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■続・夏の日の想い出(13)

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そういうわけで、私達は6月の1ヶ月間、福島・宮城・岩手の避難所300ヶ所ほどを巡るツアー?に出かけたのであった。1日10ヶ所程度を回るというハードなスケジュールで、休日には15-16ヶ所回る場合もあった。幸いにも?今受けている大学の講義の中には出席を取る講義が無かったので、私はその1ヶ月間、大学の方はサボることにした。その間の講義の内容に関しては、政子や他の数人の友人に頼んでできるだけ詳しいノートと録音を取ってもらい、ノートはFAXで送ってもらい(こちらはグリーンファックスを使ってパソコンで受信)、録音のほうは毎週末に政子が新幹線で東北まで往復してもってきてもらったので、それを元に私は毎日夜に勉強した。
 
電力事情の悪い被災地を巡るということで、私達は電気を使う楽器は一切使わないことにした。マキはアコスティックベースを使うことも考えたが、やはり電気増幅しないと音量不足ということで、かさばるがウッドベース(コントラバス)を持ち歩くことにした。タカはアコスティックギターである。サトはかなり迷ったが、生のドラムスセットを設置・撤去していると1日10会場こなすのは辛いということでアコーディオンと曲によってはピアニカを使うことにした。私はマイク無し、肉声で体育館規模の会場に声を響かせなければならない。
 
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美智子と、★★レコードの高山さんが先行して翌日行く会場の選定と交渉、必要と思われる場合は下見をして、私達ローズクォーツの4人はそれを追いかける形でエスティマで移動した(会場を選定するとはいっても事実上絨毯爆撃に近かった)。レコード会社の人にスタッフに加わってもらったのは、○○プロよりも田舎ではネームバリューがあって、自治体などに働きかけやすいためである。
 
ホテルはだいたい3部屋ツインを取り、私と美智子で1部屋、マキと高山さんで1部屋、サトとタカで1部屋というパターンであった。ホテル事情もあまり良くないので避難所めぐりした地域からかなり距離を移動した所のホテルに泊まることもあった。
 
初日はいきなり牡鹿半島の某港町の避難所から始めた。津波で壊滅的な打撃を受けた町である。オープニングの歌を何にするか私達は悩んだ末に中島みゆきの『地上の星』を選んだ。無理に元気づけようとするような曲は避けようということでは意見が一致したのだが、この曲ならメッセージを受け止めてくれる人には奮起を促すこともできるし、よいのではということで話がまとまった。
 
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そのあとリクエストを求めると「SCARLET KNIGHT」、「ヘビーローテーション」、「レーザービーム」「Sunshine sunshine」などといった曲がリクエストされる。ポップスは得意なので私達はどんどんリクエストに応じて演奏した。ポップスばかり続いて年齢層の高い人が遠慮してるかな?と思っていたら「最終便」という声が飛ぶ。
 
「3代目コロムビアローズさんですね?」と私は客席に確認した。リクエストした男性が頷いている。「『最終便』という曲は久保田早紀さんにもあるんですよね」と私は確認した理由を客席に説明する。「カラオケ屋さんに行って曲名集を見ていると並んでいるんです。同名曲があるのでは他に『卒業』とか『ありがとう』とか『少年』とかもありますね」などと私は束の間のトークをする。
 
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「さて行けるかな?」といいつつメンバーの方を振り返ったが、振り返る前からタカとサトが焦っている雰囲気は感じ取っていた。わざわざ客席とやりとりしていたのも半分は彼らに思い出す時間を与えるためであった。しかしマキは何とかなりそうな顔をしている。私はサトが横に置いていたピアニカを取ると、いきなりメインメロディをそれで吹いた。それでみんな記憶が戻ったようであった。他のメンバーが改めて前奏を演奏し、私は歌を歌い出した。
 
