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■続・夏の日の想い出(4)

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そういうわけで、それから1ヶ月間、私は新潟の民謡教室に通うことになったのであった。民謡教室の先生はまだ50代の若い先生で、民謡の「み」の字も知らない私たちを優しく受け入れてくれて、本当に基本的な所から教えてくれた。
「民謡のお囃子の発声って・・・・私の女声の出し方と似てる」
「あなたのその声を最初に聞いた時、あれ?これはと思いましたよ」
 
私は民謡の唄を、マキさんは太鼓を習うのだが、その日は基本的なことを勉強しましょうということで、ふたりいっしょに基本的な発声とか、楽器の種類、音程などについて習った。民謡の音程が西洋音楽の音程と全然違うということもその時はじめて知った。
 
「佐渡おけさをね、西洋音程で歌うと『ああ〜佐渡へ〜佐渡へ〜と』となるの。これを民謡音程で歌うと『ああ〜佐渡へ〜佐渡へ〜と』となる。違い分かった?」
市内の女声合唱グループにも入っているという先生が歌い分けてくれた。
 
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私は真似て歌ってみた「ああ〜佐渡へ〜佐渡へ〜と」
「すごい。ピタリと合ってる。あなた物凄く耳がいいわね。コブシの回し方まで私が唄ったのをそのままコピーしてるし。これできるのにふつう2年掛かるよ」
「私、耳コピーは得意です」
「へー!凄いね」
 
「これ面白いな。こういう微妙な音程にチューニングできるシンセがあったな」
とマキさんが言っている。
「それ高いの?」と須藤さんが訊く。
「そんなに高くないですよ。確か15万くらい」
「予算出すから買ってサトさんに少し弾き込んでもらって」
「はい」
 
そういうわけで私とマキさんの新潟通いがしばらく続いたのであった。私は3時限目で終わる日は結局15:38の新幹線に間に合うことが分かったのでそれに乗って、17:12に新潟駅に着き18時からのお稽古、4時限目まである時は17:38の新幹線に乗り、19:21に新潟駅に着いて20時から短めのお稽古、と受けた。マキさんは昼間の仕事をしているので、平日は新潟まで来ることができない。そこでこの先生のお友達の先生が前橋で教室を開いているので、そこで平日は習い、土日だけ新潟に来ることになった。私は金曜日はお稽古がお休みなので土日の往復をマキさんと一緒にすることになった。
 
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最初マキさんといっしょに新潟行きの新幹線に乗った時は、お互いに何を話していいのか分からない感じだったが、ふたりともクイーンが好きだという所から話が絡み始めて、音楽の話題で盛り上がった。マキさんが結構コード進行や和声など技術的な話をしたが、私もそういう話は好きなので、あの曲のこのコードは・・・・などという話題でけっこう熱くなった。
 
「いやあ、こういう話で盛り上がれる相手はなかなかいないのよ」
「私もです」
 
土曜日のホテルは同じ所ではあるが、一応男女なので別室である(フロアも別)。またお互いの部屋への入室は、万一写真週刊誌などに盗撮されたりすると面倒ということで、絶対に禁止と申し渡されたので(写真週刊誌といえば、私は1年前に『男の子に戻ったケイ』なんてタイトルで学生服姿で登校している所の写真を撮られて掲載されたことがあった)私達はホテルのラウンジとか、近くのスタバとかで夜遅くまで話をしていた。結果的にはこの新潟行きで、私とマキさんは打ち解けることができたし、連帯感も出来てきたのであった。
 
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私達の新潟通いは私の『佐渡おけさ』の上達が思ったよりも早かったことから7月の中旬でいったん休止となり、7月の下旬はバンドのメンバーで集まってレコーディングに入った。「ローズ+リリー」の時は、1枚目のシングルが3時間,2枚目のシングルは1日,3枚目のシングルでも4日(土日×2週)で制作したのだが、今回は二週間ほど掛けて制作することになった。ただ、バンドのメンバーが全員昼間の仕事を持っているので、収録作業は夜8時以降に限定されたし、時には残業で出てこられないメンバーも出てきた。しかし須藤さんはパート別にばらばらに録るのではなく、どうしても多重録音せざるを得ない部分以外はできるだけちゃんと全員一緒に演奏している状態で録りたいというのにこだわった。
 
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そのため全員そろわない日は練習と曲想の検討などの作業をした。
デビューシングルに収録されることになった曲は、上島先生作詞作曲下川先生編曲の『萌える想い』、ローズ+リリーでも好評だった『ふたりの愛ランド』、クォーツの持ち歌(マキさんの作詞作曲)『Love Faraway』,私と政子が書いて本来なら昨年の春に発売されるはずだった曲『あの街角で』(下川先生の編曲)、クォーツがしばしばライブのオープニングで演奏していた美空ひばりのヒット曲『川の流れのように』、そして『佐渡おけさ』の6曲といわれた。
 
『佐渡おけさ』の録音は新潟で、民謡教室の生徒さんたちにも尺八や三味線で参加してもらって、マキさんの太鼓と私の唄で演奏して収録した。
 
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『Love Faraway』と『川の流れのように』はクォーツが演奏に慣れていることからほとんど1発録りに近い状態で収録された。
 
『あの街角で』の譜面と歌詞を見たタカさんは「おお、これはローズ+リリーの世界だ!」と喜んで?いた。「こういうセンスって男の俺たちには無いよな」
「女子高生でないと、これは書けないね」
「私も1年前の気分に戻って歌います」
「ちょうど1年前はひょっとして学生服着てなかった?」
「そこ、茶々入れない!」
 
