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「結局、ノノがパスを取れる選手を育てるしかないと思う」
と麻依子は言った。
「今チーム内で唯一、私のパスを取ってくれるのは(舞田)光だけなんだよ」
と乃々羽は言う。
舞田光は静岡L学園の出身である。彼女も実業団を経てハイプレッシャーズに入団している。千里は彼女が居た時期の同学園と3年生のインターハイで対戦した時は負けて旭川N高校はBEST4に留まった。しかし同年ウィンターカップでも両者は対戦し、準々決勝で今度はN高校が勝っている。どちらの試合も終了間際のハプニングで勝負が分かれたこともあり、お互いにやや複雑な心境の残る相手である。
スッキリしない試合だったよなあ、と千里は今でもあの2つの試合に悔いが残る。
「若い子を鍛えたら?ルナちゃん(雨地月夢)とか」
と玲央美が言う。
雨地月夢は玲央美の現在のチームメイトである高梁王子の、高校時代のチームメイトで、千里たちより3つ下の学年である。高梁が岡山E女子高に在籍していた時は一緒に全国大会に行っているのだが、その後はあまり活躍の場が無く、大学時代もあまり目立った所は無かった。今年の春大学を出た後、5チームの入部試験に落ちた後、何とかハイプレッシャーズに入る事が出来た。
彼女がなかなか入部試験に合格させてもらえなかったのは、筋のいいプレイはするものの、見た感じはいくらでもその辺に居そうな選手に見えてしまうことと、やはりバスケット選手にしては身体が華奢だからというのもあった。
「ラギ(高梁王子)と歩いていると、よくカップルかと思われたんですよね〜」
などと月夢本人も言っていた。
「この子女の子です、とラギのこと言うと、だったら、もしかしてあなたが男の娘?とか言われたりして。個人的には男の娘にも興味あるけど」
「あの子は才能が眠ったままという感じ」
と橘花も言っている。
「高校時代は輝いていたからね。あの当時の自分を取り戻せたら凄く強くなる」
と千里も言った。
「だけど私が彼女とかを指導しようとすると、今のチームでは叱られると思う」
と乃々羽は辛そうに言う。
「だったらチーム外で鍛えらればいい」
と橘花が言った。
「ん!?」
「ここに連れてきていいよ」
「あぁ・・・」
「レオ、堀江姉妹と連絡取れるよね?」
と千里が訊く。
「連絡取れるよ」
「お姉さんの方は本能だけでプレイするタイプだから置いといて、妹さんの方は、乃々羽のパスに慣れたらすぐ取れるようになると思う」
「それはルナちゃんもだよね?」
「そうそう。あの子も少し慣れたらすぐ取れるようになる」
「ノノのパスをルナ、堀江多恵、舞田光の3人が取れたら、ノノの本来のプレイがきっとできる。そしたら、秋からのシーズンではコーチ陣の評価を変えていくことができるようになると思うよ」
と麻依子は言った。
それで堀江多恵の口利きで、彼女自身と月夢が、この朝の体育館の常連になった(週3回車の相乗りで往復。片道2時間)。彼女たちもチーム練習が軽すぎて、練習量に不満を持っていたので、午前中の練習で精神的にも充足感を得られたようである。舞田光は普段、水戸市内の体育館で別のメンツと自主練習をしているものの、こちらにもしばしば顔を見せて4人の間の連係プレイを確認していた。
それで夏のサマーキャンプで使ってもらった乃々羽は彼女らにうまくパスをつなぐことができて、首脳陣から一定の評価を得ることができた。本人もこのサマーキャンプでアシスト数が参加チームの選手中2位の成績をあげた。しかし秋からの本シーズンに入ってからは、ベテランの選手などにパスをつなげられないので、やはりなかなか使ってもらえなかった。
それでも乃々羽がオールスターに選出されたのは、リーグ推薦の選手を決めるスタッフの中に、実は札幌P高校の関係者が入っていて、玲央美がその人に強く推薦していたことと、ハイプレッシャーズの本来の中心選手であるSFの島本が11月下旬に怪我で戦線離脱したこと、代わりに出場を打診された堀江多恵が松前乃々羽を出してあげてと言ったこと、そして何といってもサマーキャンプで乃々羽がアシスト数で2位の成績をあげていたというのがある。
オールジャパンでは初戦の相手が高校生だったので、監督が「若手で行こうか」と行って、乃々羽と雨地月夢・舞田光の3人をスターターに使ってくれた。それで競っていた所にチーム内では一定の評価をされている堀江多恵が自分も出して欲しいと言って出してもらい、この4人が揃ったことから、乃々羽は本来の自在な試合組立てをするようになり、まずは高校生チームを下した。
