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■春想(3)
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宴会は次第に小グループに分かれて各々で話が盛り上がる感じになっていく。近藤さんと鷹野さんにリダン♂♀の中村さんが飲み比べをしているのを七星さんが冷たい目で見ている。
ケイは桃川春美・野乃干鶴子と話し込んでいたが、マリはムーンサークルの2人と一緒に食べ歩きをしていた。ふたりが「マリさん、ほんとによく入りますね!」と感動?しているようであった。
香月さんと酒向さんが話し込んでいた時に、香月さんと呉羽ヒロミの視線がたまたまぶつかった。香月さんがヒロミを手招きする。
「まあお疲れさん」
と言って香月さんがビールを注ごうとするが
「すみません。まだ未成年なので」
と言って、断る。
「だったら」
と言って酒向さんがボーイを呼び、コーラを持って来てもらって3人で乾杯する。
「ローズ+リリーのツアーへの参加は初めてだったよね」
「はい。実は大宮万葉さんのコネでの参加だったんです」
「ああ。青葉ちゃんのお友達か」
「はい」
「君もしかして男の娘?」
と酒向さんが訊く。
「ええ。実は」
「声のトーンが低いからもしかしてと思ってた」
「声は苦労してます。まだなかなか高い声が出ないんですよ」
「身体はどこまで直してるの?」
「一応全部終わってます。20歳になったら性別変更を申請します」
「おお、それは凄い」
「ケイや青葉ちゃんもそうだけど、最近は若い内に手術しちゃう子が多いよね」
ケイ自身は20歳になる直前の4月に性転換手術を受けたと主張しているものの、周囲の人間でさえ、その話をほとんど信じていない。多くの人が高校生の時に手術したものと思っている。
「でもトランペット上手いね」
「中学のブラスバンドで吹いていたんです。でも一時期女性ホルモンの影響で筋肉が落ちて、うまく吹けなくなっていたんですよ」
「ああ。やはり男の身体を女に作り替えていくと、筋肉がめちゃくちゃ落ちるだろうね」
「握力が男性時代の半分に落ちました」
「そんなに落ちるのか!」
「だからその後、徹底的に鍛え治してまた吹けるようになったんですよ」
「それは頑張ったね」
「ちょっとヒロミの身体についてはちょっと私責任感じていて」
と青葉が寄ってきて言う。
「女の子になりたがっていたのをかなり煽って、その気にさせちゃったから」
と青葉は言う。
「でも煽られていなかったら、たぶん私30歳くらいまでぐずぐずしてたと思う。高校の先生たちのおかげで、大学には女子として入学することができたし」
「ああ、それは良かったね」
「大学は何学部?」
「医学部です」
「すげー!」
「だったら勉強忙しいでしょ?」
「ええ。でも小さい頃からお医者さんになりたいと思っていたから嬉しいです」
「あとは6年間頑張って勉強して国家試験受けて」
「そのあと更に5年間の研修医期間が待っているんですよね〜」
「一人前の医者になるのに11年間か」
「まあでもそのくらいは必要だと思いますよ。アメリカなんか普通の大学を出たあと、更に医学学校に通ってやっと医師の資格が取れるから。どこの国も安易には取れない資格になっているんですよね」
「でも医者って余っているのか足りないのかよく分からない」
と香月さんは言う。
「どうしても偏在してますよね。都会では余り気味、田舎では完全に不足」
「うちの田舎の町立病院で産科が廃止になって、子供産むには50km離れた都市まで出なければいけなくなった」
「産科医は特に都市集中が激しいです。でも逆に田舎では経営的に成り立たないんですよ。田舎に若い人が居なくなってしまっているから」
「そのあたりは日本の構造的な問題という気がする」
「あと産科医の場合、お産の事故を減らす為にも複数勤務態勢にしようということで、敢えて都市部に集めたのもあるんです」
「確かに1人しか医師が居ない所で2人同時にお産が始まったらどうにもならん」
「離島とかではリモート医療の試みとかもされているね」
