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■夏の日の想い出・神は来ませり(8)
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目次 8
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ゆまと政子はそのまま車に行くが千里はトイレに行くようである。私もトイレに行く。
「千里、ナプキン買ってたね」
「ごめんねー。別に買うつもりだったんだけど、うまくひとりになるチャンスが無くて。あそこのコンビニ、道の駅から歩いて行くと結構距離があるから。まあ冬ならいいかなと思って買物の中に紛れさせてもらった」
「うん。それは構わないけど、千里生理あるんだっけ?」
「さすがにまだ上がってないよ」
「うーん・・・」
「冬も生理あるでしょ?」
「あ、うん」
「クロスロードの仲間の中で、私と青葉と冬子は生理がある。これは2011年7月に大船渡で青葉の家族の葬儀に出た時、瞬嶽さんが悪戯したせいなんだよ」
と千里は言った。
「・・・・確かに私の生理が始まったのはあの年の8月頃なんだよ。最初は何かの不正出血かと思った」
「今回はうっかりパッケージごと持ってくるの忘れてナプキン入れに入っている分しか無くて。でもそろそろ怪しい感じなんだよね。下り物が増えてるし。前回は10月末に来たからそろそろかなと」
私は首をかしげる。
「それ速すぎない?」
「私、今1日が48時間あるんだよね」
「うーん・・・。千里ならあり得る気がしてきた」
結局私と千里はトイレを終えてから入口の所で立ち話をする。
「でも千里、出雲についてかなり詳しいみたい」
と私は千里に訊く。
「前来た時、出雲に詳しい先輩と一緒だっんだよね。だから、結構いろいろ穴場とかも知ってた」
「それは心強い人に一緒に来てもらった」
「ところで千里、8月頃にもしかして何かあった?」
と私が訊くと千里は微笑んで答えた。
「言えるようになった頃に、言うことにする」
「うん」
ただ千里は一言ぼそっと言った。
「私、悪い女かも」
私は少し考えてから答えた。
「たぶん開き直ればいいと思う」
すると千里も少し考えてから笑顔で答えた。
「そうする」
千里は自分のバッグから五線紙を取り出した。
「冬子、もしよかったら使って」
「なぜこういうものを持ってるの?」
「何か入れておかないといけない気がしたんだよね〜。私こんなもの持ってどうするんだろう?と思ったんだけどね」
「でもナプキンは忘れたんだ!?」
「そうそう。だから間が抜けてる」
「でも助かるよ。ありがとう」
それで私はその夜、千里からもらった五線紙を使って稲佐浜での感動を曲にした『神は来ませり』という曲を書いたのである。歌詞は翌日政子が付けてくれた。
翌日(13日)は早朝から政子がまだ寝ているのは後部座席に放置して、他の3人だけ起きている状態で、朝山神社、須佐神社まで行って、出雲大社に戻った。朝山神社は神在祭をする神社のひとつ、須佐神社は須佐之男命が最後に辿り着いた場所とされ、須佐之男命の本宮である。
出雲大社に戻って来たのが10時頃である。政子も起きたので、一緒に本殿の方に歩いて行くと、もう既に神在祭は始まっているようである。
「あれ?遅くなっちゃった?」
と私は言ったのだが
「いや、これでいいんだよ」
と千里は言う。
八足門の所で、観光客っぽい人が門の所に立っている警備の人に
「入れないんですか?」
と尋ねると
「申し訳ありません。大社の講に入っている人だけですので」
と言って断られている。
「あれ〜。一般の人は入れないみたいだよ」
とゆまが言うが
「大丈夫大丈夫」
と千里は言っている。
そして何かを待っている感じがあった。
「OK。今からは入れる」
「へ?」
それで千里が門の所に行き、神職さんに声を掛けた。
「中でお参りできませんでしょうか?」
