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■春弦(12)
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9月15日(日)。この日は青葉は富山市でコーラス部の大会があり、朝から高岡駅に集合してみんなで富山まで行き歌ってきた。この週末、実は日本は大型の台風18号が列島を縦断したのだが、被害は太平洋側に集中し、富山県ではほとんど雨が降らなかった。
しかしその日の深夜のことである。早紀から青葉の携帯に電話が入った。青葉は寝ていたのだが、枕元の電話が鳴るので取る。深夜に掛かってくること自体が異例だが、早紀らしくもなく何だか焦っている。
「夜分ごめんね」
「ううん。どうしたの?」
「私の従妹が**島に住んでいるんだけどね」
「うん」
「盲腸を発症したのよ」
「あら」
「島にはお医者さんが居ないから本土に搬送して緊急に手術する必要があるんだけど。それがこの台風で船が出なくて」
「うーん」
「警察から自衛隊に頼んでヘリを出してもらったんだけど、風が凄すぎて島への着陸を断念した」
「うむむむ」
「取り敢えず自衛隊のヘリが薬を投下してくれたんで、今それを島に居る、元看護婦さんの人が注射してくれたんだけど、そう何時間もは抑えてられないと言うのよ」
「まずいね」
「青葉助けてあげてよ」
「どうやって!? 私魔法使いでも超能力者でもないよ」
「青葉さ、夢の中で手術できるんでしょ?1度言ってたじゃん」
確かにその件は、早紀にだけは1度うっかり漏らしたことがあった。
「あれは効果無い場合もあるよ」
夢の中で手術したはずが、一時的に痛みが抑えられただけで何も起きていなかったこともあった。
「でも効果ある時もあるんでしょう。やってみてよ」
「・・・・でもそれ相手とラポールが繋がらないと」
「私とあの子が一緒に遊んでいるビデオがあるから、それ私のホームページにアップロードするから見てくれない?」
「それだけでラポール繋ぐ自信無い」
「とにかくやってみてよ。お願い。あの子の命が掛かっているの。台風はこれから接近してくるから、あの子を本土に運べるの、いつになるか分からない」
「取り敢えずアップしてみて」
「うん」
青葉はそのビデオをダウンロードして視聴してみた。
うーん。。。これだけでこの子とラポールをつなぐ??
青葉は早紀に電話する。
「この子と電話で話せる?」
「うん。電話番号を言うね」
それで青葉はその子の携帯に掛けた。
「はい」
と言って出たのは中年の女性という感じだ。
「**さんのお母様ですか? 私、小沼早紀の友人なのですが」
「あ、はい」
「私、巫女さんみたいな仕事をしていて。この際、藁をも掴む思いで私に祈祷をして欲しいというので、**さんと少しお話できますか?」
「はい!お願いします」
それでお母さんはその子と変わってくれた。
「**さんですね?」
「はい」
「私、小沼早紀の友人の川上青葉と申します」
「あ、話聞いたことあります。日本一の霊能者だって」
そういう話を早紀がしているのであれば、《仕事》がしやすい。あるいはこれは何とかなるかもという気がした。
「痛みを減らすのに祝詞を唱えていいですか?」
「はい、お願いします!」
それで青葉は彼女の耳元で《安眠誘導する!》祝詞を唱えた。すると2分もしない内に彼女は眠ってしまったようであった。お母さんが代わって、
「娘は眠ってしまったようです」
と言う。
「そのまま寝せてあげてください。熟睡できるように明かりも消して。少し眠ったほうが本人も少し体力を回復できます」
「分かりました」
「こちらも祈祷を続けますので」
そう言って青葉は電話を切り、そのまま自分の布団に戻って寝た!
