んでしばらく立てなかった。
 
準々決勝の結果は下記の通りである(括弧内はレギュラーシーズンの順位)。
 
FR(8)×−○SB(1)
FM(4)×−○EW(5)
BB(7)×−○BR(2)
RI(3)×−○BM(6)
 
準決勝は2月25,26,28日に行われ、ブリッツレインディアがビューティーマジックを倒し、サンドベージュがエレクトロウィッカを倒した。
 
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(この試合が花園亜津子のWリーグでの最後の試合になった)
 
そして3月8,10,12日に行われた決勝戦ではサンドベージュがブリッツレインディアに3連勝して今年の優勝を決めた(第4,5戦は中止でチケット払い戻し)。
 
サンドベージュの優勝は9年連続である。
 
プレーオフのMVPには夢原円が選ばれた。レギュラーシーズンMVPとの2冠である。
 
なお、レッドインパルスは準々決勝敗退チームの中で最高勝率ということで、今年は5位ということになった。
 

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2月20日(月)
 
和実が頼んでいたフランス製の家具(椅子・テーブルおよび若干の調度)と壁や天井に貼り付ける板が到着した。
 
それで業者さんに頼んで、その装飾板を貼り付ける工事をしてもらおうとしたのだが・・・
 
たまたまこの日こちらに来ていた紺野君が待ったを掛けた。
 
実は紺野君は、さすがに臨月で動けない若葉に代わって「和実がどうも暴走気味だから、ストッパーになってあげて」と言われて、こちらに来ていたのである。
 
「この客室は音響効果を考えて、吸音板とかを壁に貼ってるじゃん。その上にこの壁板を貼り付けたら、絶対音響が悪化すると思う」
 
「う・・・。でも私はここをアールヌーヴォーにしたい」
と和実は言う。
 
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「何ならシミュレーションしてみようか?」
 
と言い、送られて来た板を1枚持って仙台市内の大学(若葉のコネ)に行き、その板の音響的な性質を測定してもらった。その上でコンピュータ上で現在のクレールの音響状態と、この板を貼り付けた時の音響状態をシミュレーションしてもらう。
 
その音の響きを聴き比べる。
 
「これひどーい」
と和実自身も言った。
 
「だからこれ貼るのは無しにしよう」
「でも今のままじゃ殺風景だよぉ」
と和実は半分泣き顔で言う。
 

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「そうだなあ・・・」
と紺野君が腕を組んで考えていた時、同席していたライムが言い出した。
 
「この壁板の模様をですね。今貼ってある吸音板に描き移しちゃったらどうでしょう?」
 
「え〜〜〜!?」
と和実やクロミが声をあげるが、紺野君は「おぉ!」という声をあげた。そして大学の助手さんに尋ねる。
 
「吸音板にペイントした場合、吸音効果って落ちます?」
 
すると助手さんは答えた。
「使用する塗料と塗り方によります」
 
助手さんが言うには、そもそも吸音効果を落とさないタイプの塗料があるということ。そしてそれを刷毛(はけ)で塗ってはいけないこと。吹き付ける必要があること。
 
「吹きつけなら、マスキングしてそこだけ色が入るようにしてやれは模様も出せますよね?」
「はい。物凄く手間がかかりますけど」
 
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「和実ちゃん、それやろうよ」
「だけど、この壁板の模様を勝手に描き移すのは、著作権問題無い?」
 
「作ったのはフランスの工房だもん。バレないって」
 
つまりバッくれるのか!?
 
和実は「はぁ」と大きな息をつく。
 
「この壁板、2万ユーロ(約240万円)もしたのに!」
「でもそれで音響を悪くするのはもったいないもん」
「それに和実、今客室に貼り付けている吸音板の価格は作業賃込みで
1000万円だったよ」
「そんなにしたんだったっけ!?」
 

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万一、フランスの製造元にバレるとまずいから、ごく内輪でやろうかなどと話し、誰かこっそり描き移しの作業を頼めるような人がいないかなと言ってごくごく親しい知り合いに照会しようかとしていたら、会計の金子さんが
 
「私の後輩で、東京の武蔵野美大に行った子がいるんですけど、話してみましょうか?」
と言い出した。
 
「武蔵野美大なんて、エリートじゃん!」
 
それでちょうど大学が春休みに入っているということで、その人に来てもらい、実際の壁板も見てもらった。
 
「これを参考に、私の独自デザインで描いてもいいですか?」
と彼女は言った。
 
「あ!その方がいいかも!」
と紺野君が言う。
 
それなら著作権問題は生じない。
 
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それで彼女に参考デザイン画を1枚描いてもらった。
 
「そうそう!こんな感じのが好きなんです!」
と和実は嬉しそうに言った。
 
それで彼女にお願いすることにした。
 

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彼女は実際に吸音板の効果を落とさない塗り方をちゃんと知っていた。1枚試しに塗ってもらい、それを大学の研究室に持ち込んでチェックしてもらったところ、元の吸音板よりかえって吸音効果が高くなっているという測定結果が出る。
 