乃々羽はインタビューでは切羽詰まってトリックプレイを多用したような言い方をしたものの、実はそういうトリックプレイをするのが、というより結果的にトリックプレイになってしまう!のが、本来の乃々羽のスタイルであるし、前半はパスを取れる人数が少なくてそのプレイができなかっただけである。
次の試合エレクトロウィッカ戦は強豪で勝てる相手とは思えなかったので、ハイプレッシャーズ首脳陣は後半から「見せ場作り」で主力を投入しようと考え、前半に若手を出してみた。一方のエレクトロウィッカ側は翌日以降の準決勝・決勝を見越して、この相手に主力はあまり消耗させたくないということから若手主体の陣容で出す。それで心理戦の経験の浅い若手選手たちが、乃々羽の意表を突くプレイと巧妙な仕掛けに美事にやられてしまった。
するとハイプレッシャーズ側は、乃々羽や光を中心にうまく回っているので、そのまま最後までやらせるし、エレクトロウィッカは慌てて後半主力を入れて来たものの、調子に乗っている乃々羽や多恵たちに翻弄される。挽回しなければという焦りがあるので、その焦りに付け込まれたのである。
ハイプレッシャーズのチーム内で、このあたりは首脳陣からも信頼されている堀江希優・多恵姉妹の発言の影響も大きかった(希優は多恵に最初から言いくるめられている−希優はしばしば東京に練習に行く時のドライバーをしてあげているが自分は多恵たちより早く上がり仮眠している)。目の前で乃々羽や月夢たちが実際に活躍しているので、コーチたちも多恵の言うように選手を起用してくれた。
それで準々決勝では、ここまで来たら充分だから後は自由にという感じで実質多恵がプレイング・マネージャー的な役割を果たして、乃々羽とダブル司令塔になり、月夢・光の他に少しずつベテラン選手にも入ってもらう。ベテラン選手には月夢か光からパスを通すようにして、うまく連携を作り、ブリッツレインディアを撃破することができた。実はブリッツレインディアはオーソドックスなプレイを好むチームなので、乃々羽のような、よく言えば変則的な(悪く言えば規格外の)司令塔には最も弱いのである。
そういう訳で、実は乃々羽のプレイは、苦し紛れのプレイではなく最初から計算ずくのものであった。しかし玲央美や千里・橘花たちには当初からネタバレしているので、もし40 minutes, Joyful Gold あるいはレッドインパルスなどに当たったら、そこまでだったのだが、今回の組合せではローキューツはブリッツレインディアに敗れ、ジョイフルゴールドはサンドベージュに敗れて、どことも当たらないまま準決勝まで来てしまった。
1月7日(土)。
この日は「女子の準決勝のみ」が行われる。男子は試合が無い。
15:00からはまず、サンドベージュとハイプレッシャーズの試合が行われる。
サンドベージュはいきなり主力を投入してきた。
乃々羽のことを知っている湧見絵津子に彼女のマークを命じた。そして彼女さえ抑えれば、今のハイプレッシャーズは、何とかなるのである。舞田光には広川久美、堀江多恵には平田徳香、そして雨地月夢には彼女の元チームメイト翡翠史帆が付く。
高梁王子と月夢・史帆は3人で全国大会のトップまで上り詰めている。
絵津子や史帆は首脳陣に言ったのである。
「松前さんのあのプレイは地です。苦し紛れのプレイではないです。そしてかなり相手の戦力分析もしています」
と。
それでサンドベージュのコーチ陣も、中核選手たちも、もはやハイプレッシャーズを下位に低迷しているチームとは考えず、自分たちと対等の実力があるチームと考えることにし、全力でぶつかることにしたのである。
絵津子vs乃々羽、史帆vs月夢は、ほとんど対等であった。
その対等に戦っている状態を見て、サンドベージュの首脳陣は、乃々羽たちの実力が物凄いことを肌で感じ取った。
そもそも乃々羽にしても月夢にしても、男子の試合のような高速な展開で持ち味を発揮するタイプである。ふだんのハイプレッシャーズの、ゆっくりしたゲーム展開ではその良さが充分活きない。
観客席は騒がしくなっている。女王サンドベージュに、ハイプレッシャーズがしっかり付いていき、競り合っているからである。
この展開では、どちらもほとんど選手交代ができなかった。
