[携帯Top] [文字サイズ]
■春泳(9)
[*
前p 0
目次 #
次p]
(C)Eriko Kawaguchi 2015-11-23
青葉は6月26日(金)はいつものように放課後合唱の練習に出てから帰宅、ジョギングをしてきてから夕食を取って少し仮眠し、夜11時頃に起きて勉強をしていた。それで1時過ぎたので、そろそろ寝ようかなと思い、勉強の道具を片付け、コーヒーカップを台所に持っていって洗い、それで布団を敷いて寝間着に着替えようとしたところで千里から電話が掛かってきた。
「ああ、やはり今日産気づいたんだ?あれ?ちー姉合宿してたんだしゃないの?」
「そうなんだけど、阿倍子さんひとりでいるって言うからさ、様子を見に来たんだよ。それで今病院に運んでいる最中」
「様子を見るのに合宿の後、大阪まで行ったんだ!」
「それで青葉にサポートして欲しいんだけど、補習があるのに申し訳ないけど、明日の朝一番のサンダーバードでこちらに来てもらえない?これリモートでは済まないみたい」
「分かった」
と青葉は即答した。
それですぐに時刻を調べてみる。
朝一番のサンダーバードは金沢5:35発である。新大阪着は8:15だ。それだと朝のラッシュにも引っかかるので、多分その病院に辿り着くのは9時前後になる。しかしこれは1分でも早く到着した方がいいと思った。
青葉は時刻表のひとつ前のページに金沢5:00発のしらさぎが載っていることに気づいた。その米原到着は6:56である。新幹線の連絡を調べる。
6:59に米原を出て新大阪に7:33に到着する便がある。これなら道も混んでないから8時前に着ける。でも米原で3分で乗り換えられるか??
青葉は一度京都駅で在来線→新幹線を1分で乗り換えた経験があるのを思い出した。米原駅の構造は複雑だ。京都駅より大変かも知れない。しかし3分あれば行けるはずだ。よし。これを使おうと青葉は決断した。
それで母の寝室に行く。
「お母ちゃん、ごめん」
「どうしたの?青葉」
と母は目は覚ましたものの、半ばまだ眠った状態で訊く。
「ちー姉がヘルプを求めてるんだ。ちー姉の元彼の奥さんが難産で苦しんでいるらしくて。それで明日朝から大阪に行ってこないといけない」
「それは大変だね!」
「お母ちゃん、悪いけど、朝金沢駅まで送ってくれない?」
「いいよ。何時に出る?」
「5時ちょうど発のしらさぎに乗るから、4時前に家を出たいんだけど」
「それはいいけど、あんた今もう1時半なのに」
「うん。だから今から寝る」
「じゃ私も寝る。朝御飯まで作りきれないからあんた適当に調達して」
「そうする」
それで青葉は結局寝間着に着替えず、普段着のまま布団に入った。目を覚ましたのは3:40である。急いで着替えをスポーツバッグに詰めて母の部屋に行く。
「あ、ごめん。起ききれなかった」
と言いながら母は起きてきてくれた。しかしどうも半分寝ている感じだ。
「お母ちゃん、お母ちゃんの意識が明瞭になるまで私が運転するよ」
「あんた、それ無免許運転」
「今のお母ちゃんの状態なら事故が怖い」
「そうだね。じゃ高岡ICまで」
それで青葉がヴィッツの運転席に乗り、朋子が助手席に乗って出発する。朋子は助手席の窓を開けて風を顔に当て、ブラックの缶コーヒーを飲んでいた。高岡の道の駅(万葉の里高岡)まで行った所で運転交代する。ここは高岡ICのすぐそばにあるのである。正確にはその道の駅の隣のローソンにつけてトイレに行くとともにおにぎり・お茶などを買った。母が「これ暖かいよ」と言って肉まんも買って持たせてくれた。
「お母ちゃん、ありがとう」
と青葉は笑顔で言う。
その後は朋子が運転席、青葉は後部座席に乗って車は出発。朋子がそのまま高岡ICから高速に乗って能越道→北陸道と走って金沢東ICで降り、金沢駅西口に付けた。後部座席で仮眠していた青葉は母に御礼を行って車を降り金沢駅に走り込む。そして切符を買って《しらきざ52号》に飛び乗った。
そして《雪娘》に『着く少し前に起こしてね』と頼んで、青葉は座席で熟睡した。
米原に到着したのは予定より少し早い6:55であった。青葉は10分前に起こしてもらって荷物を持ちドアのそばに立っていた。ドアが開くのと同時に列車を降りて走り出す。階段を駆け上がり、ひたすら走って新幹線改札口を通り、更に新幹線ホームまで走る。無事到着して大きく息をついていた所に新幹線が到着した。乗り込んで空いている座席に座ると、その柔らかい座席が物凄く快適であった。
7:33、予定通りに新幹線は新大阪に到着した。青葉は北口から外に出てタクシーに乗り込むと、行き先の病院の名前を告げた。
青葉が病院に到着したのは7:55頃である。タクシーが病院の玄関に付けてくれたら、そこに千里が立っている。さーすが、ちー姉!
