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■春泳(6)
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青葉は母に、守秘義務絡みで詳しいことが言えないが、やむを得ない状況で今日は学校を休む旨連絡した。母は千里ちゃんが一緒ならいいよと言ってくれた。
桃香が起きないので「寝ててもいいから着替えて」と言って着替えさせ、ウィングロードの後部座席に乗せる。そして青葉が助手席に乗って千里の運転で、桃香をお茶の水の会社そばまで輸送した。その後、さいたま市に向かって、9時頃、小夜子の実家にウィングロードを返却する。五十鈴さんもあきらさんも、朝、小夜子さんと電話で話したが順調なようだということである。やはりお産も3度目になると母親もかなり慣れてきているようだ。
五十鈴さんとあきらさんが病院に行くがてら、千里と青葉を大宮駅まで送ってもらった。そして千里と青葉は9時半の新幹線に乗って12時に金沢に到着。更にサンダーバードに乗り継いで、1時過ぎにF市に到着した。火喜多さんが依頼主らしき30代の男性と一緒に待っていた。
この男性は元々その稲荷神社を管理していたおばあさんの孫、神社を潰した後急死した人の子供らしい。
「親父は唯物論者というか、神とか仏とかは、デタラメ言って人の心を惑わせる有害な連中が勝手に造り上げたものだとかいつも言っていたんですよ。うちには神棚も仏壇もありませんでしたし、父は墓参りもしたこと無かったんですよ。ひな祭りとか子供の日とかでお祝いしたこともないし、クリスマスも禁止で」
「なるほど」
「それで私も妹や弟もそれに反発して、友だちのひな祭りやクリスマス会とかに出ていたし、密かに初詣とか行ってたし、母と一緒に墓参りもしていたんですけどね。神社やお寺にお参りしたなんてバレたら、変なものにたぶらかされるなって叱られてたので、あくまでこっそりと」
「なんかそれも大変ですね!」
「いや、その世代には精神世界的なものを全否定する層がわりと多いんですよ。科学万能主義みたいな感じで」
と千里が言う。
「そうそう。科学的に証明できない以上、神とか仏とか存在しないってよく言ってました」
それで火喜多さんのクラウンに乗って現場まで行った。
「ここなんですが」
と言って依頼者さんが言い、4人は車を降りたが、青葉は
「わぁ・・・」
と思った。千里も厳しい顔をしている。
千里が目配せをする。それで青葉は昨日もらった紙を取り出すと、目を瞑って念を注ぎ込む。
すると突然大きな風が吹いた。天気は良かったのに少し霧雨も舞う。そして物凄く大きな存在がやってきたのを青葉は感じた。霊圧が凄まじい!!
「わっ」
と依頼主さんが思わず声をあげて目を瞑り、手で顔を覆った。火喜多さんは驚いたような顔をしてひざまずくと、手を合わせて合掌するようにした。青葉は呆然としてその様を見ていたが、千里は無表情でじっと事態を見ていた。
「話し合い」は20-30秒で終わったようである。ふたたび大きな風ととともに、その巨大な気配は去って行った。
顔に水滴が付いているのをぬぐう。ミストでも浴びたような感じだ。しかし青葉は場の空気がとてもきれいになっているのを確認して笑顔で言う。
「終わりました。もう大丈夫です」
「なんか凄いのが来たような気がしたんですか?」
「お狐さんは伏見に帰っていきましたよ」
「じゃ、ここは?」
「もう祟りなどは起きません」
「やはり改めてお稲荷さんを祭った方がいいんでしょうか?」
「その方が気持ちが落ち着くのであったら作ってもいいです。伏見から再度勧請してください。でも建てる以上はきちんとお祭りしてください。それをする自信が無かったらおやめ下さい」
「やめとこう。僕はずっと死ぬまでお祭りしていく自信がない。僕が頑張ってお祭りしても、僕の息子とかがしてくれるか分からないし。息子が不信心で放置したりしたり、また災厄の繰り返しになるし」
「そうですね」
だいたい話がまとまった所で、青葉はすぐ近くに京平がいるのを見てびっくりする。
「京平君、なんでここに残ってるの?」
「あ、青葉お姉ちゃん。ちょっと暴れん坊を連れて行くから、一緒に連れて行って怪我したらいけないから、お前はお母ちゃんに送ってもらえと言われた」
と京平は言っている。
千里は微笑んで
「じゃお母ちゃんが送って行くよ」
と言った。
それで火喜多さんは依頼主さんの自宅に行って霊的な防御などの仕上げをし、青葉はJRと第3セクターを乗り継いで高岡に戻ることにし、千里は京平を送って京都に行くことにして、F駅で別れた。
6月21日(日)。