『萌える想い』はタイトル曲だけあって、編曲にかなり力が入っていた。下川先生のアレンジだが、私もスコア譜を見て「きゃー」と思った。
 
打ち込みなら行けるけど・・・と思うような超絶技巧が必要な所が何ヶ所もあり1日目では須藤さんがOKを出すレベルの演奏をすることができなかった。この曲でドラムスを叩くサトさんも、ギターで16分音符の超連続を指定されて最初「えー?」と声を上げたタカさんも2日目の最後のほうでやっとOKをもらえるようになり、最終的な収録は3日目に持ち越された。
「俺、この曲で5%演奏能力が上がった」などとタカさんは言っていた。
 
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最後に『ふたりの愛ランド』を収録したが、収録直前まで私はてっきりマキさんとのデュエットと思っていたので、「ひとりでデュエットして」と言われて、「はあ?」と思った。
ローズ+リリーで、私が中性ボイスで歌っていた所はそのままで、政子が歌っていたパートを私の女声で歌い、多重録音で仕上げた。
 
「多重録音できちんとハモるんですね」
と今更ながらにタカさんが言ったが
「冬子ちゃんが譜面通り正確に歌っているからずれないのよ」
と須藤さんは言った。
「ま、ずれちゃった場合は編集で調整できるけど、冬子ちゃんの場合は調整の必要がないね」
 
これで6曲演奏したのでレコーディング終了、かと思ったら須藤さんは
「さて、もう1曲やってみようか」
などと言い出す。
「何の曲ですか?曲によっては練習時間が必要だから、場合によっては明日もスタジオを借りないと」
とマキさんが言う。スタジオは今日の24時まで借りることになっていた。既に23時すぎである。
「だいじょうぶ。すぐできるから。これは1発録りで行くね」
「何を歌うんですか?」と私も訊く。
 
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「譜面は今やった『ふたりの愛ランド』ね。その裏バージョン」
「裏?」
「この曲は『萌える想い』と両A面にするけど、ケイちゃんの中性ボイスと女声とで歌っている。裏バージョンは、女声と男声でのデュエット」
私はとても嫌な予感がした。
 
「あのぉ、つかぬことをお伺いしますが、その男声って誰が歌うんですか?」
「冬子ちゃんに決まってるじゃん。ローズクォーツのボーカルは冬子ちゃんなんだから」
「あはは・・・やはり」
私は笑って答えた。
ちなみに「ローズクォーツ」というユニット名はこの日告げられたばかりだった。
 
「女性パートを中心にして。男性パートを冬子ちゃんの男の子の声使って歌って。男性・女性でいっしょに歌う部分は、女の子の声で歌って。その部分、他の3人はコーラスを入れて。これは敢えて多重録音はしないから」
「分かりました」
コピーを撮り直した譜面で、私の女声パート、男声パート、そしてコーラスを入れる部分をマーカーで色分けした。
 
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仕事だし、ということで私は素直に従ったが、心の中では泣きたい気分だった。人前で男の子の声をさらすのは嫌だ。特にクォーツのメンバーには何となく女の子として受け入れてもらっているのに、その人達の前で自分の男性的な部分は見せたくない。それで歌い方が少し投げやりな感じになってしまった。
 
録音したものをその場で再生してみる。
「どう思う?」と須藤さん。
「演奏中も思ったけど、かなり適当に歌ってるよね」とサトさん。
「うん。でもそれがいい味になってない?」とタカさん。
「うん。これはこれで面白いよ」とマキさん。
「私もこれ面白いと思う。偶然の産物だけど、これはこのまま収録しちゃおう」
と須藤さんが言って、『ふたりの愛ランド・裏バージョン』は出来たのであった。私は乾いた笑いをしていた。
 
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時刻はもう23:50だった。私達は急いで機材を片付けてスタジオを出て、そのまま深夜のファミレスに行って、打ち上げをしたのであった。
 
他のメンバーはビール、私と須藤さんはオレンジジュースで乾杯し、各自好きなメニューを注文する。全部自分が払うから好きなだけ注文していいよと言われてタカさんなどサーロインステーキを300gなんて注文している。私はシーフードスパゲティを頼んだ。なんか突然AKB48の話題などで盛り上がっていた。途中トイレに行き、出てきた所で、隣の男子トイレに入ろうとしていたマキさんとバッタリ逢った。
「あ、お疲れ様」などと声を掛ける。
 
「あのさ、ケイちゃん」
「はい?」
「男の子の声、俺たちに聞かせるの嫌だったんだろ」
「・・・・はい」
「そういう声を聞いても少なくとも俺はケイちゃんが女の子だという認識は変わらないよ。女性の声優さんで声色で男の子の声だしてアニメで当てている人とかいるじゃん。それと同じだよ」
ああ、なるほど・・・そういう認識をすれば良かったのか。
 
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「今回のはあくまでおふざけの裏バージョン。今後はケイちゃんの男の子の声は使わないようにしましょうよと、俺からも須藤さんに言っとくから」
「ありがとうございます」
「じゃ」
と言ってマキさんはトイレの中に消えた。
私はちょっと涙が出た。私はトイレの中に逆もどりして、涙をきちんと拭いてから席に戻った。
 

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私は4月から実家から独立し、安アパートで暮らしていたのだが、再デビューを前に最低でもセキュリティロックのあるマンションに引っ越して欲しいと言われ、7月末に急遽引っ越した。マンションは唐本冬子の名義で契約した。マンションの管理会社さんが性同一性障害に理解を示してくれて、身元が確かであれば、書類上は通称で構いませんよと言ってもらえた。
「でもほんと、あなたは女性にしか見えませんね」と担当者は付け加えた。
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