千里が助手席の窓をノックするので運転手さんが窓を開ける。すると千里は
「済みません、これお釣り要りませんから」
と言って5千円札を渡した。
「おおきに」
と運転手さんも笑顔で言って、それを受け取って後部座席のドアを開けた。千里は青葉の荷物も持ってくれた。一緒に病院の中に入っていく。
「ごめんねー。忙しいのに。水泳の北信越大会に出るんでしょ?」
「うん。まあ半月後だけどね。それよりちー姉こそ日本代表の合宿中なのに」
「これも何のお膳立てもせずに、合宿に行っちゃった貴司の馬鹿のせいよ」
実際青葉も、誰もヘルプできない状況なら病院に説明して入院させてもらっておけば良かったのにと思う。
「でもあらためて聞きたいけど、結局、ちー姉と貴司さんって今どういう関係な訳?」
「ただの友だちだよ」
「ただのね〜。でもセックスくらいするんでしょ?」
「あいつが阿倍子さんと婚約した後は1度もしてないよ」
ほんとかなぁ〜?
病室に入ると、阿倍子さんは目を覚ましているが辛そうである。千里は青葉を「友人のヒーリングの達人」と紹介した。
ここで自分の妹などと言うと、よけいな感情を持ちかねないので、ニュートラルな立場の人物ということにしておいた方がいいと判断したのだろうと青葉は解釈した。
「じゃ赤ちゃんが頑張れるように波動を送りますね」
と言って病室でヒーリングを始めた。
貴司が到着したのは千里の予想通り9時すぎであった。かなりの渋滞に引っかかってしまったらしい。
阿倍子さんの状態は一進一退である。今にも産まれそうなのに産まれない。しかし貴司が来たことで、本当に阿倍子さんは嬉しそうだった。それで千里はそれを見て、貴司と青葉に後事を託して東京に戻ることにした。青葉には色々お金がいるかも知れないからと言って50万円渡した。青葉も高額の現金に驚いたものの、確かにこういう時は何があるか分からないしと言って受け取った。
貴司には青葉のことを自分の義理の妹と打ち明けた上で、阿倍子さんには単に「友人のヒーリングの達人」と紹介しているから、変なこと言わないようにと釘を刺しておいた。一応貴司も巫女の息子だけあって青葉がかなりの力量の持ち主であることは気づいたらしい。
また冬子たちが大阪まで一緒に来てくれて、阿倍子さんを病院まで運ぶのを手伝ってくれた上で、今取り敢えず貴司のマンションで休ませていることを言い、了承をもらった。もっとも貴司もまさか4人も泊まり込んでいるとまでは思わなかったかも知れない。
それで千里は病室を出ると、東京のトレセンに置いて来た《きーちゃん》に呼びかける。
『よろしくー』
『じゃスイッチ』
それで千里はもうトレセンの自分の部屋にいる。すぐにユニフォームに着替えバッシュを履いて練習場に向かった。
「おお、来たか。15分遅れてきたからコート15周」
と篠原監督が笑顔で言うので、千里は
「はい」
と言って走り始めた。
一方千里と入れ替わりで大阪に来た《きーちゃん》は空いている病室で待機している《びゃくちゃん》《りくちゃん》と合流した。
千里はその日27日は練習を続けながら時々青葉とメール交換して様子を確認していた。産まれそうなのに産まれないという状態がずっと続いているらしい。なお千里の専任ドライバーの矢鳴さんは大阪までエルグランドを持って行った後、向こうで少し仮眠してからフリードスパイクで病院に行ってみたものの、千里が既に東京に戻ったことを知り、そのまま静岡まで走って福田さんに車を返却してから新幹線で東京に戻った。
「眠っていてすみません」と矢鳴さん。
「こちらこそ連絡してなくて済みません」と千里。
(大阪にはエルグランドと佐良さんが残っている)
その日の練習が20時すぎに終わり、部屋に戻って汗を流し少し休んでいたら冬子から電話が掛かってきた。千里は状況を説明した。その後、22時頃、青葉から《赤ちゃんがやっと産道に進み始めた》という連絡がある。千里はホッとして、それを冬子にもメールした。ところがその後青葉から《赤ちゃん子宮に戻っちゃった》という連絡がある。うっそ〜!?と思いながらも、それをまた冬子に連絡した。
23時すぎ、思わぬ人から電話が入る。
「理歌ちゃん、久しぶり!」
それは貴司の妹の理歌であった。彼女は玲羅と同学年で、今年の春札幌の大学を卒業し、そのまま札幌市内の企業に就職している。
「千里さんに訊くのは筋違いなのは承知なんだけど、阿倍子さんのお産、どうなっているか聞いてません? 兄貴に電話するんだけど、全然要領を得なくて」
「まあ男はお産のこと分からないよね」
「あ、そんな感じなんですよ!」
それで千里は自分の義理の妹の青葉という子が病院に詰めているので、詳細な状況は青葉に聞いて欲しいと言って電話番号を教えた。
「それどういうことで義理の妹になってるんですか?」
「この子、大船渡で被災した震災孤児なんだよ」
「わあ・・・」
「震災で両親、祖父母、お姉さんを一気に亡くした」
