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■夏の日の想い出・神は来ませり(5)
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(C)Eriko Kawaguchi 2017-01-22
神門通りを更に北上していき、やがて神社の敷地が見えてくる。入口の所に大きな木の鳥居がある。
「これが第2の鳥居。勢溜(せいだまり)の鳥居。ここから神社の敷地内」
「ふむふむ」
参道を歩いて行くがなかなか着かない。
「長いね」
「まあ京都の下鴨神社なんかも長いね」
やがてまた鳥居がある。
「これが第3の鳥居。鉄製の鳥居」
「なるほど」
少し歩いて行くと、何か銅像がある。
「だいこく様と因幡の白うさぎか」
「御自愛の御神像」というらしい。記念写真を撮っている女子大生っぽいグループがあった。更に少し行くと、大国主命(おおくにぬしのみこと)が両手を挙げている像がある。これは「ムスビの御神像」というらしい。その大国主命が仰いでいるのは金色の玉でそれが幸魂奇魂(さきみたま・くしみたま)らしい。こちらも記念写真を撮っている人たちがいた。大国主命と同じ格好をしてみている女子大生もいる。
政子が何か言いたげな顔でニヤニヤしていたが
「何も言うな」
と言っておいた。
その先に今度は銅製の鳥居がある。
「ここが第4の鳥居。この先が境内」
中に進むと太いしめ縄を張った拝殿がある。
「あ、そうそう。出雲大社は二礼四拍一礼だから」
と千里が言う。
「四(よん)?」
「普通の神社は二礼二拍一礼だけど、神社によってはたまに拍手の数が違う所がある。出雲大社・大分の宇佐神宮・新潟の弥彦神社は四拍」
「へー」
実際、拝殿のそばまで行くと、みんな四拍手をしている。私たちもそれにならって、二礼四拍一礼でお参りしてきた。
「ところで、ここは何の神様だっけ?」
とゆまが言うので
「大国主命(おおくにぬしのみこと)!」
と私と千里がほぼ同時に言った。
「いわゆるだいこく様だよね」
「そうそう。因幡の白ウサギを助けた人」
「ああ!ウサギの皮を剥いで海水に浸けたんだっけ?」
と政子が言い出す。
「そうされていた白ウサギを助けてやったんだよ」
「そうだったっけ? 私なんだかカチカチ山とも混線している気がする」
とゆままで言っている。
「だいこく様って、七福神のだいこく?」
と政子が訊く。
「じつは七福神の大黒(だいこく)というのは、仏教の大黒天マハーカーラと日本の大国主命が習合したもの」
と千里は説明する。
「ほほお」
「弁天様も仏教の弁財天(弁才天)サラスヴァティと日本の宗像の三女神が習合している」
「日印ミックスなのか」
「だいこく様の場合は、大きく黒いと書く大黒天と大きな国と書く大国様とが読みが同じなので混同されたという経緯もあるんだよね」
「ああ」
「男のむすめの方の男の娘と、男のこどもの方の男の子も音で聞くと分からないよね」
という政子の発言は取り敢えずスルーする。
「七福神の大黒像は大きな袋を肩に掛けて、俵を踏んでいたりするけど、それは大国主命の神話が影響しているよね」
「大きな袋を肩に掛け、だいこく様が来かかると・・・」
と政子は楽しそうに《だいこく様の歌》を歌っていた。
拝殿を出た後、裏側に回り込むと大きな神殿がある。
「ここは何だろう?」
とゆまが言うので
「ここが本殿だよ」
と千里が言う。
「ここが本体か!」
「まあ時々、こちらは奥の院だと思っている人もあるね」
「ここは中には入れないのね?」
「どこの神社でも本殿には普通入れない。でもここはお正月は入れる。明日も入れるよ」
「おお!」
「じゃ明日も来なくちゃ」
「そもそも神様が集まってくるのは今夜だし」
「そうだった!」
取り敢えず外側の八足門の前でお参りする。
「でもこの建物、凄く大きいね」
とお参りを終えてから、ゆまが言う。
「高さ24m。でも昔は48mあったし、創建当初は96mあったんだよ」
と千里。
「96m!?」
「ご縁広場の所にあった資料館に復元模型が展示されてるけど、長いスロープで登って行くようになっている。後で見に行こう」
