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■続・夏の日の想い出(6)
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(C)Eriko Kawaguchi 2011-08-01/改訂 2012-11-11
「そういうわけで10月から地方キャンペーンをやりたいのさ」
と須藤さんは言った。
「もしかしてドサ回りですか?」
「正解!」
「どのくらい回るんですか?」
「とりあえず10月から11月まで2ヶ月間、地方を回りまくる。冬子ちゃんは水曜・木曜は講義が2時半までに終わるように調整してくれているから、そのまま新幹線に飛び乗ってもらえば、仙台・新潟・大阪くらいまでは、6時開演のイベントに間に合うのよね。盛岡・富山・岡山とかも少し遅めの開演にすればOK。金曜は講義が午前中までだから、青森・金沢・福岡・札幌とかも充分射程距離に入る。福岡や札幌は飛行機だよね。金沢も飛行機のほうがいいかも。飛行機使うつもりなら宮崎・鹿児島・高知とかも行ける。金曜の午後飛んできてもらって土日は一緒に移動するパターンだね」
「岡山や富山まで私は日帰りか・・・・」
「時刻表見てみたのだけど、福岡と札幌も実は日帰り可能」
「えー!?」
「札幌だと22時半のスカイマークで羽田に戻れるんだよね。福岡の場合は、遅い便が無いから一応泊まる。そして翌朝北九州空港5時半のスターフライヤーで東京に戻れば一時限目の授業に間に合うはず」
「北九州空港を5時半ということは、3時起き?」
「まあ、そんなものかな。もしそういうことになった場合は北九州までは松島さんに車で送らせるから。まあ、できるだけそういうハードスケジュールにはしないようにするけど」
松島さんというのは、ローズクォーツの活動で須藤さんがひじょうに多忙になったことから雑用係として9月に雇い入れた、須藤さんの事務所の第1号社員である。大手イベンターに5年間勤めた経験があり、結婚で退職してしばらく専業主婦をしていたものの、離婚してフリーになったので職を探していたのであった。須藤さんは彼女が前のイベンターにいた時に知っていたので「手が空いてるなら手伝って」
といって誘ったのである。
須藤さんの事務所に所属しているアーティストはローズクォーツ以外にも30組ほどいるのだが、その人たちの演奏内容に関するアドバイスや編曲・音源制作などは須藤さん自身が、合間を縫ってしているがダウンロードサイトへの登録作業やスタジオの予約やサポートミュージシャンの手配、ライブハウスなどとの交渉、また経理や物品購入などについては松島さんがするようになった。
松島さんは車好きで個人でも NS-X に乗っていて国内B級ライセンスも持っている。元々飛ばし屋だが、仕事で運転する時には絶対安全運転を申し渡していた。
「あはは。体力持つかな・・・」
「学業と両立しての活動というのが冬子ちゃんの契約書に明記されてるからね。頑張ってもらおう。若いんだし」
それは芸能活動の契約書にハンコを押す時、うちの母が強く主張し、須藤さんも了解して追加された条項であった。
「10月は主として東日本を攻めて、11月は主として西日本を攻める」
「まあ頑張りましょうか」
「よろしく。一応月曜火曜は休みにするつもりだから、現地で遊んでもいいし東京に帰ってもいいし。帰る時は往復の交通費出すから申請してね」
「分かりました」
「ただ、遊ぶ時は一応、節度は守ってね。週刊誌に書かれるような遊び方は謹んで欲しい」
「そのあたりは良識で」
「お願いしますよ」
「でね、田舎にいくといろいろリクエストが飛んでくると思うのよね」
「それって主として演歌ですよね?」
「たぶんね。というわけで、演歌BEST800買ってきたから、目を通しておいて」
