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■続・夏の日の想い出(10)

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(C)Eriko Kawaguchi 2011-08-04  
3月11日金曜日。私達はその日から東日本のツアーを始める予定で、この日は夕方から仙台近郊の温泉町で最初のイベントを開催する予定であった。現地のコミュニティFMからお声が掛かり、宣伝を兼ねて番組に出演することになり、美智子も含めて全員で仙台市内のその局のスタジオを訪れた。そしてパーソナリティの人に紹介されて「ローズクォーツです」とみんなで一緒に挨拶をした直後であった。
 
突然の激しい揺れがスタジオを襲った。
「きゃー」と私は思わず声を出した。直後、隣にいたマキさんが私をかばうように上にのしかかってきた。
「突然ですが地震です。大きいです」とパーソナリティの人が飛んでいったマイクをつかみ直して叫ぶ。凄いプロ根性だ。スタジオのドアを開けて数人が走り込んできた。美智子が私のそばにしゃがんで「大丈夫?」と訊いた。「はい」私は答える。揺れが収まった時、美智子が私の手を握ってくれていたことに気付いた。
 
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「だいじょうぶか?ケイ」マキさんが最初にそういった。
「ありがとう。私は大丈夫。マキは大丈夫?」と私は答えた。
「ああ、俺は平気」
私とマキが「さん」とか「ちゃん」とか付けずに呼び捨てで呼び合ったのはこの時が初めてであった。
 
「地震が収まりました。えー、ローズクォーツのみなさんは無事です」とパーソナリティの人がマイクに向かって言っている。何かありますか?とマイクを向けられた。私はそばにいるマキ、タカ、サトの様子を確認しつつ
「ローズクォーツは全員無事です。みなさん、お怪我などなさっていませんか?今日は歌をお聴かせできませんが、このあと落ち着いて行動してください。放送が聴ける方は報道内容にご注意ください」
と言って、マイクを返した。
「それ、私のセリフだよ」とパーソナリティの人が少し笑いながら言った。
 
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下手に動き回るより、ここにいたほうが良いという判断で、私達は放送局にしばらく留まることにした。さすが放送局だけあってどんどん被害状況の情報が入ってくる。巨大な津波が押し寄せてきたのには驚き、テレビでその様子を見て、私達は息を飲んだ。
「何よこれ!?」とふだん滅多に取り乱さない美智子が、かなり感情的な声をあげていた。
 
なお放送局のあった地域は偶然にも津波の被害を免れた。しかし津波の来た地区に挟まれた状態になって、一時期孤立してしまっていた。交通が回復したのはけっこう遅い時間帯であった。
 
その日泊まることになっていたホテルに連絡してみると、通常の営業が困難な状況で、食事なども出せないが、館内で夜を過ごすのは構わないということであったので、ローズクォーツの移動用のワゴン車で何とかそのホテルまでたどりつき、その日はそこの一室で一晩過ごした(1部屋だけ開けてもらった)。ホテル側から食パンを配給してもらったので、それを5人で食べた。
 
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翌12日、朝目を覚ますと、いつもの美智子が復活していた。なんとか携帯電話はつながったので、あちこちに連絡していたが、この日はまだどうにも動きが取れない様子であった。被害が東日本一帯の広い範囲にわたっているため、ともかくも予定していたドサ回りのスケジュールはいったん全部白紙に戻さざるを得ないということになり、各地のイベンターと連絡を取っていたが、どうしても連絡の取れないところも多かった。その件に関しては東京の事務所にいる松島さんにフォローしてもらうことにした。
 
また午前中に、私とマキ、タカとサトがそれぞれ組んで近隣のお店などを回り、食料が確保できないか試みた。この際、被災した地域の住民のことを考え、確保できた場合も、最小限だけ買うことを決めていた。私とマキのチームでフルーツの缶詰を2個、タカとサトのチームでポテチを1袋確保できた。しかしこれだけの食料で私達はかなり元気が出た。
 
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お昼頃、美智子は「とにかく東京に戻ろう」とメンバーに告げた。どの道が通行止めで、どの道は通れるという情報は随時松島さんに調べてもらうことにして、私達は後ろ髪を引かれる思いで被災地を出発した。
 
運転できるのがマキ、美智子、私の3人なので、3人で交替で運転することにした。(タカ・サトのふたりはペーパードライバーということだった)
 
