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■春対(4)

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そのあとふたりは御堂筋線の駅に向かう。が、駅の入口のところで立ち止まって何か話している。どこに行くかでも話しているのかと思ったら、その内ふたりは握手!した後、千里がバイバイの仕草をしてどこかに歩いて行く。そして貴司は駅入口の階段を降りていく。
 
ここで阿倍子は「やばっ」と思った。
 
貴司より先に帰宅してベビーシッターさんを帰さないとまずい!
 
慌てて自分も階段を降りていく。
 
しかしこのままでは貴司と同時に帰宅することになってしまう。今日ベビーシッターを使ったこともバレてしまうし、何よりも、今の自分の格好を見られたくない!
 
どうしよう?と思いながら、貴司と同じ車両の離れた位置に乗る。
 
そして何も妙案が浮かばないまま列車は、千里中央駅の2つ手前・緑地公園駅に着くが、ここで貴司は地下鉄を降りた。
 
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ハッと気がつく。
 
ここは貴司のバスケチームの練習場所、最寄り駅ではないか。
 
じゃ、貴司は今からチームの練習に出るんだ!
 
だったら恐らくまだ2時間は帰宅しない。
 
助かったぁ!
 
と思って脱力した阿倍子は、ホームをエスカレーターの方へ歩いて行く貴司を列車の窓から見送っていた。
 

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列車は千里中央駅に到着する。阿倍子は急ぎ足で駅を出るとマンションに戻る。そしてベビーシッターさんに
 
「ただいま、戻りました。ありがとうございました」
と声を掛け、留守中の報告を聞く。
 
京平は途中2回、お乳(搾乳冷凍したもの)を飲み、おむつも2回交換したということであった。
 
「この子、けっこうひとり遊びができるんですね」
とベビーシッターさんは笑顔で言っていた。
 
「あ、何だかまるで誰かそばに居て、その人とおしゃべりでもしているかのように声を出している時があるんですよ」
と阿倍子も言う。
 
「ほんとに手の掛からない子でした。またお世話したいですね」
などと言ってベビーシッターさんは帰って行った。
 
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それを見送って阿倍子は急いで着替えて「まとも」な服に戻った。
 

一方で、緑地公園駅を出た貴司は、駅の出口に立って少し待つ。10分も待つ内にアウディA4 Avantが走り寄り貴司の前で停まる。貴司はドアを開けて助手席に乗り込んだ。すぐ車は発進する。
 
「待った?」
と運転席に座る千里が尋ねると
「5分くらいかな」
と貴司は答えてから千里の頬にキスした。
 
「でも阿倍子さん、かなり体力回復させてない? 以前はちょっと歩いただけでかなり休まないといけなかったでしょ? 今日は私たち随分歩き回ったのに最後まで付いてきたね」
と千里は言う。むろん今日は尾行されていることは最初から気づいていた。そもそも阿倍子の風体はあまりにも怪しすぎた。警官に職務質問されかねない格好だと思った。
 
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「うん。それは最近思ってた。妊娠前より明らかに体力が付いていると思う。たぶん妊娠で体質が変わったんだよ」
と貴司も言う。
 
「そのまま健康になってくれるといいね。顔色とかも以前よりよくなっているようだし。目つきが違うのよね。私が初めて阿倍子さん見た時はまるで死んだような目をしていたのに、春頃から目に輝きが出てきたのよ」
「そのあたりは僕は分からないや」
「身近に居ると分かりにくいのかもね」
と千里は微笑んで言った。
 
「大事にしてあげてね」
「うん」
「浮気するなよ」
「できるだけ控える」
 
「あんまりやってると、マジでちょん切っちゃうからね」
「その言葉が冗談に聞こえないのが怖いんだけど」
「もちろん本気だよ」
「怖いな」
 
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「ところでこの車、こないだ京平の3ヶ月検診の時も思ったんだけど、なんか調子悪くない?」
と千里は運転しながら訊いた。
 
「あ、それは感じてた。時々エンジン音が変なんだよね。あとクーラントがこないだ漏れてて、ちょっと修理してもらった」
と助手席の貴司。
 
「クーラントは気をつけておかないとやばいよ。緊急用に水道水入れたペットボトルとか積んでる?」
「あ、積んでおかないといけないと思ってた。今夜やっとこう」
 
「何年乗ってたっけ?」
「2009年1月に買ったから、もうすぐ7年になるかな。走行距離は20万km近い」
「まあ私が結構千葉との往復にも使わせてもらったしね」
「鹿児島から青森まで高速代2000円で走るなんてのもやったね」
「うん。あれは楽しかった」
「僕はきつかったけど」
「あはは」
 
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「そうだ。来月は車検しないといけなかった」
「車検のついでによく見てもらうといいよ」
「それはいいけど、車検だけでも結構お金が掛かるからなあ」
「うーん。いっそ買い直すとか?」
 

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《アウディを運転する貴司》は新大阪駅前で千里を降ろした。千里は貴司にキスして助手席から降りた時、近くにタコ焼き屋さんが出ているのを見て、貴司にちょっと待つよう言い、それを1パック買って「お土産にどうぞ」と言って渡した。
 
車はマンションに戻る。エレベータで33階にあがり、3331号室に帰還する。
 
「ただいま」
と言って玄関を入るが、阿倍子は
「あ、お帰り」
と言ってテーブルの所で雑誌を見ているだけだ。そういえば阿倍子とは、行ってきます・ただいま・おやすみのキスとかしたことないな、とふと貴司は思った。千里とはいつもしているし、緋那もしてくれていたのに。
 
