[携帯Top] [文字サイズ]
■春対(11)
[*
前p 0
目次 #
次p]
12月30日(水)、高岡。
今年の年末は桃香がひとりで帰省してきた。ゴールデンウィークの時は切符を買っていなかったため、普通列車乗り継ぎで苦労して帰省したのだが、今回はちゃんと1ヶ月前に新幹線の往復を予約していたので、無事座席に座って帰ってくることができた(今年の夏は桃香は仕事が忙しくて帰省していない)。
「千里は会社の仕事で年末年始全く無いらしい」
と桃香は言っていたが、実際には千里が12月31日にローズ+リリーの年越しライブに出演した後、お正月にはオールジャパン(皇后杯)に出場することを青葉は聞いている。
千里が音楽活動のことをあまり桃香に言っていないのはまだいいとして、なぜバスケ活動のことも全ては桃香に伝えていないのか、青葉はどうにも不思議に思っている。
あるいはバスケ活動のことを全て言うと、細川さんとの関わりまでバレてしまうので、敢えてその付近から隠しているのだろうか?
もうひとつ不思議なのが千里が桃香の浮気をほとんど放置していることである。千里は細川さんの浮気は徹底して邪魔しているらしいことを青葉は冬子から聞いた。それほど徹底的に細川さんの浮気を潰すのに、桃香の浮気は、なぜ潰しに行かないのか。
あるいはひょっとしたら、桃香が他の女の子とデートしている時間に自分も細川さんと密会したいからだろうか??
もっとも千里は桃香の浮気相手全ての写真を密かに撮って名前も記録しているっぽい。その写真の束を見かけた青葉は
「もしかして、ちー姉、この女の子たちに呪いとか掛けてないねよ?」
と訊いてみたことはあるが
「私、そんな『おいた』はしないよぉ」
と笑って言っていた。
「でもちー姉、2012年のお正月のオールジャパンにも出たんだよね?」
「出たよ」
「でもその年の年末年始って、高岡に帰省してきてるよね?」
青葉は手帳を確認してみたのだが、その年は千里と桃香は2011年12月28日に高岡に来て、2012年1月1日の夕方に車(「友人から借りた」と千里が言っていたAudi A4 - 実際は細川さんの車だったようである。インプレッサだとMTで桃香が運転できないので借りてきたのではと青葉は推測した)で東京に向けて帰りの途に就いている。しかしバスケ協会のサイトを調べてみると、千里の所属していた千葉ローキューツは1月1日夕方に四国代表のチームと試合をしているのである。ボックススコアで千里がちゃんとその試合に出てたくさん得点もしているのが確認できた。夕方高岡を出た車はたぶん東京には翌1月2日の朝にしか到着しない。
「うん。だから私、あの年はF15イーグルで高岡から東京まで戻ったんだよ。超音速で飛んだから6分で着いたよ」
「嘘!?」
青葉はひょっとしてあの時、高岡に帰省してきたのは、千里の身代わりの式神だったのではとも疑ってみたのだが、どんなに千里の技術が凄かったとしても、さすがに4日間も青葉が千里の身代わりに気づかない訳が無いと、その説を自分で否定した。
12月31日(木)、東京。
千里は明日からのオールジャパンに向けて江東区の40 minutesの専用練習場でたっぶり汗を流した後、夕方の上越新幹線(東京19:44-20:44安中榛名)に乗り、安中榛名駅前から観客用のシャトルバスに乗ってローズ+リリーのカウントダウンライブの行われるショッピングモール予定地に行った。
アーティスト控室に顔パス!で入り、
「おはようございます」
と挨拶する。
ちょうど近くにいた鮎川ゆまが
「おっはよー!」
と元気に挨拶。千里とハイタッチした。
仮眠していたというケイとマリもじきに起きてきて、軽食におでんを食べている。千里も1パックもらい、椅子に座って食べた。
「飲み物もここにありますから自由に取って下さいね」
と★★レコードの奥村さんが言っている。