青羽たちT高校水泳部の部員は早朝高岡駅に集合。バスで富山空港そばにある富山県総合体育センターまで行った。今日ここで富山県高校選手権水泳競技大会要するにインターハイの県予選が行われるのである。
青葉が出る種目は自由形の400m,800m,400m個人メドレー,そしてリレーとメドレーリレーと5種目である。実施される競技は30種目以上あり、それを1日でやるのだから結構慌ただしい。
朝9時開始であるが、いきなり女子400mメドレーリレーから始まる。泳ぐ順序は背泳(多恵)→平泳ぎ(才花)→バタフライ(青葉)→自由形(杏梨)である。
号砲が鳴り泳ぎ出す。多恵はけっこういい感じで飛び出した。ターンまでは2位に付けて頑張り、ターンの所でトップの人がもたついた所でかなり追いつく。復路は両者競り合い、ほぼ同時に壁タッチ。第2泳者に引き継ぐ。
ここで才花が結構遅れてしまう。1位の泳者に離され、3位の泳者・4位の泳者にも抜かれて4位に落ちてしまう。そして青葉に引き継ぐ。青葉はバタフライはあまり得意ではないのだが、実際問題としてそもそもバタフライの得意な選手というのがそんなに多くないので、結構いい勝負になる。何とか1つ順位をあげて3位で最終泳者の杏梨に引き継ぐ。
最後は激しい戦いになる。1位の泳者は遙か先を行っていて、2〜4位が競り合って泳ぐ感じになった。結局最後ギリギリで前の泳者を抜いて2位でゴールした。
「お疲れ様〜」
と杏梨に声を掛ける。
「みんなごめ〜ん」
と途中で順位を落とした才花は言うが、背泳や平泳ぎはそれが得意な泳者の多い競技で仕方ない。
「これ何位まで北信越大会に行けるんですか?」
「8位以内」
「え!?」
メドレーリレーの出場校がそもそも7校しかないのである。
「じゃ全校行けるの?」
「うん」
「なーんだ!」
「でも3位以内は賞状をもらえる」
「それはいいことだ」
男子のメドレーリレーの後、女子の自由形400mになるので青葉はこれに出場する。さっきパタフライで100mおよいだばかりで疲れは軽く残るが気合いを入れて出て行く。さっきは4人で400m泳いだのだが、今度は1人で泳がなければならない。
出場者は何と2人である!
つまり最初からふたりとも北信越大会に行けること確定だが、手抜きな泳ぎでもしたら絶対お叱りを受けるから全力で行かなければならない。それはやはりスポーツマンシップである。
スタートする。全力で泳ぎ始めるが、やはり向こうが速い。400mに出るだけあって、かなり泳力のある子なのであろう。青葉はできるだけ離されないように頑張って泳いでいった。
しかし300mをすぎた所で相手の速度が突然落ちる。あら?と思いながらも青葉は頑張って泳ぐ。すると最後のターンの直前あたりで何と青葉がその泳者を抜いてしまった。ターンをして残り50mラストスパートを掛ける。相手がどんどん後ろに行ってしまうのを感じる。そしてゴール。
美事に1着でゴールした。
男子400m自由形の後、女子100m平泳ぎで才花が出たが、出場者が多いだけに才花は8位以内に残れなかった(この大会はタイム決勝なので数組に分かれて泳いだ場合もタイムで順位が決定され、決勝戦は行われない)。次に100m背泳があるが多恵は9位で残念ながら北信越を逃した。続いて100m自由形であるが杏梨は6位に入賞して北信越の切符を取った。
青葉はお昼前に400m個人メドレーに出た。個人メドレーとメドレーリレーは似ているが泳ぐ順番が違う。個人メドレーはバタフライ→背泳ぎ→平泳ぎ→自由形となる。メドレーリレーで背泳が先頭なのは、他の泳者から背泳の泳者にはリレーが不可能だからである!ひとりで泳ぐ場合は逆にリレーの必要がないので飛び込みでスタートできる泳法から始めるのである。
400m個人メドレーの参加者は4人であった。さっき400m自由形に出た子も出ている。むろん8人以下なので全員(途中棄権しない限り)北信越大会に行ける。
この競技では青葉は八分程度の力で泳がせてもらった。しかし背泳ぎの段階で既に青葉とさっきの自由形に出ていた子の2人の勝負になってしまう。結構競りながら背泳を進め、平泳ぎでは青葉の方がリードを奪う。青葉がいちばん得意な泳法は古式泳法でいわばクロールと平泳ぎの中間のような泳ぎ方である。それで平泳ぎは割と得意なのである。
しかし最後の自由形になると向こうの方がうまい。さっきの400m自由形と違ってメドレーは体力を温存することができていたので、相手がスパートを掛けると青葉は簡単に抜かれてしまい、かなりの水を開けられた。
結果青葉は2位でゴールしたが、彼女(四辻さんと言った)から握手を求められ、青葉も笑顔で応じた。
800mは午後2時頃に行われた。
が参加者は青葉ひとりであった!