これで演歌派が勢い付いたのか、そのあとは「海雪」とか「虹色のバイヨン」
とか「庄内平野・風の中」とか次々と(比較的新しい)演歌ばかり来た。が、みんな偶然にも演奏経験のある曲だったので、無難に演奏することができた。最後は民謡で締めようということで、私達は斎太郎節を演奏した。それまでのリクエスト大会で会場はかなり熱くなっていたので、立ち上がって踊り出す人も出た。会場で一緒に歌っている人もたくさんいる。私達は会場とひとつになった感覚に酔いながら、この被災地応援ツアーの最初のステージを終えた。
 
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ステージが終わった後、サトがピアニカの件で「ケイと間接キス」などと言って喜んで?いた。「小学生じゃあるまいしー」と私は笑ってスルーした。
 
今回のツアーでリクエストされる曲は、やはり避難所の年齢層が幅広いことから、ポップスから演歌、洋楽から唱歌、ジャズから民謡まで様々であった。AKB48, 嵐,Perfume, 福山雅治, SuperFly, 氷川きよし, 水森かおり, LadyGaGa, Taylor Swiftあたりはやはりリクエストが多かった。「素敵な貴方」をリクエストされた時は客席の中からタバコを1本頂いて、火は付けないもののそれを咥えながら歌った。(未成年だから火を付けたら違法。ちなみにローズクォーツは全員非喫煙者)
 
「被災者の方に物を配るボランティアは多いですが、被災者の方から物をもらっていくボランティアは珍しいですね」
などと、タバコをもらった時に私が言うと、会場がどっと沸いた。
 
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会場のステージにピアノが置いてある場合は、私かサトがそれを演奏に使わせてもらう場合もあった。ただ特定の鍵盤が押しても音が出ない時や、音程がけっこう狂っている場合もあり焦った。
 
持ち歌の中では「萌える想い」「さくら」「花鳥風月」の3曲が1日に1度はリクエストされる感じだった。バンド名を名乗っていなくても顔を見ただけで私達を認識してくれるファンがいることを有り難く感じた。しかし実はローズクォーツで出している曲の中で最もリクエストが多かったのは「ふたりの愛ランド」であった。私は被災地の人達を元気付けるのにはこっちがいいだろうということで、女声と男声のひとりデュエット版で歌うことにした。どこの会場でもこれには歓声が上がっていた。
 
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「いいの?ケイ」とマキが心配してくれたが「開き直った」と私は笑顔で答えた。
「ただし今回の避難所ツアー限定ね。それでもう封印。聴き納め」
 
今回のツアーはけっこうハードだったが、いろいろ刺激されるものもあった。私はこのツアー中にしばしば着想を得て曲を書いた。これは後に2枚目のアルバムに収録されることになる。秀逸な曲が多く、上島先生も「若さゆえの感性だね。今回はケイちゃんの曲に勝てる曲を書く自信が無いよ」などと褒めてくれた。おかげでそのアルバムのタイトル曲として上島先生が書いてくれた曲は凄く力の入った曲になったのだがそれはまた後の話である。
 
6月下旬の岩手県の某避難所で巡り会った中学生の巫女さん(最初てっきり普通の女の子と思ったら、本人からの申告でMTFと知り、ほんとにびっくりした)は私に強烈なインパクトを与えてくれて、私は次の会場に移動する車の中で「聖少女」という曲を書いた。エキゾチックなコード進行が今までのローズクォーツには無かった新しい世界を開く曲で、11月くらいに発売するシングルのサブタイトル曲になることになった。
 
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その避難所には偶然にも何人もMTFの人がボランティアなどで来ていて、私達は後日、都内で集まった。その会合はとても盛り上がり、時々定期的に集まろうということで意見一致したのであった。また私はあの「中学生巫女」の青葉ちゃんからヒーリングを受けた。実はまだかなり痛みが残っていた性転換手術の跡も、昨年受けて、未だに時々痛みを感じる豊胸手術の跡も、青葉ちゃんのヒーリングでとても楽になった。
 
「手術で物理的には女性器が出来てるけど『気』が通ってないの。このままだと、これは身体に出来た傷とみなされてふさがっちゃう。ダイレーションで物理的に広げても、傷を広げているだけ。だから私がちゃんと『気』を通してあげるね。それができれば、これは傷ではなく、冬子さんの本物の器官になる」
と青葉ちゃんは言っていた。青葉ちゃんのこの特殊な『気の調整』のため私は大学の夏休みの間、仕事が休みの日を使って6回、青葉ちゃんの住む富山県まで通った。その結果、明らかに今までと自分のヴァギナの感触が変わってしまったのであった。更には「生理」みたいなものまで始まってしまった!
 