「お参りでしたらどうぞ」
おぉ!と思って私たちは顔を見合わせた。
そして中に4人とも入れてもらう。その後も、その神職さんに声を掛けて入れてもらう人が相次いだ。
まだ儀式の進行中のようなので、私たちは邪魔にならないように後ろの方に並んだ。
「御向社と天前社が見えるでしょ?」
「うん。ここは凄くデリケートな場所だね」
「普段は人が入らないから」
「ああ」
私たちはその後20分ほど、祭礼を見学させてもらい、龍蛇様も間近で拝見することができた。
しかし・・・・私は何かもやもやとしたものがあった。
お参りを終えて、駐車場に戻り車の中に乗ってから私は言った。
「昨夜の神迎祭のほうが、神秘的な気がした」
「まあその点に関しては、とやかく言うと、差し障りがあるので」
などと千里は言って笑っている。
「各々が自分で感じ取ればいいと思うよ」
とだけ言って、千里はそれ以上のことを語ろうとしなかった。
この日は出雲大社を出た後、万九千社に行く。ここは一週間後に神様会議を終えた神様たちが自分の地元にお帰りになる旅立ちの場所、神様たちのエアポートである。その後、私たちは山陰道に乗って松江まで走った。松江市内の料理店に入り、宍道湖七珍の料理を食べる。
朝から須佐神社までの往復もしたし、昨日疲れたのもあって、みんな食が進んだ。ゆまが「たぶん8人前行ける」と言ってそれで頼んだが、きれいに無くなった。ちなみに宍道湖七珍とは宍道湖で獲れる
スズキ(鱸)・モロゲエビ(諸毛海老=葦海老よしえび)・ウナギ(鰻)・アマザキ(甘鷺=若鷺わかさぎor公魚)・シラウオ(白魚)・コイ(鯉)・シジミ(蜆)。
の七種の水産物(湖の幸)で、頭文字を取って“スモウアシコシ”(相撲足腰)という覚え方もある。
この後、私たちはこのように移動した。
松江12:45-13:02八重垣神社13:24-13:39神魂神社13:54-14:14熊野大社14:36-14:51須我神社15:06-15:31玉造湯神社15:41-16:45日御碕神社。
この行程は観光バス並みの強行軍であった。千里が1度も道を間違わずに運転して連れて行ってくれたし、境内もスムーズに案内してくれたので回れた感じだ。実際カーナビは結構見当外れの案内をしていた。田舎ではカーナビの信頼性は低い。
八重垣神社は須佐之男命が「八雲立つ、出雲八重垣妻籠めに、八重垣作る、その八重垣を」という歌(日本最古の短歌)を読んで奥様稲田姫とのスイートホームを造った場所。神魂(かもす)神社は佐太大神の母で大国主命を蘇生させた神である蚶貝姫のお母さん、神魂命を祭る。熊野大社は出雲国の元々の一宮。須我神社は須佐之男命が「すがすがしい」とおっしゃった場所で、日本で最初に造られた神社“日本初之宮”。玉造湯神社は古来この地域で造られていた勾玉に絡む神社。そして日御碕神社は島根半島の西端、日御碕灯台のそばにある神社である、などと千里は説明した。
「待って。須佐之男命って『すがすがしい』と言って、そこに八重垣の家を造ったんじゃなかった?」
と私は微かな記憶を元に千里に質問した。
「そうなんだよね。だから八重垣神社は最初は須我神社の隣にあった。後に引越してあの場所に行ったんだよ」
と千里は答える。
「なるほどー! じゃ占いの池とかも昔は元の地にあったのかな」
「そのあたりまではよく分からないけどね」
しかしこの日(11.13)の日没は17:05。そもそも日御碕神社の参拝時間が17時までということで、私たちはギリギリに飛び込んだ(参拝自体はもう少し遅くまで可能だが社務所が閉まってしまう)。しかし夕日が沈んでいく中のまるで龍宮のような日御碕神社は物凄く美しかった。
「これはこの夕日が沈む時刻に来て正解だったかも」
とゆまが言った。
ゆまも千里から五線紙をもらって!何か曲を書いていたが、私もここでやはり千里から五線紙を分けてもらって『龍宮の日暮れ』という曲を書いた。(そのままだ!)
