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■夏の日の想い出・3年生の冬(8)
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後半は『Long Vacation』から始めた。この曲が発表された時、多くのファンが「ローズ+リリーは長い休暇を頂いておりました」という意味に取り、事実上の活動再開宣言ではないか、とネットには書かれたものだが、実際私たちはその後、矢継ぎ早に新譜をリリースしてきた。
更に『帰郷』を歌ってから『カントリーソング』『ハッピー・ラブ・ハッピー』
と幸せ感のたっぷりある曲を歌う。
その次の曲は『バナナ』だ。私はバナナがあまり好きではない。この曲は政子が「そういえば冬ってバナナが嫌いだよね」と何気なく言ったのが発端である。
「別に嫌いって訳じゃないけど」
「でも食事にバナナが出ると必ず私にくれる」
「いや、まあ好きってものでもないから」
「やはり嫌いなんだ」
ということで、早速政子はバナナを買ってきて(こういう時の行動は速い)、私に食べさせようとして、私が嫌がり・・・・というのをそのまま曲にしたものである。
この歌が始まった時、政子はサトがドラムスの陰に隠していたバナナを持ってきて、歌いながら私に食べさせようとした。私は嫌がり、歌いながら逃げるのだが、政子は歌いながら私を追いかけてきて、ついにステージ上で私を押し倒し、無理矢理口の中にバナナを押し込む。私の歌が中断するので、政子が代わりにメロディーを歌いながら、強引に私はバナナを食べさせられた。これは政子がサトとしめしあわせて仕組んでいたことのようであった。
間奏部分では政子は自分のマイクをオフにして
「ケイ、自分のバナナは手術して取っちゃったんだから、潔く私のバナナを受け入れよう」
と言ったが、この台詞は私のマイクを通してしっかり会場に聞こえていた!(当然「まとめサイト」に追加された)
後でネットの感想を見ていたら「マリちゃんがケイちゃんをレイプしてる感じだった」というコメントが多数見られたが、ほんとにレイプされた気分だった!「ふたりの私生活が垣間見えました」という感想も多かった。
その後、私たちは一転してリズミカルな『影たちの夜』『キュピパラ・ペポリカ』
『Spell on You』『略奪宣言』と続けた上で新曲の『Again』を歌う。この部分『Spell on You』で、おまじないを掛けて『略奪宣言』で略奪するぞと宣言し、『Again』で実際に略奪成功というストーリーである。
これも後でライブの感想をネットで見ていたら、この『Again』をローズ+リリーのライブ活動再開宣言にとった人が多かったようである。ケイちゃんがクォーツに浮気していたのをマリちゃんが略奪して復活愛させたんだなどと解釈している人もいて、私もタカもその感想を読んで大笑いした。
そして最後は『夜間飛行』を歌った。冒頭に本物の飛行機(B787)のエンジン音が入っているので、なかなかインパクトがある。今回のステージではそのエンジン音のみ録音した音源を使用した。(さすがにB787を会場には持ち込めない:若葉は必要ならA320あたりなら1000万円くらいで「格安に」レンタルできるけど、などと言ったが)
間奏部分で飛行機の形をしたビニール風船を持った宝珠さんがステージ上手から出てきてステージを横断すると「ななちゃーん」などという声まで飛ぶ。
曲の最後では、前半の伴奏を務めたスターキッズが全員出てきて、一緒に挨拶して幕は下りた。
大きな拍手。そしてそれがゆっくりとしたアンコールを求める拍手に代わる。
幕が再び上がり、私とマリはステージ中央に出て行く。幕が下りている間にスタインウェイのコンサートグランドピアノが中央に置かれている。
「アンコールありがとうございます。アンコールって何度受けても気持ちいいですね」
と言うと、また大きな拍手がある。
「今日のライブにはカップルで来られた方も多いと思います。最近日本は出生率が下がっていて問題になっています。それでその出生率を 0.00001%くらい上げるのに協力したいと思います。『エクスタシー』」
というと会場が沸く。私はピアノの前に座り、政子はその左に立つ。いつものふたりのポジションだ。
私たちはこれも高校時代に書いた曲で、官能感いっぱいの同曲をセクシーに歌いあげた。政子が歌いながら昂揚しているのを感じる。そして曲が終わると、私の顔をつかみ、唇にたっぷり10秒はキスした。
「きゃー」という黄色い声。
「ええっと。みなさん愛し合いましょう」
と私がマイクに向かって言うと、会場がざわめく。
