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■春弦(2)

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それで最初の出番が来る。ヒロミは廊下で座って「失礼します」と声を掛け、(襖は開いているので)そのまま中に入ると、箏の所に座り、『六段の調べ』
を演奏し始めた。
 
部屋の中では、以前のイベントでも見たことのある社長・専務・常務が、外人の男性2人・女性1人と英語で話している。父がその場には居なかったので少しホッとした。
 
話している内容を何となく聞いていると、専ら最近のパソコン技術の話だとか、2020年の五輪開催地がどこになるだろうかなどという話、プロ野球で連勝を続けている楽天の田中の話などが出ていて、ビジネスの話はしていないようだ。そういう話は、あるいは別途誰も入らないところでやるのかも知れない。どうも外人さんの方は、この女性が会長さんのようである。
 
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40分ほど置いて、今度は杏那さんたちと一緒に胡弓を持って出ていく。
 
今度はお部屋で話していたのは、外人の男性2人と、こちらの専務・常務に営業部長だ。こちらの社長と向こうの会長さんはどこか別室で話しているのだろう。
 
話題は何だか食べ物の話だ。すき焼き、しゃぶしゃぶ、天麩羅、など日本の食の話が出ている。その内、お魚の話も出て、Tuna(マグロ), Bonito(カツオ), Salmon(サケ), Trout(マス), Sea Bream(タイ), Flounder(ヒラメ), などといった魚の名前が出た後で、こちらでは Yellowtail(ブリ)が美味しいんですよ、などという話にもなっている。この外人さん2人は日本に何度も来ているようでお寿司も体験しているようだ。
 
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更に40分後に今度は箏で出て行く。3度目なので緊張感もやわらぎ、「さて、弾いてくるか〜!」という感じで気軽な気持ちで出て行ったら、部屋に父が居る。ぎゃっと思ったが、もとより父にこの姿を見られるのは覚悟というか、むしろ、見てもらうために出てきたのである。気持ちを引き締めて箏の前に斜めに向いて座り、「平常心、平常心」と自分に言い聞かせながら演奏を始める。
 
部屋の中に居るのは、今度は外人の女性会長と、こちらの社長、営業部長に、業務部長の父である。話に集中しているようで、父にしても営業部長にしても、相手会社の会長さんだけを見ている。話はけっこうビジネスの核心になっている雰囲気だ。細かい問題点を話している。そしてヒロミも自分の演奏に集中した。
 
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演奏は続くが、誰も琴の音色には注意を払ってない。
 
演奏は20分で4曲する。その内3曲まで演奏を終えて4曲目に入る。その曲の先頭付近を弾いていた時、ふと父が何かを考えるようにして視線を泳がせた。そしてこちらを見た。
 
ヒロミは箏を見ているが、父がこちらに目をやったのは認識する。へ!?という顔の父。メガネを外して目を擦り、再度メガネを掛けてこちらを見る。目をパチクリさせている。ヒロミは見られているのは意識しているが平常心で演奏を続ける。父もすぐ仕事を思い出し、話に集中する。しかし時折こちらに目をチラッチラッとやる。
 
そして演奏を終えて退席する時、ヒロミは父に向かってニコっと微笑んだ。父がドキッとしたような顔をした。
 
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40分後、今度は胡弓で出て行く。
 
ちょうどお昼の時間帯で、向こうは会長・CEO・COOが揃っているし、こちらも社長・専務・常務に、営業部長・業務部長(ヒロミの父)・管理部長、それに朝ヒロミが話をした色留袖の女性(金沢支店長で向こうの女性の会長の話し相手含みで列席したらしい)まで顔を揃えている。天麩羅・お刺身・茶碗蒸しに、湯葉や野菜の煮物を器に盛ったもの、すき焼き風の鍋物、ぶりかま、等が並んでいるのが見える。
 
ヒロミが部屋に入って行った時、父がしっかりヒロミを見た。ヒロミは笑顔で首を傾げて《女の子式会釈》をした。父は戸惑ったような顔をした。
 
それで杏那さんと一緒に胡弓を演奏するが、ヒロミの心は妙な開き直りに似た境地になっていた。それで心が落ち着いているので、自分の演奏も凄く決まっている気がした。この微妙なコブシのような揺らぎの入る、おわらの伴奏が元々苦手なのに、この時の演奏は物凄く良く音が「踊っている」感じだったのである。隣で旋律を胡弓で弾いている杏那さんが驚くような顔をしていた。そして父はヒロミの方を見ながら時々頷くような仕草をしていた。
 
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演奏が終わった後で、別室で御飯を頂いた。とても美味しい御飯だった。
 
