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■夏の日の想い出・3年生の冬(3)
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翌日から私達はローズ+リリーの新しいシングルの音源制作作業に入った。いつもながら、ローズクォーツの4人に、宝珠さん、鷹野さん、酒向さんが参加した特別ユニットが伴奏する。(ローズ+リリーの音源制作の場合、ローズクォーツあるいはスターキッズのメンバーに対しては1曲につき5万円を支払う代わりに、演奏印税は無しということにしている)
今回のシングルに収録する曲はマリ&ケイ作の『夜間飛行』『ピンザンティン』
『カントリーソング』『Again』及び上島先生の『ハッピー・ラブ・ハッピー』
である。この「ラブ」という文字の周りにハートマークが描かれている。他の人には見せられないが、先生から送られてきた譜面には「もしかしてマリちゃんとケイちゃん結婚した?ハッピーウェディング!」というメモが添えられていて、私達は微笑んだ。
5曲構成で演奏時間は全部で23分ほどで、これなら少し編集して短くすれば何とか8cm-CDにも入れられないこともないが、私たちはこれにインストゥルメンタルバージョンを入れて、倍の46分ほどにして12cm-CDで発売することにした。前作の『出会い』を12cm-CDにしたら、こちらの方が助かるという声が多かったこと、そしてやはり8cm-CDがもうほとんど生産されないようになってきているということと、様々な機器での再生の便を考えて、今後のローズ+リリーのCDは全て12cm-CDにすることにした。
インストゥルメンタルバージョンは、単に私達の歌を抜いた「カラオケ」
ではなく、私と政子の歌唱パートを、実際の私と政子のフルートとヴァイオリン又はウィンドシンセと電子ヴァイオリンで演奏したものである。『夜間飛行』などは、そのインストゥルメンタル版が何気に格好良くできあがってしまって「これをタイトル曲にしようか?」などと、演奏には参加しない(ギャラも出してない)のにスタジオに毎日来ていた近藤さんに言われたくらいである。
ダウンロードサイトでは歌唱版が250円、インストゥルメンタル版が150円の設定にする。
『夜間飛行』は2年前に沖縄の麻美さんが一時危篤になり、私と政子が深夜沖縄に行って回復を祈ったりした時、何とか彼女が持ちこたえて危篤状態を脱した後、回復を喜ぶかのように私達は愛し合い、そして書いた曲である。
「ドドミミファファソソ・^ド^ドソソファファソソ」という単調なリズムを刻むベースラインが軽やかに巡航する飛行機のエンジン音のようで、行き交う他の飛行機のライト、地上の高速道路の車のライトの列、そして海を渡る船の灯りなど、夜のフライトならではの美しさの中に、都会的な恋を読み込んでいる。躍動感あふれるサックスの音色、流れ星のようなピッコロが特徴的で、実際問題として宝珠さんのサックスと笛を前提で書いた曲である。
『ピンザンティン』は政子らしい食の讃歌である。
「サラダを食べよう、ピンザンティン(ドファソラーシ・レドシラ・ソミラ)」
という大胆なサビがリピートされる。これは音源制作に続いて制作したPVでは、私と政子が野菜サラダを作ってはどんどん食べるシーンを撮影した。
「ピンザンティンってどういう意味?」と宝珠さんが訊くが
「分かりません」と政子。
政子はしばしばこういう意味不明の単語(?)を創造する。
『カントリーソング』は田舎でのんびりと暮らす若いカップルを描いた幸せいっぱいの歌で、畑を耕し、牛に干し草を与え、朝日に祈り、夕日に涙する、牧歌的な曲である。スローロックのリズムに乗せて、ふたりの日々の幸せを歌っている。
実を言うと、この曲は盛岡に「ゲリラライブ」に行った時に双葉町で農業を営んでいたという20代の夫婦に出会って書いた曲である。夫婦は、地元に帰られるメドが立たないので、岩手県内の廃村寸前の村で土地を買い、そこで新たに農業を始められたのである。私達は彼らのことをライナーノートに書きたいと思ったのだが、ご本人たちがそういうのはやめて欲しい。自分たちは同情は要らない。ただ黙々と生きて行くのみ、とおっしゃったので、敢えて何も書かないことにした。しかしこれは震災にやられたものの頑張っている全ての人に捧げる歌である。
