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■春回(6)
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5月27日(土)、§§ミュージックの川崎ゆりこ副社長は出産予定日の3ヶ月前になったので産休にはいった。
ビデオガール・コンテストの二次審査が6月に、本戦が7月に行われるが参加できない。
6月9日(金)、やっとこの日で、青葉の産休が終わった。
その翌日10-11日(土日)、産休が明けたので『ミュージシャン・アルバム』の取材をおこなった。もっともこの取材は、産休中にも3回やったのだが!
今回はプリズムと鴨川ルリナを迎えた。10日にプリズム、11日に鴨川ルリナである。しばらくは青葉の負荷にならないように、1日1組で取材をおこなう。
「そういう訳でプリズムのみなさんでーす」
「よろしくお願いしまーす」
と全員両手を振っている。
「プリズムというから七色で7人かな?と思ったら6人なのね」
「1人辞めたんですよ」
「そうなの?」
「いえ、嘘です。少なくとも名前が決まった時からは6人です」
「名前決まる以前は10人くらいの時期もあったね」
「でも虹の色数って結構国や時代で様々らしいですね」
「七色って決めたのはニュートン大先生らしいですよ」
「ほほお」
「音楽がドレミファソラシの7音だからそれに合わせたらしいです」
「へー」
「アップルのリンゴマークが6色ですね」
「そうたっけ?数えたこと無い」
「一応私たちのパーソナルカラーはそれに合わせてるらしいんですよ」
「赤橙黄緑青紫」
「ふむふむ」
「メンバーが増えたら、黄緑とか藍色とか作ろうって社長が言ってました」
「その内100色くらいになったりして」
「区別付かなくなる気が」
「白とか黒とか金銀とかできたりして」
「プリズムの色には出てきませんよー」
「でも微妙な色を言われるよりは分かりやすい」
「それはありますね」
「まあほんとは紫もプリズムには出現しませんけどね」
「うん。出てくるのは“すみれ色”だよね」
「ええ。でも“菫”の字が戦後の当用漢字に無かったからそれに近い紫で代用したとか」
「そうそう」
「だから昔は紫外線とかも菫外線と言ってたらしいですね」
「でも2枚目のシングル出たね」
(本当は出る予定でまだ出てないが、放送日からの予定で話している)
「ええ。この世界、デビュー曲は出てもそのまま消えてしまう歌手が多いって言ってました」
「そうなんだよね。1枚目がある程度売れないと2枚目行かないからね」
「私たちの1枚目は2万枚売れたらしくて」
「今の時代にはよく売れた方だと思うよ」
「ゴールデンウィークのツアーもたくさんお客さん来てくれたし」
「良かった良かった」
歌唱では先日出したばかり(出る予定)の2枚目のシングルの曲を朱美のエレクトーンで歌った。6人の内実際に歌っていたのは4人だが、その程度は可愛いもんである。過去にはCDを流させて欲しいというのを断り、出演自体キャンセルになったケースもある。
インタビューが終わった後はリビングで焼肉をしたが、「美味しい!」と言ってもりもり食べていた。
「あれ?大宮万葉先生は?」
「まだ産休明けたばかりだからね」
「わぁすみませーん」
「大宮先生には悪かったけど取材をやらないと放送すべきものが無くなっちゃうから」
「だから恥ずかしい所見せることになるかも知れないからってしばらくは女性限定ということで、やってもらってるんだよ」
「そういうことだったんですか」
翌日は鴨川ルリナを迎えた。
「鴨川ルリナさんでーす」
「ぱちぱちぱちぱち」
「ルリナちゃんには私たちの制作をだいぶ手伝ってもらった」
とケイが言う。
「はい、ローズ+リリーさんの作品にだいぶ出してもらいました」
「あの頃はまだ中学生だったね」
「でも高校卒業しちゃいました」
「ご卒業おめでとうございます」
と朱美が言う。
「自分が高校出るまで芸能人やってたというのが驚きです」
「キャリア長いですよね」
「私これといったヒット曲は無いんですけどね。そこそこ売れる状態で6年間やってきたというか」
「いやルリナちゃんのアルバムはドライブのお供に使えるもん。1分で停めたくなる歌手が多いから」
「ああ私のCDはBGMに使えるという声はよくいただきます」
「心地よさというのは大きなポイントかもね」