「ええ。その内、あれは一般的になると思いますよ。どうしてもリモートではできないような患者は自衛隊とかに緊急搬送してもらったりして連れてくるとしても、普通の風邪とか小さな怪我はけっこうリモートで治療できると思うんですよね」
とヒロミは言う。
「その内盲腸の手術くらいはリモートでもできるようになるんじゃないの?」
と香月さんが言うので、青葉はギクッとする。
青葉は実は「夢の中で」急性虫垂炎の手術をして台風の最中、自衛隊でも搬送ができなかった患者を助けた経験がある。
「それは多分10年以内にできるようになると思います。看護師クラスの医療知識のある人が患者にモニター用の機械を取り付けた上で、注射器とかガーゼ、縫合針、レーザーメスや剪刀、ピンセットや鉗子などといったものをロボットハンドで代わる代わる持っては手術していく」
「その場合、たぶん自動で手術する方法と、遠隔地にいる医師がリモートで手術する方法があるよね?」
「はい。そのどちらも今後発展していくと思います。急性虫垂炎とか帝王切開はひょっとすると、リモートより自動の方が安全度が高くなるかもしれません」
「あり得る、あり得る」
「リモートでやる場合って、やはりパワーグローブとか使うの?」
「色々やり方はあると思いますが、MR (Mixed Reality)的にあたかも自分で目の前にいる患者を手術しているような感覚でする方法がたぶん有望だと思います」
とヒロミは言う。
「ああ、それはいいね!」
「実際MRは既に手術の現場に導入されているんですよ。事前にMRIで撮影して確認しておいた病巣部分が、現実の視界に重ね合わされるようになっていて、間違い無くそこを切除したりするのに使うんです。自動車の修理とかでも同様のことをしていますよ」
「そういうのやっていれば、患者がリアルに目の前にいても、実際には遠隔地にいても、大差無い気がする」
「ええ。だから20年後くらいには、偉い先生の手術を全国どこの病院の手術室でも受けられるようになったりすると思います」
「そういう時代が来るのは時間の問題だろうね」
「MRって色々な場面で使えそうだよね」
と香月さんが言う。
「2014年春のツアーで、ローズ+リリー、ローズクォーツ、KARIONのツアーを同時進行させた時にケイさんがホログラフィでローズクォーツの会場に登場しましたよね」
と青葉が言う。
「ああいうのは多分もっと一般化すると思うんですよ。あれはおふざけでやったんですけど、集団アイドルのメンバーの一部がホログラフィとかいうのは普通に行われるようになっていく気がします」
「ホログラフィではないけど、以前男性アイドルグループのメンバーが1人欠席した時に、映像出演させたことあったよ。残りの4人が歌って踊る背面に鏡みたいな衝立を立てて、そこに欠席したメンバーの映像を流したんだよ」
「ありましたね!」
「その内、全員が映像かホログラフィになってたりして」
と酒向さんが言うと
「それ笑えない」
と香月さんは言っている。
「観客も全員ホログラフィだったりして」
「会場の建物もホログラフィだったりして」
青葉はこの日聞いた話の中にどこか引っかかるような内容があった気がした。しかしそれが何なのかはよく分からなかった。
宴会が終わった後は、終電に飛び乗って大宮まで行き、彪志に駅まで車で迎えに来てもらって、彼のアパートに転がり込んだ。このまま1月15日までここで過ごすことを母から認めてもらっている。束の間の《夫婦生活》である。学校の方は14-15日がセンター試験で、大学の講義はその後16日から再開される。
一方千里は8日深夜(9日早朝)の安曇野での会議が終わると、すぐに単独でアテンザを運転して東京に戻った。渡辺純子・黒木不二子はもとより、矢鳴さんも置き去りである。そして朝1番で川崎のレッドインパルス体育館に行くと《すーちゃん》相手に練習を始めた。
オールジャパンが終わったばかりだが、オールスターも目前である。
竹西佐織(メイド名マキコ)は面倒なので、クレールのオーナー月山和実(*1)の先輩で温泉旅館・玄武閣のオーナー小比類巻悠子(*1)の《姪》ということにしているもの、正確には悠子の従姉の息子である。つまり従甥(いとこおい)にあたる。佐織の祖母と悠子の母が姉妹という関係だ。