そして・・・・青葉は今自分が《例の夢》の中にいることを確信した。少し離れた所に**ちゃんが寝ている。
「こんばんわ」
と声を掛けると彼女が目を覚ます。
「あ、こんばんは。青葉さんだー」
「私のこと分かる?」
「ええ。早紀さんから写真を見せてもらったから」
やれやれ。しかしどんな話をしているのだか。
「今夜は私はお医者さんだよ」
「え?そうなんですか?」
「だってこれ夢の中だから、今**ちゃんに一番必要な人に変身するんだよ。ほら、私白衣着てるでしょ?」
「ほんとだ!」
「今から虫垂炎の手術してあげるから、痛みは取れるよ」
「きゃー、それは助かります」
「麻酔打つから痛くないからね」
「はい」
それで青葉は下半身麻酔の注射をし、本人に下半身の感覚が実際に無くなっていることを確認の上、手術を始める。実際には本人は目を瞑っている。麻酔のせいで炎症の痛みも感じないので、少しホッとしているかんじだ。
開腹する。実際に虫垂が炎症を起こしているのが見える。青葉はそこに至る部分の血液の流れを止めた上で虫垂を切り取った。その上で切断された血管を繋ぎ合わせて血液の流路を確保する。この作業はむしろ普通の医師には困難なことだ。1本ずつ確認しながら繋いでいくので、作業時間は40分ほど掛かった。
手術を終えようとした時、青葉はふと患者の子宮と卵巣の位置関係が変だということに気付いた。これ生理不順になりそうだし、将来妊娠した時に流産しやすいのではないかという気がする。ちょっとずらしてみたが、すぐ元に戻ってしまう。うーむ。。。と思っていたら
「貸せ」
と言って女神様が出てきて、上手に子宮の位置を動かしてしまった。
「そこを糸で縫って固定しろ」
「はい」
それで女神様が押さえてくれている間に子宮をその場所に固定した。
「OKOK」
「ありがとうございます。親切ですね」
「親切なのは青葉だな」
最後に切り開いた腹部を縫合する。ここも組織や血管・神経を丁寧につなぐ。結果的に開腹の傷は残らないはずだ。実際これまでこの手の「夢の中の手術」
をした場合、この組織を繋ぐすべを覚える以前にしたものでも開腹痕が残ったことはない。ただ、きちんとつなぐようになってから患者の回復が速くなったようである。
患者は結局下半身麻酔で手術している間に眠ってしまったので、そのまま青葉は自らを覚醒させた。
ふっと溜息をつく。そして早紀に電話した。
「手術したよ」
「ありがとう!」
「でもこのことは他言無用でね」
「うん。でも恩に着るよ」
翌日、早紀から連絡があり、患者はすっかり元気になり、お腹の痛みも全然無いということだった。
「**ちゃん、手術のことは何も覚えてないみたい」
「うん。あの夢の中で手術した場合、相手には記憶が残らないことも多いみたいなんだよ」
「なんで? だって会話したこととか覚えてるし、青葉が夢の中で使っていたペンライトが朝こちらに来てたことあったよ」
「私これまで夢の中の手術って10回以上やってるけど、相手がそれを覚えていたのは3回だけ」
「不思議だね!」
「記憶が変形している場合もある。私と一緒にずっとトランプしてた夢を見ていた人もいた」
「面白い」
更にその翌日また早紀から電話がある。
「やっと船が渡れるようになったんで、漁船にお願いして本土に渡してもらって病院に連れて行ったんだよ」
「うん」
「それでさ《虫垂の炎症は治まってますね》と言われたらしい」
「良かったね」
「青葉、手術で虫垂を切除したんじゃないの?」
青葉はどこまで早紀に言ってもいいか少し考えながら言葉を選びつつ話す。
「実はね。あの夢の中の手術って実際の効果は結構ぶれがあるんだよ」
「ぶれ!?」
「虫垂炎の手術は今回がもう4回目だけどさ」
「よくやってるな」
「内2度は確かに患者の虫垂は無くなっていた。でも以前にも1度健康な虫垂が残っていたことがあった」
「どういうこと?」
「こちらでは病巣のある虫垂を切ったつもりが実際には病巣だけを切ったんだろうね。元々お互いのイメージの中でしていることだし」
「うむむ」
「骨折した人の折れた所を修復したつもりでも、全く修復できてなかったこともあった。ただ骨の位置が正しい位置に戻って痛みも軽減していただけ」