「でも中高生のカップルはしっかり避妊してね。中高生で赤ちゃん産むのはたいへんすぎるから」
と付け加えると、どっと笑い声が起きた。
その時マリが
「私たちこの曲書いた時、高校生だったけど、コンちゃん使わなかったね」
と発言する。どよめく会場。この発言もまた「マリちゃんのとんでも発言」
まとめサイトに掲載されることになる。
「あ、えっと。女の子同士では妊娠しないからね」
と私はフォローしたが、あまりフォローになってない気もした。
「まあ、確かにそうだね。でもあの日のケイも女子高生らしい服装で可愛かったよ。可愛いブラ付けてたし」とマリ。会場がまたざわめく。
「そう?ありがとう。えー、それでは最後の曲です。『夏の日の想い出』」
大きな拍手があり、それが落ち着くのを待って私は前奏の分散和音を奏で始めた。
ドミファソシラ・ドソファミファレ、というこの曲を特徴付ける分散和音である。ゆっくりとした手拍子が起きる。そして私たちは歌い始めた。
「白いスカート、浜辺の砂、熱い日差し、君の瞳」
「好きと一言、言えないまま、電車は去る、小さな駅」
歌いながら、私の脳裏にはこれまでに経験した色々な恋の思い出の欠片が、浮かんでは沈み、現れては消えていった。涙が出てくる。マリの顔を見るとマリの目にも涙が浮かんでいる。
そして演奏が終わると、私たちは再び熱いキスをした。
そして立ち上がるとステージ中央に行き、両手を斜め上にあげて歓声と拍手に応えた。幕が下り始める。私たちは深くお辞儀して、それから幕が完全に降りる間際またキスする。観客の「きゃー」という声を聞いたところで幕は降りきった。
「確かにマリちゃん、ケイちゃんは今日、日本の出生率を上げたよ」
と宝珠さんも笑って拍手で迎えてくれた。
「私は今日のライブは頭が痛かった」と美智子が言うが
「働き過ぎだよ。少し休んだ方がいいよ」と政子。
「素敵なステージでした。でもバナナレイプは今度からは自粛して下さい」
と氷川さん。
「はい」と政子も素直に笑顔で答えた。
12月30日、私たちはまたまた『影たちの夜』で賞を頂いた。今度はRC大賞の優秀作品賞である。昨年はスリファーズが同じ賞を受賞したのに付き添いで来ていて、主催者の放送局の取締役さんから
「来年こそは辞退しないでくださいよ」
と言われた賞であるが、今年は本当に受賞した。
2008年は『その時』が新人賞にノミネートされていたのだが、直前の私のスキャンダルによる活動停止に伴い、辞退した。
2009年は『甘い蜜』が優秀作品賞にノミネートされたものの、活動休止中なのでといって辞退した。
2010年は『恋座流星群』、2011年は『神様お願い』での賞授与が検討されたらしいが、なにしろどちらもCDとしては売られていなかったので、結局見送りになったようであった。
そして今年5度目の正直での受賞となったのであった。
12月31日と1月1日は政子はお休みで、私は例年通りローズクォーツで東京での年越しライブと大阪での新年ライブに出演した。
某国営放送から、大晦日の大型歌番組への出演も打診されたのだが、基本的にローズ+リリー・ローズクォーツともに、テレビには出ないポリシーなので、ということでお断りした。正直、ああいう雰囲気の番組は政子が一番苦手とするものなので、政子のステージ活動に対する意欲と精神状態を考えると、絶対に出したくない番組でもあった。この時期、私も町添さんも、政子のステージへの情熱を削いだり、嫌な思いをさせるような物事を極力回避させるべく努力していた。
そして1月2日は、ローズ+リリーとローズクォーツの新譜が同時発売になった。
本当は1月9日に同時発売の計画だったのだが、大分のライブが物凄く好評であったため、できるだけその興奮が冷めないうちに発売しようということで一週間前倒しの発売になったのである。ローズ+リリーのファンの3割くらいを占めている中高生が、お年玉で買えるタイミングで発売したいというのもあった。
この新譜に関してまたいつものように全国キャンペーンをしましょう、などと言っていたので、これまでと同様に、全国のCDショップやショッピングモールを回るのだろうと思っていたのだが、その件に関して、私と美智子は12月25日、大分から東京に戻ってきてすぐ、★★レコードに呼び出された。
「CDショップやショッピングモールでのキャンペーンはできない」
と冒頭、町添さんは言った。
「何か不都合があったのですか?」
「前回、夏に全国キャンペーンした時も、一部の会場では入場制限したりしてけっこう大変だったのだけど、今年はローズ+リリーのライブで、ファンがかなり熱気を帯びているんだよね」
