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■春想(8)
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「お酒、本当は行けるでしょ?」
などと言われて、ホテルのバーに行く。
「佐織ちゃん、日本酒派?ワイン派?ウィスキー派?」
「実は水割り大好きです」
「じゃ、カティーサークでも行く?」
「あ、それ好きです」
それでカティーサークをボトルで注文する。佐織がグラスに氷を入れて水割りを作り、ふたりで乾杯する。
「佐織ちゃん、カウントダウンライブの時に見ただけだけど、凄く要領がいいと思った。和実からも褒められたでしょ?」
「オーナーからは頼りがいがあると言ってもらいました」
「こないだ作ってもらったラテアートも凄く可愛かったし」
「はい。でも私のは邪道なんですよね」
「邪道?」
「オーナーとかハミー副社長のとかは、スティームミルクの注ぎ口だけで形を作ってしまうんです。でも私はあらかたそれで作った後、コーヒーのクレマで造形していくから」
「でも猫とか熊とかの顔はその方法でないと作れないよね?」
「そうなんですけどね。でも注ぎ口だけでバラの模様とか作ってしまうハミーさんは凄いと思います」
「あの子は完全に趣味でメイドやってたからね。あの子自分自身の資産も400億あるし、実家はその1桁上の資産家だし」
「そんなお金持ちでメイドやってるんですか!?」
「あの子、男性恐怖症なんだよ。それで男の人に少しでも慣れるのにメイドしていたんだって」
「そんなお金持ちなら、わざわざ男性に慣れなくても、いくらでも結婚したいという男性はいるだろうに。あれ?でも例の元彼との関係は?」
「どうもセックスの練習相手を務めてもらっていたみたいね」
「そういうことですか!でもそれで赤ちゃんできちゃったんですね?」
「赤ちゃんは人工授精らしいよ」
「え?」
「赤ちゃんのタネは彼のタネなんだけど、セックスと妊娠は別とかいって」
「私、よく分からない」
「うん。私もよく分からない」
と言ってから千里はふと気付いたように
「あれ?でも今ハミー副社長って言った?」
「はい。クレールの副社長になられたんですよ。少し出資もなさったようですよ」
「なるほどー!」
と言ってから千里はスマホを取り出した。そしてどうも和実に掛けたようである。
「ね、ね、若葉がクレールに出資したんだって?」
「あ。うん。19%だけどね。それで副社長してもらうことにした」
「私も1口乗せてくれない?9%でいいから」
「うん。いいよ。じゃあとで株式申込書送るね」
「うん。よろしく〜」
電話を切ってから千里は言った。
「でも和実は、気が大きくなっている感じだ。9%は250万くらいだろうと思うけど、たぶん2500円貸して、うんいいよ、という感覚っぽい」
「それ、ハミー副社長にも言われてました!」
結局23時すぎまで水割りを飲みながら千里と話して、佐織はホテルを出た。結局水割りを5杯くらい飲んでいる。このまま帰宅して母に見とがめられたらまずいなと思う。和実の所に電話して
「今夜泊めてもらえませんか?」
と言ったら、いいよと言われたので、タクシーでそちらに入った。
結局バイクは商店街の駐車場に駐めたままである。
「あれ?佐織ちゃん酔ってる?」
と和実から指摘される。
「ごめんなさい。実はそれが母にバレたら叱られそうなので、今日は家には帰りたくなくて」
「いいよ、いいよ。お風呂入りたくなったら勝手に使ってね。御飯も冷蔵庫の中のもの好きに食べていいし、キッチンも勝手に使っていいから」
「はい。お風呂は朝くらいに頂きます」
それで佐織は月山家のキッチンで、食パンとハム・チーズでトーストを作り、日曜日のイベントに合わせて作ったオレンジジュースの残りっぽいものをマグカップにもらって、2階Cの部屋に入った。月山夫妻と希望美ちゃんはBの部屋に入っている。この家の1階洋室は、店舗の物置と化しているので結局2階で生活するようにしたようである。
佐織はオレンジジュースを飲みながらスマホでネットの書き込みを見ていた。
23:50くらいにトイレに行ってくる。トイレの中で女の子の股間からおしっこが出るのを見て感動する。実は、この形になった後トイレに行くのはこれがもう4回目である。これずっとこのままであって欲しいと思う。
部屋に戻ると、スカートもパンティも脱いで、じっとそこを見つめていた。
やがて0時になる。
そこの形はそのままであった。女の子のままである。
やったぁ!変わらなかった!男に戻らなくて済んだ!
