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■春想(2)
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青葉は翌7日の宮城ライブを終えた後、8日は冬子たちと一緒に移動して金沢公演に出る。そして9日はツアー最終の大宮公演なのだが、8日のライブが終わった後、冬子から
「ちょっと一緒に来て」
と言われ、佐良さんの運転するレンタカー・ヴォクシーに乗った。佐良さんは東京から新幹線で移動してきたのだが、富山で降りてこれを借りてきたらしい。金沢で借りなかったのは、金沢ではレンタカー屋さんの閉店時刻に間に合わなかったからである。
「どこに行くんですか?」
「安曇野(あずみの)まで」
「・・・長野ですか!?」
「そうそう」
「でも明日は大宮公演ですよね?」
「だから明日の昼くらいに安曇野から大宮に移動する。今夜は夜2時から5時まで、打合せ」
「凄い時間帯にしますね?」
疲れているので、2列目に冬子、3列目に青葉が座り、実際には身体を横にして仮眠していた。
しかし上信越道は例によって妙高高原付近で濃霧である。佐良さんがずっと1人で運転して消耗しているようだったので、妙高SAから姨捨SAまで青葉が運転した。
千里は1月6日の朝、用賀のアパートで作曲作業をしていたら秋風コスモスからメールがあった。電話していいですか?とあるので、いいよ〜と返信すると掛かってきた。
「醍醐先生、8日の深夜なのですが、少しお時間取れませんか?」
と言われる。
「8日? その日は試合がある可能性があって、そのあと打ち上げもあるから、22時くらいまで拘束されると思うんだけど」
「実は8日の26時、つまり9日の午前2時から、アクアに関する打合せをしたいんです。場所は長野県の安曇野なんですが」
「なんか凄い時間に不思議な場所で打ち合わせするね!」
「申し訳ありません。実は関係者全員の都合のつく時間帯がその日の午前2時から朝5時までの3時間しか無かったもので。場所も当日新潟や金沢、名古屋にいる人もあって、安曇野が全員のいる場所からベストの距離になるんですよ」
「分かった。こちらの宴会の後、そちらに向かうよ」
それで8日、17時から18時半までオールジャパンの決勝戦を戦った後、都内のレストランで打ち上げをし、これを21時半で終えた後、解散した所に矢鳴さんにアテンザで迎えに来てもらった。
「もしかしてお抱え運転手さん?」
と妙子から訊かれる。
「お世話になっております、キャプテン」
と矢鳴さんも挨拶する。
「私の書いている曲の貢献比率が高いもんだから、レコード会社が安全のため付けてくれているんだよ」
「なるほどー! でもあんたよく、作曲とかしている時間あるね。いつ見ても練習しているのに」
「その練習している時に、曲を思いつくんですよね〜」
「ああ、そういうのあるかもね」
千里がこれから安曇野に向かうと言うと、渡辺純子と黒木不二子がもし良かったら同行していいですか?という。千里は矢鳴さんのおしゃべり相手にちょうどいいと思ったので、2人に同乗してもらった。実際、千里は疲れているので車内ではひたすら眠っていたが、その2人が矢鳴さんとおしゃべりしていたので、彼女は眠気防止に助かったと言っていた。
千里たちは1時に安曇野の指定の宿に到着。矢鳴さんと純子・不二子は案内されて客室に行き、千里は旅館内の中宴会場という感じの所に案内される。既に来ているのは、秋風コスモス・川崎ゆりこ・アクア・絹川和泉(KARION)の4人である。コスモスたち3人は東京からだが、和泉は新潟から車で移動してきたらしい。
「お疲れ様です。すみません。こんな深夜に。何か飲まれます?」
とコスモスが言うので、千里はヱビスビールの琥珀350ml缶をもらった。
「ワインだとリセットされちゃうけど、今日はリセットしない方がいいみたいだから」
と千里は言った。