日御碕神社を出てから、私たちは(車で)日御碕灯台に回り、空が暗くなっていく中、光を発し始めた灯台の様子を見た。
「ところで今夜も車中泊?」
と政子が訊く。
「松江市内に宿を取ってるよ」
「よかったぁ」
「但し6畳の部屋1つだから、それに4人寝る」
「寝られるの〜?」
「私、高校時代の合宿では6畳に8人寝たりしてたよ」
と千里が言う。
「それは凄い」
「車中泊よりはいいだろうと思ってそれを押さえた。出雲市内はどうにもならなかったけど、松江は取れたから。でも松江でも昨日はダメだったのよね。どこも満室で」
と私は言う。
「ああ・・・」
「まあ連続車中泊をするなら、車2台で来ないといけなかったね」
とゆまも言う。
「うん。車中泊は1台で2人が限度」
と千里も言っていた。
「私のパナメーラと千里さんのインプレッサなら、200km/h走行できたんだけどな」
とゆまが言っている。
「まあどっちみち、ぶつけたから仕方無い」
「うん。悔しい!」
「でも千里、インプレッサを自由に使えるのに、別にミラを買ったのね?」
と政子が訊く。
「あれはリハビリ用、兼、街乗り用かな」
「へー!」
「大学1年の時に買ってファミレスへの通勤とかに使っていたスクーターが最近調子悪くて困ってたんだよね。それで主として通勤にミラを使う」
「なるほど」
「それと冬子に指摘されたけど、8月に私、ちょっと辛いことがあって落ち込んでたんだよ。全ての自信失って、運転にも自信が無かったけど、偶然通りかかった車屋さんで3万円のミラを見て、こんな小さな車なら運転できるかもと思って衝動買いしたんだよね」
「ああ、それで3万円のミラだったのか」
「3万円は凄い」
とゆまが言っている。
「でも私のパナメーラも衝動買いだ」
と、ゆま。
「あれはいくらしたの?」
「1000万円。買った後で少しだけ後悔した。お金無くなっちゃったし」
「1000万円衝動買いしたらねぇ」
「まあそれで青森から鹿児島まで走り回ったら、けっこう気も晴れたし、だいぶ運転の自信取り戻した」
と千里は言う。
「頑張るなあ」
「まあドライブすると気が晴れるよね」
とゆま。
「うん。ほんとドライブは楽しいよね」
「しかし、こんな広くもない曲がりくねった道をこんな暗い中、よくこのスピードで走れるね」
と私は千里に言う。
私の座席からはスピードメーターは見えないものの、かなりの速度を出しているような気がする。
「制限速度は守っているよ」
と助手席のゆまが言うが、ゆまの言う“制限速度”はかなり怪しい気がする。
「大丈夫だよ。パトカーや白バイが近づいて来たら分かるし、私は暗くても100m先の歩行者や動物が見えるから」
などと千里は言っている。
パトカーに見られるとやばいのか?
しかし暗くても100m先の歩行者とかが見えるというのは物凄い視力だ。実際に千里が急に速度を落として停止するので何だろうと思ったら、目の前をタヌキがとことこと横断していった。「見える」というのは本当のようだ。
「今の何で停まったの?」
と政子が訊く。私の位置からはタヌキが見えたのだが、政子の位置からは見えにくかったのかも知れない。
「タヌキが横断していったんだよ」
「タヌキかあ。男の子だった?女の子だった?」
「知らん!」
と私は言ったのだが、千里が
「若いオスだったよ」
と言う。
「ほほお」
すると政子が唐突に歌い出す。
「たんたんタヌキの金玉は、風も無いのにぶーらぶら」
「それを見ていた母ダヌキ、金玉目掛けて飛びついた」
「たんたんタヌキの金玉は、母ちゃんと一緒にぶーらぶら」
「あんまり重たくなっちゃって、金玉ちぎれて取れちゃった」
「父ちゃんタヌキの金玉は、風も無いのにぶーらぶら」
「それをみていた子だぬきは、僕も欲しいと泣いたとさ」
私も千里もゆまも声を殺して笑っていた。
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