「はい、頂きます」
と言いながら持って来た2Lのお茶ペットボトルをテーブルに置いた。
「大きいの持って来たね」
とゆま。
「今日は朝から夕方までひたすらバスケしてたから水分補給もたっぷりしておかないと」
「ああ、あす皇后杯に出るんでしょ。凄いね」
「3度目の皇后杯ですよ」
「凄いね。千里のチーム強いんだね」
「毎回違うチームでの出場なんですけどね。2008年は旭川N高校、2012年は千葉ローキューツ、そして今回2016年は東京40 minutesです。でも実は4月に移籍するから次回はまた別のチームで出てきます」
「それもまた凄い。でも4年に一度出てるなら次は2020年だったりして」
「あはは。それは勘弁して欲しいです。この後は毎回出たいですよ」
ローズ+リリーのステージは22:00に始まる。
千里はワンタッチで着られる振袖風の化繊製の衣装を着て冒頭の『振袖』、2曲目の『灯海』で龍笛を演奏した後はいったん下がる。
『振袖』の演奏では今田七美花が高校生で22時からのステージには出られないので笙は鮎川ゆまが吹いたが、それでも上空に龍が5体・鳳凰が2体集まり、落雷があるとともに、霰(あられ)まで降った。千里はその天候を見ながら、衣装が本物の振袖じゃなくて良かったと思った。龍笛もこういう場所なので神社の儀式や音源制作などで使用している煤竹のものではなく、安価な花梨製のものを使用している。
その後、40 minutesのユニフォームを着て、ゲストコーナーで出たKARIONの『皿飛ぶ夕暮れ時』で焼きそば投げのパフォーマンスをする。その後今度はそのユニフォームの上に羽織袴を着て、ゴールデンシックスのキーボード奏者として演奏に参加した。
つまり今回千里は、振袖と羽織袴の両方を着たことになる。
なお、今日のゴールデンシックスのベースは美空である。
やがて後半のステージが始まるが、その間に美空以外の5人は金ぴかの衣装(ゴールデンシックスの定番ライブ衣装のひとつ)に着替える。そして2015年最後の曲『雪を割る鈴』の演奏中に、5人で大きな鈴をステージ中央に運んで行く。そして侍の姿で出てきたKARIONの4人(蘭子は夢美が代役を務めている)と一緒に待機。0時の時報で小風が鈴を割った後は、KARIONと一緒に9人で『雪を割る鈴』の後半を歌った。
その曲の次、つまり新年最初にローズ+リリーが歌ったのが千里が書いた『門出』であるが、この曲の演奏には千里は今日は参加していない。千里が明日の試合に備えて早く帰ってもいいように、この曲の龍笛は鮎川ゆまに吹いてもらうことにしていた。
実際には千里はステージの最後まで付き合ったのだが、千里はこの曲をローズ+リリーが歌っている間、じっと舞台袖からケイとマリを見つめていた。色々な思いが頭をよぎって行く。
4年ぶりのオールジャパン出場を決めて帰る途中、貴司のマンションで保志絵と会い、保志絵の前で事実上の嫁復帰宣言をしたあと書いた作品である。
この曲の音源制作をしたのは11月25-27日なのだが、その直前、千里は11月22日に貴司とデートした(阿倍子に尾行された日)。そして12月22日には貴司と「(非)結婚3周年」のデートをして婚約破棄以来2度目のセックスもした。自分と貴司はこのあとどうなるのだろう?という不安はあるが、しかし紛うことなき自分と貴司の間の子供である京平の誕生は明らかに自分たちを新しいステージに立たせた。この『門出』の歌に歌ったように、もう過去のことを考えるのはよそう。自分は未来を見つめて歩いて行こう。
熱唱する冬子の姿を見詰めながら千里はそんなことを考えていた。
ライブ終了後、出演者用のバスに乗って宿舎に移動する。
雪道なので時間が掛かって到着したのはもう2時前である。宴会場に入って打ち上げが始まるが、千里は最初の乾杯だけですぐ引き上げる。宴会場を出ようとしたら★★レコードの奥村さんが