『Again』は、復活愛を歌った曲で、以前はささいなことで喧嘩してしまった。愛の大事さに比べたら、どうでもいいようなことだったのに、という自省の念から、偶然その昔の恋人に出会い、相手にはその時点で交際中の彼女もいてこちらには消極的だったのを頑張って攻めて、口説き落とし、略奪復活愛を成し遂げるまでを歌っている。今回の曲の中では唯一ストレスのある歌である。最後に彼氏を元カノに奪われて泣く彼女の思いが悲しげなサックスの音で表現されている。
『ハッピー・ラブ・ハッピー』は、文字通り幸せな恋を描いたもので、設定年齢は20〜22歳くらいの女性の感じである。「キスで起こして、愛のコーヒー、幸せな朝ご飯、キスでいってらっしゃい」などと、新婚生活の楽しさが描かれている。
「僕は通勤生活っての、したことがないから、想像で書いたんだけどね」
などと上島先生はおっしゃっていた。上島先生は大学を卒業する前にスカウトされて、卒業してまもなくバンドでこの世界にデビューしている。
氷川さんが
「ね、マリ先生、ケイ先生、時々付けてるおそろいのブレスがありますよね。あれを付けてジャケット写真撮りません?」
と言ったが、それはあまりにも「まんま」なので遠慮した。あれは私たちにとってマリッジリング代わりなのである。
しかし結局ジャケット写真は薔薇と百合の花に囲まれて、私と政子が手を取り合い、見つめ合っている写真になってしまったのである。
このローズ+リリーの音源制作を始めて2日目。みんなでスタジオ近くの天麩羅屋さんにお昼を食べに行っていた時、マキが唐突に言い出した。
「でも最近やっと、俺も自分で納得のいく曲が時々できるようになったよ」
「ああ、最近演奏しててもなんか今までより自信を持ってる感じだなとは思った」
とタカ。
「それでさ、今度のローズクォーツの新譜用に、これかこれか、どちらか使えないかと思うんだけど、どうかな」
と言ってマキは譜面を取り出す。
「おいおい、そういう譜面はスタジオで出せよ」とタカ。
「いや。スタジオではローズ+リリーの曲に集中してるから出したら悪いかなと思って」
「どうせメンツはほとんど同じなんだから気にすることないのに」とサト。
「どっちみち俺はギター無いと分からんな」とタカは言う。
「ケイ、歌ってあげたら?」とヤスが言うが
「未発表曲をこんな所で歌えないよ」と言って、私はバッグの中から小型のキーボードとヘッドホンを取り出すと、ヘッドホンをタカに渡して、キーボードで、その2曲を弾いてみせた。宝珠さんと近藤さんが後ろから覗き込んで何やら頷いている。
「ほんと、ヒロはいい曲書くようになったね」とタカが感心したように言う。「どっちがいいかと言えば、こっちだよ」とタカは1枚目の譜面を指さす。
「冬はどう思う?」と訊かれるので
「私もこちらが上だと思う」と答える。近藤さんと宝珠さんも同じ意見のようであった。
「でもこれ2曲とも入れていいんじゃない?」と私。
「ああ、そうだよね」
そういうことで、私とタカの意見が一致したので、次のローズクォーツの新譜でマキの曲は『メルティングポット』をメインにして、『ダークアロー』も入れることにした。(ローズクォーツのCD構成はだいたい私とタカで決めている。ライブの演奏曲目はだいたい私とサトで決める)
「こういう曲がコンスタントに書けるんなら、今年の夏に作るローズクォーツのアルバムは全曲マキの作品で埋めてもいいんじゃない?」
と私は言ってみたが
「それでは売れん」とサトが言い
「マリ&ケイに最低でも3〜4曲は書いてもらわないと」
とタカも言った。
「だいたいこの『メルティングポット』にしても、曲の出来はいいけど、売れるかってのを考えてないだろ?」とタカは言う。
「えっと・・・・売れないかな?」とマキ
「売れる曲ではない。聴いたら『いいなあ』と思ってもらえるけど」とタカ。
「どうしたら売れる曲になるんだろう?」
「それは上島先生の曲とか、ケイの曲を聴いてみるといいよ」
「うーん。。。」とマキはまた悩んでいた。
「売れるためにはツカミが必要なんだよね。それがこの曲には無い」とサト。
「あと、上島先生にしてもケイにしても、ターゲットを考えて書いてるよね」
とヤス。
「そうそう。アイドル歌手に渡す曲は、10代の男の子に受ける曲作りしてるし、スリファーズやELFILIESの曲は逆に女性受けする書き方してる。花村唯香の場合、こないだの『言いかけてやめないで』はまだ探るような感じだったけど、今回の『私は誘惑人形』は、ああいう性別曖昧な子に寛容な20〜30代の女性にターゲットを絞ったね」
