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■春泳(11)
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青葉は27日の朝病院に到着してから、28日の15時前に阿倍子さんが手術室に運ばれていくまで、何度かの仮眠をはさみはしたものの、ほぼ1日半にわたって彼女にパワーを送り続け、くたくたに疲れていた。
正直、彼女が手術室に運び込まれた後、さすがの疲労でウトウトとしていたのである。ところが15:45頃、手術室まで付き添うのに行っていた理歌さんが戻って来て
「生まれましたよ、母子共に元気」
と言うので、病室内に居た、貴司さんもお母さんも、付き添っていた白子さんも嬉しそうな歓声をあげた。
この時点で誰もまさか赤ちゃんが自然分娩で産まれたとは思いもしていない。青葉もどっとこれまでの疲れが出たものの、ホッとして心底「良かったぁ」と思った。そしてすぐ東京にいる千里にメールを送った。
阿倍子さん本人もすぐ戻って来ますよと理歌さんが言っていたので、それをみんなで待つ。やがて眠っている阿倍子さんがスタッフの押すストレッチャーで戻って来てベッドに寝せられる。
「じゃ赤ちゃん見に行こうか」
などと言っていた時、冬子と政子が入って来た。
「あ、唐本さん、さっき赤ちゃん産まれたんですよ」
と貴司さんが冬子たちに言った。お母さんが「どなた?」と訊くので、阿倍子さんが産気付いたまま動けずにいたのを発見して病院に連れて行ってくれた人と貴司さんは説明した。
まあ、ちー姉の友だちなんてのはさすがに言えないよね。
冬子は青葉がかなり消耗しているのを見て
「少しどこかで寝てなさい」
と言い、それで結局、青葉は病院の駐車場に駐めているエルグランドの車内で寝ることにし、また同様に疲れているはずの佐良さんが車内にいるはずなのでホテルに移って少し休んでくれるように伝言を頼まれた。
この時点で冬子は明日東京に戻るつもりだったのである。
それで青葉はエルグランドの車内で毛布をかぶって、ほんとに熟睡していたのだが、やがて窓をドンドンと強く打つ音に目を覚ます。冬子である。
「青葉ごめん。奥さんが突然血圧とか脈拍が低下して」
「え〜〜!?」
それで青葉はまだ疲れが全然取れていないものの、冬子と一緒に病室に行った。医師が懸命の手当をしているが、青葉の目では「ご臨終間近」という雰囲気に見える。これはものすごくまずい!
それで青葉はくたくたな身体に鞭打って阿倍子さんに気を送り始めた。時計を見る。今17時だ。18時くらいになったら、たぶんちー姉が小休憩するはず。そしたら話してパワーをもらおうと思いながら、それまでは何とかしなければと頑張る。
しかし状況は改善されない。
青葉はここ2日ほどは病院で目立たないように単純に阿倍子さんの傍に居て、そこからリモートヒーリングでもするかのように気を送っていたのだが、ここはもうなりふり構っていられなかった。ローズクォーツの数珠を持ち、小声で祝詞を唱えながら気を送り続ける。これはもう直接注入に近いやり方である。青葉が何か唱えてるので、医師がチラっと青葉を見たものの咎めなかった。医師もここで何か言う余裕も無いというところだろう。
17時半頃。青葉の脳内に『どうしたの?』というテレパシーの着信がある。ちー姉だ!それで青葉は『阿倍子さんが急変した。ちー姉、パワー貸してよ』と語りかける。『使って』という答えが返ってきたら、突然青葉の数珠を通して流れ出る気のパワーが上がった。
『わっ』
と思わず心の中で叫んだものの、それでパワーを送り続けていると阿倍子さんの様子が明らかに変わった。それまで死人のように青ざめた顔をしていたのが頬に赤みがさす。
「先生、脈拍が40まで上がりました」
「血圧が50まで上がりました」
「体温が35度まで上昇しました」
「よし、この処置続けるぞ」
と医師もやっと希望が出たという顔をする。
そして青葉がどんどんパワーを送り続ける内に、脈拍は50,60,70と回復し、血圧も60,70,80と回復する。体温も35.8度まで上がる。
「峠は越えた」
「ここまでくれば大丈夫だ」
と医師が言ったのは18時過ぎであった。