「タコ焼き買ってきたよ」
と言って貴司は千里が買ってくれたタコ焼きのフードパックをテーブルの上に置く。
 
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「わあ、美味しそう」
と言って阿倍子はフードパックを開けながら貴司に尋ねる。
 
「でもお疲れ様。お仕事たいへんだった?」
「ううん。でも仕事に出た後、ちょっとバスケの練習してたんだよ。来年の世界最終予選にまた日本代表として呼んでもらえるかどうかは分からないけど、呼んでもらったらオリンピックに出られるよう頑張らなきゃと思って」
 
「オリンピックか・・・凄いなあ」
「阿倍子は特に何か無かった?」
「うん、何も無かったよ。京平もいい子してたし」
「良かった、良かった」
 

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その夜、貴司がいつものように書斎に行って寝ようとしていたら
 
「待って。今夜は寝室で一緒に寝ない?」
と阿倍子が誘った。
 
「うん、いいけど」
 
それでふたりで寝室に入り、裸になって抱き合う。貴司は「痕跡」に阿倍子が気づきませんようにと祈るような思いだったが、阿倍子は特に気づく様子は無い。そしてやがて貴司自身は快感の中に埋もれていく。
 
「でもほんとこれ反応しないなあ。本当に気持ちいいの?」
「うん、気持ちいいよ。ありがとう」
「貴司、もしおちんちん触られるより、入れられる方がいいなら、指くらいなら入れてあげようか?」
「いや、いい! 僕はそっちの趣味は無いから」
 
千里にうまく乗せられて入れられてみたことはあるものの、あれは痛いだけだった、と過去のことを思い出す。
 
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「そう?でも私に恥ずかしがったり遠慮しなくてもいいからね」
「うん」
「それとも、女の子になりたいとかだっけ?」
「なりたくない」
「もしおちんちん取りたいとか思っているんなら正直に言ってね。おちんちんの無い貴司を愛せる自信無いけど、できるだけ頑張ってみるから」
「ちんこ取るなんて絶対嫌だ」
「そう? それならいいけど。でも貴司の荷物にスカートとかブラとか入っていたことある」
 
「ごめん。それは浮気相手のを間違って持ち帰ってしまったもので」
 
あれは絶対千里が「わざと」入れたものだと貴司は推測している。千里は口では阿倍子と仲良くしろと言いつつ、結構な「牽制球」を投げてくる。
 
「ブラくらいつけてもいいのに」
「ブラジャーつける趣味は無い」
「最近、メンズブラとか言って、ブラジャーつける男の人多いらしいよ」
「ほんとに? それ女装趣味じゃないの?」
「どうなんだろう。貴司は女装しないの?」
「余興でさせられたことはあるけど、個人的に女装する趣味は無い」
 
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阿倍子がたくさんしてくれたので、こちらもお返しにいじってあげたら阿倍子は凄く気持ち良さそうにしていた。
 
「貴司、すごく上手だよね。私、こんなに気持ちよくなれるって、貴司と結婚するまで知らなかった」
などと阿倍子は言う。
 
「そう? 開き直りじゃないけど、やはりたくさん女の子と寝たからかも」
「ベテランの技かぁ」
 
そんなことを言いつつ、こういうことまでしたのは実は千里と緋那のふたりしかいない。ホテルに行く約束をした女は何人かいたが、全て千里に潰された。
 
「ごめーん。でも前の旦那はしてくれなかった?」
「あの人は自分が逝ったら終わりだったなあ。そもそもあまり濡れない内に入れようとするから、私けっこう苦痛を味わっていたし」
 
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「それは勝手すぎる。セックスはコミュニケーションなんだよ。お互い気持ちよくなることが大事なんだ」
「私、貴司と結婚してよかったかも」
「入れてあげられたらいいんだけど、どうしても立たなくて。ごめんね」
「浮気しすぎて立たなくなったのでは?」
「あはは」
 
さすがに千里の前では立つなんて言えないよなあ。
 

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貴司が千里のことを考えたら、阿倍子からも訊かれた。
 
「貴司、今でも千里さんのこと好きなの?」
 
「いや、千里とはそういう関係じゃないんだよ。あくまであいつとは友だちだから。それとバスケに関するライバルでもある。あいつが男のままだったら現実でもたぶんライバルとして戦っていたと思う。女になっちゃったから時々人から誤解されることもあるけどね。それでも男友だちの一種だよ」
と貴司は弁明した。
 
千里さん本人はふたりの間に恋愛関係があったこと、婚約までしていたことも話してくれているのに、貴司はあくまでふたりの間には何もないと主張するのか・・・と阿倍子は思う。それはやはり実際には千里さんに恋愛感情を持っているから、自分に隠したいんだろうな。
 
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千里さんは間違いなく貴司のことが好きだ。自分が貴司と、もし離婚したら、おそらく半年もしない内にふたりは結婚するのだろう。
 
しかし現在のふたりが基本的には友だち関係だという貴司の主張については、今日1日貴司たちを尾行して見たふたりの様子を思い起こすと、あるいは信じてもいいのかもという気もした。ふたりが身体の接触をしたのは自分が見ていた限りでは最後に握手した時だけだった。まあ自分が気づかなかった所でキスくらいはしているかも知れないけど。少なくともセックスする時間は無かったはず。
 
でも本当に千里さんが元男性だというのなら京平を作った卵子はいったい誰のものなのだろう?貴司、他にも愛人がいるのだろうか?と思ってみたが、そんな人がいたら絶対千里さんに排除されていると思い至った。
 
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