「それだけでも大きいよ」
「指の切断をしてしまった人の縫合手術をしたことある」
「高度な手術してるな」
「夢だし」
「うーん・・・」
「登山中の事故だったんだよ。救助を呼んだけど吹雪ですぐには行けない状況だった。それで人差し指から小指まで4本切れていたけど、薬指と小指は組織が潰れていて接合不能と見て、人差し指と中指だけを接合した」
「で?」
「翌朝、本人の指は4本とも繋がっていた」
「なんで!?」
「だからぶれなんだよ。本人は指が切れたこと自体が夢だったのかもと思ったみたい」
「まあ、それ以外に説明のしようは無いよね」
「ただお医者さんに見せたら、指は4本とも折れていると言われてリハビリに1年かかったみたいだけどね」
「まあ、そのくらい良いでしょう」
電話を切ってから、少し《例の問題》について悩んでみた。
青葉は《よけいな親切心を起こして》昨年12月にヒロミを夢の中で性転換手術してしまった。その手術の内容は、陰茎・陰嚢・睾丸の除去、陰核・陰唇・膣の形成である。しかしその実際の結果はどうなっているのか、実は青葉にも見当が付かない。
本人は睾丸が無いことは認めているが、陰茎はどうなのだろう? 本人の言葉からはどうにも判断できない。また生理があるのはいいとして(!?)婦人科に行って内診台に乗せられて異常無いですと言われたというのはどういうことなのだろうか? やはり完全性転換状態なのだろうか? 性転換はしていないと本人が言っているのは、単に恥ずかしがっているだけ? それともやはり陰茎は残っている??
更に「異常が無い」と言われたって・・・・まさか、卵巣や子宮もできていたりして。
「まあ、あとは本人が好きなようにするかな」
と独り言のように呟くと、女神様が
「私も親切心を起こしてあげようか」
などと言う。
「そうですねぇ。じゃ、祠を作った後で考えましょうか」
それで青葉は彪志に電話した。
「あのさ、ちょっと土地を探してるんだけど」
「土地?」
「千葉市内でね。見晴らしのいい所がいいんだ。交通の便は悪くても構わないし今は荒れたりしててもOK」
「何の土地?」
「うん。個人的に買うかも」
「まさか、俺と一緒にそこに住むとかじゃないよね」
「ごめーん。私、北陸に定住するつもりだから」
「俺との結婚は〜?」
「そうだなあ、どうしようかな」
「結婚はしてくれるんだよね?」
「もちろんですわ、旦那様」
「良かった」
「まあ、ある種の別荘みたいなものになるかも知れないけど、そんな感じの所を探してくれないかなあ。できたら、彪志の大学が見える所がいい」
「へー! じゃちょっと地図で見当付けて休日に少し走り回ってみるよ」
「うん、よろしくー」
『御神体にはふつう鏡だろうけど、私は皿がいいぞ』
と女神様は言った。
『皿ですか』
そういえば岩手の旅館で古伊万里の皿を見ていたなと青葉は思い出した。
『それに貢ぎ物のお菓子とか御飯とかを載せてもらう』
『ああ、いいかもですね。あ、みたらし団子買ってきてたの忘れてた』
と言って青葉は鞄の中から団子を取り出す。
『これ、学校の近くにある団子屋さんなんですけど、美味しいんですよー』
『どれどれ』
と言って女神様は1本団子を取る。
女神様は人目があれば物体的には取らずに「中身だけ」取る(残った物理的な団子は味が無くなる)のだが、青葉しか見ていないので、物理的に1本取り、美味しそうに食べている。
『気に入った。ここの団子を毎日買ってくるように』
『毎日じゃお小遣いが持ちません。週に1回程度で』
『お前、依頼料で何十万円も取ったりしてお金あるんじゃないの?』
『それは自分では使いませんから。私のお小遣いはお母ちゃんからもらうお金だけで運用しています』
『面白い子だねぇ』
と言って、女神様は更に団子を1本取ると、青葉の守護霊に手渡していた。守護霊がびっくりしていた。
『あ、そうそう。青葉、お前赤ちゃん2人産むことになるぞ。あのヒロミちゃんも赤ちゃん1人産むぞ』
と女神様は言った。
でも青葉は聞かなかったことにした。
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