千里は18時過ぎになるとどうも練習を再開したようで流れてくるパワーが下がった。それで青葉は『練習再開したよね?後でまた貸して』と千里に語りかけると、数珠を通しての流入は停まった。しかしここまで来ればこちらも大丈夫なので、青葉は通常モードで、祝詞も声には出さず心の中で唱えるだけでヒーリングを続けた。そして医師たちも18時半には
「もう安定しましたね」
「もし様子が変だったらすぐナースコールして下さい」
と言って病室から引き上げた。
緊張の2時間であった。
その後で突然、阿倍子さんのお母さんが言った。
「すみません。どちらの宗派の方ですか。私、入信します」
青葉が数珠を握ってずっと何か唱えていたので、どこかの宗教をしているのかと思われたのだろう。それで青葉は無理矢理笑顔を作って答えた。
「うちは勧誘とかはしてないんですよ。御自宅の仏檀や神棚、あるいはどこかのお寺の檀家か神社の氏子になっておられましたら、そちらの寺で念仏なり祝詞でも唱えてきてください。自分とこの神様・仏様を敬うのがいちばん大事ですから」
もう大丈夫そうということで、その場にいた人の多くがホッとするとともに疲れが出たようである。
冬子がトイレにでもいくのか席を外し、政子は「何か食べてくる」と言って出ていく。阿倍子さんのお母さんは、病院が開いている病室で休んでもいいですよと言ってもらい、看護師さんが案内して白子さんと一緒に移動した。貴司さんも少し休んでくると言って出て行った。
やがて冬子が戻ってきたが、その時、唐突に阿倍子さんは語り始めた。前の結婚をした時も、どうにも妊娠しにくく、体外受精も試みたもののうまく行かなかったこと。そもそも中学生の頃からひどい生理不順であったこと。ところが貴司と結婚した時に夢を見たというのである。
「何か凄く気高い女神様みたいな人が現れて『子供を産みたいか?』と言うんですよね。それで私が『はい』と答えると『だったら取引しないか?』と言うんです」
「取引ですか?」
「自分の子供ではない子を1人産んで欲しい。そしたら、自分自身の子供も産めるようにしてやると。でも私は答えたんです。私が産むのなら、その子は私の子供ですって」
青葉はこれは本当に「誰か」がこの人に取引を持ちかけたんだと思った。それって・・・きっとちー姉の関係者だ!
「するとその女神様は微笑んで、だったらその子も含めて私は3人子供を産むことになるだろうと」
そして阿倍子さんは、今回産んだ子供の卵子は実は自分のものではないことを語った。それはむろん青葉の知るところである。貴司さんの精子と誰かの卵子を掛け合わせたものということだったが、もう青葉はほぼ確信的に、その卵子はちー姉のものだと思った。どうやってちー姉が卵子を作ることができたのかは分からないが。
「でもこの子、自分の遺伝子は受け継いでなくても私が産んだ子だもん。戸籍にもちゃんと私の実子として載るはずだし、私可愛がって育てていきます」
と阿倍子さんは言う。
青葉も冬子も笑顔で頷いた。
「そして次は自然妊娠できるかも知れないなあ」
などと彼女は言ったが、青葉はきっとそうなるだろうと思った。
でも今回帝王切開してしまった以上、この後もお産の度に帝王切開にならざるを得ない。その度にまた血圧急低下などしないかと少し心配になった(この時点でまだ青葉は京平が帝王切開で産まれてきたと思い込んでいる)。
この人ってたぶん妊娠機能もそうだけど、身体の基礎的な機能自体に問題があるのだろう。でも「女神様」はそのあたりも改良してくれるのかな?などと青葉は思った。
青葉はもう大阪でもう1泊してから帰るのでいいと思ったし、今夜はさすがにホテルで寝たいと思ったのだが、自分だけ食事して戻って来た政子が
「今夜帰りたい」
と言い出す。なんでも
「明日の朝の**テレビにアクアちゃんが出演するのよ。可愛い服を着せられそうで恥ずかしい、なんて言ってたから、どんな服を着せられるのか見なくちゃ」
という話なのである。そして政子は言い始めたら強引である。勝手に佐良さんを電話で呼び出して、東京まで送ってくれと言う。更に青葉も一緒に東京まで乗っていきなさいと言い出す。それで佐良さんは時刻表やカーナビなどをチェックして「長野経由で帰りましょう」と提案する。
東名を走って帰るのではなく中央道経由にして、青葉を長野駅前に置いて行くというのである。それで青葉は始発の新幹線で帰ると、なんと新高岡に7:24に着くというのである。青葉もそんな時刻に高岡に戻ることができるというのは驚きであった。北陸新幹線凄い!