「すごーい」
「じゃこれでお願いします」
 
ということになる。工賃に関しては、前金、中間金、完成時の3分割で払うことにした。なお彼女は実家が岩沼市ということで、そこから毎日通ってくることができる。
 
壁に貼り付けてある吸音板は(紺野君が)数えてみると全部で342枚あることが分かった。だいたい2枚単位で塗っていくということで、作業時間はおそらく170時間程度とのことである。平日に毎日8時間作業して22日掛かるので、ちょうどグランドオープン前に仕上がることになる。
 
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「あのぉ、報酬は吸音板1枚あたり3万円、全部で1026万円とかでもいいですか?塗料とかマスキングの素材の価格別で」
と紺野君が提案してみたら
 
「そんなにもらえるのなら嬉しいです!来年分の学費が稼げる!」
と喜んでいたので、美大ってやはりお金が掛かるようだ、と彼は思った。
 
実際の作業は友人と2人でやりたいということであったが、きちんと統一感を守ってくれるのなら分担は問題無いとお返事した。
 
なお、吸音板1枚の面積は0.72平米なので平米あたりの単価は4.2万円になるが、材料費も入れると多分5万円を越す。
 
ということで早速明日から作業してもらうことにし、報酬は前金で300万円、半分くらいできあがった所で300万円、完成した所で残額払うものとし、交通費として5日分のガソリン代2500円と、材料費は週に1回精算することにした。
 
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しかし結果的にここの客室の壁には吸音板1000万円と塗装代1000万円の合計2000万円掛かることになった(その他にヘーベルで200万円くらい掛かっている)。
 

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「ところで天井はどうする?」
 
「提案。天井は1色で塗ってしまう」
と紺野君。
 
「それに賛成」
と淳。
 
和実は若干不満があるようだったが、天井まで凝っていたらオープンに間に合わないということで、そこは妥協することにした。
 
しかしこの天井に関しては和実が好みだというダークブラウン系の色で彩色すると客室の明るさが減り、雰囲気が良くないということが判明。結局色は塗らずに、天井板の素材そのままにすることになってしまった。
 
和実は物凄く不満そうであった。
 

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青葉は2月下旬は結局ずっと東京に滞在した。アクアのCD製作の後、フェイと桃香の妊娠メンテの問題があったし、特にフェイはもう目が離せない状況になっていた。千里がWリーグの方が早めに終わったのをいいことに、青葉と千里が交代で常時フェイのそばについてずっとモニターしていた。ほんの数分でも目を離すと、危険が生じる可能性もあったのである。
 
青葉と千里は、3人の父親、朝倉医師・大間医師・松井医師と合議の上、3月3日に胎児を帝王切開で取り出すことを決めた。
 
「これ以上の妊娠維持は困難ですよ」
と大間医師も言っていた。
 
「まあここまで無事来れたこと自体が奇跡だよね」
と朝倉医師も言った。
 
「でも雅希ちゃん、当然出産の場に立ち会いたいよね?」
「立ち会いたいです」
 
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「でも僕たち3人が妖精ちゃんの出産の時、廊下にいたら、僕たちの誰かが父親だって分かっちゃうよね」
 
「なんかうまい手が無いかなあ」
 

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と言っていた時、丸山アイが提案した。
 
「木を隠すには森って言うじゃないですか」
 
「おっ」
 
「たくさん廊下に人間を並べればいいのか」
「男女とりまぜてたくさん」
「女子をたくさん並べるのが大事だよな」
「だから無関係の人たちもたくさん集める」
「すると、もう誰が父親か分からない」
 
「よし。そういう話に乗ってくれそうな人に声を掛けまくろう」
 

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そういう訳で、3月3日の帝王切開実行の日、その前日の説明会にはたくさんの“無関係者”が集まり、誰が父親なのかの隠蔽に成功した。フェイとは《同じサークルの仲間》と言っている、丸山アイ・ヒロシ・鹿島信子の3人が手術室に入り、特にアイとヒロシは生まれたての赤ん坊を抱っこした。信子は雅希の代理である。
 
雅希は廊下に大勢の無関係の人たちと一緒に座り、祈るような気持ちでその瞬間を待った。おぎゃー!という声が聞こえた時、フェイの両親がみんなに頭を下げる前に、彼女がほっとした顔をしたのに気付いたのは、フェイの妹・愛美だけであった。
 
(愛美はフェイこと真琴が男か女かハッキリしないもので、長女と呼ばれたり次女と呼ばれたりハッキリしない状態で育った。ただ戸籍上は最初から長女であった。今回、真琴が性別を変更し戸籍を独立させたので、実は真琴も愛美も長女になった)
 
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なお生まれた子供は3人の父親(アイ・ヒロシ・雅希)の話し合いで歌那(かな)と名付けられた。
 

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