とサトが解説する。
「なんで、そんなの分かるの?」とマキ。
「富士宮ノエルとか、坂井真紅(しんく)とか、鈴懸くれあとか、青居カノンとかの曲を聴いてみれば、どういうのが若い男の子に受けるか分かると思うけどなあ」とタカは言い、
「ま、俺は文句は付けるだけで曲は書けないけどな」
と付け加えた。
12月3日月曜日。私は美智子から「ちょっと、一緒に来て」と言われて都内のホテルに行き、小さな会議室に入った。そこに並んでいるメンツを見て仰天する。
「遅くなりました」と私も美智子も言った。
「いや、僕たちが早く来ただけだから」と上島先生が言った。
「このメンツで集まるのはかなり久しぶりだね」と浦中部長。
「でも以前はケイちゃんは入ってなかったからね」と津田社長。
「僕たちの会議のことをケイちゃんは『ローズ+リリー制作委員会』と呼んでるようだよ」と楽しそうに町添部長が言う。
「いや、本当に集まって会議なさっているとは知りませんでした」と私は言う。「君の性別のこと知らなかった頃から時々集まってるよ」と浦中部長。
「津田君がめったに来ないし、須藤君は忙しくしてるから、僕と上島先生と町添君の3人で打ち合わせてることが多いよ」と浦中部長が言う。
「浦中部長も、上島先生のお名前を言うのに『先生』を付けられるんですね」
上島先生は34歳、浦中部長は58歳である(今いるメンツの中で最年長)。
「そりゃ、うちの歌手もかなり上島先生にお世話になってるからね」と浦中部長。
「★★レコードにとっても売上の2割くらいを稼ぎ出してる、第2の稼ぎ頭だから僕もだいたい『上島先生』だね」
と町添部長(42歳)は言うが、町添さんは私とふたりだけの席ではけっこう先生のことを『上島君』と呼んでいる。でも確かに人前でも『上島君』と先生のことを呼ぶのは、◇◇テレビの響原部長だけかも知れない。上島先生から曲を提供されている歌手・ユニットはおそらく100組を越える。その影響力はレコード会社の枠を越えて絶大だ。
しかし私はそれより『第2の稼ぎ頭』という言葉が気になった。
「『第2の稼ぎ頭』なんですか? 最大の稼ぎ頭だと思っていました。★★レコードで一番って、今、どの先生でしたっけ?」
と私が言うと、上島先生と町添部長が私を指差した。
私はキョロキョロする。え??
「何言ってるの?★★レコードの稼ぎ頭はマリちゃん・ケイちゃんに決まってるじゃん」と津田社長(54歳)。
「え?」
「ああ。どうも自覚が無かったみたいだね」と上島先生。
「自分がどれだけ稼いでるかってのが分かってないよね」と浦中部長。「須藤君とこで搾取してないよね?」と町添部長。
「搾取してないつもりですが。そもそもマリ&ケイの著作印税もローズ+リリーの歌唱印税・原盤使用料も、私の会社UTPではなく、マリとケイの共同音楽出版会社であるサマーガールズ出版に直接入るようになっていて、UTPはその手数料を頂くだけです。その手数料が凄い金額なのでうちは今安定経営なのですが。ローズ+リリーの原盤制作費もサマーガールズ出版が出すからこちらはノーリスクですし」と美智子。
「複雑ですよね。サマーガールズ出版から、更に私とマリに給料が支払われて私たちは実質それで生活しています。UTPからも報酬は頂きますが。楽器の類は個人名義では無く、出版会社名義で所有しているものも多いです」
と私は戸惑いながら言う。
「うん。だからケイちゃん、あとでその音楽出版会社の資産台帳や損益計算書を見てみるといいよ」と津田社長。
「えーっと・・・」
町添さんが解説を加える。
「ローズ+リリーだけで★★レコードの売上のだいたい2割強は稼いでるよ。それからスリファーズが大きくて全体の1割弱。他のマリ&ケイ・ファミリー、カズンズまで入れたら★★レコードの売上の半分くらいある」
「そんなにですか!?」
と言ったまま私は絶句した。
「だってローズ+リリーは年間500万枚売ってるでしょ?これ専門のレコード会社設立しても、日本のレコード会社ランキング7位か8位になるよ」
「・・・・・」
「ほんとに気付いてなかったみたいね」と浦中部長は楽しそうだ。
「だから今ここにいる上島先生とケイちゃんとで、★★レコードの売上の3分の2を稼ぎ出してることになる」と町添さん。
「きゃー!」
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