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■春望(6)
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「ね、青葉さん」
「はい」
「私のヒーリングしながら、青葉さん、よくお母ちゃんの手を握ってますよね。あれ、何かしてるんですか?」
青葉は微笑んで答えた。
「心のヒーリングです。息子だったはずの子が娘になっちゃったショックを少しだけ緩和してました」
「ああ、やっぱりそうだったんだ。確かに親としてはショックだろうなあ。でもたいてい途中でお母ちゃん眠くなってしまうみたい」
「心の緊張がほぐれると眠くなりますし。それに心を癒やすのにも寝るのがいちばんなんですよ。もし春奈さん、失恋とかした時は、ひたすら寝ましょう。どうしても眠れなかったら、横になって目を瞑っているだけでもいいですよ。寝る度に少しずつ心の傷は治っていきます」
「覚えとこう。私きっと何度も失恋するだろうし」
9月4日火曜日。先週受けた模試の結果が受験した生徒に届いた。青葉は偏差値74であった。今回は難しい問題が多く、平均点が低かったため、高得点出した子の偏差値は高めになったようであった。T高校の入試担当の先生宛に成績表をFAXしておいた。
「美由紀、偏差値いくらだった?」と青葉は美由紀の携帯に電話して訊いた。「62だったよぉ。青葉、65に到達できなかった」と少し泣き声。
「大丈夫だよ。4月の模試が56だったんだから、大進歩だよ。特に今回の模試は問題が少し難しかったしね。4月に56、8月に62なら、12月には68かもよ」
「そっかー。じゃ私、また勉強頑張る」
2学期は頭から、3年生の進路指導が活発化したが、美由紀はT高校を受けたいと言って、小坂先生から一瞬絶句されたものの、8月の模試の成績表を見せると、
「随分頑張ってるね。頑張り次第では可能性あるから、とにかく2学期は全力で勉強しなさいね」と言ってもらった。
日香理は今回の模試は難問に苦しんだようで、4月より偏差値を落としてはいたものの、まだT高校の合格範囲内にあるので、とにかく気を抜かないようにと言われていた。
9月12日(水)に和実は東京に戻った。かなり体調が良くなったようで、最後の数日はエヴォンの店長・永井とけっこう長時間電話で話して、新しくオープンする店のことについて打ち合わせなども進めていたようであった。
和実は東京に戻る時、20万円入りの封筒を青葉に渡し、
「ヒーリングの代金は多分60万くらいだよね。悪いけど残りはしばらく貸しにしておいてくれない?年末くらいまでには払えると思うんだけど」
と言った。和実は別途「食費」として3万円を青葉の母に渡していたが、こういうのはお互い様、青葉がそちらに泊まった時はよろしく、などと言われて全額返されていた。
青葉は封筒の金額を確認した上で、
「震災の復興のためにたくさんお金使っちゃったんでしょ? 私も側面協力ということで、10万でいいよ」
と言って、10万、和実に返した。
「じゃ、お言葉に甘えて、そうしてもらおう。この後は毎回5000円払うから」
和実はこの後も取り敢えず年内くらい、週2回くらいヒーリングして欲しいと青葉に頼んでいた。
「そうだね。毎回もらうの面倒だし振込手数料ももったいないからまとめて月1万円ってのはどう?」と青葉。
「それは料金安すぎるよ」
「和実が経済力回復したら、もっと高額の料金取るから心配しないで」
「じゃ、体力と経済力と頑張って回復させなくちゃ」
9月17日(祝)。冬子が朝1番の飛行機で高岡にやってきた。その日東京に戻ることになっている春奈を迎えに来たのである。
本当はスリファーズの彩夏と千秋が迎えに来たがっていたのだが、春奈と彩夏と千秋の3人が揃ってしまうと、あまりにも目立つので、代わりに冬子が迎えに来ることにしたのである。冬子自身が少し青葉と話したいというのもあった。
冬子は目立ちにくいように友人の礼美に「監修」してもらった「出張するOL風」
の出で立ちで、朝7:55に富山空港に着く飛行機で到着し、空港連絡バスで高岡へ。オープンな場所での露出をできるだけ短時間にするため、朋子が車に青葉を乗せて駅前まで迎えに行った。
「青葉、すっかり元気になったね」
と冬子は車に乗り込み青葉を見ると、開口一番に言った。