「6年間に出した曲はかなりの数だよね」
「シングルは年に3枚くらい、アルバムは年に1度くらい出してますね。だから曲数としては80曲くらいになるかも」
「それ全部歌える?」
「ごめんなさい」
「いや古いのを忘れないと新しいのが覚えられないように人間の頭はできてるんだよ」
「何か覚えられるキャパはある気がしますね」
ピアノ室の歌唱では本人の一番のお気に入りという高校1年の時に出した曲をはるこのピアノで歌った。
その後はリビングに移動して焼肉をした。
「可愛いホットプレートだ」
「コロナ対策でこういうのを用意してるんだよ」
「すごいですね」
6月10日(土)、青葉は津幡のプライベートプールに姿を見せた。
「青葉さん」
と多江が声をあげる。
「産休がやっと明けたから泳ぎに来た」
「もういいんですか?」
「何ヶ月も泳いでなかったからプールが恋しくて恋しくて」
「ああ、そうでしょうね」
「頑張ってリハピリして、秋の社会人選手権で入賞できるよう頑張るね」
「頑張って下さい」
と多江はこの時点ではあまり深く考えずに声を掛けた。
青葉はプールに身体を沈め、軽く感触を確かめるように50mプールを往復して来た。
多江もリルも顔がこわばっていた。
「青葉さん、取り敢えず800mで競争しませんか?」
「無理だよー。9ヶ月くらいブランクがあるもん。私がかなう訳無い。競争なら半年後くらいに」
「だったら1ヶ月後くらいにやりませんか」
「んじゃ七夕に」
「はい!」
それから多江もリルも1ヶ月間必死に練習した。おかげで7月の世界水泳では2人とも優秀な成績を収めることになる。(毎日夕方には金色水着を着けた千里が現れて2人と3000m自由形で競う:実際にこれをやっているのは運動能力の高いオーロラ)
6月14日(水)、ラピスラズリが奈那の歌をカバーした『おじいさんの時計』(150年版)が発売された。奈那も青葉もCDを§§ミュージックから謹呈してもらったが
「プロが歌うと格好いいなぁ」
などと奈那は言っていた。
「みんなの歌バージョンしか聴いたことのない人には少しショックかもね」
「まずテンポが違いますからね」
伴奏はラピスラズリの通常のバックバンド“愛の十字架”にアメリカ人のバンジョー奏者とマンドリン奏者が加わっている。
この歌に関しては
「時計がまだ動いてることにしたのが凄くいい」
「もう動かないなんて寂しいと思ってた」
という意見が多数あった。
若葉は大手時計メーカーに電話して言った。
「私飲食店とかホテルとか経営している者なんですが、今『おじいさんの時計』の歌がヒットしてますてしょ?店頭に“おじいさんの時計”を何個か設置したいと思うのですが、そちらで作ってたりはしません?」
「お店はどちらの地域でしょうか」
「えっと全国何カ所かにあるんですよ。仙台・福島・熊谷・石川・福井とか。本社は東京の銀座という所なのですが」
銀座に本社があるというだけで大きな会社と想像が付く。
最初はお客様係の女性が出たものの、どうも大きな話のようだというので、営業担当の男性に代わる。それで結局一度会って話すことになり、若葉はムーラン本社からあまり遠くない場所にある時計店の銀座本社に歩いて行った。向こうの営業部長さんが会ってくれた。
若葉の名刺を見てびっくりする。
「ムーランさんですか!ここ5〜6年で急速に店舗数が拡大しておられますね」
ムーランは2017年に東京で開業した後、現在は全国20ほどの地区で展開している。和洋中3種類のトレーラーレストランが日替わりで営業するという特異なスタイルが当初は物珍しがられた。
コロナで飲食店が軒並み打撃を受けた中、大量の資金を投入した高度のコロナ対策をして、逆にぐいぐい売上を伸ばしている。ウェイトレスに着せた気密服“プラスチックスタイル”も話題になった。あれのお陰でウェイトレスの感染者はひとりも出なかった。
消費税増税でもテイクアウトの税率が低いことでかえって成績好調である。トレーラーハウスの制約から客席数が少なかったことでかえってお持ち帰りの需要が大きくなり、それが中食需要の伸びに乗じて利益を伸ばした。
「そうですね。今60店くらいかな。飲食店事業以外にもホテル事業、建設・運輸・航空など手がけていますが。今ラピスラズリでヒットしている『おじいさんの150年時計』、あの新しい歌詞を考えた女子高生がうちのお店でバイトしてましてね。そこのお店に本物の“おじいさんの時計”を設置してあげたいと思いついたんですよ」