やはり情報が混乱していて、通れるという情報だったところが実際には通れない場所もあり、その度に地図で確認して迂回路を通るということをしたが、私達はなんとか翌13日の早朝に東京に戻ってくることができた。美智子は取り敢えず15日までお休みにしようということをメンバーに告げた。
 
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その3日間、私は政子の家にいって一緒に報道番組を見た。政子は泣いていた。私も泣いていた。各地で様々なイベントが中止されていた。被災地で行われる予定だったイベントが中止されるのはやむを得ないが、なぜ無関係の筈の関西や九州でのイベントまで中止されるのさ?と私も政子も憤っていた。
 
「それでなくても国民全体が沈みがちな状況で、少しでも元気付けるのにイベントは必要だよ」
「なんなら、イベントの売り上げをそのまま被災地に寄付するとかでもいいだろうしさ」
「被災地でしばらくまともな経済活動ができないだろうから、それ以外の地域でその分、頑張らなきゃいけないじゃん」
 
14日の夕方、私は政子や、他の数人のクラスメイトと一緒に大学近くのビア・レストランに集まり「経済活動するぞ!」などと叫んで高いメニューを食べまくった。男の子たちは東北方面のお酒を注文していた。
 
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この時、クラスメイトのひとりが、自宅の軽トラを使って、救援物資を被災地に届けてこようかと思っている、というので私は物資の購入に充ててといって取り敢えず50万、彼の口座にその場で振り込んだ。
 
「私自身が購入とか運搬できたらいいのだけど、時間が取れないの。ごめんね」
といったが、彼は振り込まれた金額に驚いたようで
「いや、これだけ援助してもらうと、色々なものが買える。ありがとう」
と言っていた。それを見て「あ、じゃ私も援助する」と言ってやはり数十万単位のお金をその場で振り込むクラスメイトが数人いて、彼の口座の残高はあっという間に200万円を突破していた。
「俺、ちょっとマジでやるよ」と彼は言っていた。
 
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その晩、政子の家でお茶を飲んでいた時、政子から切り出した。
「ね、冬、昨日から何か考えてるみたいだけど、何かあったの?」
「あのね・・・・私、性転換手術しちゃおうかと思って」
「いいんじゃない?冬はもう完全に女の子だもん。あんなの付いてるほうが不自然だよ。昨年の春、おっぱい大きくしてすぐにタマ取っちゃったから、そのまますぐに性転換しちゃうのかと思ってた」
「うん。なんか踏ん切りが付かなかったのよね。別にアレに未練とかは無いし実際問題として邪魔でしかないんだけど」
「じゃ何にも迷うことないじゃん。でもどうして急に手術する気になったの?」
 
「地震と津波のせいかな・・・・・」
「へ?」
「あの地震の時、仙台の放送局にいてさ、ほんとに凄い揺れを実体験して。その後津波の様子とかも見て。こちらに戻ってくる時も、津波の爪痕をけっこう見たし。そして今、福島があんな状況なの見たりしていて、私の頭の中で何か変化が起きたの。なんか、今までの生き方ではダメって。中途半端はやめて、自分が進むべき道を進んでいくべきじゃないかって」
 
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「大きな災害とか、個人的にも何か不運なことがあったりした時って、自分の基本に立ち返ることになるからね、人って。冬の場合、自分の性別問題にそろそろ決着を付けるべき時が来ていたんだろうね」
「うん。そうかも」
「今性転換しておけば、20歳の誕生日過ぎたら、戸籍上の性別も変更できるんでしょ」
「うん。それはすぐやるつもり」
「でも、身体も戸籍も女の子になって、そのあとの自分の生き方、ちゃんと考えてる?」
「これから考える」
「ふふ。冬が戸籍上も女性になっちゃったら、私も冬と結婚してあげられなくなるしね」
「え?」
「私に対してそういう気って無かった?」
「ちょっとだけ」
「うふふ」
「マーサとは女友達という線でいいんだよね」
「そういうことにしとこうね。あの日のことも秘密だしね」
「うん」
 
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昨年の春、私が去勢手術を受ける前夜。手術を受ける病院近くのホテルまで付いてきてくれた政子と私は、1度だけ、秘密の体験をした。それはふたりだけの心の中にしまっておく約束である。
 
