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■続・夏の日の想い出(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2011-07-31/改訂 2012-11-11
 
私は高校を卒業して大学に入るのと同時に、アパートを借りてひとり暮らしを始め、同時にフルタイム女装生活を始めた。高校2年の時に同じクラブの政子と組んでやっていた「ローズ+リリー」という『女子高生歌手デュオ』の時に覚えた女装の味がもう忘れられないものとなっていた。ローズ+リリーの活動は2年生の12月で終わってしまったが、それ以降の1年ちょっとを男子高校生として過ごしてしまった反動が、私を完全女装生活に走らせてしまったのだった。
 
髪の毛に関しては実は高2の3学期から伸ばし始めていた。男子の基準ではそんなに長い髪は校則違反になるのだが、ローズ+リリーの騒動のおかげで、私はGIDのようだということを学校側が認識してくれて、女子の髪の毛の基準を準用してくれて「伸ばすのならちゃんとまとめておけ」とだけ言われていた。そこで大学に入る頃には、私は胸くらいまでの長さの髪を維持していた。この長い髪は私が日常生活で女としてパスするのに大いに役立った。
 
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ローズ+リリーの活動で得たお金はかなりのもので、所得税を払い、今年払うべき住民税を除外しても相当のものであった。私はその中から大学の入学金・前期授業料、アパートの敷金とか引越費用とかを払ったが、その他に春休みの内にやっちゃえと思い、ヒゲと足のレーザー脱毛をした。ローズ+リリーをしていた頃から、私はヒゲは剃らずに抜くようにしていたのだけど、その処理には毎朝30分くらい掛かっていた。この時間がもったいないし、やはり抜くだけでは(剃るのよりはマシだけど)完全にきれいにはならないので、脱毛することにしたのだった。
 
3月の内に美容外科で脱毛をして、直後に必要な「引きこもり期間」は自宅でエレクトーンの練習三昧をしていた。
 
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私はピアノとかエレクトーンとかを習ったことはそれまで無かったのだけど、姉がエレクトーン教室に通っていて、家に1台エレクトーンがあったので、小さい頃からしばしば自己流で弾いていた。「ローズ+リリー」の活動では私は基本的に歌だけ歌っていたのだけど、時にキーボードを弾くこともあったので、一度きちんと習っておこうと思い、高3の4月からエレクトーン教室に通っていた。夏に8級グレードを取って(9級は受ける必要無いと言われた)現在は6級程度の力はあるつもりだったが大学受験があったので7級グレードの受験は少し先延ばししていた。春休みの間は大学受験で少し練習不足になっていた分を弾き込んで勘を取り戻したのであった。(7級は結局5月,6級は9月に取得)
 
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なおエレクトーン本体は教室に通い始めた頃は姉が使っていた古いHS-8を弾いていたのだが、高3の夏に最新のSTAGEAを自分専用に購入していた。
 
政子とはむろんずっと仲良くしていたし、高校卒業後も毎日電話で話していたのだが、春休みに脱毛の引き籠もり期間が終わってから会った時、こんなことを言われた。
 
「久しぶりに冬のそういう女っぽい格好見たな」
「学生服で通学していた1年ちょっとの反動かな。女でありたい自分を学生服というもので押さえつけてた感じがして」
「だから女子制服で通学すれば?って、いつも言ってたじゃん」
「うん、まあ」
 
「お化粧しないの?」
「うーん。してこようかと思ったんだけど、していいのかなって迷っちゃって」
「迷うことないでしょ?」
「いや、実はあまり自信が無い」
「教えてあげようか?」
「そだねー」
 
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「ところで脱毛をした感じはどう?」
「毎日処理をしなくて済むのはとっても楽」
「へー。痛くなかった?」
「レーザー打たれる時は殴られるような感じ。でもその時だけだし」
「ふーん。私も足の脱毛しちゃおうかなあ」
 
「やっちゃえ、やっちゃえ。ただやっとあと1週間くらいはスカート穿けないよ」
「それはいいや。でも顔の脱毛だと1週間引きこもらざるをえないわけか」
「うん。あれはとても人前に出られない。大きなマスクして買物だけ行ってたけどね」
「ほんとに怪しい人みたいだ」
 
ローズ+リリーの騒動でタイから帰国してしばらく政子と一緒に暮らしていた政子の母は、政子が大学に合格すると、大学生になったら自己責任だけど、あまり羽目を外しすぎないようにね、と言って夫が長期出張中のタイに戻っていった。まだあと2〜3年は向こうでの仕事が続くらしい。私達は大学に入ってからも頻繁に会って、いろいろな話をしていた。政子の家にお泊まりして夜通し話していることもあった。(むろんお泊まりしても『女の子同士』だから男女の仲になることはない)
 
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「私受験勉強中、なんか詩ばかり書いていた。たくさん勉強しなきゃいけないような時に限って詩が浮かぶんだよね。冬に即FAXしたもの以外にもかなり出来ちゃって」
「見せて。それに曲を付けてみたい」
政子が詩のノートを取り出し渡してくれた。
 