出生名は佐理(さとし)だったのだが、物心付いた頃から明確な女性志向があり、いつもスカートを穿いていた。幼稚園や小学校低学年ではみんなから漢字を音読みした「サリー」と呼ばれており、小6の時に「佐織(さおり)」への改名が認められたので、中学にはその名前で入学することができた。愛称は「サリー」のままである。
女性ホルモンは小学4年生の時から摂っているものの、外科手術はまだ何もしていない。和実には中高生時代は学生服をやむを得ず着ていたと言っておいたものの、実は女子制服で押し通している。最初は生活指導の先生からあれこれ言われたものの、頑張ってそれで通してしまい(結構味方してくれる先生もいた)、最終的には学校から黙認状態にされていた。
高校を出たらできるだけ早い時期に取り敢えず去勢しようと思っていたものの、困った状況になりつつある。
(*1)工藤和実は月山淳との結婚により月山和実になった。佐々木悠子は小比類巻伊織との結婚により小比類巻悠子になった。
それはバイクの趣味にお金が掛かりすぎることである。
性転換手術代を自分で貯めようと思い、高校1年の時からバイトをしていて、そのバイトの関係でまず原付の免許を取った。高校3年の夏休みに普通二輪の免許を取り、大型に乗り換えた先輩から10万円で譲ってもらったカワサキ・ニンジャ250Rに乗る。
この時点では去勢手術代として既に20万円溜めていたものの、母親から手術はせめて高校を卒業してからにしなさいと言われたので、取り敢えず10万くらい流用してもいいかなと思ったのである。もっとも高校3年の秋からは受験勉強のため、バイトする暇は無かった。
高校を卒業して大学に合格し、取り敢えず春休みは大型二輪の免許を取りに行ったが、その学費で10万払うと貯金が無くなってしまった!
春からファミレスのバイトをするが、バックレて女子大生ということにして仕事に励んだ。それで4〜7月で(ゴールデンウィークにフルで働いたこともあり)30万円貯まったのだが、ここでもっと大きなバイクに乗り換える誘惑にかられてしまう。
ローンで中古のNinja-H2を200万で買っちゃおうかなと思ったものの、母から
「中古車はどこか傷んだりしていて事故につながると怖いから新車にしなさい」
と言われてしまう。自分の性別のことを容認してくれている母から言われると佐織は弱い。それで結局Ninja-H2の新車(約300万円)を10年ローンで買ってしまったのである。貯金の30万を頭金として入れ、これまで乗っていた250Rも下取りしてもらい、残りの返済は毎月約25000円である。
それでそれ以降、貯金が全く貯まらないのである!
250ccバイクはガソリン代以外には大してお金が掛からなかったのが、リッターバイクは税金も掛かるし、母から言われて任意保険に入ったらその保険料が毎月結構掛かるし、それに加えてローンの返済があるので、ファミレスのバイト代が全部そういうのに消えてしまい、新学期になって教科書買うお金が無くて母に一時的に借りたりしていた。
このままではいつまでたっても身体をいじれない!いっそ先に去勢してしまってバイクは頭金無しで買うべきだったかと後悔したが、使ってしまったお金は元には戻らない。
それで思いあまって、いっそ風俗のバイトをしちゃおうかと思い、ファミレスを辞めて、着衣の男性の足の上にこちらも着衣(ミニスカート)のまま跨がり身体を動かす、というお店(世の中色々なお店があるものだと佐織は思った)に行こうとした所を母に見つかる。
それで叱られて、そこには謝って入店はキャンセルしたものの、何か新しいバイトを見つけなければならない。
その時、悠子からメイド喫茶のメイドをしないか?という話があったのである。
母はメイド喫茶なんて、いかがわしい店では?と最初思ったようだが、悠子の話を聞き、そういうしっかりしたお店なら、と容認してくれた。それで面接に行き、即採用される。一応4月からということだったので、その間3ヶ月はデータ入力オペレータのバイトでもしようかと思っていた所が、急遽1月から頼むということになり、こちらは大歓迎だった。
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