翌15日、私は美智子に近いうちに性転換手術を受けたいと思うと電話で言った。美智子は「おめでとう」と言ってくれた。
「それで完全な女の子になるわけだ」
「ええ。赤ちゃんは産めないけど」
「手術受けたらしばらく休養期間が必要だよね」
「はい。でも仕事があったら死ぬ気で頑張りますから」
「死なれちゃ困るんだけど。今冬に死なれたら私借金が返せなくなっちゃう」
「すみません」
「じゃ、手術の日程が決まったらすぐ連絡してくれる?」
「はい」
 
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それから私は母に電話して性転換手術を受けるつもりだということを言った。母は一度会いたいと言い、私はレストランの個室で会って話した。母は手術を受けること自体には反対はしないと言ってくれた。まだ19歳なので手術に同意書が必要だというと、サインしてくれた。
 
ただ母は私の気持ちが揺れていないか、突然そういうことを思ったのはなぜなのか、一時的な気持ちで手術を受けようとしていないか、などといったことを尋ねた。私はほんとはまだ少しだけ気持ちが揺れていたのだけど、母とそういうことを話している内に、気持ちがしっかり固まってきた。
 
母との話が穏やかな雰囲気の中で終わってから、私は前々から接触していて、気持ちが固まったらお願いしたいといっていたコーディネーターの方に連絡して手術を受けたいと伝えた。コーディネーターの方は私とその日のうちに面談し、私の気持ちがしっかりしていることを確認すると、私の日程が厳しいことも配慮してできるだけ早い時期に手術日程を入れてくれると言ってくれた。その日の夕方連絡があり、3週間後の4月3日に日程を入れることが可能だということだった。すぐに美智子に連絡するとそれで調整するといわれたので、折り返しコーディネーターの方に連絡して私の手術日程は決まった。すぐに女性ホルモンの摂取を一時中止するよう言われた。実は3月11日の地震の後飲んでないと言うと、それはとても好都合だと言われた。
 
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翌16日。ローズクォーツのメンバー4人は都内の事務所に出社した。美智子は各地でいろいろなイベントが中止になっており、様々なものが混乱の極致であると言っていた。3月12日にダウンロード開始予定になっていた「雅な気持ち」はいったん公開が保留になっていたが、上島先生と美智子、それにレコード会社の町添部長とが急遽話合った結果、中身はそのまま、タイトルを「春を待つ」と変えて、17日に公開されることになった。CDは19日発売予定だったがプレスしなおさなければならないので月末くらいの発売になるということだった。
 
「なんで『雅な気持ち』はダメで『春を待つ』ならいいんですか?」とマキが不満そうに言ったが、美智子は
「大人の事情を察してよ」と言った。この件ではたぶん私達以上に上島先生も不満であったろう。それでも、★★レコードの売上の2割くらいを稼ぎ出している上島先生の作品だからこそ、とにかく発売だけはできることになったんだろうと私は想像した。様々な作品が軒並み発売中止になっていた。
 
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美智子は私が来月頭に性転換手術を受けることになったこともみんなに伝えた。「おお」といった歓声があがる。
 
「それで冬ちゃんの体調考えて4月いっぱいはライブとかはお休みにする。どっちみち、今日本列島全体が自粛ムードで、新たな日程組めないんだ。予定していたイベントはいったん全部キャンセルになっているしね」
 
「被災地のイベントの中止は仕方ないですけどね」
「なんでこうなるんだろうね。私も誰かに文句言いたいけど、言えないのさ」
と美智子も憤懣やるかたない様子であった。
 
「で3月中は、主として九州方面のライブハウスを攻めてみようかと思って。とりあえず被災地から遠いし、少しは、やりやすいと思うのよね。今コネを使って、一本釣り方式でどんどん照会している」
「わあ」
 
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「既に5ヶ所の出演が決まった。あと10個は取るからね。取り敢えず、18日は伊万里市のライブハウスに行くから」
「伊万里?えっと長崎県でした?」
「間違える人いるけど、あそこは佐賀県。冬ちゃんも今月はもう大学は行かなくてもいいんだよね」
「はい。大丈夫です」
「じゃ、今回は九州に行きっぱなしで、ずっとエスティマで移動するから」
 

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