「良かったらどうぞ」
と料理を折り詰めにしたものと勝月堂の「湯乃花まんじゅう」1箱に地酒っぽい日本酒の四合瓶を渡してくれる。
「頂きます。でもお酒は飲まないので」
と言うと、代わりにお茶のペットボトルを2本渡してくれた。
千里は部屋に入ると、取り敢えず寝た。
5時頃起き出して温泉に入ってくる。部屋に置かれているバスタオル、持参のシャンプーセットを持って下に降りて行く。渡り廊下を行った先に左右に別れる所があり、左が男湯・右が女湯になっている。千里はふっと微笑むと右側の女湯の方に行った。
実際問題として千里は男湯に入ったことは数えるくらいしかない。でも小学校の頃って、この男湯と女湯の別れている所でたっぷり1分くらい悩んでいた。女湯に入るのに物凄い勇気が必要だった。小学4年生の時にキャンプ場に行った時も、どうしよう?と悩んでいる内に「女の子はこちらだよ」とスタッフの人に言われて、言われたからいいよね?と自分を納得させて女湯に入ったのである。中学生の頃にはかなり開き直っていたものの、やはり結構な心理的抵抗を押し切って女湯に入っていた。
脱衣場で服を脱いであらためて自分の身体を見て、おっぱいがまだ大して無かった頃、そしてお股に変なものが付いてて、それを誤魔化していた頃をちょっと懐かしく思った。あらためて本当の女の身体になれた喜びを感じつつ、千里は浴室に入った。
のんびりと浸かっていたら、花野子が入ってくる。
「お疲れ〜」
「お疲れ〜」
と声を掛け合う。
「こんな感じで温泉で千里と一緒になったのは高校の修学旅行の時以来かな」
と花野子が言う。
「そうだね。京都の旅館の温泉で一緒になったよね」
と千里も笑顔で返事する。
「修学旅行中は女子制服を着てたけど、あの時期は結構まだ授業中は男子制服を着たりしてたね」
「うん。2年生の1学期あたりから、女子制服を着てくる日が多くなった気がする。たぶん2年生の夏休み以降はほとんど男子制服着てないんじゃないかな」
「千里は高校に入った最初から女子制服を着ておけば良かったんだよ」
「何かそれみんなから言われる」
「千里、最近では高校1年の夏休みに性転換手術を受けたなんて主張しているみたいだけど」
「そうだね。大学4年の時に手術したって話を誰も信用してくれないから」
「それはさすがに嘘が酷すぎる。でも高校1年の6月くらいに、千里のお股におちんちんが無かったのを鳴美が目撃しているから」
「ああ、あれ鳴美だったっけ」
「私は直接見てないけど、その場にいたからね」
「花野子もいたのか。蓮菜が居たのは覚えているけど」
学校のトイレの個室ロックが壊れていて、千里が入っているのを知らずに鳴美が開けてしまったのである。それで鳴美は千里のお股を目撃してしまったのであった。あれは男子制服を着ていてズボンだったがゆえに見られてしまった。女子制服を着ていてスカートなら直接お股が見えることは無かったろう。
「だから少なくとも高校1年の6月の段階では性転換済みだったことになる。となると、性転換手術を受けたのは恐らくは中学2年か3年の夏休みということになりそうな気がするんだよね」
「こないだ貴司からも実は中学2年の時に性転換したんじゃないのか?と言われた。でも実際問題として、私も自分が本当は一体いつ性転換したのか、自分でも分からなくなっちゃってるんだけどね」
「その分からないという話がいちばん分からない」
「だけど考えてみると、私、立っておしっこしたこともないし、ちんちんでオナニーしたこともないから、ちんちんを『使った』ことって一度も無いんだよね」
「だとすると、最初から無かったのと同じかもね」
「うん。まだ付いていたころも、これは自分の身体の一部ではないという感覚だったんだよね。寄生獣みたいなもん」
「なるほどー。ちんちんに寄生されていたわけか」
「そうそう」
[*
前p 0
目次 #
次p]
春対(11)