と言って須藤さんは私達4人にぶあつい演歌曲集を渡す。
「ポップス系・ロック系はたぶんみんな有名な曲は何とかなるよね?」
「ええ。たぶん。ケイちゃんは?」
「有名どころのヒット曲だったら、けっこう入ってますけど、少しカラオケで歌いまくっておきます」
「うん。冬子ちゃんは一度聴いた曲はすぐ覚えちゃうでしょう?で、これも聴いといて」といって、トートバッグを1個渡す。
「これもしかして・・・」
中を見ると、CDがどっさり詰まっている。タイトルをみると大半が演歌のようである。グループサウンズや1970年代のフォークなどもある。
「了解!聴きまくります」
「で歌ってて歌詞が分からなくなっちゃった時だけど」
「誤魔化します。もしくは作詞!」
「よし、その根性で行こう。演奏のほうもトチッても慌てないように」
「ええ。絶対に演奏を停めちゃだめですね。間違っても気にせず先に進む」
「私はとにかくみなさんの演奏に合わせていけばいいですね」
「うん。そのあたりは臨機応変で。お互いフォローしあって。歌が間違ったら、演奏が合わせてあげて。演奏が間違ったら、歌が合わせてあげて。もし歌詞が足りなくなったら即興で作詞して。間違って途中から他の曲に行っちゃった場合は、最初からメドレーで演奏するつもりでいたみたいな顔して」
「はい」
そういうわけで10月から私達は2ヶ月に及ぶドサまわりを始めたのであった。
最初は福島県の相馬市であった。その日は金曜日だったので、土日に掛けて福島・宮城方面の数ヶ所を回ることになっていた。金曜日は午前中で授業が終わるようにしているので、授業が終わったらそのまま大宮駅に行き新幹線に飛び乗って、福島まで行き、そこで待っていてくれた現地イベンターさんの車で相馬市に入った。他の3人は既に来ていて楽器の調整が完了した所だった。
オープニングに「川の流れのように」を歌う。クォーツがこれをオープニングにしていたのは幅広い層に知られている曲だからだ。必ずしも乗り気ではない観客を相手にする場合「つかみ」は大切である。ここの観客は主として40歳以上という雰囲気であったが、この曲は知っている人も多いようで、手拍子も聞こえてきた。
「萌える想い」を歌うがさすがにこの客層では反応が悪い。しかし次に「ふたりの愛ランド」を中性ボイスと女声とのひとりデュエットで歌うと40代くらいの客にはこの曲を知っている人も多いようで、反応は良く、声色の使い分けに「へー」などという声も聞こえてきた。
そのあとリクエストタイムにしたら、やはり演歌系のリクエストがどんどん来た。幸いにも「氷雨」とか「お久しぶりね」とか「雨の慕情」とか超有名曲が多かったので3人も無難に演奏できたし私も歌詞をほとんど間違えることなく歌えて、会場もかなり盛り上がった。
最後に「佐渡おけさ」を歌った。マキさんが和太鼓を出してきてそれを叩きサトさんがそれまで横に立てかけておいた民謡音階に調律済みのシンセサイザを台に乗せてそれで演奏し、タカさんはギターで単純にリズムを刻んだ。この時、今までになかった不思議なざわめきが起きたのを感じた。
大きな拍手とともに、ローズクォーツの最初のステージは幕を下ろした。
この日は同市内でもう1ステージ同様の構成で演奏した後、私達は地元のイベンターさんに打ち上げに誘われ、居酒屋さんに入った。
「おたくら民謡もできるんですね」
「いや、佐渡おけさだけです」
「相馬盆唄を覚えて下さいよ」
「あ、名前だけは聞いたことあります」と私。
「じゃ、ぜひ実物も覚えて下さい。誰か捕まらないかな」といって
イベンターの社長さんが電話をしている。
「凄い人がつかまりました。今来ますからそれまで飲んでましょう」
ということで飲みながら(私と須藤さんはウーロン茶とかオレンジジュースだが)世間話などして待っていると、40代くらいの和服の男性がやってきた。
「紹介します。民謡大会で3年連続優勝の経験がある○○さんです」