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青葉ちゃんはその『気』の状態を維持しやすくするための「心の持ち方」も教えてくれた。青葉ちゃんにはその後も継続してヒーリングをしてもらうことになった。
 
少し時間を戻して7月1日。新しいシングルが発売になった日、私達は午前中にFMに出演し、お昼と夕方には都内のレコード店でインストアライブをした。FMの影響力は凄く、その日の内に新曲は3万ダウンロードを記録した。ライブの方も盛況で、そのライブの録画を店内のテレビで流したりもしてもらえたおかげでCDがその日その店だけでも1000枚売れた。
 
「どうも『コンドルが飛んでいく』の新歌詞版が好評みたいなの」と美智子が言った。
「楽曲別のダウンロード数が、トップはもちろんタイトル曲の『一歩一歩』で2位が『峠を越えて』なんだけど、『コンドルが飛んでいく』が『峠を越えて』
に迫る勢いで個別購入されている。それでさ、これを是非15日発売のアルバムにも収録してくれと言われて」
「えー!?変更間に合うんですか?」
「★★レコードの町添部長が何とかすると言っていたから。それで急遽今からアルバム版を収録する」
 
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ということで、私達は翌日スタジオに緊急招集された。
「ケーナの音を入れて欲しいという強い要望があったんだけど、サトさんケーナ吹ける?」
「触ったこともないですが・・・・」
「じゃ今覚えて」
「ひぇー」
「尺八は吹けるよね?」
「一応音は出せます」
「じゃケーナの音も出るよ」
用意されたケーナは日本国内で女竹という竹で作られたもので、比較的音が出しやすいものということであった。
 
サトが美智子が連れてきていた先生に習って必死でケーナの練習をしている間に、他のメンバーは編曲や曲想などの確認をしていた。
「シングルではヤラビ(S&G版で使用されたメロディアスな部分)からいきなりワイノ(舞曲部分)に飛んだんだけど、今回はちゃんと途中のパサカージェ(行進曲部分)も演奏しようと思う」
「いいですね」
「実はCDの収録時間がまだ7分残ってるから長いバージョンが入れられるんだ」
「なるほど」
 
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「日本語歌詞にするかスペイン語歌詞にするか悩んだんだけどさ。シングルが日本語歌詞だから、こちらはスペイン語で行こうかとも思ったんだけど」
「はい」
「冬はスペイン語できたよね?」
「少しですが。花祭りもスペイン語で歌いましたし」
「じゃ、発音とかチェックするから今から歌って」
というので、私はキーボードを弾き語りでスペイン語歌詞を歌った。
 
美智子が連れてきていたペルー人の女性から何ヶ所か発音上の指導を受けた。
「ここはペルーではこんな感じで発音するんです」
「なるほど」
 
そういうわけで、5〜6時間にわたる事前練習の末、急遽追加になった「コンドルは飛んでいく」アルバム版の録音がおこなわれた。サトはケーナを一応吹けるようになったが、演奏技術が合格水準に達していないと言われた。「さすがに数時間では無理ですよ」とマキが言う。
 
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「仕方ないなあ・・・・この部分、先生が吹いてくださいませんか?」
ということで、ケーナの部分はサトに演奏法を教えに来てくれていた先生が吹いて下さることになった。
「でもライブでは吹いてもらうから練習しててね」
「ははは・・・・」
 
その他のラテン楽器に関してはキーボードにラテン楽器のサウンドデータをインストールし、私とサトとの2台で合奏したらひじょうに深みのあるサウンドになり、ケーナの先生も「すばらしい!」と褒めていた。私は女声と中性ボイスで多重録音の重唱をした。行進曲部分は歌を入れずにブラスバンド風のサウンドを加えた。ここはケーナが主役になるのでほんとにサトに吹いてもらいたかったところであった。また舞曲部分には私の歌うメロディーにプラスしてマキ・タカ・サトのコーラスも加えた。
 