「ヒロミちゃん、2度目の胡弓の演奏、凄く良かった。習いに通わない?才能あるよ」
と杏那さんが言うが
 
「ごめんなさい。勉強で忙しいから」
「ああ、そうだよねー。高校卒業してからでもいいけど。って、大学行くんだっけ?」
 
「阪大の医学部を志望校にしてます」
「ひゃー! さすが凄い所だ。じゃ、高校出たら大阪に行っちゃうのか」
「実際には、受験時点での学力考えて最終的に志望校は決めますけどね。東京医科歯科大あたりにするかも知れないし、案外近くの金大(きんだい:金沢大学)にするかも知れないし」
 
正直な所、ヒロミは親元から離れてひとりで伸び伸びと女の子ライフをしたい気分であった。
 
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「でも凄いなあ。女の子でも頑張る子いるんだなあ。志望校決めるのに親と揉めなかった?」
「今の高校に入る時に、近くの高校でいいじゃんと随分言われたんですけどね」
「ああ、そうだよねー。女の子は別に難しい学校行かなくても、と言われがち」
 
「私ももう少し頑張れば良かったかなあ」
と恵規(さとみ)さんが言う。
 
「私は本当は東京の△△△に行きたかったし、学校の先生も充分入れると言ってくれてたんだけどねー。父親が女の子を東京にまでやれん、とか言って、今、福短(富山福祉短大:富山県射水市)に行ってるのよ。でも短大では『なんで君みたいな人がこんな学校に来た?』とか教官に言われるし、実はクラスの中で私、浮いちゃってるんだよ。話が合わなくてさ」
 
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「自分の実力と合わない学校に行くとそうなります。今からでも再受験する手はあると思いますよ。2浪くらいの人はいっぱい居ますし。特に難関大学とか、医学部とかには」
とヒロミは言う。
 
「そうだよね。マジで考えてみようかな」
と恵規さんは本当に考えている感じだった。
 

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「でもヒロミちゃん、あんなに胡弓上手いなら、ヴァイオリンとかは弾かないの?」
 
「ヴァイオリンは触ったことないです」
「一度弾いてみるといいよ」
 
「今度カラオケ屋さんとかで会わない? ヴァイオリン持ってくるから弾かせてあげるよ」
 
「膝に抱えて弾くのと肩と顎で支えて弾くかの違いだよね」
「随分違いますよー!」
 
「ヴァイオリンというと、こないだ私、《呪いのヴァイオリン》という話を聞いたよ」
 
「何それ?」
「凄く美しいヴァイオリンなんだって。普通のヴァイオリンの持つ所の端が普通は渦巻きになってるじゃん。あそこが綺麗な彫刻になってるらしくて」
 
「へー」
「でもそのヴァイオリンに魅せられて手にした資産家が没落したり、愛用した演奏家が気がくるったりとか、とにかく関わった人がみんな不幸になったんだって」
 
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「こわー」
「宝石には良くその手の伝説があるけど、ヴァイオリンにもあるんだ?」
 
「凄く古い名器ではあるらしいよ。ストラトバリウスとかガダネリより古いものらしくて買うと何億とするんだって」
 
惜しいなとヒロミは思った。ヴァイオリンならストラディヴァリウスだ。ストラトヴァリウスはロックバンドだ。ガダネリは多分ガルネリとガダニーニがごっちゃになっている。
 
「何億も出して買ったから、お金が無くなって没落したんだったりして」
「あるかも!」
 
何だか最後は落語的な落ちになってしまった。
 

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ヒロミが帰宅すると母が笑顔で訊いた。
 
「どうだった?」
「うん。楽しかった。他の出演者の人たちと控室でおしゃべりとかしてたけどみんな、私のこと普通に女の子だと思ってる感じだった」
 
「そりゃ、ヒロは女の子だもん」
と母が言うと、ヒロミはジーンときてちょっと涙が出た。
 

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父が帰ってきたのは夜22時すぎであった。これでも父の帰宅時刻としては早い方である。
 
ヒロミは敢えて下着の線が見えるようなTシャツに膝丈スカートという格好で部屋から出てきて「お父さん、お帰り」と言った。
 
「おお、ヒロ。今日はびっくりしたぞ。まさか本当に振袖を着てくるとは思わなかった。何だか美人になってたな」
と父は笑って言うが、ヒロの格好を見て、顔をしかめる。
 
「なんで、お前また、そんな女の子みたいな格好してんの?」
 
「だって私、女の子だから。これまで男の子の振りしてたの。ごめんね」
とヒロミは女声で答える。
 
「ちょっと待て。どういう冗談? それにまるで女の子みたいな声」
 
「そりゃ、女の子だもん。だから私、振袖も着るし、学校にも女子制服を着て通っているんだよ」
 
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「はぁ〜〜〜!?」
 

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