粛々と、青葉はプールを8往復し、泳ぎ終えた所で拍手してくれたギャラリーに笑顔で手を振った。
そして大会の最後に400mフリーリレーが行われる(そのあと男子の800mフリーリレーで今日の日程終了となる)。参加校は12校だったので2組に分けて行われた。青葉たちは1組で、泳ぐ順序はメドレーリレーの時と同じ、多恵→才花→青葉→杏梨の順である。実は1年生→2年生→3年生という順番なのである。
競技はその1年生の多恵がいきなり遅れる。更に才花が遅れてこの段階で泳いでいる6チーム中6位になってしまう。しかし青葉は才花が壁にタッチしたのを見ると勢いよく飛び込む(水泳のリレーで第2泳者以降はスタートする際に静止する必要はなく、ちゃんと前泳者がタッチした後でスタート台から離れさえすれば勢いを付ける動作をしてもよい)。
必死で泳いでまずは5位の泳者を捉える。プールの中央を少しすぎたあたりで抜き去る。更に向こうの壁にタッチしてターンした勢いでもうひとり抜いて4位に上がる。
しかしその先の泳者には遠かった。青葉は必死で泳ぐもどうしても前の泳者に近づけない。むしろ離されていく。そして4位のまま杏梨に引き継ぐ。杏梨は3位の泳者に向こうの壁付近で追いつき、その後かなりのデッドヒートを繰り広げた。しかしわずかに及ばず、結局1組4位のままのゴールとなった。
タイム決勝なので2組の結果を待つ。T高校の成績は5:30で、何とも微妙な線である。
時計とプールの泳者たちの両方をにらみながら見守っていたが、向こうの5位が5:28でゴールした。この結果、青葉たちは9位で北信越大会進出はならなかった。
「残念!」
「あとちょっとだったね」
「2秒差だもんね〜」
「まあまた頑張ろう」
結局北信越大会に進出したのは女子では、メドレーリレー、青葉が400m,800m,400mメドレー、杏梨が100mと200m、才花は全部アウト、多恵は200m背泳である。才花は個人では行けなかったが、メドレーリレーに出るので一緒に北信越大会に行くことになる。
それで部長の杏梨が成績表と3位以内に入った分の賞状、青葉の400mと800mの優勝楯をまとめてもらってきて、そのあと更衣室で水着を脱ぎ、ジャージに着替え帰ろうとしていたら、高体連の事務の女性が入って来た。
「高岡T高校さんですか?」
「はい、そうです」
「400mフリーリレーで失格チームで出たので繰り上げで8位になりました。これ訂正した成績表です」
と言って新しい成績表を渡される。
「8位になったんですか?だったら北信越大会に行けるんですか?」
「はい。出場できます」
「わあ、ありがとうございます!」
「やったね!」
という声があがるが
「でも失格って何したんですか?引き継ぎ違反ですか?」
と質問が出る。
リレーでは前泳者が壁のタッチ板にタッチした後で、次泳者の足がスタート台から離れる必要がある。電子計時では0.03秒の誤差まで認められるがそれ以上早いと失格になる。
「いえ、失格の理由は公表しないことになっていますので、済みません」
と言って事務の人は更衣室から出て行った。
「引き継ぎ違反やフライイングじゃなかったら何だろう?」
「転校生規約とか」
「留年してたとか」
高体連の公式大会には転校して半年以内の選手は出場できない。また1学年に1度しかひとつの大会には出られないので、留年した年は出場できない。
「男だったとか」
「まさか!?」
「男子の種目に出るつもりが間違って女子の方に出ちゃったとか」
「それもっとあり得ない」
「男子なら男子水着を着てるでしょ?」
「男が女子水着を着てたら、おっぱいが無さ過ぎてバレるよ」
「おっぱいのこと言われたら、私やばい」
「あんたマジで男じゃないよね?」
などとやっている。
しかし
「男だったらちんちんが盛り上がってて分かるんじゃない?」
という意見が出ると
「あ、そちらでバレるか!」
とみんな納得してしまう。
青葉はポーカーフェイスを保つのに少し苦労した。
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