「ごめーん。私は既にリセットしている」
と安曇野産の赤ワインを飲んでいた和泉が言う。
コスモスとゆりこはさすがにお茶である。アクアはコカコーラゼロを飲んでいた。
たわいもないおしゃべりをしていて、千里もビールを1缶飲み終えたあたりで
「じゃちょっと移動しましょうか」
とコスモスが言う。
ああ。ここで会議するのではなかったのかと千里は思ったが、案内されて行ったところが旅館内の温泉なのでびっくりする。
「ここでやるの?」
「朝5時まで貸し切りにしています」
とコスモス。
それでコスモスもゆりこも女湯に入って行く。和泉もそれに続くが、アクアは
「あのぉ、ボクは?」
と言って困っている。
「アクアに関する打合せだから一緒に来てもらわなくちゃ」
「まさか女湯に入るんですか〜?」
「いつも入っている癖に」
「それは・・・そうですけど・・・」
などと言って恥ずかしがっていたが、実際には脱衣場まで行くと、アクアはお股はタックしているし、ブレストフォームも付けている。
「それでは男湯に入れなかったじゃん」
と和泉から指摘されて恥ずかしがっている。
まだ恥ずかしがっている所がアクアだな、と千里は思った。丸山アイだと、堂々と女湯に入っているみたいだしと考える。
それで各自身体を洗って湯船に浸かっていたら、すぐに冬子と青葉が到着した。この2人は金沢から来たらしい。更にその後、上野陸奥子と(男子用水着を着けた)今井葉月(天月西湖)が到着した。彼女たちが名古屋方面から移動してきたらしい。
葉月は「え〜?女湯に入るんですか?」などと声をあげていたが、アクアがいるので少し安心したようである。今夜のメンツの中で男の子はアクアと葉月だけだが、実はアクアは女体偽装している。そのことに初期段階では葉月は気付いていなかった。
今回の打合せの議題は、アクアの性別問題であった。
コスモスはこの場で再度アクアに本人の性的な傾向を問い糾した。コスモスは
「君が本当は女の子になりたいのであれば、事務所側もそういう方向で対応する。怒らないし、違約金も請求しないから正直に言って欲しい」と言った。
それに対してアクアは「ぼくは男の子です」と即答した。
「女の子の服を着るのは好きだけど、女の子になりたい訳ではないです」
と彼は言う。
「女湯にも実際問題としてしばしば入っているよね。それは自分が女だと思っているからではないの?」
とコスモスは訊くが
「男湯に入ろうとしても、摘まみ出されるんですよぉ」
とアクアは言う。
「いや、それで女湯に入れるところが凄い」
「女湯に入って、興奮したりすることないの?」
「興奮って何ですか?」
とアクアが訊くのでみんな顔を見合わせる。
「実際アクアはアセクシュアルなんですよ。女性に興味がないから女性の裸を見ても何も感じない。実際、今アクアと葉月を見比べてみると分かりますよね。葉月は凄く居心地悪そうな顔をしている、あそこを隠しているから、ちょっとやばい状態ではないかという気がする。でもアクアは普通にしている」
と川崎ゆりこが言った。
葉月が俯いて真っ赤になっている。
どうも今夜、わざわざ女湯の中で会議をしたのは、そのあたりのアクアの性的な傾向を確認するためだったようである。葉月が連れてこられたのは「比較対照とする同年代男子のサンプル」ということだったようだ。
アクアの声変わり問題についても再度確認がされる。
アクアは正直に女性ホルモンも微量使用していることを認めた。更にアクアは自分の希望で、専門家に依頼して、自分の体内のホルモンバランスを精密にコントロールしていることも明かした。
専門家というのは実は青葉なのだが、この場にいる多くの人が医師の管理下にあるのだろうと解釈したようであった。もっとも青葉は声変わり問題については、千里も何かしているようなので、それが何なのか気になっていた。
「だからぼく、声変わりもまだしばらくはしないけど、おっぱいが大きくなったりもしないんです」
と彼は言う。
「おっぱいは実は欲しいんじゃないの?」