ハイプレッシャーズとしては、他の選手を出せばサンドベージュの主力が出てきて、簡単に圧倒されてしまうのが目に見えていると思う。すると今競っているメンツをそのまま使い続けるしかない。
またサンドベージュとしても、乃々羽があまりにも特殊すぎて、彼女を元々よく知っている絵津子以外には任せられない。また月夢はサンドベージュにとって未知の選手で、こちらも彼女のことを高校時代から知っている史帆にしか任せられない。もっとも月夢は史帆が思っているのよりかなり進化しているようで、史帆がしばしば「うっそー!?」という表情をしていた。しかし他の選手にマークさせると、もっとひどいことになるだろう。
結果的に点数もわずかにサンドベージュがリードしたまま、あまり差が付かない状態で進行していく。
結局、お互い短時間休ませるための交代を除いて、ほとんど最初の5人が40分間プレイし続ける状態で試合は最後まで行った。
試合終了のブザーが鳴った時、月夢は遙か遠くのゴールに向けて思いっきりボールを投げた。
これが入ってしまい、本人も驚いていたが、観客席も大いに沸いた。
その3点を入れて 61-62. サンドベージュが1点差で逃げ切った。
乃々羽が、月夢が、多恵が、光が、天を仰いだ。
一方勝ったサンドベージュの方も絵津子や史帆が疲れ切って座り込んでしまった。
凄まじく消耗の激しい試合であったが、観客には物凄く見応えのある試合であった。
それでハイプレッシャーズの今回の快進撃は、準決勝で停まったのである。
まだ観客のどよめきが収まらない中、17:00。ビューティーマジックとレッドインパルスの試合が始まる。
ビューティーマジックは1990-1993年にはオールジャパンを4連覇している。その後サンドベージュが台頭して現在はサンドベージュが絶対的な女王の地位にあるが、今でもここはトップ争いをしているチームの一角である。千里は2008年に初めてオールジャパンに出た時、ここと3回戦で当たり、敗れている。このチームは難しいことは言わずにひたすら点をとりまくるタイプのチームなので、旭川N高校とも相性が良かったが、レッドインパルスとも相性がいい。守っている時間があったら攻めろ、というのチームの雰囲気だが、これは元々ビューティーマジックを指導していた田原コーチが、レッドインパルスに移籍してきて、同じ理論で低位にくすぶっていたチームを変えたからである。
そういう訳で実はこの2チームはどちらも田原さんが基礎を作り上げたチーム同士なのである。そして田原さんは現在は彼が本格的に指揮する4つ目のチームとなるブリリアントバニーズを指揮している。
(田原さんが最初に指導したチームは実業団のJスピナー宇治で、これは藍川真璃子が所属していたJスピナー山崎の姉妹チームである。両者は1976年に統合され、それを機に田原さんはビューティーマジックに移籍したのである。従って、藍川は田原の指導を受けていない)
この日の試合はそういう訳で点取り合戦になった。
ビューティーマジックで、鈴木志麻子、日吉紀美鹿、赤山ツバサたちが頑張って点を取れば、レッドインパルスも鈴木のライバル・渡辺純子が頑張って得点し、久保田希望、鞠原江美子も負けじと得点する。スリー合戦では萩尾月香と千里が競うようにスリーを撃つ。この試合で萩尾は6本のスリーを入れ、スリーポイント決定数が15本となって、既に敗退している湧見昭子を抜いて3位に浮上した。しかし千里は9本入れて28本となり、渚紗を抜いて1位に躍り出た。
そして試合は108-116というとんでもないハイスコアでレッドインパルスが勝った。61-62だった先の試合と比べると倍の速度で得点した感じである。
試合終了後、純子と志麻子がハイタッチしていた。あれだけひたすら得点したらお互いに気持ち良かったであろう。お客さんも先の試合が難しい試合だっただけに、こういう単純な点の取り合いは楽しかったようで、大きな拍手が送られた。
そういう訳で今日の試合結果はこのようになった。
サンドベージュ○−×ハイプレッシャーズ
ビューティーマジック×−○レッドインパルス
そして明日1月8日17:00からの決勝戦はサンドベージュとレッドインパルスで行われることになった。
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女子バスケット選手の日々・2017オールジャパン編(8)