私は2008年のデビュー直後の頃、デパートで歌おうとした時に観客が殺到して怪我人まで出た時のことをふと思い出した。
「ローズクォーツだけのキャンペーンでも結構危険水準だなという気はしていたのだけど、今回、僕もまさかOKするとは思っていなかったんだけど、マリちゃんがキャンペーンで歌うと言い出したからね。氷川には話の流れで言えそうなら言ってみてとは言っておいたのだけど」と町添さん。
「私もびっくりしました」
と私も美智子も言う。
政子は大分のライブの打ち上げの席で、《関サバを食べながら》
「今回使った新曲のキャンペーン楽しみだなあ、また全国の美味しいものが食べられるし」
と言ったので、氷川さんが
「キャンペーン、マリちゃんも歌う?」
と言ってみたら
「もちろん。だってローズ+リリーのキャンペーンだもん」
と言ったのである。
町添さんは補足説明をする。
「もし、CDショップみたいなところでキャンペーンをしようとしたら、かなりの警備陣を置かないといけないし、CDなどを破壊されたりしないように商品の一時的な撤去なども必要になる」
「ああ」
「そこで、そういう問題の起きない場所に会場を変更します」
「ライブハウスとかですか?」
「ローズクォーツだけならいいのだけど、今回はローズ+リリー、ローズクォーツ双方のキャンペーンになっちゃったからね。そうなると、10代もかなり多いローズ+リリーのファンがそういう場所には入れない」
「確かに」
「小さなホールの類を使う。警備員もしっかり入れる」
「かなり費用が掛かりますね」と美智子。
「うん。でも仕方無い。だから、場所の数も絞らざるを得ない」
「費用が掛かるのは問題無いです。でも今からホール取れるんですか?」
と私は質問した。キャンペーンの費用も7割はサマーガールズ出版の負担である。
「ありがとう。小さいホールは意外に取れるんだよ。特に入場無料の公演なら。それで各地域のFMで整理券を配って、それを持っていないと入場出来ないことにする」
「うーん。やはり制限必須ですか」
「今は東京武芸館でやっても一瞬で整理券が無くなるだろうからね」
「どこかのアイドルグループみたいに、CDに入場券か握手券を封入することも考えたんだけどね」と加藤課長。
「えげつないです」と私は言う。
「うん。僕もそう思ったからやめることにした」と町添さん。
「サイン会とか握手会とかするんですか?」と美智子が訊くが
「しない。ケイちゃんはスーパーウーマンだから頑張るかもしれないけど、マリちゃんが体力的に無理」
と町添さんは言う。マリの体力をよく理解している。でも・・・
「えーっと、私っていつスーパーウーマンになったんだろう?」
「昔はスーパーマンだったのが去年性転換してスーパーウーマンになったね」
と加藤課長がどぎつい冗談を言う。
「うーん。。。。」
キャンペーンのステージは30分の予定である。
マリを入れないローズクォーツの5人で『ウォータードラゴン』『ナイトアタック』
『メルティングポット』の3曲を演奏した後、マリが登場してクォーツは下がって!マイナスワン音源で、私とマリが『夜間飛行』、『ハッピー・ラブ・ハッピー』
『ピンザンティン』を歌うという形式になる。クォーツが伴奏してもいい所を、両者の違いを強調するために下げるのである。
私たちが去った後は、ローズ+リリーとローズクォーツのライブを撮影したビデオ(各30分)を上映するので、興味のある人にはそれも見てもらおうという趣旨になっていた。ローズ+リリーのライブ映像は札幌版である。わずか30分(ローズクォーツ15分,ローズ+リリー15分)のために、わざわざ整理券まで取って来てくれた人たちへのせめてものサービスである。
巡回する場所は、北海道2ヶ所、東北2ヶ所、北陸2ヶ所、東海2ヶ所、関西2ヶ所、中国四国2ヶ所、九州沖縄2ヶ所、そして関東2ヶ所で打ち上げ。各地方を1日ずつ8日で回る結構なハードスケジュールである。政子には疲れたら口パクでもいいからと言ったが、口パクはあまりしたくないから、全部生歌にしたいと言う。それでも念のため私たちは、政子の歌の入っている音源と入ってない音源の両方を持ち歩きその時の状況次第でどちらでも使えるようにした。
このキャンペーンのことは、12月26日にキャンペーンで実際に行く都道府県のFM局の番組で告知してもらい、希望者はホームページ上から申し込んでもらって抽選ということにしたが、各局ともかなりの倍率の抽選になったようであった。
どこも基本的には小さなホールで、だいたい300〜700人程度のキャパである。
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