と上野さんがツッコミを入れるが
「まだ無くてもいいです」
などとアクアは言っている。
さっきは自分は男の子だ。別に女の子になりたくはないと言っていたのに、おっぱいに関して『まだ』無くてもいいと言うあたりが、実際のアクアのまだ迷っている心情を表しているのだろう、と青葉は考えた。
またアクアはボイトレで獲得したという『男声』も披露した。
“普通の男の娘”だと必死で練習して《女声が出るようにする》のだが、アクアの場合は、頑張って練習して《男声も出せるようにした》のである。この声を4月から放送される『ときめき病院物語3』で公開しようとコスモスは言っていた。
この他、アクアの制作方針として、昨年はアクアの負荷が高すぎたとして、映画を制作する場合は、最低でも3ヶ月程度の期間を取り、その間はそれだけに専念させてドラマや歌手活動とは並行させないこと。またアルバムの制作はせず、当面シングルのみで行くことなども確認した。
この夜の打合せの最後、朝5時になって、そろそろ解散しようかという時になって、コスモスは言った。
「でもアクアに女の子になる気が全く無いのであれば、安心してたくさん女装させられるな」
「え〜〜〜!?」
みんな笑っていたが、アクアは物凄く期待するような表情をしていた。
やはりこの子って基本は《女装好きの男の子》なんだな、と青葉は微笑ましい気分で彼を見ていた。
「ところでアクアちゃん、アイちゃんたちのCBF(女湯の会)には入ったの?」
「会員証が送られてきました!」
「あはは」
冬子と青葉はこの打合せの後、旅館の部屋に移って昼くらいまでぐっすりと寝ると、その後、佐良さんの運転で今回のツアーの最終公演地・大宮に移動した。
ローズ+リリーの大宮公演は1月9日(祝)21時すぎに無事終了した。マリとケイの2人は何度も何度も2万人の大観衆にお辞儀をしていた。
出演者・伴奏者は東京都内のホテルに移動して、そこの宴会場でツアーの打ち上げをした。高校生以下の伴奏者は最初の乾杯にだけ参加して、その後は仕出しと飲み物をもらって部屋に引き上げる。実際には個人的に特定の部屋に集まって遅くまでおしゃべりしていた子もあったようである。
ケイから「今年の復興支援イベントの概略が決まったので」という発表がある。(実はカウントダウンライブの後の打ち上げの席で決めてしまったものである。会場も5日には決まった)
「期日は3月11-12日、土日です。例によってこのイベントではギャラをお支払いすることができません。それどころか交通費・宿泊費も自腹です。ですから、基本的には私とマリ、それにスターキッズだけでやろうと思っています」
とケイは説明した。
「それ結構アレンジを変更することになるよね?」
と鮎川ゆまが言っている。
「まあ何とかなるでしょう」
とケイは言った。
「スコアの書き直しくらいはボクがやってあげようか?」
とゆまが言うので
「助かるかも」
とケイも答えている。ゆまは昔からアレンジ譜の作成がひじょうに早かった。
「ローズ+リリーだけでやるの?」
「ローズ+リリー, KARION, XANFUS, ゴールデンシックスの4組が主宰です」
「ああ、そこにゴールデンシックスが出てくるのか」
「同年代ということで」
「08年組でもAYAはプロダクションの制約があってなかなかその手のイベントに参加できないからなあ」
「それと§§ミュージックが参加してくれることになったんですよ」
「おお」
「それでアクアが2日間とも午前中に登場して11日の午後は§§ミュージックの他の女の子たち、まあ一部女の子じゃない子もいますが」
「ああ。ネオン君か」
「あと12日の午後が、主宰の4組ですね」
「真打ちだね」
「まあそういうことで」
「アクアは2日間登場か」
「確実に彼だけでその枠は完売するので、たくさん被災地に寄付できますから」
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