「高さ96mの坂を作ったんだ?」
「古代の建設技術って結構凄いからね。もっともこの96mの社殿はしょっちゅう倒れては再建していたらしい」
「まあ日本は台風も地震もあるし」
「お金も掛かったろうから48mに縮小して、更にお金が無くて24mになっちゃったのかもね」
「今のサイズでも充分大きい」
「今なら鉄筋コンクリートとかにすれば96mの社殿は建てられるだろうけど、そういう建て方は反対する人が多いだろうね」
千里の案内で左手に進み、角を曲がって奥の方に歩いて行く。何か案内板が立っている。
「ここでお参りすると神様の前でお参りできる」
「へ?」
「そこの案内板にも書いてあるように、神社本殿は南向きに建てられているんだけど、神座は西側を向いている。だから八足門の所でお参りしても神様の横顔にお参りしてしまう。この場所からお参りすることで、神様を正面に見られる」
「ややこしい!」
「まあこの神社は色々複雑だよ」
「千里よく知ってるね!」
「まあ、前に1度来たから」
「でないと分からないよね!」
「ちなみに、そちらにあるのは西十九舎。全国からいらっしゃった神様たちのホテル」
「ほほお」
「反対側には東十九舎もあるよ」
「でも全国からたくさん神様いらっしゃるのに、こんな小さいホテルで足りるの?」
と政子が訊く。
「まあ神様には大きさというものがないから」
と千里は笑って言う。
「それ針先天使問題ってやつだよね?」
と私が言う。
「そうそう。針の先で天使は何人同時に踊れるか?という問題がある」
と千里も笑いながら言う。
「うーん。。。3人くらい?」
とゆま。
「不正解」
「うむむ」
「天使は《位置》はあっても《外縁》も《大きさ》も無い。だから、針の先で天使は無数に同時に踊ることができるんだよ」
と千里。
「それって物理学的に言うとボース粒子に似てるね」
と私は言う。
「うん。フェルミ粒子は複数の粒子が同時に同じ場所を占めることができない。ところがボース粒子は同じ場所に複数の粒子が同時に存在することができる。普通の物質を作っている素粒子であるクォークはフェルミ粒子だから、例えばローズ+リリーのケイとKARIONの蘭子が同時に同じ場所に存在することはできない。ところが光子(こうし)とか重力子、中間子みたいなボース粒子は複数の粒子が同時に同じ場所に居てもいい」
などと千里が説明する。
「先生!ケイはボース粒子かも知れません」
と政子が言う。
なお、この当時ケイと蘭子が同一人物であることは政子には既にバレている。世間に事実上公表したのはこの直後の2014年正月で。完全に認めたのは2016年の春である。
「千里、危ない例を挙げないで欲しい」
と私は渋い顔で言った。
千里は笑っていたものの、ゆまは訳が分からずキョトンとしていた。実際問題として、ゆまは今の千里の説明は最初から頭脳が拒否していた感じである。
そこから更に先に行く。
彰古館の前を素通りして、私たちは小さなお社の前に来た。ちょっと怖いような感じがした。
「大国主神のご先祖様、須佐之男神(すさのおのかみ)を祭る素鵞社(そがのやしろ)。ここは出雲大社の境内の中でも多分超重要ポイント」
「うん。何かここは凄いって感じがするもん」
お参りした後で、千里が「裏手に行ってみよう」というので、回ってみる。何かあるのかな?と思ったのだが何も無い。
「そこの岩肌に触れてみて」
と千里が言う。
「ん?」
それで千里も含めて4人ともその岩肌に触った。
「何か流れ込んでくる気がする」
と政子。
「物凄く癒やされる感じ。何というか。心の奥の狭まっていた部分が解放されていく感じ。これ・・・・こないだ青葉に修復してもらった《泉への道》が強化されていく。これ5分くらい触っていたい」
と私。
千里は何も言わずに涙を流している。
私は千里はこの8月頃に何かあったのではと思っていた。もしかしたら彼女はその心の傷を癒やすために、この場所に来たかったのかもという気もした。
「何かあるんだっけ?全然分からない」
とゆまが言う。
涙を流していた千里が微笑んで言った。