と佐織は思わず祝杯をあげたい気分になった。
その夜、千里が遅くまで作曲の作業をしていたら、《こうちゃん》が帰還してきた。
『どこに行っていたの?』
『あ、いやちょっと』
『何か悪戯してきたでしょう?』
『ちょっと可愛い女の子の望みを叶えてあげただけだよ』
『まあいいけどね』
『あ、そうそう。和実ちゃんのお店に千里、少し出資することになったから』
と《こうちゃん》が言う。
『和実の?うん。まあいいけど。いくら?』
『9%と言っていたから、資本金3000万円なら270万円かな』
『270万も!?』
『お金足りない?』
『足りないことないけど、高額だからびっくりしただけ』
『和実は軽くOKOKと言っていたよ』
『あの子、絶対金銭感覚がおかしくなってる』
『若葉からも再三注意されているみたい』
『誰か近くに監視者を置いた方がいいな』
『ああ、それがいいかも』
翌日の朝、龍虎は朝起きてトイレに行った時、何か妙な違和感を感じた。それでよくよくあの付近を見ると、どうも、おちんちんが昨日までのと違っているようである。
また《交換されてる〜!》と思う。龍虎のおちんちんは実はここ2年ほど半年に1回くらい、新しいものに交換されているようなのである。
あれ〜。でも今回のはこないだまでのより小さいみたい、と龍虎はそれに触りながら思った。
もっともボクは小さい方が好きだけどね。
大きいと邪魔なんだもん。
数日後、クレールを尋ねて来た人物が居た。
「お電話した金子と申します」
「はいはい、スタッフに応募ということでしたね」
それで和実は面接をしたが、感じのいい人物である。履歴書を見ると25歳ということだが、もっと若く見える。それにわりと強面の感じなのが良い。簿記の2級と英検の2級を持っているというのも頼もしい。運転免許も大型を持っているというのは助かる。
男性スタッフはグランドオープンの直前に採用するつもりだったのだが、先日から貸し切りライブのために店を開けていて、何度か入場や支払いでトラブっている。TKRの山崎さんが入って対応してくれたのだが、本来はその付近はクレール側で対処すべき問題である。それでこの時点で男性スタッフもひとりは採用して良いかなと思った。
「趣味がバスケットと書いてありますね」
「はい。小学校でミニバスに入って。そのあと中学・高校とやっていました。高校を出た後は地域の趣味のサークルで活動していたんですが」
「うち3月末にグランドオープンなんですが、それまでの間は土日だけ貸切りで臨時開店するんですよ。そちらの大会にぶつかったりしないかな?」
「大丈夫です。うちのチーム既に敗退したので、次は4月の春の大会までありません」
「だったら当面大丈夫かな」
もうひとりは日曜日に出てこられる男子大学生を採用すれば良い、と和実は思った。
「じゃ仮採用ということで。取り敢えず3ヶ月間、4月までを試用期間として問題無ければ本採用ということで」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「服装は今日はカジュアルな服装でいらっしゃってますが、勤務に入る時はスーツにネクタイであれば問題ないですから」
「あのぉ、メイド服ではないのですか?」
「へ?」
この人、女装趣味でもあるのだろうか??
「女性キャストはメイド服ですけど、男性スタッフはスーツなんですよ」
と和実はやや困惑したように言う。
「私、女ですが」
「え!?」
慌てて履歴書を見直す。性別の所はちゃんと女の方に○が付けてある。
気付かなかったぁ!
てっきり男の子だとばかり思った!!
「ごめんなさい。性別を勘違いしてました」
「いや、わりと誤解されることはあるのですが」
と言って彼女は頭を掻いている。
「名前もてっきり、ヨシタカさんかと思ったけど、ちゃんとユキってふりがなが振ってありますね」
「はい、それも実はヨシタカと誤読されることがわりとあります」
彼女の名前は金子由貴である。男性と思い込んでいたので、うっかりヨシタカと読んでしまった。
「ついでにどちらが苗字か分からないと言われます」
「それは子のつく苗字の人は言われますよね。星子さんとか、益子さんとかも」
「中学の同級生に星子って苗字の男の子がいて、女と誤解されるって言ってました」
「ありそう、ありそう」
そんな会話をしながら和実は焦っていた。採用と言ってしまった。でもこの子メイド服を着せると、女装している男に見えたりしないか?などと思う。
「あのぉ、でも今メイドは割と足りているんですよ。もし良かったら会計係とかお願いできないでしょうか?」
と和実は言ってみた。
「あ、それでもいいですよ」
「確か簿記を持っておられましたね?」
と言いながら履歴書を確認する。
「はい。高校1年で簿記4級、2年で3級、3年で2級を取ったんですよ」
「それは凄い。実務の経験は?」
「高校を出てから最初に入った会社で、経理の助手をしました。そこは1年で辞めてしまったのですが」
「ちなみにどういう関係の会社ですか?」
「建材店だったんですが。個人経営の」
「ああ。だったら大丈夫かな」
大企業の経理などにいた人なら、部分的な作業しかしていないだろうから結構使い物にならないことも多いのだが、個人経営の店の助手だったら多分何でもやらされているだろうから、使える確率が高い。
「そしたら服装はどうしましょうか?」
「金子さん、ウェストは?」
「66です」
「意外に細いね!」
「背が高いので、XLとかの服を出してこられることもあるんですが、実はMで入るんですよ」
「ちなみに身長と体重は?」
「175cm 62kgです。バスケットではセンターをしています」
「センターとしては貴重な高さだよね」
「そもそも背が高いというのでバスケットに誘われたもので」
「なるほどー。じゃちょっとメイド服を試着してみる?」
「はい」
それで着せてみたのだが、11号の服は確かにウェストは入ったものの、背が高いので、上着の裾とスカートの間に隙間が空いてしまい、ヘソ出しルックになる。
「ちょっと着丈が足りないみたい。悪いけど、女性用スーツで勤務してもらえない?」
「分かりました。それで勤務します」
と彼女が言ってくれたので、和実はホッとした。
実際彼女のメイド服姿は、予想通り、女装した男にしか見えなかったのである!
「念のため訊いておくけど、戸籍上も女性だよね?」
「はい。生まれた時から女だったようです」
「ごめんね〜。変なこと訊いて」
「いえ。それもよく聞かれるので。しばしば性転換した元男と思われるみたいで」
「大変ね〜」
しかしこの後、彼女に会計の所に座ってもらったら、ほとんどトラブルが起きなくなったのである。
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