メーカーの部長さんはいくつかのことを説明した。
・振り子時計と言ってもいくつかの種類があること。まず大別して本当に振り子によって針を動かしているものと、振り子はポーズだけで、時計自体は別の原理(電気・ぜんまいなど)で動いているもの。
・振り子で本当に針を動かしている時計でも“永久機関”を作ることは原理的に不可能なので、振り子を振らし続けるために何らかのアシストは必要であり、そのエネルギーの供給方法として、電気・ゼンマイ・重りの降下などの方法があり、古くはゼンマイや重りの降下などの方法が使われたが、現代では電池を使うのがお勧めであること。
・現在量産しているのは振り子はポーズだけのものであること。
・本式の振り子時計は、そんなに数が出るものではないので、受注生産になること。
「全国のお店には振り子がポーズだけのでいいかな。本式のは日々の管理も大変そうだし。でも本式のも全国の幾つかの拠点に欲しいのですが。動力は電池でいいです」
「具体的に何カ所になりますでしょう」
「そうだなあ。仙台、福島、東京、熊谷、津幡、小浜、博多で7ヶ所かな」
「どうせでしたら10個注文いただけますと部品製造の効率がよいのですが」
「じゃ10個くださーい」
(余ったら千里かケイか丸山アイに押しつければどこかに置いてくれるだろうと思っている)
若葉が最初設置しようと思ったのは下記の7ヶ所である。
・ムーランルージュ仙台青葉通り店
・福島ムーランパーク
・ムーラン銀座本社
・熊谷市・郷愁村ホテル昭和
・津幡・火牛アリーナ
・小浜・ミューズホール
・博多・ムーラン九州支部
仙台青葉通り店のムーランルージュについては和実との話し合いでクレアビルのエントランスに置くことにした。(ムーランルージュがクレアのビルに入居している)
津幡のは調整の結果、津幡より、水車も設置している高岡伏木に置くことにし、歌詞を書いた奈那が居る七尾店にも設置することにした。しかしムーラン七尾店は充分なスペースが無いので、すぐそばの人形美術館・七尾分館に置かせてもらうことにした。すると人形美術館オーナーの渡辺さんから「費用はうちで出すから珠洲市の本館にも設置してもらえないか」という話があり、まとめて発注することにした。結果的に北陸は、伏木・七尾・珠洲の3ヶ所に設置することになった。
また千里から頼まれ、姫路飛行場、雅の京都本店(きもの会館)と博多の雅・博多きもの会館にも設置することにした。博多は九州支部に置くつもりだったのをやめてきもの会館に置く。できるだけ多くの人が見る所の方が良い。
他に千里人脈で、旭川にも1つ設置することにした。それで12ヶ所になる。メーカーは10個以上であれば12個でも問題無いと言った。
旭川・仙台・福島・銀座・ホテル昭和・ムーラン伏木店・七尾・珠洲・ミューズ・京都・姫路・博多
北陸霊界探訪は北陸に設置された伏木・七尾・珠洲3箇所の時計を全部レポートした。
またムーランカフェ・ムーランルージュ・ガトームーラン・ムーランベーカリーの各店には振り子がポーズだけの電波時計を設置することになった。こちらは発注数は100個ほどになった。ムーランの水車マーク入り特製である。
本式の振り子時計は2mサイズ、振り子付き電波時計は30cmサイズとした。
しかし『おじいさんの時計』のヒットで、振り子時計を求める人が増え、メーカーではこの年、振り子付き電波時計を1万個ほど出荷することになった。
また“貴族組合連合”(東京エヴォン・京都マベル・盛岡ショコラ・仙台クレア・博多プラントン)ではスイスの時計メーカーに発注して、そちらも本式の振り子時計を導入した。サイズは約2.5mである。但し振り子自体の長さは国内メーカーのと同じ約1mである。1mの長さの振り子が丁度周期2秒(片道1秒)になる。T=2π√(L/g).
なおクレアは青葉通り店に国内メーカーの、若林店別館にスイスのメーカーのが設置された。青葉通り店は通行人が多いし、若林店別館では毎週セミプロ歌手やバンドのライブがおこなわれる(信濃町ガールズも出演する)。また隣接する若林公園では様々なスポーツ大会が行われる。“織姫・牽牛”ツインアリーナもこの公園の中にある。
宮城のローカルテレビが青葉通り店・若林店の双方をレポートしていた。
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