青葉は千里と電話で連絡を取り、白子さんに渡す謝礼+交通費・諸経費の額を確認、千里から預かった現金からそれを封筒に取り分けて、阿倍子さんのお母さんが入っている病室に行き、仮眠用ベッドで横になっていた白子さんにその封筒を千里姉から頼まれましたと言って渡した。
その間に佐良さんは大阪支社から柴田さんというドライバーを呼び出していた。エルグランドに取り敢えず冬子・政子・青葉が乗って佐良さんが運転して出発するが、茨木駅で柴田さんと合流。その後はふたりで交代で運転していった。。青葉はさすがに車内で眠らせてもらっていた。
深夜2時過ぎに長野駅そばのホテルの前で車が停まる。冬子が予約してくれていたので、青葉はフロントで「予約していた川上」と名乗り、部屋の鍵をもらって中に入り、シャワーも浴びずにベッドに潜り込んで熟睡した。
(29日)朝5時半に目が覚める。本当は5時に起きたかったのだが、『雪娘』や『蟋蟀』に最後は『海坊主』なども一緒になって青葉を起こそうとしたものの起きなかったらしい。よほど疲れていたんだろうなと青葉は自分のことながら思う。それでホテルをチェックアウトして、コンビニでおにぎりとお茶を買い、新幹線に乗った。新幹線の中でもひたすら寝ていたが、新高岡では寝過ごさずにちゃんと下車することができた。
母が鞄を持って迎えに来てくれていたので、青葉はそのまま学校に出て行くことができた。
でも私、自分のスケジュールも無茶苦茶だけど、お母ちゃんにも随分負担掛けてるよなあ、などと思う。早く免許取らなくちゃ!
同じ6月29日(月)の朝、千里もさすがに疲れたなあ、と思いながらNTCの食堂で朝御飯を食べていた。そこに電話が掛かってくるが、見るとインプの車検を頼んだ車屋さんである。
「はい、雨宮です」
と言って千里が電話を取るので、隣に居た玲央美がギョッとしている。
「雨宮様、すみません。何度かお電話したのですが、なかなか通じなくて」
「こちらこそすみません。色々立て込んでいたもので」
と答えながら、もしかしたら修理代がかなり高額になりそうということなのだろうかなどと考える。
「実は車検用の点検をする前に、トラブルの多いというエンジン回りをチェックしていたのですが、これもうエンジンがほとんど寿命ですよ」
「あらぁ」
「エンジンを交換するという手はありますが、他にもいろいろ傷んでいる所があるようですので、それらも交換していると、おそらく100万円くらいになるのではないかと思います」
ちょっと待て。この車、そもそも50万円で買った車だぞ。
「それでこれはもう修理も車検もせずに、新しい車をお買いになった方がいいのではないかと思いまして」
「そうですね!そうしましょうか」
それで千里はここまで掛かった実費を払うことを伝え、大会が終わったら引き取りに行くと言った。
あぁ。。。さすがに寿命かなあ。30万kmも走ったら限界だよね。それで千里はインプは車検の切れる8月上旬まで乗って、その後は新しい車を買うことを決めたのである。
青葉が大阪での疲れをかなり抱えながら学校に出て行った6月29日(月)の昼休み、青葉は職員室に呼ばれた。それで「ちょっと話そう」と言われて教頭先生と一緒に面談室に入る。
ありゃ〜、霊能者としての活動のことで少し注意されるかなと思ったのだが、そうではなくて、話は1年生の篠崎希のことであった。
「そちらの1年生部員の篠崎希君のことなんだけど、あの子最近随分校内で女子制服を着ているようだという話を何人かの先生から聞いたのだけど」
と教頭先生は切り出す。
それで希が女子制服を着て参加している合唱軽音部の今鏡先生に尋ねてみたら今鏡先生は、逆に希のことをてっきり女子生徒と思い込んでいたということでかえってびっくりしていたというのである。
「あの子、性同一性障害なんですよ。女の子になりたがっているんです」
と青葉は言った。
「ああ、やはりそうなのか。でもそういう子って結構いるものなのかね」
と教頭先生。
「私の経験から言うと、そういう傾向のある子ってだいたい『クラスに1人はいた』と言う人が多いんです。でもそういうのに気づいた子自身もたいてい、そういう傾向があるので、実はクラスに2人くらい、つまり男子20人に2人ですから10人に1人はいるんですよ」
「そんなに居るのか!」
と教頭先生はさすがに驚いている。
「私も時々、一部の男子生徒から熱い視線を感じることあるんですよね。それが恋愛的な視線じゃなくて、羨ましがってるふうの視線なんです」
「自分も女の子になりたい、ということなんだ!」
「そうみたいなんですよ」
篠崎希の件は、本人やそのお姉さんの萌にも一度話を聞いてみたいとは思っていたものの、その前に周囲に少し話を聞いて情報を集めたいということで、部長の青葉に聞いてみたという趣旨であった。
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