「ほんとにたくさん書いてるね」
「曲付けてくれたら、一緒に歌おうか。公開しちゃったりして?」
「また歌って録音しようよ。でも公開しようって気になってきたんだ?」
「実はまだちょっと自信無い」
「まあ無理せず少しずつやっていこう」
「うん」
 
「でも、あれやはり楽しかったなあ、とは最近思うんだよね。自分が歌っている所を見られてるのって快感じゃん」
「ふふふ。ハマるよね」
「消耗も激しかったけどね」
「まあ、あれはハードスケジュールすぎたね」
「しかし、私たち大学に入ったし、須藤さん、そろそろ接触してくるかな?」
 
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ローズ+リリーの音源制作からプロモーションまでの全てを担当していた須藤さんはあの騒動の直後、責任を取る形で事務所を辞めていた。しかし1年を経過した今年の2月に自分の事務所を設立していた。そのことを私たちは須藤さんのプログを見て知っていた。
 
「たぶん、あと少ししたら」
 
須藤さんの私たちへの接触は6月以降になることをボクは複数の筋からの情報で知っていたのだが、それを政子に言ってしまうと、秘密を守るという概念の無い政子はまだ諦めずに私たちを勧誘している事務所の人に言ってしまう危険があるので、そういう話はできない。
 
須藤さんが事務所を設立するまでの1年間は(辞める時に退職金はもらったのでそれを元手にして)全国を旅しながら過ごし、各地のライブハウスをのぞいたり、スナックでカラオケの上手い人を探したりしていたらしい。有望な人には音源制作の手伝いをしてあげたりもして、プロモーションなどが必要な場合には前の事務所に紹介したりしていたとブログで読んだ。ただ、そうそう売れるアーティストはなかなかいないようであった。前の事務所との資本的な関係は無いようであるが、結果的にむこうの友好会社のような形になっているみたいだ。
 
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「でもミニスカート随分穿いたなあ」
と政子は当時の写真のアルパムをめくりながら言った。
「あはは。私も当時の反動で膝丈のスカートばかり」
「でも、このミニスカート姿の冬って、凄く可愛いよね」
「マーサだって可愛いじゃん」
「ふふ・・・ね?冬、高校卒業するまでは手術しないってお父さんとの約束だったんでしょ? そしたら、この後、少しずつ身体改造していくの?女の子になるのに」
「喉仏は声に影響出したくないし、もともと私のってそんなに目立たないし、いじらないつもり。下のほうはまだいじる勇気ない。今迷ってるのがおっぱいなんだよね」
 
「やっちゃったら?シリコンいったん入れても後から抜くことできるし」
「ははは。そういう気はするのよね。ただ単純にシリコン入れても乳首はそのままだから。乳首大きくするにはホルモン飲むしかない。でもホルモン飲めばもう男は辞めることになる」
「男として仕事したり、結婚したりする気あるの?」
「全然。あり得ないと思う。ただ女として就職するのとか厳しいだろうなとは思うけどね。といって男装して仕事というのもあまりしたくないけど」
 
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「戸籍が男だからって男として就職しようとする方が無理。冬、身体は未改造であっても、中身として女の子であったら、女としてしか就職できないと思う。冬の場合、男として就職するほうが性別詐称だよ」
「そう思う?」
「ってか、冬が背広着て就活なんてしようとしたら、速攻で射殺するからね」
「ああ、それみんなから言われる」
 
「当然。まだ自分の性別で迷ってるの?」
「迷ってはいないつもりだけど、まだ微妙な部分もあって」
 
「だから、この1年間、学生服なんか着てたんでしょ?」
「そうだね」
 
「もうそろそろ思い切らなくちゃ。中途半端な状態では仕事先なんてないよ。日本ってわりと性別については寛容だけど、男か女かどちらかには決めないといけない。中間というのは許容してくれないんだ。私も申し訳ないけど冬のことは女の子だと思って、ここ3年間付き合ってきたよ。今更男の子かもとか言われたら困る」
「私も自分が男の子かもとは思ったりしない。自分は女の子というのは確信してる」
「じゃ。迷う必要ないね」
「そうか・・・・」
 
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こうやって政子に少し煽られるような感じで、女としての道を歩んでいく決断をした私は女性ホルモンを飲み始め、5月には豊胸手術を、6月には去勢手術をしてしまった。去勢まですることにしたことにはさすがの政子も驚いていた。
 
「おっぱい大きくしたらさ、女としての自覚ができちゃって、もう自分に男性機能が付いていることが許せない気分になっちゃったのよ」と私は政子に言った。政子は手術に付き添いをしてくれた。
 
私は豊胸手術も去勢も一応母には事前に言った。豊胸についてはかなり理解を示してくれた母も、去勢については何度も考え直さない?と言われたけど、自分はもう男には戻れないといって説得した。ただこういったことを勝手になしくずしにやってしまうのではなく、事前に相談してくれたのは嬉しいと母は言っていた。
 
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須藤さんから接触があったのは、私が去勢手術をした翌週だった。私は政子と一緒に、都内の小料理屋さんの個室で、須藤さんに会った。
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