「きゃあ」
「それで途方に暮れていたのを、ちょっと縁があって私と親友の桃香って子で保護して。それで私と桃香がその子のお姉さんになってあげたんだよ」
「なるほどー」
「法的にも、桃香のお母さんが後見人になってくれて、それでそちらの実家の富山県で暮らしているんだ」
「へー」
「それで実はこの子、MTFなんだよね」
「あぁ」
「そして物凄い霊的なパワーの持ち主。たぶん日本で五指に入る霊能者」
「それ、二重の意味で千里さんと引かれ合ったんじゃないんですか?」
「そんな気もするんだよねー。ちなみに既に性転換手術済みだから」
「何歳なんですか?」
「18歳」
「それで手術済みって凄いですね」
「実は15歳の時に手術した」
「よくしてくれましたね!」
「特例中の特例の超特例で認可が下りたんだよ」
「へー」
「それでこの子、ヒーリングの達人でさ。死にかけた病人の自然快復力を刺激してこれまで何人も助けたことあるんだよ」
「それは凄い」
「それでそばに置いて阿倍子さんのサポートをさせている。あの人、そもそも妊娠維持能力も出産能力も皆無って感じでさ、ここだけの話」
「うーん・・・それ、もしかして帝王切開した方がよくないですか?」
「そうなんだよねぇ。もう丸1日だし。ただ、今にも出てきそうな雰囲気なんで現時点では帝王切開を選択する条件を満たしてないらしい」
「私、行った方がいいですかね?」
「来てくれると物凄く助かる。女性の若い親族が誰も居ないんだ。私は東京で日本代表の合宿中で行けないし。そもそも私がそばにいたら阿倍子さん不愉快だろうし」
「明日にも大阪に行くことにしますよ」
「ごめんねー」
0時を過ぎたところで動きがあった。
あまりにも状況が進まないので、とうとう医師が帝王切開を提案したのである。阿倍子さん本人も、もうそれでいいと言い、貴司も同意したのだが、そのことを名古屋で入院中の阿倍子さんのお母さんに連絡したら反対だというのである。
「あの子、以前盲腸の手術した時にも、単純な手術のはずなのに、血圧とかが急低下して死にかけたんです。盲腸より大変そうな帝王切開なんかしたら本当に死にかねません」
それで医者が電話で再度お母さんに状況を説明して説得しようとしたものの、お母さんは頑固である。それでいったん電話を切ってどうするか向こうで相談する。その件で青葉から電話が掛かってきたので、千里は貴司と直接電話で話した。
「理歌ちゃんがさ、サポートに明日そちらに行くってのは聞いた?」
「あ、そうなんだっけ?」
理歌は貴司に連絡したはずなのだが、ちゃんと話を聞いてないのだろう。
「今思いついたんだけど、理歌ちゃんに名古屋に行ってもらってお母さんをそちらに連れて行ってもらったらどうだろう? 電話ではなかなか伝わらないし、阿倍子さんの状況も実際に見せた方がいいと思うんだよ」
「でも動かせるんだっけ?」
「誰か知り合いの看護婦さんにでも付き添わせるよ」
「あ、だったら何とかなるかな」
それで千里は深夜申し訳無いとは思ったのだが、バスケ関係の知り合いで、看護師の資格を持っており、名古屋のクラブチームに所属している白子奈香さんという人にメールしてみた。幸いにもまだ起きていたようで電話してくれる。それで千里は再度こちらから電話を掛け直した上で、状況を話し、申し訳ないがその難産で苦しんでいる最中の自分の友人のお母さんが入院中の名古屋の病院から大阪の病院まで付き添ってもらえないかと頼んでみた。
「お母さんの病状は?」
「実は私も詳しく聞いてないんだよ。友人に聞いても要領を得なくて」
「ちょっとその病院の連絡先教えてくれない? 私が直接聞いてみる」
それで白子さんは直接、阿倍子さんのお母さんが入院している病院に電話してみた。それで千里に再度電話が掛かってくる。
「今の状態だったらひとりで外出しても大丈夫のはずと病院の説明」
「あ、そうなんだ!」
「実は退院してもいいくらいなんだけど、退院させた場合に、面倒を見られる人が居ないので退院させられないんだって」
「むむむ。何て困った親子なんだ」
名古屋の病院を選んだのは元々このお母さんの出身地で病院にも知り合いの医師がいたかららしい。ただ彼女の実家には70歳をすぎたお姉さんがいるだけで、その人は歩行にも困難があるので、とても病人の面倒は見られないという話であった。
「だから私が付いて大阪まで連れて行くのは問題無いと思う」
「ありがとう。それ明日というか、今日だけど頼める?」
「うん。休みだし試合も無いから大丈夫だよ」
それであらためて理歌に電話して、明日の飛び先を大阪ではなく名古屋にして欲しいと伝えた。
「分かりました。看護婦さんも付いてくれるなら安心。その看護婦さんの連絡先を教えて下さい」
ということで理歌と白子さんで直接話してもらい、その結果を貴司にあらためて伝えた。
[*
前p 0
目次 #
次p]
春泳(9)