「うん。先月18日に東京に行った時、1晩何もせずにのんびりとビジネスホテルで過ごしたんだけど、そしたら翌日の大会の時、凄くパワーがみなぎるのを感じたんだよね」
「のんびりと過ごす時間を持てたことで、スーパー回復したんだろうね。青葉は、自分が大変な時に、人の世話を焼きすぎたんだよ。 って、その世話を1人分頼んじゃった私が言うのも何だけどね」と冬子。
「なんか、性転換ラッシュだったもんね」
「短期間に集中したね」
「この子ったら、自分が手術を受けて部屋に戻ってきた数時間後にはお姉ちゃんのヒーリングを始めたんですよ。みんなスーパーマンとか神様とか言ってたけど、私はもうこの子自身の身体が心配で心配で」
「だって、ちー姉が物凄く苦しんでたんだもん。本当は一晩寝てから朝からヒーリングするつもりだったけど、あの苦しみようは放置できなかったから」
「たぶん、放置して寝ようとしても、気になって眠れなかったでしょうね」
と冬子。
「お姉ちゃんの方は、あそこで1時間ヒーリングしてもらったので、自分はこのまま死んでしまうかも、と思ったほどの激痛が緩和されて、頑張ろうという気持ちが出てきた、って言ってましたけどね」
と朋子。
「そういう時に行動できるのが青葉の凄い所だと思うな。私なんかきっと、どうしようどうしよう、と思っている内に時が過ぎてしまう」
「でも冬子さんは、そういう時、嘘みたいに幸運なことが起きて、問題が解決しちゃうんです。神様に愛されてるんですよ」
「ああ。。。そうなのかもね。私、ハプニングに強いって言われるけど、実はあまり深く考えずに行動してるんだ。とにかく目の前にある出来事を何とかしようとするだけで」
「目の前の事態をきちんと処理していく内に運が開けていく。そういう時の集中力が凄いんですよね。そこがやはり芸術家としての強さだと思いますよ」
「その集中力とか判断力ってのが、実は女の子の格好をした時だけに出ていたのよね。それに気づいたのが小学4年生の時で」
「男装してると、その男装でエネルギーを使われて本来の力が出なかったんですよ。女の子の格好することで、そのストレスが無くなって本来の力が出たんでしょうね。性転換手術が最後の封印を解除したんでしょう。だから性転換した後の作品『キュピパラ・ペポリカ』は大ヒットになったんですよ。ただ、冬子さんが実力を完全に発揮するには、政子さんも一緒にいないといけない」
「青葉も性転換手術したことで、封印が解けたみたい」
「はい、私もそう思います」
と青葉は微笑んで言った。
自宅に着くと、朋子が気を利かせて自分の部屋に入ったので、青葉はお茶を入れて、居間でのんびり冬子と話した。春奈の所には11時頃行く予定である。
「へー。夢の中で結婚式をあげたんですか」
「そうそう。私と政子と、結婚式の巫女さん役をしてくれた琴絵の3人が同時に同じ夢を見たの」
「それって、私が時々冬子さんの夢の中に無断侵入しちゃう時みたいな夢?」
「ああ、あれに似てるね。あんな感じの現実感があったのよ」
「でも夢の中に出てきた小道具が全部リアルで獲得できたというのも凄いですね。杯、お酒、鈴」
「でも3つ目の鈴をもらった女の子が誰なのか、結局いくら考えても分からない」
「政子さんと冬子さんの間の子供でしょ?」
と青葉は断言した。
「やっぱりそう?」
「それしか考えられません。でも、その子はまだ生まれてない。生まれてないのに既に自分の力を行使している。霊的な力の凄く強い子ですよ。その夢自体、その女の子が3人に見せたんでしょうね」
「うーん・・・・でもどうやって生まれるんだろ??」
「そういえば、政子さん、最近新しいボーイフレンドでも出来ました?あるいは結婚するかもってくらい強烈な」
「え? よく分かるね。先々月から新しい彼氏と付き合ってるんだよ。その人、すごく熱心だから将来的に結婚まで行く可能性はあると思う」
「先々月か。。。。私の勘もちょっとくるったかな。ごく最近、半月以内くらいに新しい出会いがあったように感じたんだけど。冬子さんの心に映っている政子さんの影から」
「うーん。政子は多情だけど、ひとりの男の子と付き合っている最中は他の子には興味持たないと思うけどなあ」
「本人直接見てないから少し焦点ぼけたかな・・・。でも、そんな感じの現実感の強い夢を見たのは初めてですか? 私の無断侵入の時以外では?」
「ずっと前、高校を卒業した直後に、政子とデートしてて鬼怒川温泉に泊まったんだけどね」