「よろしくお願いします」
唄ってくださるというので、私と須藤さんが手持ちのICレコーダーで録音した。強烈なインパクトのある唄い方だった。しびれるような感じで、私はあらためて民謡って凄いな、と思ったのであった(その時は)。
「明日も相馬市内でしょ?」
「ええ。相馬市内2ヶ所と浪江町を日中に回ってから夕方は郡山方面です」
「じゃ、佐渡おけさの代わりにぜひこれ唄ってくださいよ」
私と須藤さんは顔を見合わせる。
「分かりました。やりましょう」と須藤さんが言う。
「ケイちゃん、これ明日までに覚えて」
「は、はい」
私は心の中でかなり焦りながら返事をした。
居酒屋を出たあと、二次会と言われて、スナックに誘われた。私と須藤さんだけ出席して、他の3人は上がりにして身体を休めてもらった。イベンターの社長さんは途中でかなり酔ってきている感じで、私に触ってきたりするので、須藤さんがたしなめていた。
そばで飲んでいるグループがカラオケで歌っている。音程は外れているけど気持ち良さそうだ。ああ、歌って気持ちよく歌うのが基本だよな、と私は今更ながらのことを思っていた。
そのうちひとりが「よし、相馬盆唄を唄うぞ」という。へー、と思い私は少し参考にさせてもらおうと思ってICレコーダーのスイッチを入れた。
5分後、ICレコーダーのスイッチを切った私は考え込んでしまった。
「須藤さん、あとでちょっと相談に乗って下さい」
「うん」
その日は私と須藤さんでツインの部屋を使っていた。交替でお風呂に入る。私が先に入れさせてもらい、浴室内で下着とホテル備え付けの浴衣を着て出てくると
「冬、そんなかっこう暑いでしょ。脱いじゃえ、脱いじゃえ」などと言う。「みっちゃん、涼しそう」と私は微笑んで言った。須藤さんは下着姿だ。
私と須藤さんは仕事の場面では「須藤さん」と「冬子ちゃん」あるいは「ケイちゃん」であるが、プライベートな場面では「冬」「みっちゃん」
と呼び合い敬語も無しということにしていた。
私が浴衣を脱いでブラとパンティだけになると、美智子は私のパストに触り「ねえ、少し前より大きくなった?」と訊く。少し酔っている感じでもある。スナックでは最初はウーロン茶など飲んでいたものの、最後のあたりでは水割りも飲んでいた。
「うん。女性ホルモンずっと飲んでるからそのせいかも」
「ブラ、もうひとつ大きいサイズでもいいかもよ。ホルモンだけで充分大きくなったらシリコンは抜いちゃえるかもね」
「うちの姉ちゃんがCカップだから、そこまでは無理かも。だいたい自分の姉妹のバストより少し小さめくらいまでホルモンでは発達すると言われているの」
「なるほど。でも姉妹でもけっこう胸サイズに差があるよ。冬はおっぱい大きくなる体質かも」
「ほんとにそんなに大きくなったら考えてみる」
「ね。ところで女湯にでも入れるという噂の、おまたも見せてくれる?」
「いいよ」
私はパンティを脱いで、そこを見せた。
「へー。こうしてみると女の子の股間にしか見えないね。触っていい?」
「うん」
「もう手術跡とかは分からないね」
「5ヶ月近くたってるから」
「痛まない?」
「時々痛い。でも我慢できる範囲」
「ふーん。確かにこれなら他の女性タレントさんとかと一緒に女湯に入れても苦情は来ないだろうなあ。一般の女性客と混ぜるのはさすがにあれこれ言われそうだけど」
「テレビはけっこう面倒よね」
「視聴者の目があるからね。最終的な手術はいつ頃するつもり?」
「あ、日程調整の必要あるよね。でもまだ白紙。一応手術を手配してくれるコーディネーターさんとは接触してタイの病院にも日程未定のまま予約は入れて入金もしてるんだけど、私自身がまだ気持ちが充分固まってなくて」
「焦る必要はないからね」
「うん」
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