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最初スペイン語歌詞だけの予定だったのだが、聞いてみると少し寂しいかなといわれ、結局ヤラビの所はスペイン語で歌ったあと、日本語でもう1度歌うことにし、ワイノの所は日本語とスペイン語を交互に数度歌いながらフェイドアウトしていく形に改められた。そんな風に調整しながらやっていたので録音は結局その日の深夜すぎまで掛かったのであった。
 

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翌週は「ローズ+リリー」のメモリアルアルバムが発売になった。録音は昨年おこなったものである。2年ぶりのアルバムであったが、好評な売れ行き・ダウンロードであった。ローズクォーツの方でリリースしている『あの街角で』
『私にもいつか』も含まれているので、両方を聞き比べて論評するブログなども見受けられた。『私にもいつか』は両者がほとんど同じアレンジでボーカルが1人か2人かの違いなのだが、『あの街角で』は対照的なアレンジであったので、それを聞き比べようということで、この曲がアルバムの中の個別ダウンロードではいちばんカウントが多かった。(上島先生の曲を抜いてしまったので私はちょっと恐縮したが、上島先生は気にしている様子は無く「次はもっと力(りき)入れて書くから」などとおっしゃっていた)
 
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『あの街角で』のローズ+リリー版は「チーズケーキ」、ローズクォーツ版は「フルーツタルト」と評しているものもあり、面白い表現だと私は思った。
 
演奏もローズクォーツ版(下川先生のアレンジ)はサトのシンセサイザを使ったオーケストラサウンド、マキのベースとタカのエレキギターをフューチャーしているが、ローズ+リリー版(美智子のアレンジ)は近藤さんのアコスティックギターと松村さんという方の生ヴァイオリンのみでほとんどの部分を演奏しており、ドラムスさえ入れてなかった。私は同じ旋律で同じ歌詞を歌っているのだが、伴奏が異なると、ほんとに全然違う曲に聞こえてしまうのである。
 
アルバム全体の売れ行きの初動の数字を分析していた美智子がいった。
「元々のローズ+リリーのファンが5割、ローズクォーツのファンが5割という雰囲気だね」
「へー」
「ローズ+リリーのファンは10代から20代前半の、女子7割男子3割だった。女の子のユニットには珍しく女性ファンが多かったのよね。
ケイの中性的な魅力に惹かれたのかもね」
「あはは」
 
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「ところでさ『ふたりの愛ランド・裏バージョン』の話」
「あ、はい?」
「あれはね。私なりのファンへの謝罪。ローズ+リリーの時はケイの性別を誤魔化して売っていたわけだから。それに決着を付けておきたかったの」
「・・・・」
「冬にはちょっと辛いことさせちゃって、申し訳無かったけどね」
「いいの。割り切ったから」
「でも、もう男の子の声は封印しちゃおうか。今後は作品には使わない」
「いいの?」
「うん。だって冬はもう完全な女の子だもん。男の子の声をファンの前に晒す必要は無い。まあ、避難所ツアーの時は特別だったけどね」
「うん。あれは宴会芸の範囲ということで」
と私は笑った。
 
「ふふ。それでね、ローズ+リリーのファンは女の子が多かったんだけど、ローズクォーツのファンは男女半々くらいなのよね。年代的にも少し高めで20代から40代まで均等に広がっている。それで、今回のローズ+リリーのメモリアルアルバムはローズクォーツではあまり動いていなかった10代の人が結構買っているし、女性の比率のほうが少し高い。女性6割くらい。それで双方のファンが買っているなと考えた」
「なるほど」
「政子ちゃんとまた組んで活動したい?」
 
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「ううん、ローズ+リリーは年に1度くらいのアルバム制作限定で。私は今はローズクォーツのメンバーだから」
「うん、それでいいよ」
と美智子は笑顔で答えた。
 
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■続・夏の日の想い出(13)

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