「ええ」
「その時、やはり政子と私の2人が同じ夢を見たんだ。その夢のことを書いたのが『影たちの夜』なのよ」
「へー」
「実はその夜こそが私と政子が結婚した日じゃないかって、私と政子の間では認識している」
「なるほど」
「その時の夢って不思議でね。当時は私の身体は未加工だったのに夢の中では完全に女の子だったのよね」
「ああ、私も性転換前から夢の中では女の子でした。生理もあるんですよね」
「その生理がリアルでの例の生理みたいなのと連動してるの?」
「そうです、そうです」
「私と政子がその夢を見た時は、夢の中でおやつとか夜食とか食べたのに、朝起きたら、その食べ殻がゴミ箱に入ってたの」
「あの夢って、けっこう現実世界と連動してるんですよね。単なる夢じゃなくて、まるで、もうひとつの現実みたいな感じ。私の部屋にあったはずのボールペンが、翌朝夢で侵入した相手の部屋に転がってたこともあるんですよ」
「おお。そんなことも。しかし食事や生理も含めて、夢の中と現実が連動してる訳か・・・・・青葉、夢の中で彼氏とセックスするんでしょ?」
「ええ。夢の中でしか、これまではセックスできなかったというか」
「彼氏は現実に戻った時、射精した感覚が残ってるのかしら?」
「実際に射精した後のような感覚らしいです」
「夢の中で避妊せずにセックスしたら、夢の中で妊娠するんだろうか」と冬子。
「しそうな気がします」
「妊娠すると、10ヶ月かけて胎児が育って行くのかな」
「そうなりそうな気がします」
冬子はひょっとしたら自分と政子との間の子供が夢の中で生まれるのでは?という可能性を模索しているようである。
「夢の中で妊娠している時は現実でもお腹が大きくなってたりしてね」と冬子。
「まさか」
「それで夢の中で出産したら、現実世界でも子供が生まれてたりして」
「えー!?」
「でも、私と政子のどちらが産むんだろうか??」
「うーん。。。」
11時少し前に母に車を出してもらい、春奈の静養先に出かけた。これまで毎日してきたようにダイレクトヒーリングをするが、ヒーリングしながら、静養先の家の娘の希美さん、春奈、冬子、そして青葉の4人でおしゃべりを楽しんだ。
「まだまだ痛みはあるけど、ふつうに歩いたり、希美ちゃんと一緒にお菓子作りしたりとか、結構できるようになりました」
「うん。春奈ちゃんの回復が思った以上に速いってんで、11月1日に新曲発売が決まったから」と冬子。
「えー!? 11月1日発売なら、今月中に録音ですか?」
「音源製作は24日から一週間の予定」
「う、う、う。もう少し休んでいたいのに」
「11月は全国ツアー10ヶ所ね」と冬子が言うと春奈は
「きゃー、鬼〜!」と叫んだ。
「私もツアーに帯同しようか? 同じ性転換手術体験者として何かサポートしてあげられるかも知れないし。そこのスケジュールは調整可能だから」
と冬子が手帳を見ながら言う。
「それだと心強いです。まださすがにちょっと不安です」
春奈のヒーリング代金については、所属レコード会社が払ってくれた。アメリカでのリモートヒーリングと高岡での1ヶ月弱のヒーリングで合わせて80万円と冬子はレコード会社の部長さんに言ってくれたようだが、実際には100万円払ってくれた。
春奈の体調が過去に性転換手術を受けた所属歌手より遙かに速いスピードで回復していたので、これでも安いかも知れないけど、などと向こうの部長さんは電話口で青葉に言っていた。
「正直、来年の3月くらいまでは無理かな、とも思ってたんだけどね」
とも部長さんは言っていた。
また、取り敢えず年内、リモートで週に2回ヒーリングしてあげることにし、その分を月15万円でお願いできないかと言われ、青葉は了承した。
レコード会社としては春奈は体調さえ良ければ月数百万稼いでくれる大事な稼ぎ手なので、そのくらいの出費は十分必要経費ということだろう。青葉はお金のない人の相談は1件3000円程度(風水系は3万程度)で仕事を受けるが、お金のある人からはしっかりもらう主義である。
「そういえば、ケイちゃんから聞いたけど、君、アナウンサー志望なんだって?」
とレコード会社の部長さんは電話口で言った。
「はい。将来アナウンサーになれたらと思っています」
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