「ここって女性には効くスポットなんだけど、男性にはあまり効かないらしい」
「ほほお」
「冬も千里も凄く効いてるみたい。私も凄く効いてる。冬も千里も女の子なんだね」
と政子。
「つまり私は男ということか!?」
とゆまが言った。
「ゆまさん、ちんちんあるのでは?」
と政子がきらきらした目で言う。
「今度トイレ行った時に確認してみよう」
とゆまは悩むような顔で言っていた。
私たちは結局そこに10分以上滞在してから、先に進んだ。文庫の前を通り、本殿の東側に回り込む。
「本殿の横に屋根だけ見える神社が2つあるね」
「大国主神の奥様、須勢理毘賣(すせりびめ)を祭る御向社と、大国主命が若い頃お兄さんたちにいじめられて赤く熱した巨岩をぶつけられて殺された時にそれを蘇生した蚶貝姫(きさがいひめ)・蛤貝姫(うむぎひめ)の姉妹を祭る天前社。須勢理毘賣を単独で祭る神社というのは、多分ここ以外には無いと思う」
と千里が解説する。
「ほほお」
「蚶貝姫(きさがいひめ)は実は出雲の主神、佐太大神のお母さんね」
「ああ、じゃ元々この地域に関連のある神様なのか」
そのあと本殿の正面まで戻って来るので、参道を戻り、勢溜の鳥居を出る。
「お腹空いた!そこにそば屋さんあるよ」
「よし。入ろう」
それで4人でそのお店に入った。まだ12時少し前なので、お客さんは少ない。
千里がお勧めの「釜揚げそば」を注文する。政子が「ぜんざいもある!」と言うので、それも4人前頼む。
「一緒に持って来ますか?」
「じゃ、そばの後でぜんざいで」
それでまずそばが来るが、どんぶりの中にそばが入っていて、そばつゆは自分で掛けるようになっている。
「松江の方だと丸い割子に入っていて、このお店のメニューにも割子そばってあるんだけど、出雲ではこういう感じで丼に釜揚げ状態で入れる方式なんだよね」
と千里は解説する。
「へー」
「でも、なんか香りがいい」
とゆまが言う。
「やはりそばは黒いのがいいよね〜。白かったらうどんでいいもん」
などと言って政子は食べている。
「それは結構賛成」
と私も言った。
「男の娘も可愛い女らしさのある服を着るのがいいよね。体型が分からないような服とかユニセックスな服を着るのはもったいない。せっかく女の子するなら、女の子らしい服を着るべきだよ」
と政子。
「だから、なぜそういう発想になる!?」
とゆまが呆れて言う。
「まあ確かに1960年代頃までのオカマさんたちって体型の分からない和服を好む人が多かったらしい。たぶんカルーセル麻紀さんが女らしい服を着てテレビに出たりしはじめたあたりから雰囲気が変わったんじゃないかって、いつか雨宮先生が言っていたよ」
と私は言う。
「やはりカルーセル麻紀さんは色々な意味で先駆者だよね」
と千里も言う。
「だから多分女らしい服装を好むようになったのは昭和30年代生まれくらいのニューハーフさんたちあたりから」
「松原留実子とかもその世代だっけ?」
「松原留実子は1958年生まれ。まさにあの付近から、女性と見分けが付かないくらい美人のニューハーフさんが多くなり始めたんだと思う」
「そうか。ニューハーフって松原留実子とともに広まった言葉だった」
「それ以前は丸山明宏(美輪明宏)とともに広まったシスターボーイなんてのが割と知られていた」
「昭和30年代以降の人たちってのは、自分が女だということに自信を持っている人たちかな」
「うん。それ以前の人たちは、結構男の意識も強かったと思う。松原留実子さんの世代は、フリーセックスとか、ウーマンリブとか騒がれていた時代に少女時代を送っているし、性というものを自由に捉えていた。ピーターさんがテレビで活躍していた時代だよね。それで女として生きてもいいんだと幼い時期から思っている。性転換手術のことも小学生くらいまでに知っている。だから、女として自分を磨きながら10代を送っている。女性体型を努力で作り上げているから、女らしい服が着られたんだよね」
「まあ男性体型に育ってしまうと、どうしても体型カバーする服を着たくなるかも知れないね」
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